リラ祭が始まった。
二日目のステージはまったりしたウクレレからスタートし、二番手がひまりたちのミュージカルである。
コメディタッチに変更された台本で、ひまりが本格的に「立ってる物は親でも、親の物でも使うんだ」と下ネタを大真面目な表情で歌いながらステップを踏むと、爆笑が沸き起こった。
(つくづくプロだよなぁ…)
ひかるに言わせると、
「もったいないよ」
これだけ歌えるのに、たった一人の男のためにすべてを投げ出す覚悟まで決めている。
拍手の中カーテンコールまで終わると、
「では行ってきます」
入れ替わりで、だりあの落語の出囃子が流れてくる。
「長年やりたかった大ネタをかける」
といって、だりあが語り出したのは奇しくも夫婦の人情噺である「芝浜」である。
だりあの「芝浜」はギャル嫁にアレンジされたもので、かなり前から稽古を積んでいるのは見かけていた。
「それにしても、落語とはね…」
すでに何人かの噺家から弟子入りの話が舞い込んでおり、
「何年かしたら貴重な体験になるのかな」
舞台袖でひかるは眺めていた。
後半のステージライブはエイトビートで盛り上がりやすい『私のJoker』からスタート。
ノリの良い『夢を声にすれば』『恋せよ乙女!』『エガオノクスリ』『夏はそこまで』で盛り上げてから、バラードナンバーの『片想い』。
再びノリノリのナンバーで『私をデートに連れてって』『もふもふ。』『恋バナ』ときて、アンコールは『君が目をそらせば』『君のままで』でライブはハネた。
ラブナンバーばかりが並ぶ中、ひまりがどのような心境であったのかは分からないが、ライブを無事に乗り越えたというだけでも安堵はあったかも知れない。
日曜日の一般公開日、部室でひまりはぼんやりとしていた。
喧騒より静かな場所にいたかったらしい。
そこへ休憩のためにるなが来た。
「…ひまり、もしかして彼氏出来た?」
ひまりは仰天した。
「…えっ?」
「だってほら、うちら親同士仲良いし」
ひまりは黙り込んだ。
「…ごめん、るなに隠すつもりはなかったんだけど」
「私は気にしないよ」
しかしアイドル部は恋愛厳禁である。
「バレたら、私は辞める。だって本気だし」
「ひまり…それで良いの?」
「うん」
だってアイドル部のことも分かってくれている、とひまりは言った。
るなとひまりは同じ中等部でクラスも隣同士、謂わば互いのことをよく知る間柄でもある。
「…ひまり、つらくない?」
るなは駿平の件がある。
頭ごなしに咎めるようなことは言わなかった。
「私は最後あんな結果になったけど、だからひまりはハッピーエンドであって欲しくて」
「るな…」
「でも、黙ってるのはしんどいよね」
るなは想像がつくらしい。
「だけどアイドルは、みんなの偶像だから恋なんかしちゃいけないんだよね…」
るなは、胸を十重二十重に引き裂かれそうになるぐらい、ひまりの気持ちが手に取るように分かるだけに、
「私たちってさ、アイドルじゃなかったらこんな苦しくなかったのかな?」
それは答えのない疑問のように、ひまりには思われた。
数日後、再び部室を気にしていそうなそぶりのツインテールの彼女を優子は見かけたので、
「あの…こないだの?」
「はい」
消え入りそうな声である。
「夏休みは合宿があって部室に来られんけぇ、夏休み明けに見学したくなったら来てみんさい」
優子の優しげな広島弁のおかげか、ちょっとはホッとした様子であった。
夏が始まろうとしている。
期末試験も終わって夏休みの恒例行事であった、祝津での夏合宿に入ると、るなはひかるとひまりの三人で集まる時間が増えた。
三人で日和山の灯台まで登ると、理一郎の話になった。
もともとは姫路生まれだが、普段は関西弁を話さないようにしていること、小学校のときに親が離婚して北海道へ来たこと、関西弁というだけでいじめられ続けていたこと、京都の大学に行って関西へ戻ってみたら違和感だらけだったこと、ひまりを助けたのは以前恋人を助けられなかったことがあったから…などなど。
「だからなのかな、怒らないんだ」
たまに感情出して欲しいときはある、とひまりは言った。
「歳だって確か十五歳だったかな、離れてるから…私が何か言っても喧嘩にさえならない」
さり気なく受け流すのだという。
「でも、アイドル部が恋愛厳禁なのを知ってたから、私が理一郎に好きですって言ったら『アイドルがそれ言って大丈夫か?』って確認してきた」
それで前にひかるに語り聞かせたように理一郎に言うと、
「君の性格からして難題だろうって苦笑いしたけど、私のワガママを聞いてくれた」
ダンスレッスンの鬼とまで呼ばれるひまりを、上手に包容力で包んでいる様子が、手に取るようにありありと分かる。
るなとひかるは話を聞いていて、ひまりは大人の恋愛をしているのかも知れないという事実に気がついた。
ひまりを大切に扱い、何かあれば正面切って向き合い話を聴き、しかも互いを思い遣りながら、タッグを組んで難問に立ち向かっている。
「理一郎さん、スゴいよね。ひまりを一人の女性としてきちんと扱ってくれてるし」
まだ女子高生である。
言うことを聞け、と頭の大上段から振りかぶって物を言ってくるスタッフとて、いない訳ではない。
「あーあ、世界中の男子がみんなそうやってレディを大切に扱ってくれたらなぁ」
そうしたら、この世界の戦争も飢餓も減るかも知れない…というような、えらく壮大なことをひかるは言った。
るなはるなで別に、
「…だから、ひまりは好きになったんだね」
ストン、と腑に落ちた。
合宿中、学校宛やそれぞれ宛に届いた荷物は、茉莉江が週末にまとめて車で運んでくる。
それぞれ一まとめで箱に詰められ、今はそれを十三人分運ぶのだが、中には等身大ぐらいの、大きな縫いぐるみをプレゼントしてくるファンもいる。
「盗聴器とかGPS入ってたりして」
などと翔子が冗談で言ったことがあったのだが、ある日さくらが何かのはずみで生クリームをつけてしまいクリーニングに出した際、中からGPSが出てきて騒ぎになったことがあった。
「どんなストーカーやねん」
翔子は自分の冗句が予言になって当たってしまったからか、複雑な顔をした。
話をもとに戻す。
そうした荷物類は毎回、茉莉江が部屋まで運んでゆくのだが、大抵はみんな宿題をやっつけているかダンス練習の最中なので、帰って来たら荷物が来ていることになる。
優子のように全国的に知られたメンバーに宛てられた物が圧倒的に多数なのだが、この日ひまりには小さな荷物が一個だけ届いた。
差出名が「ファンより」とだけ書いてあったので、ポケットにそのまましまい、訝りながら夜中にトイレでひっそり開けると、
「もうすぐ誕生日ですね。おめでとうございます」
という小さなメッセージカードと一緒に、スワロフスキークリスタルと、ひまりのイメージカラーであるオレンジのタッセルがついた髪留めが入っている。
カードには小さなスタンプで「理」とのみある。
「…気にしなくてもいいのに」
しかも郵送にしてある。
ファンからの誕生日プレゼントに、理一郎はカムフラージュしてあったのである。