おそるおそる顔を上げると、着物の少女が遊羽を見下ろしていた。人懐っこそうな丸顔で、口元に微笑を浮かべている。

「どしたの? こんなトコ座って」少女は遊羽の顔を覗き込んだ。「大丈夫? 具合悪いの? 社務所で休む?」
「あ、ううん……」遊羽は首を横に振った。「大丈夫、なんでもないの。ちょっと人混みに酔っただけ」
 断った直後に、休ませてもらえばよかった、と後悔した。

「遊羽、だったよね?」
 唐突に名前をいわれて、遊羽は戸惑った。
「え、えーと……、どちらさま?」
 誰だろう。ひょっとしてクラスメートの姉とかだろうか。考え込んでると、少女は大仰に仰いだ。
「ひどいなぁ、何度か顔を合せてるんだけど……。隣のクラスの伊都絹(いとぎぬ)紗枝、忘れちゃった?」
 同学年だった。年上に見えたのは、たぶん着物を着慣れてる雰囲気だからだろう。だが、その顔は記憶になかった。友達の友達くらいの間柄でも、何度か会ってれば顔くらい覚えているはずだ、と遊羽は眉をひそめた。
 ふと、紗枝が頭にかぶっているものに目がとまった。耳まで覆う赤い布。キツネの石像がかぶっていたものと同じだ。
 遊羽の視線に気づいたのか、紗枝は赤ずきんの縁をつまんで微笑した。

「ふふっ、可愛いでしょ?」
「うーん……」遊羽は首をかしげた。「フランスの民族衣装とかならわかるけど、着物にはちょっと……」
「私はきちんとした恰好で来るように言われてるの。で、可愛いでしょ?」
「微妙にアンバランスというか……」
「うふふっ、か、わ、い、い、で、しょ?」
「あー、うん。可愛いよ」

 だんだんと眉がつり上がってきたので肯定しておく。可愛いという言葉に、紗枝は満足そうにうなずいた。
 紗枝と話していると気分が楽になってきた。女の囁き声も聞こえない。遊羽は会話が途切れないように話題を探した。

「そういえば、その赤ずきんってさ、屋台で売ってるよね?」
 きいた瞬間、紗枝はよくぞ聞いてくれました、と胸を張った。
「そう。これはね、カタミミ様のためにかぶっているんだ。ひとりだけ赤ずきんをかぶっていたら目立つからね。私たちも赤ずきんをかぶって、人に紛れ込みやすくしているんだ」
 カタミミ様が人に紛れ込む? なんの話だろう。

「知らないの? このお祭りはね、カタミミ様が人間に化けて、人ごみに現れるんだよ。赤ずきんをかぶって、人間と一緒にお祭りを楽しむんだ」
 だぶん、カタミミ様は赤ずきん姿の人間に化けるということだ。たしかに、赤ずきんをかぶっているのがカタミミ様だけだったら、紛れ込むどころではない。赤ずきんをかぶる趣旨はわかった。しかし、人間と一緒に楽しむとはずいぶんと下世話な神様だ。

「というわけで、赤ずきんをかぶるのがこのお祭りの――」そこまで言って紗枝は、遊羽の頭に目をとめた。「っていうか、なんでかぶってないワケ?」
「いや……、それは……」それをかぶるは恥ずかしい、とはさすがに言えない。目の前に赤ずきんをかぶった紗枝がいるのだ。
「ほう……」遊羽が言い淀んだのを見て、紗枝は目を細めた。「この祭りに来ておいて赤ずきんをかぶらないなんて、そんな空気の読めないヤツじゃぁないよね?」

 紗枝は口元を吊り上げて、遊羽に詰め寄った。その手はいつの間に赤ずきんが握られていた。一瞬後には、獲物を捕える猛禽のように、遊羽の頭に掴みかかり、抵抗する間もなく視界が真っ赤に染まる。

「あ、ちょ、ちょっと…………、紗枝っ!」
「う、ご、か、な、い、の」

 ごそごそと頭の上をまさぐられる。

 ――かしゃん。

 軽い金属音が鳴った。驚いて赤ずきんの上から左耳を触る。

 ――しゃん。

 耳元に鈴の音が響いてくる。赤ずきんに鈴が入っているようだ。

 ――しゃん、しゃん。

 確かめるように鈴をもてあそんでいると、紗枝は胸元のリボンを結ってくれていた。

「うん、可愛いよ」

 遊羽を髪を整えて、紗枝は人懐っこそうに微笑んだ。