◇
その日の夜から、雪が降り始めた。すでに塵のような初雪は何日か前に降っていたけど、今回は長い間降り続いたので、きっと朝には積もるだろう。静かに舞い落ちてくる白の結晶がなんだかすごくキレイに見えて、暖房もつけずに窓を開けて見ていたら、翌朝熱を出してしまった。
思ったより高熱で、一人じゃ心細くなって実家に電話をしたら、ちょうどお休みだったお父さんがすぐに迎えに来た。そのまま病院に連れて行かれて、その後は実家の私の部屋のベッドに押し込まれる。
「もう雪なんて見飽きてるでしょうに。どうして風邪をひくまで寒いところで我慢したの?」
呆れ気味に言いながら、麻衣子さんがお粥を乗せたお盆を持って部屋に入ってくる。
お父さんの再婚相手の麻衣子さんは、お父さんと一回り年が離れていて、お母さんというよりお姉ちゃんという感覚だ。はきはきした美人で、何が良くてお父さんと結婚したんだろう、と常々疑問を抱いている。
薬のおかげで、だいぶん体は楽になった。卵の餡がかけられたお粥の匂いが鼻をくすぐる。お盆を受け取って、少し口に入れると、優しい塩気が染み渡った。
しばらく私がお粥を口に運ぶのを黙って見ていた麻衣子さんが、あらかた食べ終わるのを待って、口を開いた。
「なにかあったの? ここに電話をかけてくるなんて」
今まで、体調を崩したくらいで実家に連絡することは、まずなかった。あとから風邪をひいていたことを知ったお父さんに、叱られたことがあるくらいだ。
「力になれることがあるなら、なんでも言って」
麻衣子さんはいつも、いい意味で距離を取ってくれて、無理に世話を焼こうとなんてしてこない。今まで悩み事の相談なんてしたこともないし、してくれと言われたこともない。
今の私は、そんなに弱って見えるんだろうか。
「麻衣子さんは、なんでお父さんと結婚したんですか?」
「そりゃ好きだからよ。なあに、いきなり」
私の質問の内容に驚いた様子で、だけど麻衣子さんは即答した。
「じゃあ、死んだお母さんに、嫉妬したこととかありますか?」
この質問には、すぐには答えなかった。考え込むように、目をさまよわせる。
「難しいこと聞くわね」
「ごめんなさい」
娘の私から見ても、お父さんはお母さんのことが大好きだった。見ていて恥ずかしくなるくらい仲のいい夫婦で、お母さんが死んでからも、お父さんはずっとお母さんのことを大切に思っていたと思う。きっと、今でも。
麻衣子さんという恋人を紹介された時、だからひどく驚いた。少し、ほんの少しだけ、裏切られたような気持ちになったのも事実だ。
「全く気にならない、と言えば、嘘になるわね。いまだにすごく大切な存在だってことはよく伝わるし……そうね、少し悔しく思ったことはあるわ。なんで先に私と出会ってくれなかったんだろう、って」
その気持ちは、すごく良くわかる。優衣さんより先に出会うことができていたら、こんな卑屈な思いをすることはなかったのに。
「でも、そんなもしものこと考えたって仕方ないじゃない。先に前の奥様に出会って、日南子ちゃんが産まれて、奥様を失って、そういう出来事を全部経てきた上で、今の彼がいるんだと思うし。その前に出会ってたって、好きにならなかったかもしれないわ」
いろんな思いを乗り越えてきたからこそ、今の彼がいる。そうかもしれないけど、でも。
私にはそんなふうに割り切れなかった。好きな人が自分以外の人のことを特別に思っているのは、やっぱり辛い。
納得いかない様子の私に、麻衣子さんが言った。
「私がこんなことを言えるのは、今は私のことを考えてくれているっていうのが、ちゃんと伝わるからかもしれないわ。自信があるから、寛容になれる。自信が持てなかったら、きっと辛くて一緒にいられない」
自信、か。今の私には、全くないもの。
「さあ、もう休んで。体調が悪い時にいろいろ考えたって、後ろ向きになるだけよ」
そう言って私の肩を宥めるように叩くと、お盆を持って部屋を出ていこうとする。ドアを閉める前に咄嗟に呼び止めると、なに、と振り向いた。
「変なこと聞いてごめんなさい。ありがとう」
そんな私に優しく笑って、おやすみなさい、と言ってドアを閉めた。
一人になって、もう何度考えたかわからない疑問を繰り返す。
今好きなのは、優衣さんじゃなくて、私。あんなにはっきり言ったのに。
勇気を出して、自分から近づいた。ちゃんと受け止めてくれた、初めはそう思った。でも、最後の最後に拒絶された。ごめん、なんて、そんな言葉聞きたくなかったのに。
私のことを好きだと思ってくれるなら、どうして拒絶するんだろう。受け入れてくれないんなら、好きだなんてそんな甘い言葉、かけてくれなくて良かった。好きじゃないなら、そう言ってくれればいいのだ。
私のこと、本当はどう思っているの? わからない、全然、理解できない……。
麻衣子さんの言う通り、どんどん後ろ向きになっていく。もうやめよう、とりあえず、今は風邪を治すことだけ考えよう。
電気を消して、布団をかぶる。なにも考えない、思い出さないようにしようと思うのに、彼の最後の声が頭から離れてくれなかった。
ーーごめん。
ごめん、なんて、言わないで。
熱が引いても、心配したお父さんが家にいろと言い張って聞かなかった。私も一人でいたくなかったのもあって、結局年を越すまで実家から学校に通うことになった。久しぶりに自分以外の人が作ったご飯を食べて、洗濯も掃除もしてもらって。甘やかされているのがわかって、それが心地よかった。
なにか連絡があるかもしれないといつもより携帯を気にかけて、鳴るたびに飛び付くのに、欲しい人からのメールは一向に届かなかった。私からもなにか、送ってみようと思ったけど、結局なんと送っていいいかわからなくてやめた。
なにも進展がないまま、新年を迎える。初詣に行って、麻衣子さんと一緒におせちを作って、いつもより時給があがるバイトに精を出す。去年となにも変わらないのに、なんだか心にぽかっと穴が空いたような気がした。
「なんか隠してるだろ?」
潤平くんが私の顔をじっと覗き込んで言った。
「え? なんにも隠してなんかないよ?」
「嘘つけ。ヒナが落ち込んでるのなんてバレバレなんだよ。自分が嘘つくの下手なこと、わかってないの?」
いつも通り振舞っていたつもりなのに、なんでこんなに周りに見抜かれてしまうんだろう。
「愛香が気にしてたよ。またなんか悩んでるのに、全然話してくれないって」
「悩んでなんか、ないんだけどな」
そう笑って見せるのに、潤平くんはごまかされてくれない。
「あの人と、なんかあった?」
心配そうに尋ねる潤平くんの顔を見れなくて、机の上の教科書に目を向ける。
「なんにもないよ」
どうせ嘘だってバレてるんだろうけど、今は詳しく話したくない。
「ほら、テスト近いし。今回、全部難しそうで嫌になっちゃうよね。単位落としたら三年から大変だし……」
「ヒナ?」
私のごまかしを遮って、潤平くんが名前を呼ぶ。
「言いたくないなら言わなくてもいいけど、ずっとそんなんなら俺は黙ってないから」
短い冬休みが終わって、また日常が始まっていた。一月の学校は、なんだかみんな浮き足立っているような気がする。早ければ一月の半ばから試験が始まって、すぐに長い春休みへと突入だ。春休みと夏休みの長さは、大学生の特権だ。
テストが近いのも全部難しそうなのも落とすとまずいことも全部本当で、私は試験が終わるまで、一旦全て棚上げしようと決めた。家に帰ってもほとんど机に向かっていたし、学校でも空き時間は図書館に籠っていた。
携帯は、いつも傍らに置いてあった。初めは気になるから遠ざけようとしたけれど、近くにないとそっちのほうがそわそわすることに気がついて、諦めていつも手が届くところに置くことにした。
桐原さんからの連絡は、まだない。
今はテストという逃げ場所があるからいいけど、春休みに入ったら、何かしらの答えは出さなきゃ、とは思う。今のまま自然に離れていくのだけは嫌だし、リサさんのショーの時にはすっきりした気持ちで会いたかった。
やっぱり、春休みになったらちゃんと話をしに行こう。気まずくても、ずっと一人でモヤモヤしてるよりずっといい。
そう決めると、少しだけ心が軽くなったような気がした。
◆
『もう一度ちゃんと話がしたいので、次の金曜日の夜にお時間いただけませんか?』
日南子ちゃんからではないのはわかっていたのに、その文面を見て、一瞬どきりとする。
美咲ちゃんからのメールだった。八月の出来事があって以来、初めての連絡で、俺もきちんとこれまでのことを謝りたいと思っていたので、了解の返事を送る。
あの日から、日南子ちゃんのことは考えないようにしていた。でも、考えまい、考えまいと思えば思うほど、最後の情景が強く浮かんでくる。
不思議なことに、優衣のことはほとんど思い浮かばなかった。ただ、日南子ちゃんのあの泣き出しそうな顔だけが、ひたすら頭の中を回っていた。
あの後、彼女は泣いたんだろうか。
勝手な想像だけど、何故か泣いていないような気がした。そうだといいな、というただの願望かもしれないけど。
彼女に謝りたいと思うけど、どう謝ればいいのかわからない。そもそも自分は彼女のことをどう思っているのか、それさえ曖昧になってきた。好きだと言った、あの時は本気でそう思ったのに、今はその気持ちにすら自信がない。
何度も電話をかけようとして、発信できないまま表示を消す。それをずっと繰り返していた。
彼女の写真に向かい合うのは苦痛を伴う作業で、結局、最低限の処理をしただけで、ほとんど手を加えないまま鈴木さんに渡してしまった。写り込む彼女の想いと、自分の感情を直視できなかった。
美咲ちゃんが指定したのは、駅の近くのカフェバーだった。夜遅くまで営業していて、夜はアルコールも飲めるようになっていて、使い勝手がいいからかいつも人はそこそこ入っていた。
少し時間に遅れて行くと、美咲ちゃんが入口から見える席に座っていた。先に彼女が俺に気がついて、小さく手を振る。近づくと、彼女の足元の大きな荷物に目がいった。
席に着くと、すぐに店員が注文を取りに来た。車だったのでノンアルコールのドリンクを頼む。
「旅行でも行くの?」
挨拶もそこそこに質問を投げかけると、実家に帰るんです、という答えが帰ってきた。
「県外の人だっけ?」
「愛知出身です。前にも話しましたけどね」
そうだっけ、と呟く俺に、どうせ覚えてないと思いましたけどね、と諦めたように笑う。
「だから、もう会うことはないと思って。最後にきちんと謝ろうと思って、来てもらいました」
その言葉に、自分が思い違いをしていることに気付く。
「ただの帰省じゃなくて?」
「完全に引っ越します。もうこっちの部屋は引き払いました」
「そっか」
「一人でいるの、なんか疲れちゃって。親が戻って来い、って言ってくれたので、甘えちゃいました。春までのんびりして、また向こうで仕事探します」
突然のことで驚いたけど、彼女はなんだかすっきりした顔をしていた。肩の力が抜けたというか、いい感じに気負いが抜けた気がする。
注文したドリンクが来たので、改めて乾杯する。新しい生活がうまくいきますように、と願いを込めて軽くグラスをぶつける。
彼女も一口口をつけると、グラスを置いて改まって頭を下げた。
「無責任に引っ掻き回すようなことをして、すみませんでした」
「もういいよ、気にしてない。ようちゃんから少し聞いたけど、大変だったんだろ?」
顔をあげた彼女の表情は、泣きそうなんだか笑いたいんだか、中途半端に崩れていた。
「相変わらず優しいけど、それやめたほうがいいです。ちゃんと怒ってくれないと。あの子がかわいそうですよ」
「え?」
「誰にでも優しいんじゃなくて、ちゃんと一人だけ大事にしてあげてください」
誰にでも優しくしているつもりはなかったけど、それで昔、彼女も嫌な思いをしたことがあったのだろうか。
「俺も謝りたかったんだけど、昔付き合ってた時、我慢してたこと、もしかしていっぱいあった?」
俺の言葉に、彼女は少し目を見開く。
「どうしたんですか、いきなり」
「あの後反省したんだよ。昔は物分りのいい子だな、なんて勝手に思い込んでたけど、本当は無理させてたのかなって」
黙って俺をじっと見る彼女に、今度はこっちが頭を下げた。
「いろいろ、辛い思いさせてたんなら。ごめん」
口を開かない彼女の目に、突然涙が溢れ出した。
「え、あ、ごめん?」
また何か傷つけるようなことを言っただろうか。咄嗟に置いてあった紙ナプキンを渡すと、彼女はひったくるように受け取った。
「だから、そういうのダメなんですって。こんな昔ちょっと手を出しただけの女に、謝ってどうするんですか」
涙を押さえながら、なんだか怒ったように言う。
「あの時は、ちゃんと付き合ってるつもりだったけど」
「そんなの、つもり、です。私のこと好きでもなんでもなかったでしょう?」
そう言われて、言葉を返せない。
「愛されてたなんて、そんな思い上がれるほど馬鹿じゃありません。ずっと違う人見てたくせに」
「そんな風に見えた?」
優衣のことは、彼女には何も話していない。昔結婚していたことも。
「見えましたよ。私に笑いかけながら、目は私の後ろを見てた。ああ、私は身代わりなんだ、って悲しかった。でも、それでもいいと思ってたんです」
この前の日南子ちゃんと、同じことを言う。
「それって辛かった? 身代わり、って」
「辛かったですよ、当たり前じゃないですか。私以外の人のことなんて、考えて欲しくないに決まってます」
ぼろぼろ泣きながら怒る彼女を見て、ああやっぱり、無理をさせてたんだな、と思う。
そして今、日南子ちゃんにも同じ思いをさせているんだと。
「ごめん」
何度目かの謝罪の言葉に、ようやく泣き止んだ美咲ちゃんが呆れたように言った。
「だから、謝っちゃダメですって。私だって、辛かったけど、一緒に居られたら嬉しかったんです。今はもう、感謝しか残ってません」
だから、ちゃんと幸せになってください。
そう笑う彼女に、ただ笑い返すしかできなかった。
『ちゃんと話がしたいです。お時間ありますか?』
見覚えのある文面に、もう一度送信元を見返す。間違いなく日南子ちゃんだった。
きたか、と思った。ちゃんと謝って、すっぱり会わなくなったほうが、きっと彼女のためにはいいんだろうと思う。周りには慰めてくれる友達もいるし、松田君もいる。そうわかっているのに、俺にはまだはっきりと別れを切り出す勇気が出なかった。別れ、っていうのも変か。まだ付き合ってもいないんだし。
あれこれ考えて、結局仕事が忙しくて時間が取れない、と返信した。要は、また逃げたのだ。
このままにしておくわけにはいかないけど、今はまだ、彼女の前で平気な顔をできる自信がない。距離を置いて、リサちゃんのショーまでにはなんとか平静を保てるようにしておきたかった。会わないうちに俺に呆れて、松田君と付き合ってしまっても、それでいいと思っていた。
そんな俺に、彼女は直接会いに来た。
仕事を終えて事務所に戻ろうとした時、運転席から入口に立つ人影が見えた。咄嗟に曲がるのをやめてそのまま通り過ぎ、少し進んだ先で車を止める。
日南子ちゃんだった。一瞬しか見えなかったけど、多分間違いない。
いつからあそこにいるんだろう。晴れているとは言え、真冬の外気に晒されて長時間立っているなんて、無茶すぎる。戻るべきだろうか、戻って一言、もう来ないでくれと言えばいいのだろうか。
散々逡巡した挙句、俺は戻ることができなかった。時間を潰してから帰るともう彼女はいなくて、逃げ回るだけの自分が心底情けなかった。
◇
今日もまた、会えなかった。
本当に忙しいのか、それとも私がいることに気付いて避けられてるのか。どちらかはわからないけれど、何度か訪れたスタジオは、いつも無人だった。
気を取り直してバス停に向かう。今日はこれからリサさんのところでショーの衣装の最終フィッティングだ。リサさんたちにとってこのショーは学生生活の集大成で、とっても大事なもののはずで、余計な心配はかけたくなかった。私だって、春から滅多に会えなくなるのに、最後の思い出を暗いものになんかしたくない。
しばらく暗い顔はやめにしよう。校舎のビルに入る前に、軽く顔を叩いて気合を入れる。ガラスに向かって笑ってみた。よし、いつも通りだ。
前回と同じ実習室に入ると、愛香と潤平くんは先に着いていて、みんなで仲良く話していた。
「ヒナちゃーん! お休み中なのに来てくれてありがと!」
リサさんが私に気付いて近寄ってくる。いつもの元気の良さで抱きついてきて、私も負けじと抱きつき返した。
前と同じように並べられていた服たちは、手を加えられてさらに洗練されていた。
「今日は最終的なサイズとかバランスの調整ね。簡単なテストメイクもさせてもらうから」
宇野さんが大きな黒のバッグを持ち上げる。容子さんも似たようなバッグを持っていたし、メイク道具を収納してあるんだろう。
「ランウェイを歩く練習もしてもらいまーす」
小川さんが宇野さんの後ろからひょこっと顔を出した。
「歩く練習、ですか?」
愛香が困惑気味に言った。ショーなんて全く未経験の私たちは、練習云々の前にランウェイがどんなものかすらわからない。
「心配しなくても大丈夫。ここにプロがいるから」
戸惑う私たちに、西さんが宇野さんを指差して言った。
「プロ?」
「元、ね」
宇野さんがなんでもないような顔で頷く。
「紗雪は高校の時、東京でモデルやってたんだ。ショーとかも結構出てたんだって」
そんな大層なものじゃないけど、と宇野さんが苦笑する。
確かに、背も高いし姿勢も綺麗だし、元モデル、というのがすんなり納得できる。綺麗な人だとは思ってたけど、そういう過去があったんだ。なんで今はモデルをやめて東京ではなくこんな地方で暮らしているのかは、すごく謎だけど。
「裏方の仕事のほうが楽しそう、って思ったのよ。きれいにしてもらうより、誰かをきれいにすることのほうがやりがいがありそう、ってね」
私の表情を見て、宇野さんが説明してくれた。また、考えてることが顔にでちゃってたみたい。
始めようか、と西さんが言って、男性陣が別教室へと移動していった。私と愛香は早速各々の服に手を通す。
白のワンピースは、以前よりもリボンのボリュームが少し減って、その代わりレースの分量が増えていた。前よりさらに上品に、クラシックな雰囲気になっている。ちょっとだけこの前の撮影に使ったドレスに雰囲気が似ていた。私ってこんなイメージなのかな。
愛香のドレスは、背中がより深く空いて、さらに色気が際立つ。余計な装飾はほぼなくて、ラインのキレイさを最大限に見せるデザインだ。
着替え終わった私たちは、椅子に座って順番にメイクを施される。まだまだ勉強中、と宇野さんは謙遜するけれど、手際よく動く手つきは、プロの容子さんと比べても遜色なかった。小川さんとリサさんと、三人で相談しながら、私たちを見る間に変身させていく。
途中で着替え終わった男性陣が戻ってきて、リサさんはそちらを見に離れていった。西さんと二人、話し合う声を聞きながら、こちらも仕上げに入る。
愛香ははっきりラインを引いて強調した目元に、ゴールドのパウダーで仕上げて艶やかに。ウェーブを出した髪をわざとラフに束ねて、大輪の赤い花を添える。私は逆に、淡いピンクでふんわりとした質感に。編み込んだ髪型はあまりボリュームを出さず、小さな白い花を所々に散らす。最後に、愛香は真っ赤な、私は白の華奢なパンプスに足を入れる。
「うん、完璧。さっすが紗雪」
戻ってきたリサさんの言葉に、宇野さんが満足げに頷いた。
潤平くんは真剣な顔で、保志さんは余裕の笑みを浮かべて、それぞれ私と愛香を見ていた。注がれる視線に、気恥ずかしくなって愛香と二人で顔を見合わせる。
リサさんと西さんが、変更箇所を確認する。といっても、後は少しサイズの手直しをするだけみたい。