五月が終わり、だんだんと雨が降る日が多くなってきた。この地方特有の湿気を含む異常な蒸し暑さが始まって、まだ六月だというのに冷房が恋しくなる。湿気が体中にまとわりついて、なんだか呼吸までしづらいような気がしてくる。
 あれから一度、事務所のドアに袋がかかっていたことがあった。中にはきれいにチョコレートが並んだ箱と、一枚のメッセージカード。
『お仕事お疲れさまです。よかったら、食べてください。 道端日南子』
 あの時言外に含んだ意味を、彼女が汲み取ってくれたのかどうか。困ったな、と思うのと同時に、それでもこうやって向かってきてくれることを少し嬉しく感じる自分もいた。
 その日は一日スタジオに籠っていた。撮影したデータの編集も溜まっていたし、商品撮影の依頼も入っている。そろそろ取り掛からないと。
 商品撮りは好きだった。同じものを同じカメラで撮っても、光の当て方、対象の置き方一つで全く印象が異なる。この商品がいかに人を惹きつけるか、それは意思を持たない物体が相手なぶん、撮り手の腕にかかっている。
 夜までは別の仕事を片付けようと思っていたけれど、三時過ぎくらいからどんどん空が曇り始め、やがてポツポツと雨が降りだした。そういえば天気予報で、昼過ぎからところにより雨、とか言ってたっけか。空を重たく厚い雲が覆って、外は夜みたいに暗くなっている。そのまま画面に向かっていても気分が鬱々としそうで、早々にパソコン仕事を放り投げることにした。
 入口にブラインドを下ろして外から遮断された空間を作り、ストロボを配置する。商品と、撮影で使う小物類が放り込まれたダンボールを取り出した。今年流行っているらしいアクセサリーの撮影は、小さい記事だから量も少ない。キラキラ輝くピアスはきれいだけれど、一つ数万するのを聞いて、俺だったら落とすのが怖くて外でつけられない、と思った。小さなアクセサリーに大枚を叩ける女の子はすごい。
 それぞれのデザインに合わせて、背景を決めていく。送られてきた小物と手持ちのものを合わせて、その商品が一番美しく見えるように配置していく。後ろになにを置くか、どれだけ写りこませるかだけでも、商品の浮き上がり方やイメージが全然異なってくる。
 白の大小のパールがランダムに並んだピアスを木製のトレーに置く。でもそれだけじゃなんだか締まらなくて、後ろになにか置きたいのだけれど、ちょうどいいものがない。トレーよりも薄い色味の、できればベージュっぽいもの。そういえばこの前使った英字新聞にいい色があった気がする。どこにしまったっけ。
 考えながらデスクの方に移動すると、スタジオの入口の方から、カタン、と音がした。
 誰か来た? でも、こんなところ仕事の関係者しか来ないはず。
 ……もしかして、日南子ちゃん?
 急いでブラインドを開けると、予想通りそこには驚いたような顔の彼女がいた。