きみを守る歌【完結】

陽一はへらりと笑う。口角が上がって、見える歯並びはとてもきれい。本当に不真面目だな、と悪態をつきながら、こんなことを話している時は平穏で、楽しいかもしれないと、思うときがある。


「なんで最近、そんなにも眠いの」

「んー……何というか、バイト?してるから」

「へー。何バイト?」


一口小さすぎないか、となんとなく陽一がスプーンを口に運ぶところを目で追っている。ちゃっちゃと食べないと、授業始まっちゃうじゃん。


「なんていうかな……飲食?的な」

「飲食って大分ざっくりしてるじゃん」

「そんなに責めんなって、俺のこと気になって仕方ないの分かるけど。飛鳥のエッチ」

「は!?バニラアイスカッターシャツの中に入れるぞ」

「ちょ、中って。エロい」

「は!?もう授業だし帰ろ」



空になったカップをゴミ箱に捨てようと立ち上がると陽一が「食べるの早くない!?」と驚いたように後を追ってくる。こんなところで油売ってないで遅刻届取りに行きなよ、と振り返るとまた近い距離で陽一が私を見下ろしていた。


「……なに?」

「冷たくなったなぁ」



影ができる。自嘲気味に笑うな。



「え、誰のせいか考えろって言いたいし、そもそも私が冷たいとか関係ないでしょって言いたい」

「うん、言ってるな」

「てか何、この距離感」

「キスしてもいい?」



もっと精神的に近くに居た、ころが遥か昔に感じる。どれくらい前だっけ、戦前?馬鹿じゃないのかなこの人、自分が相当意味不明で支離滅裂なことを早く理解した方がいい。できるだけ早く。


そもそも今まで許可を取ってキスしたことがあったか。ない。



「香住先生が、深夜徘徊はやめろって言ってたよ」

「ん」

「ガキだから大人の女に憧れるのは分かるけど、って」



こんな鎌のかけかたをするなんて恐ろしく滑稽だ。自分でもドン引きしたけれど、陽一は驚くでも、否定するでもなく笑った。



「うわー、見られてたか」



認めた。――突然窓の外の音が大きくなった気がして、次の瞬間にはそれが気のせいだったと我に返る。一連が過ぎ去ったあとに、錯覚はすべて目の前の男と、それに意識をとられすぎた自分のせいであることに気づく。

じわじわと身体に浸透していく怒りに、両手が少しだけ震える。



「私で遊ばないでくれるかな。簡単にキスして、特別であるかのように扱って」

「特別だよ。飛鳥が信じないだけで」

「軽い……!何でそんなこと言いながら、いつも女の影ちらつかせてんの、何でそれで私が信じると思うの」




問題は他にもある。私たちが消したり引いたりしてどろどろに曖昧になった線を明確にできない理由として存在する、とっても簡単な問題。それを具体的に言葉にするほど私は惨めにはなりたくないし、この男のことを信じられないし、好きになりたくない。




「だって飛鳥は俺のこと好きにならないじゃん」


「好きにならないよ。だから色んな女と遊びつつ私にちょっかい出すの?」


「みんな特別ってこと」




問い詰めたって一緒だ、と一度だけ目を閉じる。切り替えるために陽一のお腹に華麗にエルボーをくらわせて私は教室へ戻った。

深呼吸しながら心をなだめる。さあ気合入れてイケメン探そうっと!!



「う―――ん……」

「どうしたの飛鳥、ようやく勉強が大分やばいことに気が付いたの?」

「なんか……あんまりイケメンいないよねえ」

「まだそんなこと言ってたか!!」


もうすぐテストだよテスト!とももちゃんが私に向かって叫ぶのを、10秒遅れで理解した私はああっと思う。


「いつだっけ!」

「来週だってば!飛鳥あんた、A市の花火大会行きたいって言ってたよね?去年みたいに補習に引っかかって5時まで学校にいたんじゃ、場所取りに完全にやられていい場所で見れないんだからね」

「はっ……!?」


8時から花火が上がる、この地域で最大規模の花火大会では、規模もさることながら人の量が想像を絶するのだと、去年私は学んだはずだ。昼間からお祭りで賑わっているうえに、夕方からはどっと人が増えて電車もバスもイモ洗い状態になる。


「それは嫌だ……!」

「じゃあ勉強しなよ!もう遅いか!ハハ」


ももちゃんが半ギレしながら笑っているので本気を悟る。私ってばうっかりしていて……っ!ああ、こんな時にイケメンがそばに居てくれれば頑張れるのに。テストなんか全教科満点なのに。

そう漏らすとももちゃんがはあ、と苦笑いで溜息をついた。


「いるじゃん、学年一位の秀才かつイケメンが、すぐそばに」

「あー陽一以外で」

「なんでそんなに芹沢が駄目かねえ」


さっき陽一とアイスを食べたことを思い出す。近づくほどがっかりして、信じるほど信じられない部分が見えてくる。そして陽一はそれを、わざとやっていると思う。あっけらかんと、だけどしたたかに。


「ももちゃんも本当は気づいてるでしょ。外に女がいること」

「……あー……えー?」


外に女がいるって、言ってから笑えてくる。何なんだ私、家内か?ももちゃんは納得いっていないように言葉を濁しながら、だけど否定しない。直接陽一から聞いていないかもしれないにしろ、何か思い当たる節があるんだろう。


「だから、陽一はなし。陽一も私はなし」

「……それにしたって、さあ。あんたたち幼馴染なんでしょ。恋愛対象か他人の2つしか選択肢ないの?」

「どういう、こと」

「私はこうやって近くに幼馴染がいないからわかんないけどさあ。なんか幼馴染って、もっと違うかたちでも、成り立つもんじゃないの」



突然肌にじっとりとした空気が触れたような気がして外を見ると、雨が降り出しそうな曇りだ。きっと今頃、小さな虫が低空飛行をしてる。ももちゃんの言っていることを噛み砕こうとして、時間がかかった。



「芹沢を恋愛対象にしまいと意識してるのは、飛鳥のほうだよね」



理解した時には、自分の思い込みの激しさと現実のギャップに、赤面せずにはいられない。苦しいくらいに、恥ずかしい。



駅から家までの道のりを歩いている途中に、携帯が震えた。お母さんからのメールで、「ごめん、突然会社の飲み会に参加することになった。ごはんの用意何もしてないから、外で食べてきて」という割と勝手な内容だった。いや、別にいいんだけども。


自転車で5分もかからないくらいの距離に、陽一の家があるな、とふと思ってすぐに撤回する。いやいやいくらなんでも都合がよすぎるし、そもそも陽一と私が幼馴染なだけで、親同士は別に仲良くない。


致し方ない、ファミレスで済ませるかあ。そう思って目の前にあるファミレスを眺めると、有名な全国チェーン展開しているファミレスの、ポップな外装の雰囲気に合わない金髪でいかつい男の人が窓側の席に座っているのが見える。



「……ノリくん!?」


思わず、一人でソファーの席を占領しているノリくんの正面に座る。ノリくんは顔を上げながらいつものごとくきつい口調と目線を私に向けてくる。


「てめえどの面下げて人の邪魔しやがってんだよこのクソブス……って、あなたですか」

「人のこと認識する前にブスって罵る癖やめた方がいいと思うよ!」

「はっ……この間は、失礼いたしました」


あっブス呼ばわりしたことは謝ってくれない!と思いつつやってきた店員さんからおしぼりを受け取る。



「イカスミパスタとヨーグルトラッシーください」

「かしこまりました」

「グロテスクなコンビですね……」


立ち去る店員さんをなぜか同情するようにノリくんが見送っている。そんなノリくんはドリンクバーのみの注文のようで、飲み切られていないアイスコーヒーのグラスの中で氷が小さくなっていた。


「ノリくんはこんなところで何してるの?」

「今は休憩中です。坊ちゃんが帰ったらまた、身の回りのお世話がありますので」

「ああ、霜田先輩ね……っていうか聞くたびに思うけど坊ちゃんっていう歳の差じゃないよね……」


ノリくんは持っていた本を畳んで机の端に置いた。休憩中に本を読むなんて本当に見た目にそぐわないんだから、と思っているとノリくんが悔しそうな声を上げる。


「もう今では送り迎えすら許されない身……っ」

「えっ学校が?そんなことまで禁止するの?」

「いえ、これは坊ちゃんの意向で」


はあなるほど、確かに散々騒動を起こした後でぬけぬけと一緒に登校していたら、とんでもない注目を浴びそうだもんな。


「本当に霜田先輩の言うこと何でも聞くんだね。もう使用人になって長いの?」

「来月で10年になります」

「はっ!?ノリくん28歳なんだよね!?」


高校卒業と同時に霜田家に就職したということだろうか。霜田先輩が有名なベビー用品会社の御曹司であるということはこの間、香住先生から聞いた。条件だけ聞けばつくづく素晴らしい人だ、短足呼ばわりされたからもう好きにはなれないけど。


「はい、本業にしたのは22歳からですが。それまでは大学へ通いながら坊ちゃんの使用人の見習いを」

「見習いとか……あるんだ……?」


世の中には理解できない世界があるんだなあ、と思ってラッシーを飲みながら、私はあることに気づく。


「もしかしてノリくんって、霜田先輩の勉強も教えてる?」

「はい。身の回りの世話兼家庭教師もしています」

「私にも勉強教えて!」

「お断りします」


なんていい案なんだ!と思った直後には断られていたので私は驚きを隠せない。そのタイミングでイカスミパスタが運ばれてきた。フォークを通しながら私は抗議に出る。


「なぜですか……!」

「忙しいし、義理も愛もないからです」

「何てことを言うの……!」

「恩もないです」

「かつ重あげたじゃん!」

「あれ、米の底まで油を吸っていて最悪でした」


今すぐイカスミをかけてやりたい。というか貸しはあるでしょうよ。この間すごぉく迷惑をかけられたことを、忘れたとは言わせない。と思いつつ私はもっと効果的な交渉手段を思いつく。


「学校での霜田先輩レポートするから」

「乗りました」


やった、やりましたよ私。ノリくん簡単すぎるでしょう。こんなに霜田先輩のことが気になって仕方ない人が、私には「義理も恩も何もない」と言ったけど。身内にしか優しくない俺、って見た目通りだなー!と私は微笑む。

これでテストは大丈夫なはず。花火大会のためならやる気もでる。陽一に頼らずにいい点出してみせるからな。

これが超イケメンの彼氏だったらやる気100倍だったけどな、とふとノリくんを見上げる。ノリくんは金髪ピアスだけど、そういえば今日はスーツをきっちりと着ているからか、学校で見ていた時よりも落ち着いて見える。

霜田先輩みたいに白い肌で中性的な顔、というわけではないけれど、ノリくんの主張の強い顔のパーツは整っていた。



「ノリくん、眉間の皺なくしてみて。もうキャラづくりしなくていいじゃん」

「あなたといると皺が寄るんです」

「いいから!!」


余計なことを言うのが好きだな、この人も。


ふっと顔から力を抜いたノリくんの表情は穏やかで、ずっと親しみやすい人に見えた。え、ちょっと、ノリくんって実はイケメンなんじゃないの……!?私がずっと探してた人……!?近すぎて見えてなかっただけで、実はノリくんが私の運命の人……っ


「な、わけないかー」

「何ですか、人の顔みて落胆するなんて失礼ですね」


スーツだから分からないけど、筋肉バチバチだしな。マッチョは素敵だと思うけど私の射程範囲内ではない。うっかり勘違いするところだった、イケメンに飢えた日々とは危険なものだ。


「ノリくんはなんでそんな強面のヤクザキャラなの?」

「別にヤクザは目指してませんが……そうですね、しいて言えば坊ちゃんを守るのに手っ取り早いからですかね」


まあそのコワモテがあれば、あの筋肉を見せつけられるまでもなく恐れおののくかもしれないな。


「だからキャラも徹底してるんだ。人のことすぐブスブス言って」

「…………」

「本音だったみたいな顔しないで!!」


さっきから何回もさりげなく撤回させようとしてるのに!


「それにしても、使用人ってもっと清潔さに命かけてる感じかと思った」

「私が不潔だと言いたいんですか」

「そうじゃないけど、怖いじゃん。そんなだと、風評被害たたないの。近所の人に『壮也くんは最近、悪い友達とつるんでるのね~』とか言われないの?」

「……」


ノリくんの動きが止まり、眉間に深い皺が刻まれた。それを見て勝った気になった私は饒舌になる。ちょっとさっきの仕返しだ。


「霜田先輩が、そっちとつながりあるとかいう噂立たないの?ノリくんのせいで」

「今すぐ黒染めしてきます」

「先に勉強教えて!!」




次の日、時間ぎりぎりに学校へ着くと陽一が先に来ていた。私に気づくとおっす、とあいさつをしてくる。いつも通りな人だ。


「何かゲッソリしてない?」

「あーいろいろあって……」


昨日のノリくんのせいだ。数学の教科書しか持ってなかった私が悪いけど、私の理解力のなさに途中からスパルタが入ったノリくんはビシバシに怒鳴りながら私に教えたのだ。

抵抗できぬままなんと日が暮れるまで教えていただいたうえに今日までの課題を出されたおかげで家に帰っても休めなかったのである。

まさか私が勉強してたなんて知らないであろう陽一は私の顔を覗き込む。


「何か悩んでんの?太ったこと?」

「あー席替えいつかな!!!」


その時教室に異変が起きた。いきなりザワッとして、教室の中が静まり返る。なんだなんだ、こんな静かにされたら寝ちゃうじゃないか。そんなことを考えているとクラスの男子が戦慄したように陽一のもとへやってきた。


「……よ、陽一……伝説のセイラちゃんが陽一のこと呼んでるぞ」


どうやら陽一の来客に教室の中はざわついたらしかった。セイラちゃんって、小公女みたいで可憐な名前だなぁ。伝説ってことは100年に1度くらいしか姿を見せないポケモンなんだろうか。


陽一はさほど驚いていないように、のんびりと答える。


「せいらちゃん?誰だっけ」

「あの、今年の新入生で一番かわいいって有名な!」


へえ、と思ってドア付近を見ると、確かに周りとは一線を画している美女が立っていた。白い肌に華奢な体つきで、小さな顔は抜群に整っている、1000年アイドルみたいな風貌の女の子だ。

うわ、可愛いなあ、と思って見とれていると、陽一が立ち上がって彼女のもとへ行った。


新入生ってことは、1個下かあ。2年生の教室までやってくるなんてすごい勇気だなあ。と、陽一たちのほうを眺めてると、陽一が何やらこっちを指さしながら話していた。やば、小公女セイラがこっちを見ている。なんでだ、余計なこと言ってるんじゃないんだろうな。

あれ、俺の幼馴染なんだけど、最近太ってきてさあ。アレ絶対鈴カステラの食べ過ぎだよね。とか言ってないだろうな!?


「ちょっと、人のこと指さしてなかった?」


戻ってきた陽一にそう訊ねると、陽一は悪びれもせず頷いた。


「今日の放課後空いてるかって言われたから、あの子とクレープ食べに行くからごめんって」

「今初めて聞いたけど!?」

「俺もさっき考えた」


そう言って陽一はかかか、と笑う。ふざけんなどこからどこまでが笑いごとなのか説明してみろと凄みたいところだけど、今日は少しだけ疲れているのが悔やまれる。


「いいじゃん。俺駅前のクレープのクーポン持ってる。行こうよ」

「あー……用事ある、今日は」


さっさと断れない自分にはまあまあ嫌気がさしている。クレープのクーポン、という言葉に全力で釣られそうなのだ。否、ここは自分を強く持つ場面よ、飛鳥!


「へえ、用事って?」

「いろいろ」

「何だそりゃ」


ノリくんに勉強を教えてもらうことが、別に言いにくいことじゃないことは分かっている。だけど何となく言いたくないのは、どうしてなんだろう。

でも陽一だって、何のバイトをしているのかちゃんと教えてくれなかったんだから、私だって話さなくてもいいはずだ。


「いろいろはいろいろ。一人でクレープ食べてきて」

「えー」


陽一はなんだよ、とつまらなさそうに返事をしたのちすぐにあくびをして前に向き直る。そんなもんだ。

クレープは確かに悪くないけど、まずは試験で赤点を取らないことが先決だ。私のこんな悩みは陽一にはきっと分からないだろう。昨日のノリくんの鬼の顔を思い出して背筋が凍る。昨日は教科が悪かったんだ、私だって数学以外は得意なんだから。



バンッ!!という音を立てて机が鳴る。


「キャ――――」

「だああああら、evryoneは単数だって言ってるだろうが!!キャーじゃねぇ」


同じファミレス、ノリくんの向かいに座ってはあ……と細い声を出しながら解答を確認する。たしかに、everyone areってなってる。スイマセン……と返事をしながら消しゴムをかけた。


「なんでそんな豹変するの……?」

「ああ、嫌でしたか。坊ちゃんがこういうスタイルを好むもので」

「霜田先輩ドМなの!?」


衝撃的な事実だ。勉強はビシバシ教えられたいタイプなんだ。掘れば掘るほどあの人って訳ありで面白いんじゃないか。


「というよりも、高校2年生の頭じゃないですよあなた!こっちまで頭悪くなりそうです」

「今日の霜田先輩、撮ってきたよ」

「Good job mate」


ノリくんの頭が悪くなることはなさそうだ。私がスマホを見せると、心なしかきらきらとした目つきで私の手元に顔を近づけた。案外ファミレスの机って大きいんだな、とその時に実感する。

そういえばノリくん、金髪のままだけど、ワックスでオールバックにするのをやめたようだ。今日は触っていないみたいで、さらさらとした金髪が、男の人にしては、長い。


「学年違うくせにこんないいアングルで坊ちゃんのこと撮るなんてストーカーですか?だったら殺しますからね。この写真は頂いておきます」


言ってることがめちゃくちゃだ。そんなことを言ったか言わなかったか、とりあえず私はノリくんと連絡先を交換して、霜田先輩の写真を数枚送った。その時ノリくんが当たりを見まわした。


「――?」

「どうしたの」

「今、人の気配がしませんでしたか」

「え、ファミレスの中だし人の気配しかしないけど?」

「……あなたのような鈍感な人間には、分からないでしょうね」


ノリくんは知れば知るほど失礼な人だ。もちろんすごく面白いけど。そう思うとすごい逸材を学校から遠ざけてしまったのか、という気になる。


そしてある朝いつも通り学校へ登校した私は、ノリくんの言っていた意味を理解する。靴箱に可愛らしいピンクの封筒が入っていたのである。


「告白かな!?」

「不幸の手紙だろ」


陽一に鋭い睨みで返事をすると、ワクワクしながら私は手紙を開いた。中には写真と一枚の便せんが入っている。便せんにはこう書かれていた。



「彼氏が居るのに他の男と遊ぶなんて最低。今すぐ芹沢先輩と別れてください。じゃなきゃ取り返しのつかないことになるから」



写真には、私とノリくんがファミレスの中で顔を近づけている様子が映っている。



「えええええ」

「何て書いてあったの?」

「いや、いやいや、やばいこの手紙。この手紙の中には勘違いしか存在してない」



何だろうこれ、脅しのつもりなんだろうか。写真のアングルが絶妙で、ノリくんは私のスマホに顔を寄せているだけなのにスマホはぎりぎり写ってないし、スマホを見ながらノリくんが私を見上げた一瞬がうまく撮られている。

これじゃ確かに訳ありに見えなくもない。けど、え、え?この写真が何の証拠なんだ?そして仮にこれが証拠として効力を持った場合、私は何か迷惑を被るのか?頭が悪いから考えても分からない!

陽一が覗き込もうとしてきたのでとっさに手紙を鞄の中にしまう。


「何だよ、隠し事かよ」

「付き合ってない人と別れるにはどうしたらいいかな???」

「はー?」


陽一の不可解そうな顔に今日はすごく共感できる。私もそんな気持ちだ。


「はー、災難だね、そりゃ」


教室に入ってももちゃんに写真を見せながら事情を説明すると、ももちゃんが少し笑いながらそう言った。


「え、これ災難なのかな?私はただ意味が分からないんだけど」

「セイラちゃんだっけ、やるなあ。2年に喧嘩売るなんて」

「なんで犯人が分かったの!?天才!?」

「いや、書いてあるじゃん。『芹沢先輩と別れろ』って」





ああ確かに、と気づく。差出人の名前が書いてないから匿名にしたいのかと思ったら、ちゃっかり先輩って書いちゃってる。じゃあ後輩の誰かか。だからと言ってセイラちゃんと決まったわけでは、と思いつつもセイラちゃんしか1年のことは知らないから、他に候補が出せない。


「こないだ、そのまま刺すかってくらいの勢いで飛鳥のこと見てたもんね」