きみを守る歌【完結】


「それにしてもねえ、こう立て続けに問題になるのはちょっと」

「私のせいじゃないです」

「香住先生とのうわさもあるしねえ」

「香住先生には相手にされてません!!」

「そ、そうですか」



半ば憤慨しながら生徒指導室を出る。窓から見える向こう側の校舎の、時計を見ると入ってから5分も経っていなかった。こういう適当さは嫌いじゃないけど、陽一のことといい香住先生のことといい、噂の一人歩き具合はいっそ私を笑っているようだ。


それでも大丈夫なんじゃないかという気がしている。ノリくんとしばらく会う予定はないし、セイラちゃんがこれ以上ネタを持っているとは思えない。私に言われたくないだろうけどちょっと頭弱そうだったし。



教室に戻ると、さっとたくさんの視線が集まり、まちまちと離れていく。少しだけ白けているような気がするのは、きっと気のせいだと思いながら私は視線をそらす。


うーん、だって、私は被害者であるはずだし、あんな張り出し、200%嘘だし、たとえあれが本当だったとしても、誰かに迷惑をかけたとは思えないなあ。


そう思いながら席へ向かう途中、普段あんまりしゃべらないクラスの女の子の声が、控えめな音量で、だけど耳元で聞こえてきた。


「クソビッチ」

「えっ?」


思わず振り返って確認しようとかけた声は、その集団の笑い声にかき消される。その女の子たちのうちの誰も私を見ていなかったので、私に言ったんじゃなかったのか、と私は向き直った。


陽一の視線を感じながら、私は自分の席につく。今朝の言い合いを思い出すと、隣の席に座るのも不愉快なくらい腹が立ってくる。


「飛鳥、」

「陽一と話す気分じゃないからやめて」


理不尽な陽一の怒りが許せない。私の行動を縛る筋合いなどまるでないくせに。ああやって少しだけ取り乱したように怒るから、私たちは名物パンダになったんだ。陽一のせいだ。


「怒ってんのかよ」

「それ以上話しかけてきたら怒る」

「落ち着けよ」

「陽一が謝るまで落ち着かない」

「ごめん」

「何がごめんなの?ただごめんって言えばいいと思ってるの?」

「……理不尽」


今の「ごめん」にまったく気持ちがこもってなかったことなどバレバレだ。今日はもう陽一と話したくない、と私は一度だけ陽一を睨んで前を見る。放課後にノリくんに会うこともないし、今日は真っすぐ帰って勉強しよう。



「飛鳥?早く靴履き替えてよ」


放課後になって、ももちゃんと歓談しながら学校を出ようとしたときだった。帰りのSHRが終わって部活が始まる前の時間、昇降口を出入りする生徒の数は朝と同じくらいになる。たくさんの人が入れ交って、制服姿の人もいれば部活着の人もいる。つまり人が多い。だから私は目の前のことがとってもさりげなく行われていたら、気づけると思わない。


「靴が無い」

「はっ?」


靴が無いのだ。あるべきものが姿を消した私の下駄箱には、代わりに「ちょうしのんなブス?」と書かれたメモが入っている。


「は!?何これ」


ももちゃんがとっても引いたように声を震わせながらメモを破く。ももちゃんが二つに割いたので、半分受け取って私もビリビリに破いた。


「……納得いかない」


理不尽に私の肩が震えていることに気が付いたももちゃんが、私の背中を叩く。


「ちょっと飛鳥こんなの気にしないでよっ」

「みんなそんなにも陽一が好きだったの!?」

「納得いかないのそこかよ!」


仕方がないのでスリッパで歩き出すと、校舎の外をスリッパで踏むのはすごく変な感触がする。だけどあんまり浮いてないかもな、と行きかう人たちを横目に見ながら思った。

ももちゃんはうーん、と低い声を出した。


「まあ確かにねえ。芹沢のことはみんな好きだろうね。それに去年、飛鳥が村崎くんといろいろあった時から芹沢、一気に学校内で付き合ってた子切ったし」


もう一年も前かあれ、とももちゃんはひとりごちる。


「それまで7人くらいと付き合ってたでしょ、ウケる。だから好感度急上昇だし、みんな芹沢にとっての一人になりたいけど、なれないから」


芹沢の彼女になりたくても、関係性がいつまでもはっきりしない幼馴染のことを、芹沢がいつも気にかけてるせいで、なれない。ももちゃんがそう続けたので私はまた、嫌な気持ちになる。


一年前、私は村崎くんという陽一に並ぶハイスペックイケメンのことを追いかけていた。陽一と違うところはいつも最高の笑顔を振りまいている王子様のような人だったというところだ。

告白した結果、「付き合って」と言われて最高に浮かれていたところで、実は村崎くんは陽一に歪んだ闘争心を持っていて、陽一の幼馴染だという理由だけで私に声をかけたということを偶然知った。


その一連を見ていた陽一は私にキスをして、他の女を全員切ると言った。



「なんであの時付き合わなかったの?」

「付き合おうって言われてないから」

「え、それだけ?」

「本当にそれだけ」



ももちゃんが心の底から呆れたようにはあ、というリアクションをくれる。


「じゃあ芹沢が付き合ってって言ったら、解決する問題なの?」


「だったら、陽一の首にキスマークがついてたり、人に言えないバイトしてたり、夜に知らない年上の女の人と歩いてたりしないよ」



ももちゃんは真剣そうに私を見つめて話を聞いていたけれど、「何やってんだあいつ」とあきれながら目をそらす。そして私にはそのリアクションが、すごくまっすぐ入ってきた。


ももちゃんの帰る方向との別れ道で私は手を振りながら、ああ替えの靴あったかな、と遠くの交差点を見つめた。

この二次災害について認識が甘かったのは、やっぱり愚かだ。



テストの日に限って寝坊、というテンプレートを毎度のごとくやってしまう私は、SHRが始まるギリギリのタイミングで教室へ駆け込む。

あれから数日間、私はローファーとスリッパを持ち歩くようになった。レベルの低いいじめには屈しないということだ。それでもやはり人間の醜い感情とは様々な引き出しがあるようで、私はまたため息をつく。机の上に花の刺さった花瓶が置いてある。

ああ私花言葉とか分からないから困りますよ、と思っていると担任が入ってくる。私の机を一瞥したのち、何も見ていないようにSHRを始めた。

陽一はまだ学校へ来ていない、テストの暇で遅刻とは大した野郎だ。私はとりあえずロッカーの上に花瓶を移動させて、帰りに花だけ捨てて花瓶は頂いてやろう、とたくらむ。


まあ気分のいいことをされているわけではい、それでもこれは有名な悪戯だ、こんなテンプレみたいなことしかできないんだろ!と思うと少しだけ優越感を勝たせることができる。


SHRが終わって、テストが始まる1分前になったところで陽一が登校してきた。先生が溜息をつきながら陽一の入室を認めたので、私は心の中で舌打ちをする。

まあこれでテストも受けなかったら余計に私は引いたかもな、と思いながら、配られた答案用紙に名前を書き込んだ。

一限目は英語のテストだ。「形式目的語のitは訳すんじゃねェ!!」というノリくんの怒鳴り声が美しく頭に響き渡る。はい、絶対に今日はソレとは訳しません。

各問題でノリくんに叩き込まれた原則を思い出しながら問題を解き、15分くらい経った時だった。



「ペンを降ろしなさい」


シャープペンシルが滑る音だけが聞こえていた教室で、担任ではない女の先生のその声は異質な響き方をする。


「有栖川さん、あなたに言ってるの」

「……えっ」

「立って」


何が起きているのか分からないまま、真剣でにらみつけるようなその先生の視線に押されて私は立ち上がる。教室のみんなが、テスト中だということを忘れて私のほうを見ている。

なぜテスト中に私は立たされているのだろう。

その先生は私の机に寄っていくと、引き出しの裏に手を入れて、何かをはがした。べリっという音がしてはがされたそれは何かがびっしりと書き込まれた紙で、それは確かに私の机の下の引き出しの裏から出てきた。


「カンニングよね、これ」

「……はっ!?」


先生の持っている紙に目を寄せると、そこには英語の範囲に関する本文訳や単語の意味などが書き込まれていた。紙の両端にはセロハンテープが雑に貼ってあって、これが私の机の下にひっついていたのだと理解する。


なんだこれ、理解が追いつかない、セイラちゃんの仕業なの?


やってません、と言う前に教室がざわついた。


「カンニング!?」

「ありえないでしょ!」


それは周りの教室へ同情してしまうほどの煩さであるように私には思える。

全力で否定してやらなきゃ。


「やってません!」

「あなたの机の裏にしっかり貼られてたのに?はみ出してたから、見えたけどね」

「そんなのっ……」

「あなた、不純異性交遊で問題起こした子よね?カンニングが分かったので、テストは全教科0点です。続きは生徒指導室ね」


一息でそう言い切った目の前の女の人の人相は悪く、一気に戦闘意欲が失せていく。私はそうでもなかったけれど今まで出会った人の中に、教師は嫌いだという人は何人もいた。きっとこういう、子どもに無力を感じさせる教師がいるせいだ、と確信する。

何を言っても無駄な気がする、と思いながら周りがはやしたてる声を聞く絶望はなかなか気分が悪い。


吐きそう。


「それ、飛鳥が書いたって言い切れるの?先生」


それは陽一の声だった。彼の呑気そうな、まるで緊張感のない声もまた異質だ。悪意のこもった言葉が投げ交わされていた教室の中で、他の人の注意を引く力がある。



「他の人がいちいちこんなことしないじゃない」

「分かんないじゃん。ああでも和多先生、あの貼り出されたクソチープなゴシップチラシ見たんだ。あれ全教室に貼られてたもんね」

「そうですよ。ああいう問題をすぐに起こす子なんだろうってね」

「あれが質の悪い苛めだってことくらい、小学生でもわかるだろ」

「え、」

「ていうか教師だって分かってるだろ。分かっててそれ放置するだけならまだしも、想像できないわけ?今、飛鳥のこと貶めて楽しんでるやつが居るんだよ」



教室の中にいるうちの誰も、陽一に口出しができず、ただ見ている。私もそれと同じだ。



「それくらい把握できないの?カンニングしたのか飛鳥に確かめることもしないで決めつけるの?それが仕事なら、悪いとこどりの最低最悪だね」


さっきまでの騒がしさが嘘であったかのように、教室の中は静まり返っている。そう思うと最低だのクズだのと罵られて教室が沸いたのは、たった一瞬のことであったような気さえしてくる。


「飛鳥がこんなくっだらねえこと、するわけないだろ」




そう言い切った陽一のまっすぐな目が、私ではなく先生を見ていたので、私はうろたえることなく陽一の目を、じっと見ることができた。





「……な……んで……こんな何度も生徒指導室に来なくちゃいけないんだ!!」

「有栖川さん、生徒指導室には静かに入ってきて」



やる気のなさそうな声はつい数日前に私をここへ呼び出した先生と同じものだった。こないだのスッパ抜き事件(デマ)で呼び出されるまではかかわったことのなかった、中年の男性教諭だ。



「本当にしてないんだね?」

「してませんよ!字を見てください、字を」

「ならいいんだけどね」

「呼び出しといて適当だな!」

「は?」

「いえ何でも」



本当に散々だ、とため息をつく。私はただ、お祭りのために勉強をしていただけなのに。どうしてこんなことに巻き込まれているのだろう、というかダイレクトで被害者にならなければいけないんだろう。

とにかくこんな空気の悪そうな部屋一瞬でも早く出たい、と思いながら私が拳を握りしめていると、私をカンニング犯だと叫んだ女の先生が後ろから「いけませんよ!」と語気を強くして言った。



「はい?」

「こうやってみすみす逃がしたら、こんなことが蔓延します!これはちゃんと決着をつけないと」



理解しようと努めながら話を聞いているはずなのに、目の前の先生が、何を言っているのか分からない。えっとつまり、やっていないことが蔓延する?私はやっていないもんね?えっと、他人にカンニングなすりつけるゲームが蔓延するということですかね?ここは貶め合いパラダイス学園だったの?

私よりも頭の回転が速いらしい生徒指導の先生はそうですねぇと頷く。


「確かに、有栖川さんがやってないにしても、これからカンニングをするたびに自分がやったんじゃないって生徒が出てきたら、と思うとねえ」

「でしょう?だからこの事件にはちゃんと決着をつけないと生徒に示しがつかないんです。有栖川さんあなた、本当はやったんでしょう?」

「……はっ!?」


ふんふん、と話を聞きながらようやく話の筋を理解すると同時に女の先生が私にいっそ質問ではない態度で質問をしてくる。これ、ノリくんに教えてもらった付加疑問文ってやつじゃ?

『This is an amazing beautiful alligator, isn't it?』

ああこんな構文思い出してる場合じゃない。


つまりここで私を見逃したら、今後カンペをテスト中に摘発するたびに、「誰かになすりつけられたんです!」と言い逃れようとする生徒が増えるから困るってことか。だから私を見逃すわけにはいかず、何ならいっそ重要なのは真実ではなく、「カンニングをして言い逃れられなかった生徒」を戒めに公開することであるいうことか。


「えっと……?先生は私の字とこのカンペを見比べたりしたんですか?」

「そんなの、素人には判断できないじゃない。常識的に考えてみてよ、こんなこと他人がやったとして、その人にメリットはないでしょ?濡れ衣だって言う方が、よっぽど苦しいのよ。認めなかったら停学になりますよ」


見てないんだ!フザけんな!と怒鳴りたい気持ちは「ていがく」の4文字によって見事に小さくなった。


「て……!?」

「認めても停学になるでしょうね。カンニングは特に厳しく取り締まってますから」

「冤罪ですけど!?」

「そうね、らちが明かないから認めたら反省文で許してあげますよ。全教科の補習には参加必須になりますけど」


なんて横暴なんだろう、と思うと身体が震えて言葉が出ない。目の前の中年のおじさんは、生徒指導室の長(のような風貌)のくせになかなか判断を投げているような顔をする。ふ、ふざけんな!



この女、陽一の前じゃ何も言えなくなっていたくせに。とりあえずテスト受けなさい、とちょっと柔らかそうな声で私に言ったくせに。私の全身に戦慄が走る。虫唾も走る。もう身体中に、走れるものすべて走っているような気がする。



「あら、地震かしら」

「怒りで身体が震えてるんです」

「震源地あなた!?」

「やってないって言ってるでしょ!気持ち悪いな!なんなら筆跡鑑定出してみろよ!安いところだと2万ちょっとでやれるらしいな!学校が費用出せよ?冤罪なんだから!!」

「な、あなた言葉遣いに、」

「うるさい!」



ああしまった言ってしまった、と思いながら、小さい時に担任の先生に「飛鳥さんは、好奇心旺盛で自己主張がよくできますが、気が短く忍耐力が足りないところがあります」と成績表に書かれたことを思い出す。



「なんで私がやった一択なの!?やってないっていう私の意見はこの空間のどこにも存在しないの!?あー痴漢の冤罪で苦しめられる男の人の気持ち分かった気がするわ!!最低最悪!こんなんじゃ教師にあこがれる子どもどころか高校の生徒が減るわ!!」


「……」



私が怒鳴った瞬間、生徒指導室から音が消えて、廊下を誰かが歩く静かな足音と窓の外を飛ぶ鳥の声だけが響く。




「……って……昨日のドラマで言ってましたよね」




「あなた……」


やばい全然ごまかせてなかった!あっどうしよう!結構な暴言吐いてしまった!


その時、押し殺したようにくっくっと笑う声が入口から聞こえてきた。


振り返る前にこの声、と気づいていたけれど、振り返るまで私は気づかない振りをする。すべての元凶なくせに無自覚で、だけど私の味方でいる男の声だ、と思う。



「飛鳥は、雑学があるタイプの馬鹿だよな。ふ、はは、2万で鑑定できるってマジかよ……」

「芹沢くん、関係ない人は入ってないで」

「生徒に示しがつかなくて困るなら、そのカンペ作った犯人見つければいいんだよね?」


呑気な声、と思いながら私は陽一の続きの言葉を待つ。女の先生は動揺したように、だけど負けじと言い返す。


「そんなこと」

「簡単だよ。だって和多先生、リークでしょ?これ」

「は……?」


女の先生と私は似たようなリアクションだ。陽一はまた少し楽しそうにだけど落ち着いた様子で、続ける。


「飛鳥のこと立たせた瞬間から、カンニングって自信満々だったもんね。飛鳥がやってるに違いないって態度だった。確認もせず飛鳥のこと立たせて動揺もなく、見せしめみたいに、きっちり15分経った時」

「何を言ってるの……?」

「誰かがリークしたんでしょ、飛鳥がカンペ作ってたとか、カンニングの常習犯だとか」



陽一の目と先生の目を交互に見ると、どちらの言っていることが正しくて、どちらがでたらめなのかは一目瞭然だ。私が先生をしっかりにらむと、それに気づいていないように先生は視線を落とす。


「……その通りよ。だけど誰かは言わないわよ、言わないでって言われてるから」



こんなところにも悪意があったのか、と改めて気づく。

誰かが、恣意的に、私をはめるために仕組んだことだったんだ、と、ここまで先生が認めてようやく私は気づいたのだ。ももちゃんが言っていたことをふと思い出して悲しくなる。

私は他人の悪意に鈍感すぎる。



「何で?そいつが犯人じゃん、決定じゃん。そいつ庇って無罪の飛鳥がテスト0点とか頭おかしくない?その生徒と関係持ってるしか説明つかないよ?」

「飛躍してるわ芹沢くん、冷静に考えて。私に教えてくれた子が犯人だなんて、不正を摘発するつもりだった正義感のある生徒がなぜ疑われるの」


だんだん先生の言っていることが理解できてくる。私は確かにやってない、だけどそれは先生からしたら、にわかに信じられないうえに、説明がつかない事実なのだ。

疲れてきたな、と思って陽一を見上げると、陽一はまるで怯んでいないように、真っ直ぐな目で先生を見ている。どうして、と思ったときに陽一が口を開く。




「簡単だよ。飛鳥はやってない、これが何よりも確実だから」



私は期待と諦めの混ざった気持ちで、ただ前を見て黙っている。








勢いに圧されて口を開いた和多先生から出た人物名は、知っているけど関わったことがほとんどない女の子のものだった。

この女の人、分かりやすく陽一には弱いんだな、と思うとため息がでる。私の意見を聞く気は、なかったくせに。



「クラスの女子だな……飛鳥、何か恨まれることしたの?」


「……そういえばこないだクソビッチって言われたの、その子にだ。私が本当に二股女だと、思ったのかな」


「わかった。俺が、話つけてくるから」



それに返事をしたくないくらいには、私は消耗していた。
身軽そうに身体を翻して陽一は指導室から出ていく。



「そろそろ休み時間終わるんで、続きのテスト受けてきます」

「まだ話は」

「あー、陽一が話つけてきてくれるらしいんで、犯人が見つかったら、その子のテスト全部0点にして停学にしてくださいね」


まさか本当にはしないよな、フッと笑いながら私も生徒指導室を出る。窓の外に見える空は微妙に機嫌の悪そうな曇り空だ。梅雨はもう、終わったと思ったんだけどなあ。



この数日間で向けられた悪意を冷静に数えなおしてみる。ことの発端はあの黒板張り出し事件で、それから雪崩のように起きた靴隠し、教科書盗み、教科書八つ裂き、花瓶の花。極め付けに、今日のカンニング騒動だ。

さすがに今回のように停学やらテスト0点やらを突き付けられるのは困るけれど、それ以外は自分で対処しようと思えばどうにかできることだし、私が変なのかもしれないけれどあまり傷ついていなかった。

それよりも私が少し怖くなっていたのは、周りの女の子にとっての陽一の存在感と、それを邪魔する私の存在について、だ。

私にはその認識が足りなかった。陽一がとても人気で、嫉妬の対象が自分であることを、ももちゃんに言われるまで気が付かなかった。

ももちゃんが当然みたいに知っていたこのことを私が知らなかった。その理由を考えると、私は動けなくなる。私だけがそれを知らなかった、知らずにいられた理由を。