そうした天然娘な由梨香を、理数系で冷静な里菜がときに手綱をさばいたりする。
いつしかしっかり者の里菜、天然な由梨香、要領の良い菜穂子、妹キャラの萌々香は「アイドル部の四姉妹」と呼ばれるようになり、
「この四姉妹でユニット組んで売り出したらウケるんちゃう?」
という翔子の思い付きから実際に活動することになり、頭文字を採った「RIMOKANA」というグループ内ユニットで、のちにデビューを果たすことになるのだが、それはさらに先の話である。
人見知りの激しかった萌々香だが、しばらくするといつも由梨香の陰にいて、チクチク刺繍を縫っている。
「私、同学年だよね?!」
そう言いながら、だがしかし萌々香が休んで来ていなかったりすると、
「あの子、具合い悪いのかな?」
とついLINEで萌々香の安否を確認し、返信が遅いと気が気でなくなったりもする。
結局刺繍で集中して気づいてなかったり、或いは目が疲れて寝ていたり…ということがあって、由梨香は心配のし損で、
「あの子はほんとに世話が焼けるんだから」
そう言いながらも、悪い気はしていないようであった。
萌々香は実際のところ、チョコレートは食べない。
「チョコレートよりクッキー派です」
という萌々香はお菓子作りが趣味らしく、部室へクッキーを大量に焼いて持ってきたり、マドレーヌを焼いて職員室で配ったりする。
「あれは賄賂や」
口の悪い翔子なんぞは毒づくのだが、そうすると萌々香は毒キノコ型のクッキーを焼いて、
「しょこたん先輩、どうぞ」
と、子供じみた可愛らしい仕返しをする。
これには翔子も参ったらしく、
「あれじゃ迂闊に毒も吐かれへんわ」
とぼやいた。
萌々香の進路は決まっていて、
「歌って踊れるパティシエールになりたい」
その日のために、とパティシエール用の調理服にあちこちフルーツ柄を縫い入れ、可愛らしくしている。
「うちの部にはいなかったタイプだなあ」
そう話す、たまに来る澪は、来年度から母校の教師となることが内定している。
その澪に言わせると、
「生まれながらのアイドル」
まさにアイドル部に入るために生を受けたような、たまにそうした人物が出てくる場合があるのだという。
「すみれや雪穂とも、何か違うんだよね」
澪は萌々香に、何か今までのメンバーにはない何かを感じてはいたらしい。
十二月の国立競技場ライブが近づいた十月、来年度から顧問が内定した澪への引き継ぎ作業が始まった。
「この時期からやらんと、入試とかで間に合わんくなる」
頭の痛いところではある。
この数年間、教科担任は持っていたがクラス担任はほとんど持たず、ほぼアイドル部につきっきりに近い形で過ごしてきた。
「茉莉江を旅行に連れてってあげることも中々出来んくて」
清正は澪にだけもらした。
「先生、恐らくだけど茉莉江は、普通の人が経験できない世界を裏側から見ることが出来て、もしかしたら案外楽しかったりするんじゃないですか」
確かにツアーも同行してもらい、音楽番組の際には夫婦でテレビ局の入構証を作って入ったまでは良かったが、廊下で迷子になったことすらあった。
「そんなもんなんかなぁ…」
「きっと、ですけどね」
澪は部長の頃と変わらない笑顔を見せた。
その頃、新しく加わった萌々香はボイストレーニングの甲斐もあって、リードボーカルのレパートリーを少しづつ増やし始めてきていた。
「ひまりちゃん、ライブ立ちたかっただろうなぁ…」
たまに翔子は、ひまりの顔が浮かんで泣きそうになる日がある。
「まぁ迷惑はかけたかも知れないけど、ひまりちゃんは普通にしあわせになりたかったのかなぁ」
最初の頃は萌々香のようにおとなしく、しかも声が小さかった。
「ほら、ちゃんと声張って!」
そうやって、すみれに叱られていたことを思い出していた。
「そのすみれ先輩のレッスンを受け継ぐまでになったんだから、ひまりちゃんってスゴかったんだよ」
連絡を取り合うるなによると、近々定期検診があるらしい。
「お腹の子は女の子らしいって」
「大きくなったらアイドルになるのかな」
それだけは、誰にも分からないままであった。
フォーメーションは、人数が九人になったことで却って組みやすくなったようで、
「センターに萌々香を持ってくることにした」
振り付け担当の美波は、二曲目の新曲のところで賭けというか博打に近いことを試し始めていた。
本来、普段なら安定的なナンバーを入れる。
今回は国立なので、多少は変わったことをしなくてはならないというプレッシャーと、美波は挌闘していたらしかった。
「厳しいかもしれないけど、今から萌々香には場数を当たってもらって、スターメンバーにするしかない」
リードボーカルも萌々香、るなの他に菜穂子を加えた。
「まさかのど自慢のファイナリストだったとはね」
菜穂子の実家が音楽教室なのは聞いていたが、歌わせてみると声に伸びがある。
「小学校の頃、おばあちゃんから少しだけ民謡を習っていた」
との由で、今どきの小動物系の可愛らしい顔立ちとは裏腹に、ちょっとボイストレーニングをさせてみたところ、すぐかなり変わったので、
「リードボーカルを三人にしたら、誰か一人倒れても大丈夫でしょ」
るなが言うと説得力があった。
初雪の日、るなは朝練で走り込んでいる萌々香を見た。
「走るのは苦手で…」
と言っていた萌々香だが、可愛らしいニットの帽子をかぶり、ピンクのスニーカーを履いてひたすらグランドを周回している。
近づいてきた。
「るな先輩おはよーございます!」
響き渡るような声で挨拶をしてきた。
「おはよー」
るなも返した。
るなは国立を最後の舞台にするつもりでいたらしいが、
(これで、どうにか火を絶やさずに済みそう)
るなは達成感が湧いてきたらしい。
人見知りの激しかった萌々香だが、クラスメイトの菜穂子と打ち解けたことで、少し気質が変わってきた。
本来の、お菓子作りのときに垣間見せるかいがいしさが少し出始めたのである。
「萌々香さ、ここのダンスの振り付けまた間違えたよ」
「うぅ…」
何度も薫に指摘され、目には涙を浮かべながらも、食らいついて振り付けを萌々香はマスターしてゆく。
ときに幼ささえ残って、少し危なっかしい面もあるのだが、
「まるで雪穂みたい」
澪はかつて雪穂がやっぱり泣きながら練習していたことを萌々香に伝え、
「だからあなたは大丈夫、きっと雪穂みたく上手になれるよ」
「…はいっ!」
このときの萌々香の笑顔が、澪は無性に可愛くて仕方がなかったようである。
萌々香を気にかけていたのは由梨香も近いものがあって、
「ほら、あの子いわゆる妹キャラじゃん」
よく泣きそうになりながらも健気で、走り込みに至っては、いつも最後を萌々香が走っている一方で、由梨香は中学まで陸上部で長距離を走っていたから、いつも先頭で他を引き離して走る。
「由梨香、早過ぎやって」
翔子がこぼすと、
「追いつかれそうになると、つい引き離しちゃうんですよね」
癖のようなものであろう。
「私も由梨香みたいに早く走りたい」
萌々香はこうしたときは実にハッキリしていて、
「どうしたらいい?」
と由梨香に早く走れるか訊いてくる。
「普段なら自分で考えろって言っちゃうんだけど、相手が萌々香だと教えちゃうんだよねぇ…」
つい甘やかしてしまうのである。
そうした萌々香を清正は、
「あれは太閤さんのような人たらしやな」
気がついたときには全員が萌々香のペースに巻き込まれ、あれよあれよと萌々香を軸に回ってしまう、と言うのである。
「あんな人たらし見たんは長内藤子以来や」
そう言われてみれば、藤子も運動は苦手なタイプではあったが、最後は後輩からですら「藤子ちゃん」と言われるほどの愛されキャラとなった。
ついでながらこの影響はアイドル部での名前の呼び方や、敬語をあまり使わない気風など、さまざま随所で端々に残っている。
「存外、関口の見立ては当たっとるかも知らんで」
清正は澪が慧眼であることを示唆した。
少し話が遡る。
国立競技場でのライブは、卒業生を含めた「ライラック女学院アイドル部大感謝祭」と正式に銘打たれ、秋からチケット販売も始まった。
すぐに一部はソールドアウトし、転売屋が摘発されるなどの騒ぎもあったが、
「すでに橘すみれや有澤雪穂が来るってだけで、なんだか大変な話題ですからね」
長谷川マネージャーは息をつきながら言った。
今では雪穂はすっかり女優で、九月まで朝ドラに出ていたが、もうすでに大河ドラマの配役も決まっており、
「私の原点のアイドル部の同窓会みたいなものだから」
と、スケジュールをこじ開けて来るらしい。
「たまには顔ぐらい見せぇや言うとけ」
清正は冗談めかしてみせた。