三人がけのベンチが左右に三つずつ。中央には祭壇があって、マリア像が置かれている。その向こうのステンドグラスは、そこまで大きくはないけれど緻密で、天使が象られていた。
決して華やかではないけれど、静謐さに満ち溢れている。
「もともとはこの辺に住んでる農民が集まってたらしいんですけどね。牧師なんていないから、勝手に礼拝しとったらしいですわ」
形にとらわれない、人々の純粋な信仰が集まった場所。聖母マリアと天使に見守られた、暖かな空間。
「ぴったりですね」
思わず呟くと、隣の鈴木さんも大きく頷いた。
写真撮っていいですか、と聞くと、どうぞどうぞと鷹揚な返事が返ってくる。
「しっかしおたくら、この寒いのに撮影なんてよくやりますねえ。短い時間ならいいけど、長い時間いる気なら凍えちゃいますよ。暖を取れるものなんかないんだから」
そうか、そういうことは考えてなかった。暖炉みたいなものは見えるけど、もちろん使えないだろう。
「言っておくけど火気厳禁ですから。ここが燃えて、万が一山が火事になったら困るんでねえ」
「電気は?」
「そんなもん通ってるわけないですよ」
鈴木さんが思案げな顔で質問している。
「他に持ち込んではいけないものはありますか?」
「特にこれといってないですけど。この前業者が入ったばかりだから、掃除はしなくていいはずです」
確認事項は鈴木さんに任せて、俺は一人カメラを構える。頭の中で日南子ちゃんを思い浮かべながら、ファインダーを覗き込む。……いける。
使えそうな場所を何箇所かカメラに収めて、話し込む二人の方を向いた。
「決めましょう。ここ以外は考えられない」
確信を込めて伝えると、鈴木さんも大きく頷いた。
少しでも早く、本格的に雪が降らないうちに、ということで、急ピッチで予定が組まれる。
『野外用の発電機を手配しますが、機材はできれば最小限で行きましょう。スタッフも最小限で。羽田さんには一度ウチの会社まで来てもらうことになりました。衣装も彼女と決めてしまって大丈夫ですね?』
「全部羽田さんに任せてあります」
ようちゃんに頼み込んで、ヘアメイクとスタイリストを兼ねてもらった。急な話で厳しいかとも思ったけど、鈴木さんがきちんと会社として美容室のオーナーに依頼してくれたおかげか、わりとすんなり引き受けてくれた。あとは沢木さんのところからアシスタントとして吉川を借りる。
「あとはなるべく晴れてくれるといいんですけど」
『そればっかりは神のみぞ知る、ですね』
室内の撮影だけど雨が降ると気温が下がる。それに、できれば太陽光がステンドグラスから差し込む様子を押さえたい。天気予報は今のところ晴れだけど、この時期の予報は半分は外れる。
簡単に確認事項をさらって、電話を切る。窓に近づいて空を見上げた。
今日は雨だ。
「ほんと、撮影日晴れるといいっスね」
並べた機材を片付けながら、吉川が言った。
手持ちにない機材があったので、沢木さんのスタジオに借りに来て、ついでに吉川とも打ち合わせを済ませていた。吉川は俺が独立する直前までアシスタントでついてくれていたので、気心も知れてるしやりやすい。
「まった辺鄙なとこで撮るんだって?」
珍しくパソコンと向かい合っていた沢木さんが部屋から出てきた。
「鈴木が見つけてきたんだろ? さすがだな」
「鈴木さん、知ってるんですか?」
「あそことは最近よく仕事するんだよ。鈴木は今年になってどっかから引き抜いてきたらしいけど、いっつも仕事が早くて助かる」
ふわああ、と大きなあくびをしながらコーヒーメーカーに手を伸ばす。時間が経って煮詰まったくらいのコーヒーが沢木さんの大好物だ。俺は昔、一口飲んで、あまりの苦さに吐き出したことがある。
「理恵が会いたがってたぞ。今年いっぱいで産休入るから、その前に一緒に仕事したかったって」
「そういえば、入籍おめでとうございます。理恵のお父さん、手強かったでしょう?」
「まあな。今年中に婚姻届出せないかと思った」
「俺のせいですね」
カメラマンという職業に先入感があるに違いない。しかも、結婚前に妊娠したとなったらなおさらだ。嫌でも優衣を思い出すだろう。
すみません、と呟く俺の頭を、沢木さんが結構な強さではたいた。
「いってぇ」
「アホか。あの時のお前と俺様を一緒にするんじゃねえ。自分の甲斐性のなさを人のせいにするほど俺は落ちぶれちゃいねえんだよ」
「すみません」
「まあ手こずったけど、最終的に認めてもらったんだからいいんだよ。子供が生まれりゃ親父さんもなんか変わるだろ」
……てことはまだ、わだかまりは残っているんだろうな。
また謝っても殴られるだけだから、口には出さなかったけど、やっぱり申し訳なく思う。
優衣が死んで、そろそろ十年が経つ。優衣の家族の心には、どれだけの傷がまだ残っているんだろう。あの理恵だって、妊娠がわかった時、あれだけ苦しんでいた。十年という月日は、長いのか短いのか。
きっとまだ、優衣のお父さんは、俺を許してはいない。
「またなんか余計なこと考えてるだろ」
何も口に出さなかったのに、またはたかれた。
「あのー、なんで沢木さんが手こずるのがガクさんのせいになるんすか?」
「お前には関係ないから黙っとけ」
それまで口を出したくてうずうずしていたらしい吉川が、結局口を開いて沢木さんに叱られて、不満そうにしている。
「お前はあの子のことだけ考えてればいいんだよ」
「……」
無言で返す俺とは反対にまた吉川が口を出す。
「あの子って誰っすか? ガクさんの彼女?」
「だからお前は黙っとけって」
「じゃあ俺の前で面白そうな話しないでくださいよ。完全にのけものじゃないっすか」
確かにそうだ。こいつの前でする話じゃなかった。
用も済んだし、そろそろ行きます、と言うと、沢木さんはおう、と短く返事をした。えーもう行くんすかー、とつまらなさそうな声を上げる吉川に、機材を忘れないよう念を押す。撮影の日、吉川の運転で沢木さんのスタジオの車を貸してくれることになったので、機材の運搬も頼んだのだ。
外に出ると途端に冷気が体を包む。傘は車に置いてきたので、雨の中を一気に走った。
最近、日南子ちゃんとの距離の取り方が、わからなくなっていた。
というか、本当は距離なんて取らなくていいんだろうし、彼女のほうもそれを望んでいるのが手に取るようにわかる。だけど、その望みの通りに近づいていくことがどうしてもできない。
触れたい、と思うし、俺だって近づきたい。近づきたいのに、近づこうとすると頭の中でストップがかかる。
優衣の姿が、ちらつくのだ。
俺を見つめる日南子ちゃんの顔に、優衣の顔が重なる。そうなるとどうしてもそれ以上進めなくて、視線を逸らしてしまう。少し寂しそうにする彼女を、真っ直ぐに見返せない。
優衣のことはもう、ただの思い出にすぎないと思っていた。今まで目を逸らし続けてきたから、まだこんなにも心の奥に強く残っていたなんて、気づかなかった。
いつになったら、ただの幸せな思い出にできるんだろうか。どうすれば、過去のことなんて関係ない、今は今だと、強く思うことができるんだろう。あの子のことは傷つけたくない。でも今のままじゃ、きっと傷つけてしまう。
どうすればいいか、いっそ誰かに教えて欲しい。そんな風に思うほど、袋小路に迷いこんでいた。
◇
撮影の日は、朝から曇り空だった。
気にして見ていた天気予報では、一昨日まで晴れの予報だったのに、昨日から曇りに変わって、今朝は半分傘マークになっていた。どんよりした雲に覆われて、今にも降り出しそうな空模様。
移動に時間がかかるということで、朝早く制作会社のオフィスに集合した。私は鈴木さんの運転する車で容子さんと移動。桐原さんはアシスタントの吉川さんと同じ車で向かうらしい。
始めて顔を合わせた吉川さんは、明るくてよく喋る人だった。桐原さんのことを慕っているのがよくわかる、場を和ませてくれる人だった。
桐原さんは鈴木さんと難しい顔をして話し込んでいる。やっぱり天気が悪いのが気になっているらしい。なんとなくその横顔を見ていると、視線に気付いたのか私の方を向いて、近づいてきた。
「おはよう。昨日はちゃんと眠れた?」
「はい、いつもより早く寝ました」
「多分、体力的に一番キツイの日南子ちゃんだから。ロケ場所、すっごく寒いんだ。俺たちは着込めるけど、日南子ちゃんだけはそうはいかないし」
容子さんが今日の衣装に選んだのは、クラシックな白のドレス。飾りは裾に刺繍が施されただけのシンプルな形のもので、首もとまで詰まったデザインだったけど、肩はバッチリ出ている。
「なるべく早く撮り終わるつもりだけど。しんどくなったらすぐ言ってね?」
「はい。でも、私、寒いの得意だから大丈夫ですよ」
そう言って笑ってみせると、逆に不安げな顔をされた。
「そう言って無理しそうだから嫌なんだ。絶対我慢しないこと。わかった?」
じっと顔を覗き込まれて、無言でこくん、と頷くと、安心したように笑って頭にぽん、と手を置いた。
「じゃあ、そろそろ出発しましょうか」
鈴木さんの一言を合図に、それぞれ車に乗り込む。
片道二時間の長距離移動。着く前に降り出したりしなければいいけど。
隣の容子さんと話しながら、次第に眠気に襲われ始める。滅多に車に乗ることがなかったのでわからなかったけど、どうやら私は朝に限らず、長く車に揺られると眠くなってしまうことに最近気がついた。理恵さんの運転も桐原さんの運転も寝ちゃったし。
「寝てても大丈夫ですよ? 着いたら起こしますし」
容子さんはそう言ってくれたけど、運転してくれている鈴木さんに申し訳ない。無理やり目を覚まそうと持参したミントの飴を口に放り込む。
「些細なことまで気を使ってしまう人だ、と聞いてましたけど、その通りですね」
運転席の鈴木さんが苦笑する。
「そんなこと、誰が?」
「桐原さんが」
意外なところで評価されていたことに、少し照れる。
「下世話な興味で気を悪くされるかもしれませんが。道端さんは、桐原さんの恋人ですか?」
あまり仕事以外の話はしない人だと思っていたから、鈴木さんからその質問が出たことに少し驚いた。
「違います。多分」
私の言葉に、今度は容子さんが驚いた声を上げる。
「え? 付き合い始めたんじゃなかったんですか?」
「一緒に出かけたりはするんですけど。付き合おう、とかそういうこと、言われたわけじゃないし」
それに、私のことをちゃんと恋愛対象としてみてくれているのか、最近自信がない。
「言葉にしてないだけじゃないですか? 私、ガクさんと付き合い長いですけど、女の子にあんなに甘ったるい顔するの、初めて見ましたよ?」
「……甘ったるい、ですか?」
「そりゃあもう。さっきだってあんなとろっとろの顔してたじゃないですか」
見てて砂吐きそうでした、と容子さんは言うけれど、私には普段の笑顔と何が違うのかわからない。
「そんなこと、ない、です」
否定してみたけど、容子さんは不満顔。
「僕も羽田さんに賛成です。今回のロケ場所も、随分頑張って探していたみたいですよ?」
鈴木さんにもそう言われて、嬉しいけれど、でも素直には受け取れない。二人とも、優衣さんのこととか、知らないし。
「外から見てたらじれったすぎです。ヒナちゃんはもっと自信持ちましょう」
容子さんの言葉に、ただ曖昧に笑ってみせた。
ロケ現場には着替える場所もないということで、私の準備のために近くの集会場みたいなところを借りてくれていた。私たちの車はそこに寄り、桐原さんたちは一足先に教会へ向かう。
いかにも田舎の集会所、という風情の畳の部屋で、着替えとメイクを行う。ここは暖房が効いていて、ドレスに着替えても寒くないけれど、外に出た時のために見えない場所に何個もカイロを忍ばせる。
メイクを施す容子さんの顔は、真剣そのものだった。雑誌の時より念入りに時間をかけて、私の顔を彩っていく。写真に映えるようにしっかりと、でも上品に、容子さんの手によって鏡の中の顔が変身してゆく。
出来上がった私の姿を見て、鈴木さんが嘆息した。
「まさに聖母マリア、ですね」
その様子に、少し緊張していたらしい容子さんも、ほっと表情を緩めた。
分厚いダウンコートを着込んで、ロケ場所の教会に向かう。どんどん山に入っていくのには驚いたけど、木々の中に佇む建物が見えたときは、容子さんと二人、歓声をあげた。まるでおとぎ話に入り込んだみたいで、ついさっきまで日本の原風景が広がっていたのに、一瞬で別の世界にワープした気分。
相変わらず空はどんよりしていたけど、雨は何とか降らずにいた。ドレスを汚さないように気をつけながら、教会に足を踏み入れる。
「うわあ……」
中を見て、言葉を失う。そんな私を見て、鈴木さんが少し笑った。
先に来ていた二人が持ち込んだ照明や機材と相まって、なんだか映画のセットみたいだった。だけど、そこに漂う厳粛さは、作り物では決して表せない。長い年月をかけて生み出された神聖な空気が、そこにはあった。
中央の祭壇に静置されたマリア像に、目が奪われる。安らかで、すべてを包み込むような、穏やかな微笑みを浮かべた聖母。
車から荷物を取ってきた容子さんが入ってきて、私と同じように言葉を失っていた。外でなにか話していたらしい桐原さんと吉川さんも、入ってくる。
「うわ、道端さんキレーっすねえ」
私を見て呟く吉川さんにお礼を言うと、容子さんがまだですよー、と笑う。
「最後の仕上げが残ってますから」
そう言って持っていた袋から取り出したのは、繊細なレースが縁どられたマリアベール。それと、カバンの中から大事そうに手のひらサイズの小さな箱を取り出す。
「メインはガクさんに選んでもらおうと思って」
厳重に鍵がかかった箱を開けると、キラキラ光るリングが並んでいる。
「嶋中さんはどれを使ってもいいとおっしゃってました。どれも自信作だそうで」
鈴木さんが言葉を添える。
複雑に絡み合ったデザインのもの、シンプルなフォルムにダイヤが際立つもの、ピンクゴールドが組み合わさったもの。美しく輝く、ブライダルリングたち。
「これ、持ち運ぶの超怖かったんですから」
容子さんが呟いた。確かにこれ、総額でいくらするんだか。
真剣な顔でリングを見ていた桐原さんが選んだのは、ピンクゴールドとプラチナが絡み合ったものだった。小さなダイヤがいくつも散りばめられていて、お星様みたいにキラキラ輝いている。
「先にベールつけちゃいましょう。ヒナちゃん、すみませんけどコート脱いでもらっていいですか?」
容子さんの言葉に頷いて、コートから腕を抜くと、途端に冷気が肌を撫でた。ゾクリ、とする寒気を振り払うように、コートを脱ぎ捨てる。
「大丈夫?」
心配そうに私を見る桐原さんに、笑って答える。確かに気温は低いけど、建物内で風がないから、慣れてしまえば大丈夫だろう。
容子さんが少しメイクを直しつつ、うつむき気味の私に手早くベールをつけていく。こんな薄い布一枚でも、暖かさを感じるのが不思議。
「じゃあガクさん、それはめてあげてくださいね」
リングを指差した容子さんの言葉に、驚いて顔を上げる。
「それはちょっと」
意味なんてないけど、なんだか恥ずかしい。
「自分でつけますから……っ」
慌てる私の左手を、桐原さんが無言で掴んだ。驚いて動けない私に構わず、リングを取って、薬指にそっとはめた。
「うん。似合う」
照れることもなくいうその声は、やっぱり落ち着いていて、私一人がドキドキするのがすごく悔しい。
ニコニコする容子さんの横でなぜか吉川さんがそわそわしていた。
「え、なんすかこの雰囲気、わかってないのって俺だけ? てか前言ってた、あの子、って道端さん?」
ぶつぶつ呟く独り言はみんなに黙殺される。
「じゃあ、日南子ちゃんこの辺立って……吉川、ライト」
「ういっす」
桐原さんに促されるままマリア像の前に立つと、一気に撮影モードの空気になった。賑やかな吉川さんまで真剣な表情で、容子さんも鈴木さんも、黙ってこちらを見ている。
一人いつもと変わらない穏やかな笑顔で、カメラを覗き込みながら桐原さんが話しかけてくれる。
「やっぱり緊張する?」
「少し。だいぶ慣れたと思ってたんですけど」
「今日はいつもと雰囲気違うしね。ライティング決めちゃいたいから、今は気を抜いてていいよ」
吉川さんに指示を出しながら、自分も機材を動かしている。照明の当て方を決めているようで、ドラマでよく見る傘みたいなものとか、白い板とか、薄い紙とか、いろいろなものを使っている。
立っているだけですることがないので、視線を巡らせて、改めて教会の中を観察した。全体的には簡素な作りで、ベンチと祭壇と横の方に暖炉らしきものがあるだけだ。ベンチの横の壁には幾何学模様の小さなステンドグラスが等間隔に並び、正面の祭壇の後ろにはそれよりも少し大きなステンドグラスが三枚、こちらは天使が描かれている。両脇の天使は横を向いて、真ん中の天使はちょうどマリア像を見守るように。教会のステンドグラスって無表情なイメージだったけど、ここの天使はみんな、少し笑っているような表情をしている。
祭壇のマリアは、目を閉じて腕を広げている。元は真っ白だったんだろうけど、年月を経て柔らかなクリーム色にくすんでいた。穏やかなその微笑みは、見る人間の心を落ち着かせてくれる。
「きれいだよね、それ」
いつの間にかカメラを構えていた桐原さんが私を見ていた。
「ここに入ってきた時も見てたけど。気に入った?」
「はい。すごくきれいで、なんだか安心する気がします」
「安心?」
時折シャッターを切りながら、話を続ける。ポーズの指示とかはされなかった。とりあえず、このまま話してればいいのかな。
「どうしてかわからないけど、お母さんを思い出して」
「お母さんって、どういう人だった?」
「すごく優しかったです。いつも笑ってるような人で、怒られた記憶はあんまりなくて。私が何か悪いことをしても、怒るよりも困った顔をするんですよね。叱られると反抗できたんでしょうけど、なんだかいたたまれなくなっちゃって、すぐに謝ってました。いいことをした時は手放しで喜んでくれて、料理が上手で、子供っぽいところがあって、遊園地とか私以上にはしゃいでて……あと、ちょっと抜けてた」
思い出すままに、お母さんの記憶を口にする。嫌な部分もあったのかもしれないけど、今はもう、大好きだったことしか思い出せない。
「日南子ちゃんに似てるね」
「そうですか?」
「うん。聞いてたらそのまんま」
抜けてるところは遺伝だな、って思うけど、他は似ていると感じたことがない。桐原さんの中の私のイメージってどんなのなんだろう。
「あのマリア像にも似てる。安心する、っていうのなんだかわかるな。ずっと昔からたくさんの人の懺悔を聞いてきたんだろうけど、どんなことでも許してくれそうな顔してる」
深い悲しみも、怒りも、苦しみも、受け入れてくれる穏やかさ。
カメラの向こうの桐原さんの顔を盗み見る。穏やかな微笑みの中に、いつか見た虚ろな寂しさが見え隠れしているような気がした。
優衣さんのことを考えているんだろうか。
左手、ちょっと上げて、と言われて、指輪を見せるように胸の前に持ってくる。
「俺の懺悔も、聞いてくれるかな」
「懺悔したいことなんて、あるんですか?」
「あるよ、たくさん。俺、悪いこといっぱいしてきたもん。日南子ちゃんはないだろうけど」
懺悔したいこと、か。悔い改めたいこと。許してほしいこと。
「ありますよ、私にも」
私は今、優衣さんに嫉妬してる。
二人でいるときのことを何度も思い返すうち、桐原さんが私になにもしてこないのは、やっぱり優衣さんのことを考えているからなんじゃないかな、と思うようになった。彼の心の中を今でも独占している優衣さんが、ずるいと思う。どうしてこんなに長く、彼の心を縛り付けるんだろう。早く、優衣さんのことなんか忘れて、私のことを見て欲しいのに……優衣さんなんか、いなければ良かったのに。
桐原さんの気持ちが変わるまで、どれだけでも待てると思ったのに。まだ数ヶ月しか経ってない、なのにこんなひどいことを考えてる。
「許してくれるかな、私のことも」
天国の、優衣さんは。
マリア像に向かって、膝をつく。手を組んで、目を閉じた。
――お願いします。彼の心を、私にください。
ふわり、と肩にダウンが乗せられた。目を開けて顔を上げると、少し困ったような桐原さんが私の手を取って立たせる。
「休憩しよっか。少し暖まろう」
桐原さんが容子さんの方を見ると、すぐに近寄ってきて、一回外しますね、とベールを取り外した。
まだ撮り始めたばかりなのに、なんでもう休憩なんだろう。私、何かダメだっただろうか。
答えを求めるように容子さんを見ると、容子さんはにこ、と笑ってくれた。
「ちょっとドレス、汚れちゃいましたね。今のうちに落としましょう」
「あ」