文化祭当日、二年の谷口凜は鏡の前でしきりに前髪を整えていた。
今日は大事な彼と一緒に文化祭を回る予定なのだ。
待ち合わせの時間が近づくにつれて、そわそわと、繰り返し鏡を見てしまう。
予定時刻ぴったりに彼は現れた。彼を見付けて、手を振ると彼も気づいたようだ。
彼がこちらに来るとき、私は——今日が勝負の日だと活を入れた。
彼を初めてみたのは、通学中の電車の中だった。
通学中の学生はほとんどが友達と固まって電車に乗っていた。私もその例に外れることなく決まったメンバーと固まっていた。
その中にいつも一人電車に揺られる人がいたのだ。
彼は私の一つ後の駅で乗ってくる。最初のうちは気にもならなかったが、いつも見かける時は一人だった。
気になり始めたのは、友達が寝坊した日。
——寝坊したぁ、とのメッセージを駅のホームで受け取った私は、今日は電車一人かと気を落とした。電車に揺られる時間は暇で仕方なかった。
イヤホンを忘れたことに気が付いたのは電車に乗った後で、そこから先は意味もなく社内広告を眺めた。そんな中、次の駅で彼が電車に乗り込んできた。
私は友達と話しているのが何よりの幸せなので、彼のように一人でいることが信じられなかった。もちろん、学校に行けば彼にも友達がいるのだろうけど。
彼は扉の横に移動すると、特に何もすることはなく音楽に意識を向けているようだった。少し、うつむいた彼の顔が、長めに伸ばされた髪の隙間からちらりと見える。
その横顔が主たる原因だったのだろう、それからは電車に乗ると彼を気にするようになった。
それから少しして、電車の中で彼と同じ服装の男が私の近くに立っていた。ちょうどいいと思ったので、いつも一人の彼のことを聞いてみた。
「ねぇねぇ、あの人知ってる?」
「ああ、村上連だよ」
「いつも、あんな感じなの?」
「同じクラスではないから分からないけど、多分そうじゃないかな」
「ありがとっ」
私は聞きたいことは聞けたので、友達の方に向きなおろうとした。
「えっと、君はどこ高校の?」
「あ、ごめん、私ここで降りるから!」
自分に問いかけられただろう言葉を返すことはなく、電車が高校近くの駅に停まると私は一目散に電車から降りた。
「なにー?凜、次はあの男狙ってるの?」
「あの男って・電車の中で話してたじゃん。面識なさそうなのにフットワーク軽いねー」
後から電車を降りてきた友達が私が他校の男子と話してきたことをちゃかしてくる。
たしかに私は誰にでも臆せず話せるが、さっき話してた人の顔は覚えていない。私にとってそれくらいの人だ。
「もう、顔も覚えてないよ」
「じゃあ、なんでさっきなんで話していたの?」
「肩ぶつかったから謝っただけだよ」
「ほんとにそれだけ?」
「ほんとだって、早く学校行こ」
私は恋を隠すことはなく、今まで友達には話してきた。付き合い始めても彼の愚痴だって包み隠さず。だから、友達は私よりも私の恋愛事情に詳しい。
今回も一人でいる彼に好意でも持ったなら、きっと私は彼のことを話すだろう。
大きく事態が動いたのはすぐの事だった。
帰りの時、いつも彼は一つ前の駅で降りているのに今日はそこで降りなかった。何か用事でもあるのかと考えていると、自分の降りる駅に電車が着いた。
私が電車から降りてホームに出ると、彼も同じ駅に降りたのだ。
彼は電車から降りるなり、足早に改札に向かってあるく。友達には急ぎの用事があると伝えて、彼の後を追った。
彼を追っても何も起きないが、電車以外で彼を見れるチャンスを待てずにいられなかった。
彼は駅から出ると、駅前のカフェに入っていた。
彼が誰かと待ち合わせしているかと思ったが、店内に彼を待っていたような人は見つからない。
彼が今の時間だけでも一人だと分かった私の行動は一つだった。
「ねえ、ここってカフェオレ美味しいよね」
カフェに入った彼を追って、私も入り彼の前に座る。
我ながら強引な放火と思ったが、——こんなかわいい子と相席できるなって彼には得しかないだろう。
私が目の前に座ったことに気付いた彼は、特に驚いた表情を見せることなく。席を立ちあがった。
「席どきます」
荷物を持ち、彼は立ち上がる。
「いや!君に用があって座ったの!」
「は?」
「いや、は?——じゃなくて、君今一人でしょ。待ってる人来るまででいいから、一緒にお茶しない?」
私の言ってることがうまく伝わってないのか、彼は立ったまま首をかしげる。
注文するために定員を呼び、せかせるように彼を座らせた。
お互い、注文を済ませる。
注文したものが届けられ、お互い口をつけるも彼から言葉は発せられなかった。
今のところ、彼の待ち人が来る様子はなかった。
「蓮くんだよね」
「そうだけど」
「誰か待ってるの?」
「誰も待ってませんよ」
素っ気なく彼は答える。
「じゃあ、なんでカフェに?」
「塾までの時間つぶしです」
「そうなんだ」
彼のことを一般では口数が少ない人というのだろう。私が話しかけても、返ってくるのは簡潔な言葉だけだった。
大抵の人ならすぐに話を盛り上げれる自信があったが、彼は大抵に深まれない人だった。
「ごめんね、急に邪魔しちゃって」
話が盛り上がることはなさそうなので、私はカフェを出ることにした。
財布から自分の飲み物代を取り出すと机の上に置いた。
「これ私の分だから」
彼は何も言わなかったが、目線は動いたので聞こえたのだろう。伝わったことを確認したら私は席から立ち上がった。
私が立ち上がっても、彼は何もなかったかのようにスマホを取り出していじり始める。
行方の下で隠すようにスマホを触るせいで、彼の顔は前かがみになる。前に垂れた髪の隙間からちらつく顔のせいで——私は彼の塾の時間までここにいることにした。
それから、彼がカフェを出るまで特に何もなかった。お互いスマホを触り、時間は過ぎていった。
時間になると彼はレシートを手に取り、「時間なんで」と言い残すとお店を出ていった。
私も彼が出て行ったあと、残りを飲み切りお店を後にした。彼がお店から出ていった後に気付いたことなのだが、どうやら私は彼にカフェ代をおごられたらしい。
蓮くんは週に一度塾に通っているらしい。その週一回の塾の時に駅前のカフェで時間をつぶしているとのことだった。
——もちろん、週一回の塾の日にちを知った私は、毎週蓮くんとお茶をした。
これは私が勝手にしていることなので、彼がどう思っているか知らないがやめろと言われることはなかった。
「連くん、おはよ!」
蓮くんは私のあいさつにいつも視線を向けるだけ。そして、電車の隅に移動して音楽を聴いている。
カフェにいる時、簡潔だけども私の聞いたことは返してくれた。なので、彼のことはそれなりに分かってきた。
話を返してくれると言っても塾までの時間が会話で埋まるわけもなく、話さない時間のほうがまだ長い。
「連くん、今日は何飲むの?」
「いつもの」
いつか、彼から絶対に話しかけさせてやる——そんな気持ちが私の中に出てきた。
今まですべての人と仲良くなれた私にとって、一人でも仲良くなれなかった人がいるなんて事実をつくりたくなかった。
毎日見かけたら、声をかけ、週一回のカフェには欠かさず通った。
友達に今度は陰キャ狙ってるの?——などといわれたが。私はこの勝負から降りる気はなかった。
彼氏とか恋愛対象ではなかったけど、ただ、私の負けず嫌いが発動していただけ。
今日も家で考えてきた質問は尽きて、あとは時間まで喋ることないのかと肩を落とす。
最初のころに蓮くんに聞きたいことはあらかた聞いてしまったため、近頃は一週間かけて家で考えてきた質問をいくつか聞くだけだった。
一度、私の話を時間まで話続けてみたが、相打ちはともかくスマホから彼の目が動くことはかった。なので、最近はいくつか話にチャレンジして、だめだとわかると私も自分のことをするようにした。
今日は読み途中の小説があったため、それを読むことにした。
普段から活字を読むわけではないのだが、友達が無理やり渡してきたので、しぶしぶ読んでいるところだった。
バックから取り出した本を開いた時——、一瞬だが彼の目がこちらを見た。
今まで彼を観察してきた私が見間違うことはない、確実に彼は私をみたのだ。
「連くん、もしかしてこれ読んだことあったの?」
すかさずに彼に言葉をかける。
あとは、彼の返答に合わせた言葉を返していくだけ。
——これは好機、なんと言ってきても完璧に言葉を繋げ、会話を発生させる!
そこから、彼の好みを抑えれば私の勝ち!
「いや、本は興味ない」
せっかくの好機はいともたやすく、崩れ落ちた。
「はい……」
これで蓮くんとの関係も大きく前に進むと思ったが、道のりはとても困難なようだ。
今に知ったことではないが、気が落ち込む。
「見てたのは、そっちだから」
まさかの蓮くんが口を開いた。驚きに私は硬直してしまう。
蓮くんの目の線の先を何とか追うと、そこには栞が置いてあった。蓮が気になったというものは、私の本に挟んであった栞らしい。
「これがどうかしたの?」
栞を取り上げて、自分でもまじまじと見返してみる。
この栞もこの本を借りたときについてきた。本を貸してきた友達は小物をつくるのが好きなので、この栞も手の込んだものになっていた。
「すごく丁寧に作られてる……あとセンスもいい……」
蓮くんが栞を覗き込んでくる。蓮くんは栞を見ているだけだろうけど、反対から同じのを見ている私は蓮くんと見つめ合っているみたいに思えてしまう。
「作ったの?」
私がこの栞を自作したのかを聞いてきたのだろう。もちろん、私がこんなにも手の込んだものをつくれるはずがない。
友達よりの興味を蓮くんに持ってほしくない私は——そうだよ、と迷わず答えた。
そこからは、私と蓮くんの立場は逆転した。
今まで私が質問攻めにしていたのが、蓮くんからの質問攻めにあう。材料は何を使っているのか、ここはどうしたのかなど様々な問いを投げかけてくる。
蓮くんは手芸のことに興味を持っているらしく、質問の内容も初心者の質問ではなく、普段から手芸をやっている人のものだった。——当然そんな質問に何位も知識のない私が答えられるはずもなく、すぐに店から飛び出した。
もうここまで来てしまったら、蓮くんに私が作ったのは嘘——、なんて言えるはずもなく。とりあえず、本を貸してくれた友達に泣きついた。
「それで、私に手芸のことを教えてほしいと?」
「お願い!」
「前に彼には興味ないとか言っていたじゃん」
「ほんと、おねがーい」
学校で本を返すとともに、手芸についての教えを乞う。
……まぁ、ようやく興味を持ってくれたなら……理由なんてなんでもいっか
友達は何かボソッと言った後に、教えることを約束してくれた。
「今日の放課後、部活あるからそこに来ることね」
「はーい!」
始める前までのやる気はみなぎっていた。なんでもできると思ってたし、直ぐにうまくなれるとも。
結果は惨敗——そもそも私は細かい作業が苦手な上に、少しでも手を抜くと完成の見た目が悪くなってしまった。
そんな現実に何度かあきらめかけたが、友達も他の部員も励ましてくれたので途中で放り出すことはなかった。
「これなら毎日くれば、一カ月くらいで、うまくなるよ」
私の作った作品を吟味しながら言った。
私はこんなに大変なら週一回が限界と言おうとしたが、私から頼んだ以上断るなんてできなかった。
それから、毎日のように手芸部に通った。行っては何か作りを繰り返す、毎日毎日繰り返すたびに、手に傷が増えていく、——私、何やっているんだろ、と頭を抱える日もあったが家庭科室に通い続けた。
もちろん、週に一回の蓮くんとのカフェには欠かさずに行った。部活によりも蓮くんを優先する代わりにその日は材料を持たされた。
「今日は材料持ってきてる?」
「うん、持たされた!」
私が手芸を全くやっていない初心者だということは早々にバレた。そして、私が手芸部に通って練習していることは日々増えていく手の絆創膏で見つかった。
私が手芸を始めたおかげか、蓮くんは私に話しかけてきてくれるようになった。
そのせいで、話す内容は手芸の話ばっかりになってしまう。
蓮くんと話ができるのは嬉しいが、これは私に興味を持ってもらう目的とはずれていることは……あまり気にしないようにする。
カフェにいる時は持たされた材料で場所を取らずにできるものを選んで、チクチク手を進める。
私が何かしら手芸関連のことをやっているとき、蓮くんはスマホをいじることもなく私の手元を眺めていた。
「おぼつかない手際だけど。見てて楽しい?」
「そうですね、それだからこそです」
「だからこそ?」
「今の時代、上手い人の動画はネットで見るので、こういうのも悪くはない」
「そうなんだ……」
蓮くんに見られ続ける羞恥に耐えながらも、手を進める。
「あ、そこ、手の持ち方を変えたほうがいいです」
そして、時々蓮くんからのアドバイスが飛んでくる。
蓮くんがアドバイスをくれる時は、最初は言葉で説明する。でも、最後は蓮くんが実践してお手本を見せてくれる。
これは、私の理解力がないせいではなく、蓮くんが説明下手なだけと思うようにしていた。
今日も結局、蓮くんがお手本を見せてくれる。
蓮くんの手さばきは迷いが全くなく、動きがなめらか。それでいて、すべての形が均等にそろっている——何より、少し楽しそう。
それを見て、やっぱり蓮くんは手芸が好きなんだなと再確認した。
「はい、こんな感じ」
「ありがと!やってみる」
毎日、手芸部に通ったのと、蓮くんのワンツーマン講座があったおかげで、私でもましなものが作れるようになってきた。
もともと、蓮くんとの話題作りのためにやり始めたことだが、今となっては私の趣味にしてもいいのでは?と思うほど手芸の魅力に惹かれている。
手芸に意欲がのってきた頃だった、文化祭で手芸部のワークショップやるから、私も出してみないかって顧問の先生に言われたのは。
「私の作品を?」
「ええ、ここまでやってきたし、せっかくならどう?」
そ の話を近くで聞いた部員たちが、私のまわりに集まってきて、私がなんて答えるかを、そわそわしながら私を見てくる。何も言ってないが、雰囲気は私に期待を寄せていた。
「やります!」
周りの空気に流されたのではなく、これは自分でやりたいと思った。先生も言っていたようにここまでやってきたのだ、ならもう少しとチャレンジするのも悪くない。
——あと、これを口実に蓮くんを文化祭に誘えるというかも……なんて、気持ちが少し。
ワークショップに出すのが決まってからいつも忙しかったのが、それからはさらに忙しくなった。
ワークショップに私が出品するのは栞に決めた。もともと、手芸を始めたきっかけでもあるし、私の作れるものの中で一番うまく作れる自信がある。
もちろんワークショップに出すので一個だけとはいかなく。
先生からは10個以上は欲しいと言われ、文化祭まで時間も残っておらず、私は文化祭まで栞の制作に全力を向けることになった。
「なんか最近、忙しそうだね」
「どうして?」
「いつもの電車になってないし。たまに電車で見かけても何か作業をしてるから」
「ああ、たしかにね」
「何かあった?」
実は——と、文化祭のワークショップに出品することになるまでの経緯を蓮くんに話した。
「それは大変」
「そうなの!……でも、せっかくだから頑張るよ!」
自分を改めて鼓舞するように、胸の前で握りこぶしをつくる。
「頑張って、間に合わせてくださいね」
「うん!」
蓮くんはスマホの画面で時間を確認した。
「そろそろ、時間なので」
彼はバックを持ち、席を立ちあがった。
「はーい、塾がんばってねー」
カフェから出ていく蓮くんに手を振った。
蓮くんも塾に行ってしまったので、私もカフェから出る。家に帰ったら、また栞の続きをしなければと、待ち受ける仕事の前に少しの倦怠感を覚えた。
カフェから出たところで、なぜか蓮くんがカフェに戻ってきた。
何か忘れ物でもしたのかな、と思ったが、蓮くんはカフェには入らず私に向かってくる。
「凜さん、文化祭っていつですか?」
「え?来週の、土日だけど」
「来週の土日……わかりました。ワークショップ楽しみにしときますね、それでは」
蓮くんは私に文化祭の日時を聞きにきたらしい。本当に塾の時間も迫っているようで、聞くだけ聞いたところで、来た道を戻っていく。
嵐のような、一瞬の出来事だった。
どうやら、蓮くんはうちの文化祭に来るらしい。
蓮くんが文化祭に来ることを知った私はすぐさま、彼に学校の案内をすると伝えた。彼はワークショップを見るだけだからいらないと言ったが、どうにかこうにか言いくるめて案内をすることを認めさせた。
そして今日にいたるのだ。蓮くんは時間ぴったりに集合場所の玄関に姿を現した。
「ようこそ文化祭へ!」
「本当に、案内してくれるんですね」
「もちろん!さあ、早く!」
蓮くんと合流できたので、あいさつもほどほどにさっそく会場に連れ出した。
「ここで、ワークショップやってるよ」
まず、私が蓮くんを連れてきたのは、お目当てのワークショップだった。なんやかんや理由でもつけて他の出し物に連れて行くのも、考えた。しかし、蓮くんのことだから一番最初にワークショップに行きたいだろうし、せっかくのお祭りなのだから、自分がってに連れまわすのは控えようと思った。
「わ、すごいですね」
ワークショップに踏み入れた瞬間、明らかに蓮くんの声が高くなる。
入るまでは私の後ろを歩いてきていたが、ここでは蓮くんの後を私がついていく。
「なに?その子が狙ってる子?」
蓮くんを連れてきた私をレジ番をしている部員が見つけ冷やかしてくる。1カ月近く通っていたので部員ほとんどと仲良くなれたが、これは仲良くなりすぎたのかもしれない。
私は部員の言葉を蓮くんに聞かれていないかと周りを見る。運よく彼は私たちとは離れたところで商品を見ていた。ここまで、引っ付きすぎていると彼にもそろそろ誤解されていそうだが、蓮くんは手芸以外興味なさそうに見えるので私の考えすぎだろう。
とにかく彼のいる間は黙っておいてと、部員にくぎを刺して蓮くんのところに戻った。
「何かいいやつあった?」
「どれも良いですが、これは特に良いと思います」
「あー、これね、実は——蓮くんが最初に見た栞をつくった子のなの!」
「やはり、そうですか」
おどろくかなと思ったが、蓮くんは私の言葉を聞く前からそのことは分かっていたらしい。
「やっぱり、作った人とか見分けれるの?」
「はい、すべて手作りなので、全部に個性が出ますから」
私に解説している間も、蓮くんは商品から目を離さない。
「じゃあさ、この中で私が作ったのを当ててみてよ!」
「そこの栞ですよね。カラフルな感じの」
蓮くんは悩むこともなく私の作ったものを言い当てた。
「驚いた顔してますけど、もともと栞をつくるって言ってたじゃないですか」
「た、たしかに。でも、栞は他にもあるよ?」
「それはあなた選択しそうな色に近かったからです」
「ああ、そうかも」
他の栞をつくっている人は、小説との色合いも考えてか、単色の色ではなく、かすかに黒や茶色の混ざった色、悪い表現かもしれないがくすんだ色をチョイスしていた。小説はあまり読まない私は何も考えず好きな色を選んだだけだった。
私の作ったものを当てたところで、蓮くんに出来栄えの感想をもらうつもりだった。そのつもりで隣にいる蓮くんに顔を向けるが、そこに蓮くんはいなかった。
「蓮くん待ってよー」
蓮くんはいつの間にかレジの前に立って、お会計をしていた。レジの上にはいくつかの小物が置いてある。
「ありがとうございました、とてもいいものが見れました」
蓮くんはワークショップを見たらすぐに帰るつもりでいたらしく、足は玄関へ向かった。最初にワークショップを案内したのは蓮くんのためだったが、まだ私への案内料が払われていない。
それから、無理やり蓮くんを出し物の多く出ている隣の棟に連れてきた。蓮くんも少しは文化祭に興味を持っていてくれたのか、思たよりもスムーズについてきた。
それから私は蓮くんが帰ると言い出すまでは連れまわすと決めて、学校のあちこちを巡った。
私が、蓮くんが言い出すのを目安に連れまわしてしまったせいで、気付いた時には一般開放の終了近くだった。
蓮くんが来たのが午後なので、もともと時間が少なかったとしても、進むのが早すぎる。本当にここまであっという間だった。
「最後にここ入ろうよ!」
ほとんどの出し物や屋台を回ってしまって、最後に残ったのはいかにも蓮くんが好まなそうなので避けていた出し物だった。
——『占いの館』と書かれた看板が教室の前に貼りだされている。
人も並んでなかったので何も考えず飛びこんだ。この出し物は1年3組が出しているものらしい。いつか3組に魔女がいるとの話を聞いた記憶があったので、多分それにあやかって計画したのだろう。
「わぁ」
以外にも、無理やり連れてきた蓮くんは好印象なようだ。確かに、教室の中は薄暗くなっていて、ぽつぽつとランタンが置かれこの中だけ世界が変わったかのような雰囲気だった。この雰囲気も確かに蓮くんなら好みそうだと思った。
「おや、最後のお客さんですか」
教室の端から誰かの声が聞こえた。部屋が薄暗いため気付かなかったが教室の隅に幕が張られて、一つの小さな部屋ができていた。幕をめくりあげると、一人の女子生徒がいた。
私につられて蓮くんも入ってくる。
「さあ、何を占いましょうか!」
きっと台本なんだろう、手を大きく広げて高らかに言ってくる。もっと、じめっとした感じを演出してくるかと思ったが、私はこっちのほうがお祭りっぽくて好きだ。
「えっと、じゃあ友達運ってやつを」
壁に書かれた案内表から無難なものをクエストする。
注文を受け取ると、机の下から小さめの桶を取り出した。桶の中には薄く水が張られている。そして彼女は、その上で手をくねくねと動かし始めた。まさに出し物の占いだ、本物の占いが始まったらそれこそ驚いてしまう。
「友達運ですね!うーん、さあ!見えてきますよ!」
彼女の声に合わせて私たちも桶の中を覗き込む。今のところ、張った水には何も変化は起きていない。しっかり見ようと二人して桶へ顔をさらに近づけた。その時、カシャという音と共に目の前でフラッシュがたかれた。
「はーい、こんな仲のいい二人は最高の友達ですね」
彼女の見せてくるスマホの画面には肩を引っ付けた私たちの写真があった。
「この写真いるようでしたら、送りますよー」
あっけにとられたが、どうやら占いは終わったらしい。蓮くんも少し驚いたらしく、ホッと胸を下ろした。せっかくなので写真をもらって、占いの部屋から出た。
「いや、びっくりしたね」と、話し始めると。さっき占いをやってくれた子が教室の扉から顔を出した。
「渡すなら今日がいいですよ!いま最高に良い運してますから!」
何のことか、全く分からなかったが、それだけ言い残して彼女は中に戻ってしまった。
「今日はこんな時間まで、付き合わせごめんね」
私は蓮くんを送るため玄関にいる。玄関にいる人は自分の靴を取り外に出ていく。ほんとに文化祭も終わってしまうことを身に感じた。
蓮くんもスリッパから、靴に履き替える。
今までは女友達とまわっていたが、蓮くんとまわるのも違った面白さがあった。蓮くんも楽しんでいてくれたらいいと思う。それに、文化祭を回っている間何度も蓮くんから声をかけてくれる機会があった。文化祭を楽しむついでに、当初の目標も達成してしまった。
それもあってか、文化祭がここで終わってしまうと思うと、心が締め付けられる。この時間だけがループしていればなんて、ことを祈った。
「あの、これもしよかったら一緒にどうですか?」
靴を履き替えたはずの蓮くんが私の目の前に立っている。
蓮くんから私に見せてきたのはチケットだった。チケットは手芸関連のものなんだろう。小物や、ぬいぐるみのイラストが印刷されている。
「今日、文化祭案内してもらったので。その代わりに、もし、興味があったらですけど」
さっき占いの子が、言ったのはこのことだったのだろう。私だって知らなかったのにどうしてわかったのだろうか、もしかして、本当に占ったけっかなのか?
そんなこと、考えるのは後でいい。今は——
「持ちろん、行くよ!」
蓮くんの事だけ考えて居れば。
私の所属する1年3組は文化祭の出し物として占いをメインにしたものを出すことに決まった。
見習いと言っても魔女の私がこのクラスにはいるので、人も集まるだろうってことだった。ホームルームでこの提案出たとき、ひまりちゃんや明日香ちゃんは私を見て少し苦そうな顔をする。私が出しにされていると感じ取ったのだろうか。そんな彼女たちには私は気にしないと伝えておく。
私は魔女であることをクラスに認められながらもなじめている感じがして嬉しかった。高校の入学前は魔女のことを隠しながら生活することも考えた。でも、今は魔女のことをみんなに伝えてよかったと思っている。
出し物もおおむねクラス全員の賛成をもらえたので、占いの出し物にすることが決まった。そのあと決まった出し物をもう少し深めたところでホームルームも終わり、部活のない人は下校になった。
「マオ、これから帰り?」
玄関で靴を履き替えていると、幼馴染の蒼井裕一が後ろに立っていた。
「君も帰るところ?」
彼が学校で声をかけてくれるのは久しぶりで、私の気分は上がる。それにつられて、少し声がうわぶってしまったが、彼には——気付かれていないようだ。
「そうだよ、今日はちょうど部活もないから」
「じゃあ一緒に帰りましょう!」
「うん」
彼と高校に入ってから一緒に帰ることは少なかった。何度か帰っている途中に、彼の姿を見かけることは何度もあった。でも、私が一人ではなく友達、ひまりちゃんや明日香ちゃんと帰ってることが多かったので、声をかけることはなかった。友達ができたことはとてもうれしいけど、その陰で遠ざかってしまったものがあるのではないかと不安になるときがある。彼の事のように。
「君のクラスは文化祭何やるの?」
「え、うちのクラスはお化け屋敷だよ」
「そうなんだ、楽しそう!」
「マオのところは?」
「私のところは占いをやるよ」
私のクラスの出し物を聞いた時の彼の顔は、あの時のひまりちゃんや明日香ちゃんと同じ顔だった。彼は私のことを昔から知っている、いい時期も悪い時期も、だからこそ気にしないようにしてくれているのだけども、彼が顔に出してしまったということはあの時の彼女よりも持った深刻にとらえているからだろう。
「私は大丈夫だよ!クラスのみんなも占いを真面目にやるとかじゃないから。もっと、テーマパークみたいな感じで、ね。楽しく!確かに私がきっかけで思いついたのかもしれないけど、特に私だけが働くとかもなかったから!」
彼を心配させまいと、言葉を重ねる。
「そうなんだね、ならよかったよ」
彼は表情とは反対の言葉を口にする。その証拠に彼の顔は曇ったままだ。
何とかして彼を安心させてあげたいと、顔を覗き込む。私が案を見つけ出す前に彼は顔をそらし歩き出してしまった。家に到着し彼と別れるまでお互いに口を開くことはなかった。
「じゃあ、また」
「うん、またね」
せっかく久しぶりに一緒に帰れたというのに、残ったのは距離が開いてしまったという寂れた気持ちだけだった。
あれから、何週間か過ぎて文化祭が近づいてくる。文化祭の準備も進んで教室の前に飾るための看板やら、占いの時に着る衣装など本番に必要なものが出来上がっていく。
周りは文化史に向かって進んでいるのに、私と彼はあれ以来何も進んでいなかった。せっかく同じ学校にいるのだから文化祭は一緒に回りたかったが、どうしても自分には声をかけれる勇気がなかった。
もちろん彼は、私が気さくに「文化祭一緒にまわろう」なんて言えば、優しいから有無も結わずに付き合ってくれるだろう。でも、そんな彼の優しさに甘えるのは違うような気がした。この学校に来てから何人もの女の子の背中を押してきた。君ならできる、と。
そんな、身勝手に背中を押してきた本人は、実際動けだせずにいた。魔女の私は無責任だとののしり、女の子の私は失敗して未来を想像し泣いている。こんな私に、自分はため息がとまらなかった。
私が動かなくても、時間は進む。文化祭がどんどんと近づいてくる。
文化祭も近くなったころ、私の勘にあたる人がいた。廊下を歩いているところを見かけてふと気になった。名前は知らないがきっと三年の先輩なのだろう。私の勘にあたる人ならそれなりのものを抱えているのだろう、いつもなら迷わず会いに行った、魔女として力になるならと。
でも、今回の私は違った、直ぐに飛び出せなかった。もし違っていたらどうしようなど、ありもしない未来を予想してしまう。自分の事すら解決できない私が、他人の事なんて解決できるのか。それでも、最後にはただ魔女として行動をした。放課後、部活終わりのところを狙って声をかけた。
彼女に明日の放課後教室で待っていると伝えた。そして、来たのは彼女の同じクラスと言った別の先輩だった。
その先輩には、魔女の務めをしっかりと果たした。それからもう少し教室で彼女を待ったが日が暮れても来ることはなかった。
彼女はなぜ来なかったのだろうか。やはり魔女なんて信じれないのか、それとも、見習いである私なんかでは力不足と考えたのだろうか。もし、今の私に悩みを解決してくれる人が現れたりでもしたら、飛びついて助力を願うのに。
昼休み、二人に文化祭は彼氏とまわるのか聞いてみた。
「多分まわると思います」
「もちろん、回るよー」
「だよね」
やはり相手のいる人たちは彼氏と一緒に回るらしい。二人とも彼氏と仲良くしているのは嬉しいし、私が役に立ったと達成感が湧く。
「でも」
「でも?」
「もちろん、マオとも回るよ!」
「そうです一緒に回りますよ!」
「二人とも~」
やっぱり持つべきは友達だ。きっと、文化祭は私一人でまわることになるんだとか考える前で良かった。もし考え始めていたのなら、文化祭を休みかねなかった。
「それで、マオには一緒に回ろうとか思う人いないの?男子で」
明日香ちゃんからの質問に、隣にいたひまりちゃんも気になっていたのか頷いた。
「私は……いないかな?最近戻ってきたばかりだから、さ!」
ここで正直な気持ちを言えばよかったのだろうに、ここでも私は逃げてしまう。顔は何とか笑顔をつくれてはいるが、気持ちはへとへとだった。
そんな私を救ってか、話の話題は文化祭も彼氏も関係ないものに移っていった。
文化祭が始まる前に一度だけ、朝家の前で彼と会った。たまたま、お互いの家を出た時刻が重なったのだ。私も家の前を歩く彼に気が付いたし、彼も家から出てくる私に気付いた。
絶好のチャンスはまさにこのことだろう、彼も足を止めてくれて私の行動を待った。きっと、彼も言葉を探していたのだと思う、お互いなかなか言葉が見つからず静寂の時間が続く。
それでも彼は言葉を必死に探し出し、見つけ出したのを声にした。そんな彼の頑張りは、焦った挙句忘れ物をしたふりをして家に飛び込んだ、私には届かなかった。
私が家に入ってしまうと彼は先に学校の方へ歩き出していった。
彼が行ったことを確認して、私は家を出る。登校中にただ挨拶をするだけでよかったのかと、さっきの解答は見つかった。それすらも彼の前ではできなくなってしまう。
結局、彼と話せないまま、文化祭の前日になってしまった。
文化祭前は誰もが忙しく動いていた。もちろん私も例外ではなく、せっせと手を動かす。前日は準備の時間に充てられて、午前中から準備に取り掛かっているわけだが、想像以上に進みが悪かった。午前中までは余裕を感じていたが、お昼を過ぎるとそんなこと言っていられない状況だということを全員が理解した。
「マオそっち終わりそう?」
「明日香ちゃん、あとちょっとかな」
「じゃあ、早く終わらせちゃお。筆もう一本ある?」
「はい」
私が一人で作業しているところに明日香ちゃんが合流した。明日香ちゃんがやっていたところはもう終わっているらしく、明日香ちゃんと一緒にやっていた他の人達もそれぞれにまだ終わっていない人のところに手伝いに行っている。
「ねえ、まお?」
話始めた明日香ちゃんの手は止まってない。私も手を止めずに言葉を返す。
「なに?明日香ちゃん」
「幼馴染っていう人と何かあった?」
「え、な、なんで?」
私はおどろいた拍子に手を止めてしまう。それでも、明日香ちゃんがこちらを見ていないことを信じて、作業を再開する。明日香ちゃんの目は作業中のところから動いていなかった。
「違うの?」
「うん、ちがう……よ?」
「そう」
それからはお互いに作業に集中した。一回、明日香ちゃんが立ち上がってひまりちゃんの所に行ったくらいだった。なので、私の分担は下校時間前には終わらせることができた。自分の分が終わったからと言っても、まだ終わってないところの手伝いに行ったため下校時間からずいぶんと時間は過ぎていった。
それでも、部活をやっている人からしたら、いつもより早い時間に解散になった。
私もみんなと掃除をした後に家に帰ることになった。掃除しているとき、スマホにメッセージが届いていた。彩香ちゃんからだ。
——掃除終わっても、帰らずにちょっと教室で待って!
今日はこの後に用事もなかったので、「了解」と送り返しといた。
準備を終えたみんながバラバラと教室から出ていく。この後すぐに帰宅する人やどこかお店によってご飯を友達と食べる予定の人もいる。
そんなみんなを見送りながら、私は教室に残った。明日香ちゃんから残ってと頼まれたから残っているわけだが、肝心の明日香ちゃんが見つからなかった。明日香ちゃんは私に言ったことを忘れて帰るなんてことはないだろうから、私はスマホをいじりながら気長に待つことにした。
待っているうちに人はどんどんと減っていき、ついさっき長話をしていたクラスの女子グループも帰った。さすがにそろそろ私もおかしいなと思い始めて、明日香ちゃんに確認のメッセージを送った。
明日香ちゃんからの返答のメッセージを待っているとき、教室が急に暗くなった。
思ってもみなかったことに慌てるが、周りの教室には電気がついているので誰かのいたずらなのだろう。
「明日香ちゃん、びっくりするからやめてよー」
こんないたずらを吹っ掛けるのはきっと明日香ちゃんだろう。彼女もいたずらはするがいじわるはしない、きっとすぐに電気をつけてくれるだろう。そう思ったがすぐに電気はつかなかった。
——まさか、明日香ちゃんじゃなかった?
明日香ちゃんが犯人じゃないとすると誰が、と。暗い教室で電気を消しそうな人を考える。ひまりちゃんかな?とも思ったが、彼女は決してこんなことをしない。
——じゃあ、誰が?
もしかして、魔女も存在するんだし、学校によくいるっていうあれ?ありもしない想像でゾクリと背中に汗が伝う。こんなこと考えてもしかたない、頭を振って余計な考えを消す。電気をつけにスイッチのある所に向かう。スマホのライトもあるので電気をつけに行くのは何も問題はなかった。
スイッチのところに足を向けようとしたとき、教室の端にポゥと一つの明かりがともった。その光はまるで生きているかのように揺らいでいた。
そこで、私は人生で一番大きな悲鳴を上げた。
「ちょっと、落ち着いてマオ」
「大丈夫ですよ、お化けじゃありません」
更に近づいてくる、その光の奥から明日香ちゃんとひまりちゃんの声が聞こえた。
私が声の方へ向かうとキャンドルを持ったひまりちゃんに明日香ちゃんがいた。二人とも足はちゃんと二つあった。
「二人とも、もう、びっくりしたよ」
「ごめんごめん、準備に手間取っちゃって」
二人の服装がさっきの文化祭の準備をしていた時と違っている。キャンドルの光だけでは薄暗く、正確には分からない。それでも目を凝らすと、二人はまるでおとぎ話の魔法使いのような裾の長いローブを着ていた。
「さあ、マオこっちに来て」
明日香ちゃんに手を引っ張られて、教室の隅に幕でつくられた小さなスペースに入っていっていく。中に入いると、入り口近くの椅子に腰を掛けるよう指示をもらい、その通りにした。中は、他にも明かりが用意されていて、今度はちゃんと二人の服装を見ることができる。
「マオ」
「はい」
向かいの席に座った、二人と向き合う。
二人は、私の注意が向けられたことを確認すると、せーのっとタイミングを合わせる。
「「あなたは、恋に困っていませんか?」」
「へ?」
「もう、とぼけたって駄目だよ」
「そうだよ、もう私たちも気づいているんだから」
きっと二人は彼とのことを言っているのだろう。
今まで気づかれていないと、私が思えていたのは彼女が悔い息を読んでくれていただけであって、さすがに一カ月近く引きずっていれば、バレるのも当然だろう。二人の質問仕方や、今この空間がどことなく、私の魔女の時と似ている。
「はい」
「やっぱりね、それは、幼馴染って人と?」
それから私は二人に事細かく今の状況を説明した。
「そういうことだったんだね」
「はい……」
こんな子供じみたことで、周りに気を利かせてもらっていたことを知り、私は今更ながら恥ずかしくなった。
「それで、マオはどうしたいの?」
「それで……って?」
「だから、幼馴染と一緒に文化祭回りたいの?」
「それは、回りたいけど……」
「じゃあ、決まりだね!」
私の返答を聞き取ると、二人は席から立ち上がった。
「私たちがあなたを助けてあげる」
そういって、二人は私の周りで動き回り始めた。意味のない言葉のつながりを読んだり、100均で売られていたステッキを振り回したりと、とにかくいろんなことをした。きっと二人は私に魔法をかけてくれているのだろう。どれも文化祭の為にクラスで考えた台本に見習って動いている。何も起こらない、意味のないことだと分かっているけども、なんだか頑張れそうな気がしてきた。
「ありがとう、明日香ちゃん!ひまりちゃん!」
二人にしっかりと顔を向けて、感謝を伝える。
「うん、後は頑張って!」
二人には何度も、お礼を言って幕の中から飛び出す。早く彼の家に行って、彼と話 さなきゃ、この魔法が解けてしまう前に。
「あれ?マオ」
「え?」
今から会いに行こうと、思った彼が私の教室の中にいた。彼も、急に飛び出してきた私に驚いている。また、お互い黙ってしまう。いきなりなこの上級のせいもあるだろうけど、このままでは前の朝の時と同じになってしまう。
——今回は大丈夫、だって私には魔法がかかっているのだから。
「き、君、いや、裕一君!私と文化祭回ってください、それと、最近はごめんなさい……」
「ううん、僕も考えすぎていた。文化祭は一緒に回るつもりだったから——それに、ようやく名前で呼んでくれたね」
「う、うん」
今の私はまさしくゆでだこのように真っ赤といった状況だろう。耳の先まで熱がこもっている。あれだけ、恥ずかしくて呼べなかった彼の名前まで呼んでしまった。
——でも、結果は最高!
「なんで、裕一君はこの教室にいるの?」
「それは、さっき帰ろうとしていた時にそこの子たちに呼ばれて……あれ、いなくなってる」
「そうだったんだ」
明日香ちゃんとひまりちゃんはも教室から出ていった後だった。あとでたくさんお礼をしなければいけない。
もう一度、彼の方に向きなおす。
「早く帰ろうよ、裕一君!」
「そうだね」
教室の電気を消して、私たちは玄関に向かう。
ようやく、彼との距離が戻ったような気がする。私が魔女になる前の頃に。
そうして、高校生になって初めての文化祭が始まった。
出し物の当番はあらかじめ決めてあり、私は午後の後半を担当することになっている。なので、午前中もお昼も文化祭を回り放題になった。
今日はひまりちゃんや明日香ちゃんとは当番が違う時間になっているので、一緒に回るのは明日ということになった。だからと言って私は一人でまわることはなく、裕一君とまわることになっている。昨日、帰り道で二人の開いている時間を照らし合わせたところ、一緒に回れそうなのは、一日目の午前中だった。——つまり、まさにこれから!
どこに行けばいいか聞いたところ、私の教室に来てくれることになった。教室の中では午前の前半組がお客さんを向か入れるための準備をしている。あと少しで、校門が開き一般公開が始まる、それに向けて忙しそうにしている。邪魔するわけにもいかないので、教室から出て廊下で待つことにした。
「マオ!これからデート?」
「占いの衣装に着替えた明日香ちゃんが扉からひょこっと顔を出す。
「もうー、からかわないで、明日香ちゃん」
「ごめんごめん」
反省しているように見えない返事を返した後、明日香ちゃんは誰かに呼ばれたらしく居室の中に戻っていった。
実はこれはまさしくデートなのだ。明日香ちゃんにはからかわないでと返したが、否定はしていない。でも、やっぱり恥ずかしいから隠してしまった。あと、私が勝手にデートと思っているだけで、まだ付き合ってもいない。
「マオ、お待たせ」
彼は時間通りに教室の前に来た。私の気を知らずか、いつもの通りの彼だ。まあ、逆に意識しすぎてしまうのも文化祭を楽しめそうになさそうだから、こっちのほうがいいのかもしれない。
「今日はよろしくね」
「うん」
私と彼が合流したところで、開場を伝えるアナウンスが流れた。
「じゃあ、いこっか!」
私たちは文化祭を十分に楽しむことができた。冷かされたりするのかなとか、こんなことも初めてなので色々勘ぐっていた。実際はそんなことは特に気にならなかった。二人で屋台のもの食べたり、出店を回ったりと学校を巡り巡った。
■■■
「ああ~、今日は楽しかったな」
文化祭の最後にまわってきた当番、衣装に着替えた私は自分の持ち場で幸せを噛みしめていた。
教室には四つばかりの膜で区切られた空間があり、その中の一つに私はいる。周りの目を心配することもないので、今の私は完全に外向きのかおをしていない。それでも、たまに来るお客に対して、台本の通りに対応をした。
私の当番は今日最後の時間だった。お昼ごろは人がそれなりに来ていたというが、この時間になると、人がいない時間のほうが長かった。
そろそろ、一日目が終わるな——と、今日の振り返っているところで、最後のお客さんが来た。
一人はうちの制服を着ていて、もう一人は来場者のようだ。男女なのでカップルなのかなって思ったが、どうもよそよそしかった。目に見えて表情に出ているのはうちの制服を着た彼女の方で、彼の方は目には言えてないが彼女と変わらない感じだった。
「なにを占いますか?」
「えーと、友達運を」
「はーい!」
台本に沿って接客をしていく、水桶を出したり、写真を取ったりとスムーズに行えるよう心掛ける。今回も失敗することなくできた。
占いをやっている間、二人を見ていた。どうにも、彼が何か隠し事をしているようだった。私が勘を覚えたということは、恋関連だろう。こっそり、彼を占ってみることにした。本当の占いで。
——結果はビンゴだった、恐らく彼は何かを彼女に渡そうとしている。そして、ついでに占った彼の恋愛運は最高だった。今日、彼女に渡すものを渡す事ができたのなら、いい方向に物事は進む。
早く伝えなければ、彼はまだ迷っている状態だ。すぐさま彼らを追った。まだ、彼らは教室のすぐ近くを歩いていた。それを見つけ、私は声を張る。
「渡すなら今日がいいですよ!いま最高に良い運してますから!」
彼に伝えた私はすぐに教室の中に戻った。終わり間際と言っても、まだ私の棟本は終わっていない、もしかしたら次のお客さんが来ているかもしれない。
いま、彼にやった占いはあまりよくないことだ、まず相手の許可も取ってない。でも、やってしまったのは仕方ない、私はやりたかったから。そんなこと言うと、相手の気持ちを考えられていないって怒られるかもしれない。
それでも、私は恋に悩む人に魔法をかけられる魔女でありたい。それがマオであって魔女である私なのだから。
2日間の文化祭も終わり、残るは後夜祭だけになった。私のクラスでやった『占いの館』も片づけられ、教室には文化祭前の机が並ぶ景色に戻っている。
校庭に集まった生徒たちは後夜祭が始まるのを待っている状態だ。各々は文化祭の抒情を持ち込んだままだ。校庭全体が、幸せの気持ちでいっぱいになっている。私は恋関連の気持ちは察せれるように修業してきているから、他の人達の何倍も周りの空気を感じた。
文化祭効果ってホントにあるのだろう、恋もあふれかえるようだった。これからの人、文化祭で実った人、実らなかった人と個々で雰囲気も内容も違う。これ以上探ると脳がバグりそうなので、深読みするのは避ける。でも、そういうのは興味を惹かれてしまう、少しだけならと自分を甘やかした。
「マオ、どうしたの?」
「ううん、何でもないよ」
「早く行こ、始まっちゃう」
「うん」
いつもの二人に声をかけられたので、周りを見るのはここまでにした。この後、後夜祭が終了したあとこれがどう変わっているのかが楽しみだ。それと、周りを見ているとき、部活等で木になるものを見た、おせっかいかもしれないが先生に「お化けかもしれないから、確認してください」と伝えておいた。先生が行くかは知らないが、この程度がちょうどいいのだろ。
後夜祭の開会宣言と共に、各種出し物が開催され、全生徒がそれに意識を向けている。まさに熱狂状態と言ったところだ。
こんな楽しい時でも時間は止まることなく進む、むしろ進むのが早いと感じるのはいつものことだ。ついに、後夜祭、文化祭の締めの花火になった。
明日香ちゃんもひまりちゃんも彼氏のところに移動してしまった。むしろ私がすすめたところはあるが、やっぱり一人で花火というのは少し落ち込んだ。
周りの邪魔にならないように、気を付けながら校舎に移動した。教室からも見えるだろうと思って、教室に向かう。
「やっぱり、マオだ」
私が向かった教室には先客がいた。一日目に文化祭を一緒に回った、裕一だ。
「どうして、ここに?」
「マオが来ると思ったから」
彼は私の質問に満面の笑みで答えた。
「そっか、いつもありがとうね」
「どうした?急に」
「どうしたんだろうね、これが文化祭の力なのかもしれない。終わると思う胸が締め付けられる」
花火が打ちあがり始めた、校庭から見上げる人たちは今何を思っているのだろうか。
二人で教室の窓に寄りかかり、花火を眺めた。
「マオは、本当に魔女にるのか?」
花火が、始まってすぐの事か、終わり間際だったのかは覚えていないが、彼が慎重な声色で私に話しかた。
「うん、なるよ、私の夢なんだから」
「そっか……、魔女って彼氏がいてもなれるのか?」
「うん、問題はないよ」
「じゃさ、俺が彼氏になってもいいのか?」
魔女だから、特異な分野だから、彼の言おうとしていることに気付いていないことはなかった。でもみないふりもしていた。もちろん私の心も。10年も前から。
「もちろん!よろしくね」
二人とも、照れ隠しのように花火に視線を戻す。それでも、何気なくつないだ手は離れなかった。
最後の花火もうち終わり、校庭から拍手が聞こえる。目を凝らすと、私が魔法を使った人たちが見える。ここ数カ月、入学してからの記憶が現れては消えていく。文化祭は終わったが、学校生活は終わらない。それに文化祭は来年だってある。
それでも、一旦ここまで大団円!