「始まったね」
「何がですか?」
「仕掛けた爆弾が爆発したのさ」
初めの音を皮切りに次々と破裂音が追随する。その音は山にぶつかり反響し町を包み込んでいく。まるで町全体が大きな生き物となり声を上げて空気を振動させているようであった。産声のような空気の振動が全身に伝わってくる。
「さすがにあの量だとかなりの音だね」
「いったい何が起こってるんですか?」
「見ればわかるよ。そのためにここに呼んだのだからね」
キサさんはフェンスから身を乗り出して町を見下ろす。僕もそれにならって町を見下ろすと、そこには想像もしていない光景が広がっていた。
「町が変わっていく」
先ほどから続いている破裂音の正体はペイント弾であった。一軒一軒に大量に仕掛けられたペイント弾は照射されるたびに弾けて、周囲に極彩色を撒き散らしていく。
言ったとおり、僕の描いた絵が現実になっていた。
「ちなみに、これ生放送中だから」
いたずらな笑みを見せたキサさんはスマートフォンで動画配信サイトを見せてくる。映像から推測するにここのさらに上から撮っている。よく見れば給水タンクの上に完全防寒着姿の須藤さんが待機していた。
なんだかんだあの人も振り回されて大変そうである。
その後も町の全てを極彩色に染めるまで爆弾は爆発し続けた。廃れた田舎町はあという間に変換を遂げる。それは芸術の町と呼ぶにふさわしい風景だった。
「復讐完了だね。この動画もかなりの人が見ているし、今日にも大勢の人が訪れるだろうね」
慌てふためく町の人達を想像したのか、キサさんはお腹をかかえて笑いを堪えている。
僕は茫然と一変してしまった町を眺めていた。
あれほど破壊したいと思って、頭の中で破壊し続けた町はもうない。
子供が気のままに色を塗り重ねたような規則性のない色配置は僕の中で眠っていた好奇心を惹き起す。
僕はあの頃を忘れようとして、忘れ過ぎていた。
「絵画の世界に決まった色は存在しない」
あの絵画教室で教えてもらった唯一のことを思い出して呟く。林檎は赤、草は緑、そうやって型にはめ込んでしまうと絵は途端に表情を失う。
「やっと思いだしね」
「これを伝えるためにわざわざこんなことしたんですか?」
「どうだかね」
本当のところはどんなに問い詰めても頑なに語らないだろう。
撮影を終えた須藤さんが寒さに震えながら給水塔を下りてくる。唇まで真っ青で本当に気の毒になる。
「そろそろ時間です」
「そうか」
結局、僕はこれからどうするのだろう。今は圧倒的な才能の前に打ちひしがれ、先の事を考えられそうにない。
「えーっと、鳥海朱鳥くん。あなたに伝えなくてはいけない事があります」
キサさんは咳払いをすると口調を改めて姿勢を正す。
「コンクールの応募ありがとうございます。しかし、未完成の作品を送ってこられても評価に困ります」
急に何を言い出すのか理解に苦しむ。コンクールに応募? 僕はそんなこと。
「破壊の衝動をそのまま表現することは大変よろしいですが、色が塗られていなければ評価のしようがありません。以上」
「唯織が送ったやつか」
「やっぱり。君が送るわけがないか」
大げさな態度で肩をすくめる。
「私はあのコンクールの選評の仕事をしているわけでさ、はじめ君の名前を見た時は期待したんだけどね。蓋を開けてみたら未完成なんだもの。頭にきちゃうよ」
「それでいきなり飛び出されても困りますけれど」
すかさず須藤さんが非難の声を上げる。先ほどの扱いも含めて抗議しているように見えた。
「つまり、キサさんは僕の絵を見てここに来たということですか?」
「そうだよ。君があまりにもふざけた絵を描いているからね。ま、本人は真面目に描いていたようだけれど」
責めるような視線を僕に向けると一枚の紙を渡す。
「来年はちゃんと完成した作品を頼むよ」
渡された紙は来年度のコンクールの応募用紙だった。入選者は表彰のためにパーティに招待される趣旨が書かれている。あの夜の返事はその時にしてくれるということだろう。
「じゃあ僕からも」
ポケットからスマートフォンを取り出してマフラーを外す。
「これ返します」
キサさんと繋がっていないのであればこれはゴミと同じだ。マフラーは未練を残さない為に返した方がいいだろう。それにこんな物がなくてもまた会うつもりだ。僕はキサさんのことを思い出にする気はない。
言葉の意味が伝わったようでキサさんは不敵に笑う。
「それじゃ」
「はい」
特に別れの言葉も交えずキサさんは去っていく。
いまここで想いを伝えなかったことを後悔する日が来るかもしれない。けれど伝えたところであの人は、僕のことをまだちゃんと見てくれていない。
追いかけるべき背中を忘れないように、強烈に脳裏に焼き込んでいく。迷った時にはこれが標となって僕を導いてくれる。
今やあの人は憧れだけの存在ではないのだから。
「何がですか?」
「仕掛けた爆弾が爆発したのさ」
初めの音を皮切りに次々と破裂音が追随する。その音は山にぶつかり反響し町を包み込んでいく。まるで町全体が大きな生き物となり声を上げて空気を振動させているようであった。産声のような空気の振動が全身に伝わってくる。
「さすがにあの量だとかなりの音だね」
「いったい何が起こってるんですか?」
「見ればわかるよ。そのためにここに呼んだのだからね」
キサさんはフェンスから身を乗り出して町を見下ろす。僕もそれにならって町を見下ろすと、そこには想像もしていない光景が広がっていた。
「町が変わっていく」
先ほどから続いている破裂音の正体はペイント弾であった。一軒一軒に大量に仕掛けられたペイント弾は照射されるたびに弾けて、周囲に極彩色を撒き散らしていく。
言ったとおり、僕の描いた絵が現実になっていた。
「ちなみに、これ生放送中だから」
いたずらな笑みを見せたキサさんはスマートフォンで動画配信サイトを見せてくる。映像から推測するにここのさらに上から撮っている。よく見れば給水タンクの上に完全防寒着姿の須藤さんが待機していた。
なんだかんだあの人も振り回されて大変そうである。
その後も町の全てを極彩色に染めるまで爆弾は爆発し続けた。廃れた田舎町はあという間に変換を遂げる。それは芸術の町と呼ぶにふさわしい風景だった。
「復讐完了だね。この動画もかなりの人が見ているし、今日にも大勢の人が訪れるだろうね」
慌てふためく町の人達を想像したのか、キサさんはお腹をかかえて笑いを堪えている。
僕は茫然と一変してしまった町を眺めていた。
あれほど破壊したいと思って、頭の中で破壊し続けた町はもうない。
子供が気のままに色を塗り重ねたような規則性のない色配置は僕の中で眠っていた好奇心を惹き起す。
僕はあの頃を忘れようとして、忘れ過ぎていた。
「絵画の世界に決まった色は存在しない」
あの絵画教室で教えてもらった唯一のことを思い出して呟く。林檎は赤、草は緑、そうやって型にはめ込んでしまうと絵は途端に表情を失う。
「やっと思いだしね」
「これを伝えるためにわざわざこんなことしたんですか?」
「どうだかね」
本当のところはどんなに問い詰めても頑なに語らないだろう。
撮影を終えた須藤さんが寒さに震えながら給水塔を下りてくる。唇まで真っ青で本当に気の毒になる。
「そろそろ時間です」
「そうか」
結局、僕はこれからどうするのだろう。今は圧倒的な才能の前に打ちひしがれ、先の事を考えられそうにない。
「えーっと、鳥海朱鳥くん。あなたに伝えなくてはいけない事があります」
キサさんは咳払いをすると口調を改めて姿勢を正す。
「コンクールの応募ありがとうございます。しかし、未完成の作品を送ってこられても評価に困ります」
急に何を言い出すのか理解に苦しむ。コンクールに応募? 僕はそんなこと。
「破壊の衝動をそのまま表現することは大変よろしいですが、色が塗られていなければ評価のしようがありません。以上」
「唯織が送ったやつか」
「やっぱり。君が送るわけがないか」
大げさな態度で肩をすくめる。
「私はあのコンクールの選評の仕事をしているわけでさ、はじめ君の名前を見た時は期待したんだけどね。蓋を開けてみたら未完成なんだもの。頭にきちゃうよ」
「それでいきなり飛び出されても困りますけれど」
すかさず須藤さんが非難の声を上げる。先ほどの扱いも含めて抗議しているように見えた。
「つまり、キサさんは僕の絵を見てここに来たということですか?」
「そうだよ。君があまりにもふざけた絵を描いているからね。ま、本人は真面目に描いていたようだけれど」
責めるような視線を僕に向けると一枚の紙を渡す。
「来年はちゃんと完成した作品を頼むよ」
渡された紙は来年度のコンクールの応募用紙だった。入選者は表彰のためにパーティに招待される趣旨が書かれている。あの夜の返事はその時にしてくれるということだろう。
「じゃあ僕からも」
ポケットからスマートフォンを取り出してマフラーを外す。
「これ返します」
キサさんと繋がっていないのであればこれはゴミと同じだ。マフラーは未練を残さない為に返した方がいいだろう。それにこんな物がなくてもまた会うつもりだ。僕はキサさんのことを思い出にする気はない。
言葉の意味が伝わったようでキサさんは不敵に笑う。
「それじゃ」
「はい」
特に別れの言葉も交えずキサさんは去っていく。
いまここで想いを伝えなかったことを後悔する日が来るかもしれない。けれど伝えたところであの人は、僕のことをまだちゃんと見てくれていない。
追いかけるべき背中を忘れないように、強烈に脳裏に焼き込んでいく。迷った時にはこれが標となって僕を導いてくれる。
今やあの人は憧れだけの存在ではないのだから。