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制作を担当するプロダクションのオフィスに呼ばれて、嶋中さんと初めて顔を合わせることになった。
案内されてミーティングルームに行くと、嶋中さんとプロダクションの担当らしき人が待っていた。互いに自己紹介をして、名刺を交換する。受け取った嶋中さんは、ひっくり返したり顔を近づけたり興味深そうに見ていた。たいして凝ったデザインでもないんだけど。
「ルーチェ、っていい響きだよね。新しいジュエリーの名前に使っていい?」
「はあ、どうぞ」
飄々とした、というのがぴったりの人だった。こだわりの職人、というイメージから、もうちょっと頑固そうな人を想像していたけど、何度か電話で話しても、至って普通の気のいいおじさん、という印象しか受けなかった。実際に会ってもその印象は変わらない。
プロダクション側の担当は鈴木です、と名乗った。俺と同じくらいの年齢で、しっかりスーツを着込んで、見た感じ少し神経質な印象だ。その分仕事はきっちりしてそう。
「引き受けてくれて助かったよ。あの女の子にも、君から話してくれたんだってね」
「僕もこの仕事、是非やらせてもらいたいと思ったので。彼女に断られないように必死でしたよ」
俺の答えに、嶋中さんはきょとん、とした。
「なんで?」
「いや、彼女とセットじゃなきゃ依頼を考え直す、って聞いてたので」
「君への依頼も? 俺そんなこと一言も言ってないけど」
全く心当たりのないような顔で、嶋中さんが言う。
「……は?」
「あの子を使えればベストだ、とは言ったけど、別にダメなら誰でも良かったんだけど。確かにきっかけは君が撮ったあの子の写真だったけど、その他の写真もちゃんと見て、気に入ったから君に依頼したんだし」
謀られた。嘘くさいな、とは思ったけど、本当に嘘だったか。
「瀬田には相当苦労させられてそうだね」
うなだれる俺に、嶋中さんが同情するように言った。その横で、瀬田さんのことを知っているんだろう、鈴木さんが苦笑していた。
仕事の話を始めようか、と嶋中さんが切り出すのを合図に、持参したブックとタブレットを取り出す。今まで撮ったブライダル関連のものと、リングやアクセサリーを撮ったものも入っている。
「電話でも話したけど、イメージとしては聖母マリアなんだよね。静謐で神聖なイメージ。それでいて温かみもあるような」
クライアントのイメージを正確に汲み取るのも仕事だけど、それがなかなか難しい。言葉で羅列しても食い違うことが多いので、今まで撮ったものに合いそうなものがあれば、それを見せて確認したりする。
話を聞いて想像したのが、教会でのロケーション撮影だった。スタジオで撮るより雰囲気が出そうだし、ブライダルリングのイメージもつく。
前に撮ったドレスショップのパンフレットの写真の中からいくつかピックアップして見せてみると、いい反応が返ってきた。
「うん、こんな感じ、いいんじゃない? ……ただもうちょっと、あったかい感じが欲しいよね。荘厳さとか派手さはいらないかな」
嶋中さんが目を止めたのは、ステンドグラスが有名な教会で撮ったものだった。イギリスだかどこだかの教会から移植したもので、そのステンドグラスの豪華さが人気なのだけど、嶋中さんは逆にそれが少し気に入らないらしい。
「教会で、っていうのはいいね。ステンドグラスから差し込む光、シンプルなドレスとマリアベール、で手元に光るリング」
嶋中さんの中でイメージが膨らんでいるようだ。目を閉じてそれを言葉にする横で、鈴木さんが熱心にメモを取っている。