そのようにして。
ひとまず写真チェックも終わってその日は撮影を終え、後日最終チェックのためのデータが部室のパソコンへ送られてきたのだが、
「わぁ…」
美しさに思わずため息をもらしたのは、ひまりであった。
「みな穂先輩、めっちゃ綺麗…」
特に横顔で撮られた一枚は、息を呑むほどの仕上がりとなっている。
「こんなスゴい人の後輩で良かった」
覗き込んだ薫が言った。
「こげな別嬪さん、そうおらんよ」
優子がまるで小姑のような言い方をしたので、
「…何目線?!」
たまらずだりあが笑い転げた。
「イリス先輩のはスタイリッシュですよね」
私はこっちが好き、とるなが言う。
「みんな好き好きやからねー…うち文金高島田にしたら新喜劇言われそうやわ」
翔子はオチをつけたかったようであった。
みな穂の横顔の写真はブライダル情報誌の裏表紙の広告に最終的には掲載されたのだが、
「すごいキレイなモデルが写っている」
と発売日から話題となり、名前も出していなかったブライダル情報誌であるにも関わらず三日で完売し、
「現代に舞い降りた天使」
とTwitterなどで呼ばれるようになり、やがて鮎貝みな穂だと分かると、
「あのスクールアイドルのみな穂部長だって?!」
例の記者会見の件で知っていただけに、余計騒ぎが派手さを増してきた。
最後には、
──雑誌を裏表紙から開かせた女。
という異名までついた。
ノーブルな雰囲気のアイドルが当時あまりいなかったのもあり、長谷川マネージャーへ東京本社から、
「うちの所属にしろ」
と真夜中に連絡が来たほどである。
最初はみな穂は渋っていたが、
「モデルなら学費稼げます」
この誘い文句でみな穂は、最終的にモデル活動をしながら大学へ通うこととなった。
鮎貝みな穂のモデルデビューはそのようなセンセーショナルなものであったのだが、
「あの大人しかったみな穂が、ねぇ」
音楽番組の控室で、ギターチェックをしながら懐かしんだのは橘すみれであった。
「でもあの子は芸能界に来るって思ってた」
会見時の真っ直ぐな眼差しの強さで、そう思ったらしかった。
「アイドル部、毎年誰かデビューするね」
すみれのスマートフォンに、雪穂からのメッセージが来た。
「藤子ちゃんは芸能人じゃないから」
ツッコミを返した。
余談ながらすみれはこの数日後、新人の挨拶回りに来たみな穂と再会を果たしている。
他方で。
「みな穂先輩がデビューしたけぇ、うちら誰も出んかったらホンマ谷間の世代じゃけ」
優子が地元の広島で持っているレギュラーのラジオ番組で語ったのは、まぎれもない重圧であった。
リスナーからは「そんなことないよ」「次は優ちゃんの番だから頑張って」などと励まされたので泣かずに済んだが、
(ほじゃけど、余計それが重たいんよ…)
帰りの飛行機のトイレで、声を殺して泣いたこともあった。
その点で「何でも出来ることをしよう」と決めていたのは、
「今どきボーカルだけじゃ、ねぇ…」
と不安を抱えていた、ボーカルのるなであった。
中学のガールズバンド時代から、明るめの長い茶髪をカールさせた、いわゆるギャル系のファッションに身を包み、正統派のひまりとは対極に位置する。
しかし誤解されがちな見た目に反し、性格は至って普通で、逆に古風な面すらある。
「そんなことないって、るなが頑張ってるのは俺知ってるから」
優子の場合はリスナーであったが、るなの場合励ましてくれたのは、リラ祭のときに話していた花山駿平である。
「ありがと」
一歳違いで、るなのほうが年下にあたる。
「いつも駿平は優しいよね」
保育園の頃から一緒で、るなに何かあるとすぐ駆け付け、ときにはかばって駿平が怪我をする日もあった。
その駿平は、新潟の全寮制の共学の高校にいる。
「俺が必ずるなを、国立競技場に連れてゆく」
普段は互いにLINEでメッセージを交換したりしているが、たまにフェリーで帰ってくると、るなは駿平と会って互いの近況を話し合ったりしていた。
駿平の存在は同じ小学校でもあった香織やさくらも知っていて、
「二人、お似合いだよね」
などと、香織はさくらと語らうことがある。
アイドル部が代替わりしてしばらく過ぎた頃、るなのスマートフォンにひさしぶりに駿平から連絡が来た。
「サッカーの全国が決まった」
るなは「おめでとう。勝てるといいね」と返した。
「決勝まで行って、るなを国立競技場に必ず連れてゆく」
「そのときには、必ず私を国立に連れてってね」
サッカーの全国選手権は成人の日が決勝で、国立競技場が決勝戦の会場である。
「るなもスクールアイドル頑張れよ」
るなの支えになっていたのは、いうを俟たない。
どうやらるなへ、駿平は淡い想いは持っていたらしかったが、
「るなが歌ってる姿をテレビとかで見てると、そんな気持ちはあいつの迷惑になるから、捨てなきゃダメなのかなって」
と、香織にだけは打ち明けていた。
香織は何となくどちらの気持ちも理解できただけに、
「なんかさ、ベタなんだけど切ないよねぇ…」
映画の車寅次郎のような言い回しであったからか、だりあに至っては「それを言っちゃあお閉めぇよ」と切り返したのだが、るなや駿平をからかっているのではなく、
「笑いに昇華してあげないとさ、悲しくなるから」
だりあの言葉を聞いていたひまりは、泣きそうになっていた。
十二月に入ると、アイドル部は音楽番組への出演で忙しくなる。
札幌からの生中継がほとんどなので、移動のリスクは低いが、それでも各局に出るのでてんやわんやとなる。
とりわけ今年は、
「モデルデビューした鮎貝みな穂ちゃんです!」
などと、だいたいがみな穂にクローズアップされるので、
「先輩には悪いけど、うちらは楽できるよね」
翔子が言うと、なぜか笑いが起きる。
ほぼ毎週あちこち出まくって、あとは六本木と紅白を残すだけとなった頃、
「あ、駿平から来た」
るなのスマートフォンに、メッセージがある。
「でも少し文体が違うね」
それもそうで「駿平の姉です」とある。
「あなたにだけ、駿平のLINEを借りてお話しておきます」
読み進んでゆくと、るなの顔が蒼ざめてゆく。
思わずスマートフォンを落としそうになり、隣にいた薫が咄嗟に拾った。
るなは薫から受け取ると、
「…ありがと」
るなは部室を出た。
さっきまで降っていた雪は止んで、薄暮にも関わらず雪で明るい。
るなは部室と校舎をつなぐ渡り廊下を逸れて、手つかずの雪が積もるグランドに出た。
仰向けに倒れ込んだ。
やや間があって部室にいたメンバーが、るなであろう慟哭を聞いた。
「…絶対何か遭った!」
香織がたまらず駆け出した。
途中、るなのスマートフォンが落ちていたので、拾い上げた香織がディスプレーを見ると、
「…いくらベタでも、そんなことってあるの…?」
香織は涙が止まらない。
追いかけてきたさくらが追いつくと、泣き崩れている香織がいる。
「かおちゃん…」
さくらは勘がいいだけに、薄々何か気付いていたらしいが、
「…そんなことは、嘘であって欲しい」
みずからの予感を否定しながら香織に近づいた。
「…飛び出した子供を助けるためにって、あんまりにもベタな展開すぎるんですけど」
無感情な香織の言葉に、さくらは固まった。
天を仰いだ。
校舎の奥の黝い稜線の先、流れ星が一閃した。
「こんなときに勘なんか当たるなよ…」
さくらは絶対に自分だけは泣くまいと、歯を食いしばった。
あとからだりあやひまり、薫、ひかるなどメンバーが出てきた。
「…ごめん、何も言われへんわ」
翔子はそっぽを向いた。
優子が気づいたときには、翔子の肩はワナワナ震えていた。