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 やってきたショー当日。潤平くんに付き合ってもらってこっそり練習したおかげか、昨日の衣装を着てのリハーサルも、さっきの直前チェックも、なんとか形になったと思う。
 人でごった返す控え室でゼリー飲料を流し込みながら、他の人たちを観察する。みんなどことなく余裕が見えて、緊張より楽しい気持ちの方が強そうだ。衣装も個性的なものから普段使いできそうなものまで様々。中にはがっつり白塗りしている人もいて、メイクだけ終えた時はド派手に見えても、ショーの服を身に纏うと途端に艶やかに見えるから不思議。
「お待たせ、ヒナちゃん。緊張してる?」
 先に愛香のメイクを終えた宇野さんが、ぼうっとしていた私に呼びかける。
「大丈夫です。思ったより平気かも」
 宇野さんの後を追って、愛香と入れ替わりで鏡の前に座る。すれ違った愛香は、珍しくそわそわしている様子だった。
「なんだか意外だわ。愛香ちゃんよりヒナちゃんの方が落ち着いてるみたい」
 手早くベースメイクを施しながら、宇野さんが笑い混じりに行った。
 自分でも意外だった。もっとテンパって、ジタバタするかと思っていたけど、いざこの雰囲気に呑まれてみると驚くほど楽しめている自分がいる。みんなでひとつのものを作りあげる高揚感に包まれて、お祭りの時みたいにワクワクする。
「実は結構図太かったのかもしれません、私」
「本番に強いタイプなのかもね」
 宇野さんの言葉に、首を傾げる。昔はどっちかというと、本番で自滅するタイプだったんだけどなあ。モデルとしてのお仕事の中で、前より度胸がついたのかもしれない。
 それに、桐原さんに会っても、ちゃんといつも通りに振る舞えた。
 本当は、本番前に見かけても話しかけたりしないでおこうと思っていた。だけどカメラを構える姿が目に入った瞬間、目が離せなくなってしまった。
 思い切って近づいた彼の態度は、あっけないくらいに変わらなくて、それがなんだか悲しかった。結局私は、拒絶されようが避けられようが、桐原さんが好きなのだ。ショーが終わったら、またちゃんと話しに行こう。
 宇野さんの手によって、鏡の中の私が変わっていく。前回よりも丁寧に、時間をかけて。そうやって魔法をかけられていくのが、前は少し気恥ずかしかったけど、今は楽しい。
「はい、出来た。……いい顔してるわ」
 宇野さんの言葉に、鏡越しに笑ってみせた。
 待ち構えていたリサさんに手伝ってもらって、白のワンピースを身に纏い、おとぎ話のお姫様に変身していく。メイクや洋服の力って、本当に偉大。
 先に支度を終えた愛香が、私を見て口を尖らせる。
「あんた、ムカつくくらい余裕ね」
「なんか、緊張が突き抜けて逆に落ち着いちゃったみたい。お腹減った時とか、よくそういうことない?」
「都合よく突き抜けてくれるなんて羨ましいわ」
 そう言う愛香も、さっきより肩から力が抜けたみたい。
 衣装を汚したり引っ掛けたりしないよう、リサさんや宇野さんに付き添われて舞台袖に向かうと、先に着替え終わった男性陣と、演出の打ち合わせをしていた小川さんが待っていた。
 潤平くんがすっと近寄ってきて、耳元で小さく囁く。
「あの人、いたけど。大丈夫?」
 桐原さんを見て、私が動揺しないか心配してくれたようだ。
「リハの前にちょっと話したよ」
 普通に答える私の様子に少し驚いたように目を瞬かせる。
「ありがと。大丈夫」
 小さく笑って見せると、潤平くんも少し口の端をあげて返してくれた。
 続々と出演者が集まってくる。私たちは隅っこの方へ移動して、八人で輪を作った。順番に手を重ねると、リサさんが抑えた声で、それでも元気よく言った。
「本番、思いっきり楽しもう!」
 おー、と声を合わせると、ワクワクも一気に高まった気がした。