僕たちが仕掛けた爆弾が爆発して以降、世界がひっくり返ったようになった。

 町はミグラトーレの新作を一目見ようと押し寄せてくるし、誰も住んでいない空家は引っ越しの希望が大量に来て町の行政は一週間でパンクした。

 それでも人間は生きていかなくてはならず、次第に住人は適応していった。今ではミグラトーレに負けまいと、暇な老人たちが自宅庭に変なオブジェを立てたり、米農家は田んぼアートでSNSを騒がせている。

 一方の僕と言えば、

「疲れた」

 初めての人ごみに酸欠気味だった。

 ようやく表彰式の会場になっているホテルに着いた僕はラウンジで項垂れている。

 唯織がかつて言っていた鉄道が何本も重なっているという表現がようやくわかった。地下鉄の路線にどれを乗れば良いのかわからず、何回も間違えてしまう。スマートフォンがあれば迷うことはなかったのだろうな。と一年前のことを違う意味で後悔していた。

「お隣いいですか?」
「はい。どうぞ」

 人混みに酔ってしまったのであまり近くに人を寄せたくなかったけれど、駄目と言って余計なトラブルになっては敵わない。唯織曰く、都会人は短気らしい。ここに来る途中にもぶつかりそうになって、かなり舌打ちをされた。もう帰りたい。

「お疲れですね」
「はい。慣れていないので」
「そうですよね。あんなド田舎じゃ、観光客増えてもここまでは」

 よくやくここで隣に誰が座っているのか気がつく。

「久しぶりだね」
「お久しぶりです」
「まさか本当に来るとはね。たった一年であそこまで腕を磨くのはお見事だよ。無理したんじゃない?」
「追いかけてる背中が遠いですからこれくらい早く走らないと」

 当然、ここにいるということは僕の描いた絵画が受賞したということである。金賞でないのだが、そこは許してほしい。

「ところで日本一高い電波塔には行った?」
「いいえ。もうホテルから出るのは止そうかと」

 表彰式の後は帰る電車はないので、ここで一泊することになっている。正直一歩も出たくない。周囲からの舌打ちがトラウマになりそう。

「もったいないね。見聞を広めることは財産になるよ」
「だったらキサさんが案内してくださいよ」
「それってデートのお誘い?」

 ミグラトーレとしての活動も順調で今や破壊の対象は概念にまで達したと世間は大騒ぎであるが、当の本人はあの日とあまり変わらず僕の事をからかってくる。

「そうですね。デートですね」

 だけど、僕はあの頃のままではない。少しは成長したところを見せつけてやる。

「キサさん」
「なに?」

 耳元であの日に言わなかった言葉をささやく。

 僕が恥ずかしがって顔を赤く染めることを期待している表情は、驚きの色に変わり次第に赤く染まっていった。

「ああ、そう。そうなんだ」

 いい年の大人が高校生に対して顔を真っ赤に染める光景は周りから見たら滑稽に映るのだろう。

「それで返事の方は」
「もう、いいから観光に行くよ」
「その前に表彰式ですけどね」

 耳まで赤くしたキサさんの背中はあの日と全く変わらない。

 芯が強くて魅力的で追いかけずにはいられない。

 その背中に追いつきたくて僕は絵を描いている。

 少しは近づけただろうか。それは僕が判断すべきことではない。

 追いかけ続けているあの背中はまごうことなく憧れで、揺らぐことない恋である。