少し話が遡る。
国立競技場でのライブは、卒業生を含めた「ライラック女学院アイドル部大感謝祭」と正式に銘打たれ、秋からチケット販売も始まった。
すぐに一部はソールドアウトし、転売屋が摘発されるなどの騒ぎもあったが、
「すでに橘すみれや有澤雪穂が来るってだけで、なんだか大変な話題ですからね」
長谷川マネージャーは息をつきながら言った。
今では雪穂はすっかり女優で、九月まで朝ドラに出ていたが、もうすでに大河ドラマの配役も決まっており、
「私の原点のアイドル部の同窓会みたいなものだから」
と、スケジュールをこじ開けて来るらしい。
「たまには顔ぐらい見せぇや言うとけ」
清正は冗談めかしてみせた。
すみれはInstagramから「今日のスープ」というヒットが飛び出し、後輩の鮎貝みな穂と組んでライブをしたり、桜庭ののかがレギュラーで出ている「おめざジャポン!」のテーマソングを生放送で披露したり…と、画面越しではあるが元気そうではある。
「前にあいさつ回りですみれ先輩に久しぶりに会ったんですけど、プロデューサーのモロキュウPさんって」
本名が諸岡究だからモロキュウということを、みな穂が語ったことがあった。
「そしたら、お兄さんがこないだまで札幌にいて、結婚したんだけどって写真見たら、ひまりちゃんが写ってるもんだからビックリしちゃって」
その話を聞いたモロキュウPは、
「意外と世界は狭いね」
そうやって笑っていたそうであった。
基本的に一般人になった卒業生は「出るか出ないかは任せる」としてあったが、
「澪先輩に会いに行きたいから出ます」
と言って、弘前大学の医学部にいる岐部優海のように強行軍をしてくるツワモノもある。
優海は医学部の希望ではなかったが、清正が襲撃された件の際に医師たちの懸命な姿を見て、医学部を目指すことにしたらしかった。
「それで受けたら入れたんで、そこからはずっと勉強ばっかりしてて」
そういえば優海は今はメガネをかけている。
「なんかね、メガネかけたら雰囲気変わったねって言われて、今は彼氏も出来た」
スッカリ知的なイメージに様変わりしていたので、澪ははじめ分からなかったらしく、
「そんなに変わったかなぁ」
そこだけは少し複雑な心境になったらしい。
ハロウィンの写真撮影のさなか、
「ごめん、その日ニューヨークのイベントに出るから生中継つなげない?」
そう言ってきたのは赤橋あやめである。
今年から拠点をアメリカに移し、本場のジャズを身につけながらパーカッションの有望株として活動をしている。
特にあやめは変拍子のパーカッションのパフォーマンスに定評があり、
「変拍子のイリス」
と、みな穂がつけた愛称で呼ばれるようになった。
このときは日本人の歌手がニューヨーク公演をするので呼ばれており、
「マヤ先輩もいるんだよね…」
驚くべきことに、海老原マヤも同じイベントで撮影会にモデルとして参加する。
「今回はミクさんで出ます」
Skypeで明るく話すマヤは変わっていなかった。
マヤは現役時代から「メイドちゃんJK・マヤのマヤちゃんねる」という動画をアップロードし、メイドのコスプレをしたまま一輪車にチャレンジしたり、バッティングセンターでヒットを打ったり…と様々なチャレンジをしていた。
中でも圧巻だったのは、清正とキャッチボールをしながら距離を開けてゆく動画であった。
「因みに相手は、私の高校の古典の先生(元甲子園球児)です」
最初は普通のキャッチボールだったのが、次第に距離が広がって遠投になり、最後は外野からマヤがメイド姿のままレーザービームで投げる…というものであった。
これがなぜか卒業してしばらくしてからアメリカのニュース番組で取り上げられ、マイナーリーグの始球式でインハイながらストライクを取ったところから、今やメジャーリーグの始球式に呼ばれるまでになった。
とりわけメンバーを驚かせたのは札幌市役所に勤務中の宗像千波で、
「上司が行ってこいって、PRイベントの出張って扱いにしてくれた」
これがきっかけでブースには、アイドル部とコラボレーションで販売されるのが決まった道産品のお土産が並ぶこととなった。
商品企画の段階から千波が担当し、
「藤子ちゃんが好きな雪虫スフレもある」
メーカーと組んで、アイドル部のロゴが入った限定のグレープ味が目玉商品である。
「グレープだから、なんかスクールカラーみたいでしょ」
他にもイメージカラーに合わせたパッケージデザインの商品もあって、
「水色のソーダ味、藤子ちゃん気に入ってくれるかな」
千波はそこだけ気になっていたらしかった。
現役メンバーからすれば、卒業生たちの活躍はある意味目標でもあり、
「それだけでも、アイドル部を作った意味はあったのかも知れない」
澪は茉莉江と久々に再会した際に語った。
茉莉江が澪と札幌駅まで買い出しに出かけた際、
「澪先輩!」
駆け寄ってきたのは萩野森唯である。
唯は専門学校で和服にハマって着物のリメイクを研究し、卒業後は京都のデザイナーの事務所へ就職、現在は事務所で制作のサブチーフを任されている。
「ひさびさに帰ってきたら、何か訛ってるって言われた」
唯は笑い飛ばした。
中には翠のように連絡がつかない卒業生もいたが、
「藤子ちゃん、なんか文学賞の受賞候補らしくて行けるかどうかわからないんだって…」
みな穂いわく、全日本文芸大賞という最大の文学賞に藤子がノミネートされているらしいのである。
「十二月十五日が大賞発表だから、一応ライブにエントリーだけはしておくね」
来られなかったらごめん、という追伸つきだが、
「たまに顔を出さないと、実在しないって言われそうだから」
藤子は珍しく冗語を飛ばした。
「会ったことない後輩だらけだから、みな穂ちゃんあたりに助けてもらわなきゃダメかも…」
しばらく京都から出ていないらしく、
「たまに『わかさいも』とか『雪虫スフレ』が食べたくなる」
意外に甘党であることを、みな穂は初めて知った。
藤子の格闘は並大抵ではなかった。
まず授賞式のときに貼られた「天才文学少女」というレッテルと、戦わなければならなかった。
駄作は出せない。
そのためまずかなりの数の資料を読み込み、分析をして生み出されたのが『ふりさけみれば』であった。
写真部に所属する女子高生が不倫の関係に落ちながらも、北海道での全国大会を目指すというセンセーショナルなストーリーは、コミック化されたあとアニメ化され、ヒロインに片想いしたままサブキャラ・匠が亡くなると、
──匠ロス。
という現象まで起きた。
これで地位を確立した藤子だが、
「ここからは一本も外されなくなって、プレッシャーが半端じゃなくてさ」
他日、澪に語った言葉がそれであった。