だりあには人見知りというものがないらしく、
「みのりちゃんは、ぶっちゃけて言って大介みたいな人はタイプ?」
と、本人を前に容赦のないほどの訊き方をする。
さすがにみのりは答えに困ったが、
「私…彼氏いるんです」
嘘かまことかは分からないが、ともかくそう言って、みのりは切り抜けた。
「彼氏いるんだ…」
だりあは少しショックであったようだが、
「うちからすれば、異性というよりは娘のようにしか見えんからなぁ」
考えもつかんかった、と大介は笑った。
ここでだりあは、
「だけど大介は歳の離れた百合香と付き合ったりもしてた訳だし、何が起きるか分からないのが男女だし」
と大介に言い返した。
すると大介は手を止めることも、向き直すこともせずに、
「…あのな、男って誰でも、据え膳に手ェつける生きモンやって思ってへんか?」
だりあの顔から血の気が引いた。
「うちは腹弱いから、食あたり起こすん嫌やし簡単には箸つけへんし。それに男にかて選ぶ権利ぐらいはあんねんで」
冗句めかしながら大介は言った。
物腰はやわらかいし言い方も厳しくはないが、だりあにすればまったく予想すらしてなかったリプライで、
「…そうね」
としか、だりあは言葉が出てこなかった。
じゃあ、とだりあは食い下がった。
「どうして、あのとき百合香と付き合ったの?」
大介は手の泥を桶で洗い流しながら、
「少なくとも、百合香は自分に自信がなかったからかも知れへんな」
「自信…?」
「百合香はだりあちゃんのような美人でもないし、それを本人も分かってた。それでも百合香は、失敗も怖がらずに誠実であろうとした。せやから、うちは百合香といることを選んだ」
それが百合香がいなくなってしまった現今では、もう誰かを好きになれる根拠を、大介は持つことが出来なかったのではなかろうか。
あまりにも付け入る隙すらない大介の言葉に、
「…私って、どこでどう道を間違えちゃったのかなぁ」
完敗であることを認めざるを得なかった。
それでも、
「二人で行くランチの予約したよ」
とだりあは、大介に少しでも好意を持ってもらいたい部分はあったらしく、はたで見てもいじましいぐらいに健気なところさえ見せた。
「先生はだりあさんのことを、どう見てますか?」
みのりに問われた大介は、
「まぁ素直やし、自分の意見はしっかり持っとるし、タイプに近いと言やぁ近いんやけど、やっぱり百合香と比べてまうし、百合香を超えるほどではないというか」
関係性を知るみのりに大介は、殻を割ったような話し方をした。
「百合香さん、優しかったもんね…」
みのりも百合香がいなくなって、喪失感だけは拭えずにいた。
「人は見た目だという者もあるけど、話してみな分からんことかてある。百合香は最初おとなしそうやったけど、あれでパキパキ物は言いよるし、でも腹が立たんかったんは、何か血がかよってる感じがあったからなんかなって最近は思う」
だりあには、それがあまり感じられなかったらしい。
ランチの予約の日、だりあは例のリムジンで大介を迎えに来た。
「大介のために、おしゃれもしてきたんだ」
淡いピンクのフリルがついた、少しクラシカルな雰囲気のワンピースを着てだりあはあらわれた。
だりあが大介と会うときは、年頃の女性であるはずだが、いつもまるで高校生のような可愛らしさを見せる。
「だりあちゃん、可愛らしくて似合ってるで」
大介は人を悪し様には言わない。
やはり辛苦を嘗めて来ただけに、
──悪口は何の得にもならん。
というところが、どうもあったようである。
だりあのリムジンで向かったのは桜木町の高級ホテルで、
「ここのスイートルームでのランチが美味しんだよね」
当初ねぎ焼きの予定であったのだが、
「あの店、駐車場小さいんだよね」
リサーチした際にだりあが気づいて、最終的には豪華なスイートルームでのランチに変わったのである。
「私の都合だから、私が出す」
もうすでに支払いは済ませてあるらしく、
「予約の斎藤です」
フロントに告げると、案内係の先導で、スイートルームまで通された。
スイートルームのランチはコース料理で、
「こちら、仔羊のロースト香草添えでございます」
などと大介が画面越しでしか見たことのないような料理が並んで出てくる。
「ラムのロースト、癖がなくて美味しんだ」
だりあは慣れた様子で口に運ぶ。
「初めてやな」
「でも、今日は大介がいるから、いちばん美味しいかも」
だりあはキラキラした目で大介を見つめる。
「コースは以上でございます」
給仕が去ると、なぜかデザートがない。
「デザートは、別にあるよ」
だりあは真剣な顔つきになった。
あのね、とだりあは意を決めたような口ぶりで、
「私ね、こないだ彼氏が出来たんだけど…ずっと大介のことが好きだったの」
大介の手が止まった。
「彼氏できて良かったやん」
「…良くなんかない」
「なんで?」
「百合香とつきあってたときだって、早く百合香と別れちゃえって思ったぐらい大好きだった」
大介はだりあの眼差しが痛かった。
「すごく本気だったのに、それでも私は百合香には勝てなかった。──だから今日は振られるために、ここをセッティングしたって訳」
だりあなりの、意地のようなものかも知れない。
「じゃあ、うちがだりあちゃんを嫌いだって言えば、だりあちゃんはスッキリするん?」
だりあは激しく首を横に振った。
だりあは強い意志のこもった言い方で、
「…ずっと想ってたんだから、最後はせめて成就させてよね」
大介は困惑した顔をした。
「それはどうかと…」
だりあはことさらに無視をするように、大介の隣に座ると、大介の首に腕を回してキスをした。
「…私のファーストキス、だからね」
だりあは大介の唇を甘噛みし、うっとりとした様子で舌を絡ませてきた。
「…大好き」
だりあはリミッターが外れたようにキスを続けた。
大介はだりあをなだめようとしたが、
「…これだけ本気にさせといて、逃げるなんて許さないからね」
だりあは大介を睨んだ。
「私のデザートは、大介なんだから」
構わずだりあは、大介の耳を恍惚気味に噛んだ。