くびれたソファーで目覚めた僕は置手紙を見てあの人らしいと思ってしまう。あの人はもうこの町にはいない。置いていかれたことへの怒りがわかないわけではないけれど、僕は最後まで見届ける必要がある。

 僕たちの仕掛けた爆弾がどうやって爆発してこの町をひっくり返すのか。

 それにこれが僕の思いに対するキサさんなりの答えなのだろう。僕はまだあの人の傍で絵を描く資格を得ていない。
それからの日々はあっという間に過ぎて行った。

 描きあげた絵。出来栄えとしては納得のいくものではなかった。

 しかし、僕の描いた絵は満場一致で選ばれた。唯織や大河が満足するのはわかるが、館山も何故か満足げであった。その場で不満だったのは僕だけだろう。

 あの絵には色がついていなかった。わざと塗らなかったわけではない。色を塗る画材がなかったのだ。頭の中にあるあの絵はちゃんと色付けされている。色は後で付ければ良いとみんなは言っていたけれど、未完成の作品が採用されることには納得がいかない。

 キサさんにそんなことを言ったら、芸術家ぶるな、と叱られそうだ。
その日のうちに絵は升目状に細分化されて、それを一畳分のベニヤ板に下書きしていく。

 これからが本番であり、そこに僕の指定した色の紙を細かく千切り貼り付けていく。

 根気のいる作業であるが、三年生以外の生徒全員が参加する大人数の作業なので、皆楽しみながら作業をしていた。

 朝早くに登校して巨大貼り絵の制作を行い、放課後には裕司さんの店で働く。帰宅後は母の食事を作ってから、制作をしにまた学校へ行く。

 徒歩では流石に不便なので大河の自転車を借りた。

 僕の描いた絵が採用されたことはすぐに町中に広がり、色々な人から声をかけられる機会が増えた。

 どれも好意的な声ばかりで、それまで冷たかったのが嘘のようである。

 それでも気持ちは複雑である。僕はこの町の大人たちがどんな気持ちを抱いているのかを知っている。

 僕に声をかけるのは過去の行いを許してもらう為ではなのかと、穿った見方をしてしまう。こんな愚痴を吐けるのはキサさんくらいだったので、ついついアトリエに足を運びそうになってしまうけれど、あそこにはもう誰もいない。
あの日からは一度も行っていなかった。

 ついでに言えば、僕とキサさんの噂は恋人関係にあるという尾ひれがつくには飽き足らず、遠距離恋愛で高校卒業を気に結婚すると、足まで生えて町中を歩き回っていた。

 そうした噂を人と出会う度に一つ一つ否定しながら、数日が過ぎる。

 縦十メートル、横十五メートルに及ぶ巨大な貼り絵は生徒達によって着実に完成させられていく。

 このペースならば数日後の予餞会には間に合う。

 制作の合間を縫って、キサさんと廻った町を自転車で走るのが日課になりつつあった。どこにでもある風景は僕にとって特別なものになっている。

 しかし、それもあと少しで壊れてしまう。

 予餞会当日と、計画実行の日が同じなのはきっと意味がある。予餞会の日はこの町の全員が学校に集まる。そこを見計らって起爆するのだろう。そうすれば人的被害はほとんどない。

 この町が破壊された後、残された人間はどう感じるのだろう。親たちは自分たちが招いたことにすぎないのだから割り切れる人もいるかもしれない。ただ、その下の世代はそうはいかない。

 理不尽な行いに何を覚えるだろう。怒りか、それとも絶望か。

 ポケットにしまっていたスマホを取り出してメッセージを打つ。

『やっぱり』そこまで打ってすぐに消した。

 手紙にも書いてあった。僕の気持ちがどんなに変わろうとも止まらないと。

 つい最近までこの町の風景や、そこで暮らす人を滅茶苦茶にしてやりたいと思っていたのに、どうしてこんな気持ちになっているのだろう。

 きっとこれはキサさんの所為だ。町の随所に散りばめられた思い出がそんな気持ちにさせている。

 全てが終わったら僕はここを出て行こう。