Girls be ambitious! SEASON2


 その『ふりさけみれば』はネットワークの関係で弘前では放送してなかったらしく、

「日頃アニメ見ないけど、藤子ちゃんのは観たかったなぁ」

 そうやって優海がぼやくと、

「今度ブルーレイボックス出るから、借りられるよ?」

 マヤが言う。

「相変わらずコミケ行ってるの?」

「去年はイベントに出る側だったから、何も買えなかった」

 昨年はコスプレイヤーとして撮影会があり、話題性も手伝って盛況ではあったのだが、かなり混み合って何も買えずじまいであった。

「今年こそグッズ買ってやる!」

 マヤにはマヤなりの悩みがあったらしい。

 その時。

 出囃子に乗って出てきたのは、着物姿の一年生メンバーのダーリャこと千葉だりあである。

 座布団にチョコナンと座って一礼し、

「ここで一席、お付き合いを願いたく思いますが」

 何と始まったのは落語である。

「私たちアイドル部というところにおりますと、駅で立ち食いの蕎麦屋を見掛けたりすることが多数ある訳でございますが」

 演目は「時そば」だが、まくらのコロッケそばのくだりは爆笑の連続で、

「ダーリャってあんなに面白かったっけ?!」

 普段の大人しいだりあしか知らなかったみな穂には新鮮な衝撃であった。


 だりあの千葉家は、函館五名家の一つである。

 本人によると八月生まれなので、だりあと名付けられたらしい。

 実家が近い二年生メンバーの今村英美里によると、

「武家屋敷みたいな大豪邸」

 とのことで、話によると幕末の箱館戦争のとき、近くで遭った銃撃戦の際に飛んできた流弾の痕が、客間の柱にある。

「先生の実家とえぇ勝負じゃけねぇ」

 可愛らしくレースをカスタマイズしたカーディガンを制服の上に羽織った、二年生メンバーの郷原(ごうはら)優子が言った。

 優子の生家も、地元の広島ではまぁまぁ知られた造り酒屋だが、さすがに旧大名家だの何だの…となると話のレベルが変わる。

「でも優ちゃん家で出してるみかんゼリー、めっちゃ美味しかったなぁ」

 優子の家では限定品ながらみかんゼリーも販売している。

 入部が決まった際、広島の優子の実家から挨拶の贈答品として三箱ほど贈られてきたのだが、あまりにも美味かったのか最後はジャンケン大会まで開かれるほどの争奪戦が繰り広げられた。

「あれ果汁100%じゃけね」

 最近は本州から越境入学で来る学生も増えたので、だりあのような道内の遠隔地や、優子のような本州組のための寮も発寒中央に出来た。



 他方で、みな穂やあやめ、二年生のるなや一年生の嘉勢(かせ)ひかるのように、実家から歩いて通える部員もいて、ちょっとした異文化コミュニティのような様相も出始めている。

 るなにいたっては学校の裏口から歩いてすぐ、グラウンドのフェンス越しに家が見えるというかなりの間近さで、

「だからアイドル部が走り込んでるのも見てた」

 それだけ身近で、しかし裏口から通学していたので「裏口入学」とネタにされたりもした。

 それぞれ各地から集まっているのでローカルな話題も数々あがり、帰省から戻ると部室に、優子の紅葉饅頭、みな穂に送られてくる萩の月、さらに白い恋人が並ぶ…という物産展並みの光景も見受けられた。

 部長のみな穂は、

「方言は出来るだけ直さない」

 という新しいルールを付け加えた。

「これはののか先輩が」

 お天気キャスターとして仕事中、緊張するとたまに「なんかはんかくさいっしょや」などと、三世代同居の名残りらしい訛りが出るのだが、

「それで視聴者からカワイイって言われたりするから、下手に直さないほうがいいかも」

 といったエピソードに由来する。

 事実、昨年のリラ祭の人気投票の際には、二日目まで圏外だった優子が三日目のトークイベントで広島弁のトークを繰り出した途端、ジャンプアップの六位に上昇し、小さいながらも個別のファンサイトまで出来ていた。

「うちらはアイドル部って看板だけど、中身はエンターテイメントだけじゃない。藤子みたいに作家になったって、雪穂みたいに女優になっても別に誰もなんにも言わない」

 コーチでもある草創期の元メンバー・乾美波に言わせるとそんな感じである。

 だからだりあのように落語をやっても、みな穂たちのようにコントをしても有り得るのが、アイドル部の強みでもあり個性でもある。

「正統派ではない、邪道だ」

 という声もなくはない。

 それでも、

「昔SMAPやAKBがやっていたようなことをやっていて批難されるのは、一種の選り好みで差別みたいなもんだよね」

 という当時の雪穂砲をラジオで炸裂させると、途端に非難は激減した。

 そうしたキャラクターの強い三年生──優海、すみれ、雪穂、千波である──がいた時代の新加入メンバーが紺野ひまりと花島るなで、そこに優子と英美里、さらに竹実(たけざね)香織の五人がいる。

 この内ひまりとるな、香織は地元組で、英美里は函館、優子は道外からの初加入メンバーであった。

 その中で新しくボーカルに加わったのは、子役時代にミュージカルに出た経験のあるひまりと、ギャル姿でガールズバンドを組んでいた時期のあったるなである。

 更にその後、みな穂が二度目のくじ引きで部長を再び引き当て、三年生になったときに入ってきたのがだりあとひかる、そして鶴岡さくら、藤浦(ふじうら)薫、龍造寺(りゅうぞうじ)翔子の計五人であった。


 アイドル部へ加入するには条件があり、これは人気が出始めたときに当時の生徒会長であった瀬良翠の一件、通称瀬良事件があって決められたルールとして、まずは成績でオール三以上、あとは歌唱力やダンスをチェックし、その後何らかの一芸があればそれを見て点数化して最終選考を決める──という、実に明快な基準があった。

 これでだいたい十人前後まで絞り込み、最後は体力チェックで上位五人だけを加入とする…といった、さながら甲子園の常連高のようなテストが行われる。

 ただ実際、五人必ずしも入れる訳ではなく、場合によっては基準に満たないとされたときには、三人なり二人なりと入る人数は減る。

 これは敢えて人数を減らすことでレベルの低下を防ぐ、という布石でもある。

 そうやって選ばれているので、メンバーたちは基本的に能力は高く、

「下手なオーディションより厳しいかも」

 とのちにだりあが語ったほど、基礎のしっかりしたメンバーが集まっていた。


 それだけに、

「メンバー選考に落ちても不満が出ない」

 という実力主義は徹底されている。

 しかも。

 メインの歌唱やダンスで主力メンバーとなれなくても、進路では芸能が全てではない…という、先輩たちの歩みがあるので、視野の狭い事態にはなりづらい。

 現に。

 初期からいる美波のようにコーチをしたり、澪や優海のように進学したり、千波のように公務員となったり様々である。

 話を一年生に振り戻す。

 一芸で入ったメンバーには、クラリネットを吹ける翔子のように、楽器のできる者もあった。

 二年生には、るなのようにギターの弾ける者もある。

 こうした中、たとえダンスが上手い薫やさくらのようなメンバーでも、不安を感じない日はなかったかも分からない。

 そのようなメンバーの頼れる存在がみな穂で、

「私だって大したことないけど、努力すれば裏切らないって信じて頑張ってきたし」

 と、分け隔てなく接していた。


 四月に新入部員が来ると、五月の連休明けまでみっちり基礎を見て、メンバーをボーカルやダンスに振り分け、残り枠は部内選考で投票して決める…というのが、アイドル部の創部当初からのスタイルである。

 平等にものが言えるように、敬語は出来るだけ使わないことも、ルールとしてある。

 この形におさまるまでは紆余曲折もあったようだが、初期メンバーがフラットな環境を作り上げていたことが、体育会系でも文化系でもない、どちらかにも当て嵌まらない気風を(そだ)て上げた──といっていい。

 アイドル部はこの段階では花形の部活動で、しかし人気の部活動なるがゆえに闇雲に入りたがる者もあることから、

「まずは体験レッスンから」

 として、美波が厳しい練習をあえて課す。

 通称を「美波ブートキャンプ」と呼ばれた厳しいダンスレッスンで、これだけでたいがい篩にかけたように落とされるのが大半である。

 これで数十人からひどいときは十人弱ぐらいまで選り抜かれる。

 さらに成績とボーカルチェックで選ばれてゆくのだから、受験の前から対策をして臨む生徒もいた。

 この徹底した少数精鋭制はやがて、他校のスクールアイドルユニットの選考の参考とされ、

「ライ女スケール」

 という呼び名で浸透するにいたった。

 話を本題に戻す。

 リラ祭の演目を決めるミーティングの日、

「みんな、やってみたいことを書き出した用紙は出した?」

 みな穂は部員全員に訊ねた。

 出されてある希望は、

  だりあ→落語
  るな・しょーこ・あやめ→バンド
  えみり・ゆーこ→お笑い
  さくら・ひかる・ひまり→カバーライブ

 とある。

 みな穂は薫だけ希望を出していないことに気づいた。

「薫、希望は?」

「特に浮かんでこなくて…」

 薫は困惑した。

 因みに薫は道外組である。

 長崎の中学生時代、初めて見た福岡でのアイドル部のライブに衝撃を受け、半年以上も新聞配達のアルバイトをして、費用を貯め受験して突破してきた…という逸話を持っている。

 一年生の中ではもっともダンスが上手く、

「振り付けは藤浦に確認して」

 などと、二年生あたりからは指示を出されることもある。

 ところが。

 その薫が、演目を決められないというのである。


 ミーティングが終わると、メンバーはそれぞれ練習に散る。

 その時みな穂は、

「薫ちゃん、ちょっといい?」

 薫を呼び止めた。

「ごめんなさい…希望が、どうしても考えても浮かばなくて」

 深々と頭を下げた。

「それは気にしてないんだ」

 みな穂は穏やかに言った。

「薫ちゃんのダンスはソロパートでイケるレベルだからね…」

 ふと思い出したように、

「確かこのあとカオリンが用紙持ってくるから、その時に私と考えよ?」

 みな穂もどうするかを、この段階では決めていなかったらしい。

 少し間があって、この日法事で休んでいた香織が、

「お待たせー!」

 用紙を持ってきた。

 そこには、

「書道パフォーマンス」

 とある。

 そういえば香織は中学時代、書道部にいたことをみな穂は思い出した。

「それでね、確か薫まだ決めてないってこないだ話してたから、一緒にどうかなって」

 薫は目を見開いた。

「私、字は上手くないよ」

「全身で大筆持って書くから、上手いヘタより体幹が大事で、ダンス上手い薫にしか頼めないかなって思ってた」

 屈託なく香織が言う。

「みな穂先輩は?」

「…私もやってみようかな」

 話は決まったようなものである。