用意するもの
・鏡
・ロウソク
・赤い糸
・好きな相手の爪か髪
・ぬいぐるみ
深夜2時、私は自室でそれらの物を机に並べた。
まず、鏡の前にロウソクを二本立てる。
それから、大好きなあの人の髪の毛と赤い糸を結び付ける。
もうこれだけで気分は魔法学校の生徒だった。
そして最後に、その糸と髪をぬいぐるみの頭の上で呪文を言って手で引きちぎる。
ぬいぐるみは、私が5歳の頃から大切にしているモフモフさんという名前のコアラのぬいぐるみだ。
確か、子供番組のキャラクターで、灰色のトロンとした目が特徴のとても大事にしているぬいぐるみ。
長年連れ添っているので、所々汚れが目立つ。
大きく息を深呼吸すると、私は呟いた。
「汝の魂よ、我と共にあれ」
一瞬、炎が揺らめき。
そして、紐を引っ張った。
儀式を終え、私はちょっとドキドキしていた。
スマホの待ち受けにしている隠し撮りした彼の写真を見つめる。
淡い栗色の髪、切れ長の瞳を縁取る長い睫毛──
「やっぱりカッコイイな先輩」
偶然サイトで見た
『好きな人と仲良くなれるおまじない』
「……よし、明日こそ先輩に声をかけてみよう」
後片付けを済ませると、モフモフさんを抱いてベッドに入る。
「明日は、絶対……」
その夜は、ベッドに入って目をつぶっても、しばらく気分が高揚してなかなか寝付けなかった。
その夜、私は夢を見た。
大好きな犬神先輩と楽しげに笑い合いながら手を繋いで歩く、だけど何故か……
私と先輩の間には、コアラのモフモフのぬいぐるみがあって、二人が手を繋いでいるのはぬいぐるみの手なのだ。
お互いにぬいぐるみと手を繋いで、横一列に並んで歩く。
なんだか変な夢だった。
「……きろ……おいっ……おき……ろっ……」
声……?
誰かの声が遠くで聞こえる。
なんだかわからないが、私の頬にふわふわな感触が触れた。
ぽふぽふ
ぽふぽふ
なんだろう、まるで大きな綿毛を押し付けられている様な感覚。
ぽふぽふぽふ
ぽふぽふぽふ
ぽふぽふぽふぽふぽふぽふぽふぽふ……
んっ……
ちょっとしつこいな。
ぽふぽふぽふぽふぽふぽふぽふぽふぽふぽふぽふぽふぽふぽふぽふぽふっ!!
いっ、痛い……
痛い痛い……ってばっ……!
「おき……ろっ!! 起きろ─────っ!!」
「……っひぃっ!!」
耳元で爆音が聞こえ、私は飛び起きた。
心臓はバクバクと、私の体中に急いで血液を送りまくっている。
「……やっと起きたか」
足元の方から声がした、さっきからずっと聞こえて来ていたのと同じ声。
やがて、声の主は私の上へと這い登る。
「────っ!!」
「おいっ! オマエっ!!」
私は呆然と、声を発しているその生き物を凝視していた。
「なっ……何っ!?」
毛むくじゃらの灰色の薄汚い、生き物!
こんな生物、少なくとも私の知る限りいない。
「貴様っ……! ダークベルベットプリズンの幹部かっ!?」
「………………?」
何言ってんだろ、この汚いもじゃもじゃは……
「この俺の力、ライトスターダストセイバーを恐れ、こんな体にする攻撃をして来たのだろ!?」
……何言ってんのか全然わかんないけど、めっちゃマヌケな顔の動物だな~……目と目が超離れて、なんか全体的に歪んでるし、鼻もなんか真ん中からちょっとズレてる。
う~ん……
でも、なんか見た事ある様な……あっ!コアラに似てる。
うん、って……
そういえば、私のモフモフさんは……?
モフモフさん……
「…………も、モフモフさんっ!!?」
私は今この目の前でしゃべる汚いもじゃもじゃが、モフモフさんだという事にようやく気づく。
「モフモフさん!? 誰だそいつは!? オレは、混沌と漆黒の翼を持つソルジャーナイト、犬神 蓮だっ!!」
えっ? 今なんて言った、このもじゃもじゃ。
もといモフモフさん。
犬神 蓮──
そんな、まさか……
聞き間違い?
「…………あの……も、もう一度お名前いいですか?」
「コホンっ……だから混沌と漆黒の……」
「あっ、ううん違います! そこじゃなくて……」
「だから、ソルジャーナイト……」
「そこでもなくて……その先の……」
「犬神 蓮だ」
「犬神 蓮だ…………」
私の脳内に初めて会った日の、彼との会話が思い浮かんだ。
三ヶ月前────
「……うーん……うーん……ダメだっ、取れない…………」
私は2階の廊下の窓から身を乗り出していた。
目の前にある木の枝に、あまり結果がよろしくない私の数学の中間テストの解答用紙が、風で飛ばされ引っかかっている。
「ああああっ……もうっ!! なんでこんな事に~っ……」
それは本当に一瞬の出来事だった。
テストを返却された時、私は用紙を持って自席に戻ったが、なかなか点数を確認出来ずにいた。
何故なら、怖かったのだ……
だってこのテスト、全く答えがわからなかったから!
しばらくの葛藤。
やがて──
休み時間が訪れた。
意を決して、私は恐る恐る点数を確認する。
「35点…………」
その時突然、空いていた窓から強い風が吹いて廊下の方へと吹き抜けた。
そして、私の指から答案をかっさらい廊下側の窓の外へ運ぶという一連の流れが、体感にして僅か0コンマ2秒。
私にはそれを阻止する事など、出来るはずも無かった。
急いで、風にさらわれたテスト用紙を追いかけたのだけれど……
「ウソ……」
廊下の窓から見える、なんの木かはわからないが青々とした葉の茂るその枝に、私の数学35点が引っかかっっている!!
私は慌てて、開いていた窓から身を乗り出し手を伸ばした。
もう少し、あとちょっとで指が届く、力いっぱい腕を伸ばして
そう思った瞬間────
「あっ!!」
私の体はグラリと揺れて、その重心が窓の外へと傾いた。
落ちる!
一瞬にしてそう思った私は、ギュッと目を閉じた。
「おいっ!!」
しかし、耳元で聞こえた怒声と共に私の体がふわりと持ち上がる感覚がする。
「ナニしてんだよ……」
「えっ…………!?」
目を開くと、そこにいたのは一人の男子生徒だった。
淡い栗色の髪、顔立ちはカナリ整っている。
背も高い。
正統派のイケメンといった感じだ。
「あっ、アレ? 私……」
「自殺する気か? 2階じゃ無理だろうけど……」
ネクタイの色を見ると彼はどうやら上級生らしい、私の体を引っ張って窓からの落下を阻止してくれたのはどうやら彼のようだ。
「あっ、すみません……私、風でアレが飛ばされて取ろうとして……」
その先にあるのは、ヒラヒラと風に靡く35点。
チラっとそれに彼は視線を送ると、小さくため息をついた。
「…………待ってろ」
窓枠に足をかけ、その長身と手足の長さを使い軽々と木の枝に引っかかったテスト用紙を取った。
私はそれをただぼーっと見つめていたが、いきなり眼前に例のテスト用紙を突きつけられる。
「ほら、35点」
「えっ……あっ!!」
我に返り、両手で用紙を奪い取る様に受け取った。
彼は特に気にした様子もなく、踵を返して何事も無かったみたいに立ち去ろうとする。
ようやくそこで、私の頭は動き出した。
「あっ、アノ……」
「何?」
「ありがとうございます!!」
「……ん」
その時、私は見逃さなかった。
振り返ったその顔を。
無愛想だった彼が、ほんの少し微笑んだのだ。
私は────
私は、その笑顔で完全に恋に落ちた。
恋に落ちた音を聞いた、気すらした!
何でもいい! 何かもう少し、彼の事を知りたかった。
このままではもう会えなくなってしまうかもしれない!
いや、同じ学校の生徒ならチャンスはあるかもしれないが……でもっ!
何か……彼の事を……少しでも!
「あっ、あの! 」
「…………」
背中を向けていた彼が、もう一度私に振り返ってくれた。
もうその時は、ありがとうございます! ありがとうございます! 視線頂きました!というくらい、私の中で彼は確実に推しへと昇華していたのだが……
「名前……名前を……教えて頂けませんでしょうか?」
「犬神 蓮…………」
犬神 蓮……センパイ────
あとは、何も言わずに行ってしまった先輩の背中に向かって、私は彼の名前を何度も何度も頭の中で呼んでいた。
それが────
私と犬神先輩の出会いだ。
ちなみにその後私は、犬神先輩の事を色々と調べて彼が2年B組に在籍し、出席番号は2番である事や、徒歩で通学している事や、帰宅部である事。
友達らしい友達はいなくて、何故かクラスでも孤高の存在である事を知った。
しかし、それ以上の事は何もわからず……
彼女がいるのかとか、好みの女の子のタイプはどんなかとか、好きな食べ物とか、好きな音楽とか、そしてコレが一番知りたい……
数学35点の女って、ぶっちゃけどう?
第一印象は多分最悪だと思うけど、こっから盛り返していきたい所存です。
しかし、本当に知りたかった情報は得られず……今に至る。
──で、話は戻る。
今、私の目の前にはその『犬神 蓮』を名乗るボロ雑巾みたいなぬいぐるみ……もとい私の大事なもふもふさんがおり、なんだかよくわからない動きで奇声を発しながらベッドの上を転がり回っている。
「ぬぁぁぁぁぁっ!! なんなんだぁぁぁコレはぁぁぁぁぁぁっ!! ヤツらの攻撃でないなら夢かっ!? 夢なのか!? ならば覚めろ~っ!!!!」
「あっ、アノ……アナタ、本当にに犬神 蓮……先輩なんですか?」
「だぁかぁらぁっ!! そうだって言ってるだろぉぉぉぉがっ!!」
二頭身のもふもふさんは、短い手足をバタバタさせながら重たそうな頭を振り乱していた。
えっと……この動き、なんて言うんだっけ? アノ、激しいライブとかでみる……
「なんかその動き……なんて言うんでしたっけ? ほら、ヘヴィメタとかの……」
一瞬、もふもふさんの動きが止まる。
「ヘッドバンキング……?」
「そうそうっ! それ!」
「そんな事はどうでもぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
確かに。
今はそんな事思い出して、スッキリ~とかやっている場合ではなかった。
「ちくしょうっ!! 覚めない~っ!! なんでだぁぁぁっ!!?」
もふもふさんは枕とベッドの隙間に、頭がハマり込み逆立ちした状態で今度は叫んでいる。
夢、私も夢かもしれないと目を固く閉じて、「覚めろ~覚めろ~」などとやってみたが、一向に覚める気配はない。
コレが夢じゃなく現実だとしたら、何故こんな事になっているのだろう。
こんなの、まるで魔法か何かでもない限り不可能だろうし……
私には皆目見当つかな……
つか……ない?
その時、丁度私の視界には昨日の晩やった、アノおまじないの儀式の痕跡が入って来た。
「ま、まさか……」
急いで机に向かうと、放置されたスマホを手に取る。
『好きな人と仲良くなれるおまじない』
サイトにアクセスしたが、何故かそこには出て来たのは──
404 not found
「ページがない……」
というモノだった。
で、でも、たかがおまじない!
そんな事くらいで……
そんな事くらいで、犬神先輩が私のもふもふさんになってしまうとかありえない。
ありえ……ない、よね?
私は、枕の間に突きさってるもふもふさんを抱き上げた。
「ウォらぁっ!!」
「ぎゃっ!!」
しかし、いきなり頭突きをかまされ、私は後ろに仰け反ってしまう。
「なっ、ナニするんですかっ!? いきなり……」
「貴様、俺の封印されし力を狙っているのだろうっ!!」
「封印されし力……?」
「やはり、普通の人間のフリをしていてもそんなモノ、貴様らには通じないという事なのだな!?」
ちょっとナニ言ってるかわかんないっす……
いや、もしかしたらもしかしたらの万が一、私のおまじないは関係なく、本当に犬神先輩はそのすごい力を持っていてそのダークなんたらに命を狙われてこんな事になってしまった……とか?
「それで……なんでしたっけ? 悪の組織の名前……」
「んっ……ベルベットフォレストブラッドだ!」
「……さっきと名前違いません?」
「………………」
もふもふ先輩は、小首を傾げて私を見ていた。
「フっ……記憶の封印だな! この右腕の暗黒龍の力さえ解けさえすれば、俺は元の体に戻る事も出来るだろう」
「本当ですね……?」
「えっ?」
「本当にその、暗黒龍だのの力があれば元に戻れるんですね? 本当にそんな力が先輩にはあるんですね?」
私は、じっともふもふ先輩のプラスチックの瞳を見つめた。
「このまま放り出してもいいんですよ?」
「ぐっ…………」
「自分一人で、元に戻れるんですね?」
「わぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」
もふもふ先輩は布団に倒れ込み、ジタバタと手足をバタつかせた。
「協力しろよぉぉぉぉぉっ!! 」
私は察した。
多分、犬神先輩にはそんな力は無いし、悪の組織も存在しない。
恐らく、先輩は所謂厨二病とかいうヤツだと思う。
無駄に包帯を手に巻いたり、何でもないのに眼帯したり、なんかやたら高いトコ登ったりする、アノ!
それを高二で発症させている。
つまり、めちゃくちゃ痛い人なのだ!
「どうりで……」
合点がいったとはこの事だろう。
モデルみたいに長身でスタイル良くて、顔だってカナリのイケメンで……
それなのに、女の子があまり寄っているトコを見なかったのはこういう事だ。
中身が大変残念という、大きな欠点があったから……
私はその場にへなへなとしゃがみこんだ。
運命の人かも!? なんて思ってしまった自分を、今なら引っ張ったいてやりたい。
「なぁ、おい……お前、名前は?」
項垂れる私の頭上から声がした。
「……美織です……月見里 美織(やまなし みおり」
「よし、月見里! お前に頼みがある」
人に頼みがあるわりには、随分と上からな態度だ。
「なんですか? 私、ダークとかベルベットとかのよくわからない設定には付いていけませんよ」
「俺を家に連れてってくれ」
「犬神先輩のお家ですか?」
「俺の体が今どうなってるのか、確認したい」
確かに。
言われてみたらそうだ、犬神先輩の意識が今ココにあるって事は、先輩の体は今どうなっているのだろうか?
……気になる。