目の前に階段があるのに気付かずに足を出して、そのまま踏み外しそうになっていた。わわ、と慌てる私の手を桐原さんが掴んでくれなかったら、五段くらいの短い階段を一気にお尻から転げ落ちるところだった。
 そのままぐいっと引き起こしてくれる。わ、細身なのに、結構力強いんだ……。
「意外と注意力散漫なタイプ?」
「すみません」
「日南子ちゃんに怪我させたらようちゃんに殺されそう」
 転びかけたってだけで恥ずかしいのに、いきなり名前で呼ばれて、自分でもわかるくらいに顔が真っ赤になった。容子さんに巻かれたマフラーが暑くって、外して手で顔を扇ぐ私を見て笑いながら、先に階段を下りた桐原さんがぐるっと周りを見渡した。
「じゃ、落ち着いたら始めようか」
 いつの間にか到着していた河川敷は誰もいなくて、とても静かだ。春にはいっぱいに花を咲かせるだろう桜の木も今は丸裸で、いかにも寒々しい。でも、午後になってますます高く昇ったお陽さまのおかげで、気温は思ったより寒くなかった。
 私は何をしたらいいのかと問いかけるように見ると、桐原さんすでにカメラを構えていた。
「特別なことはしなくていいよ。適当に歩いて話して。走ったり踊ったりしてもいいけど」
「……歩きます」
 よくわからなかったので、川のそばを本当にただ歩いてみた。桐原さんは時折シャッターを切りながら、また話しかけてくる。
「大学ではなんの勉強してるの?」
「外国文学の研究してます。昔から外国の映画とか本が好きで」
「へえ、じゃあ英語得意なんだ」
「得意、ってわけじゃないです。話せないし」
 カメラ越しに桐原さんがこっちを見ていると思うと、ドキドキしてしまった。さっき美容室で感じた緊張とは、種類の違うドキドキ。
「外国で一年くらい住んでみたらすぐ話せるようになるよ」
「……もしかして桐原さんは喋れるんですか?」
「日常会話くらいは。昔仕事で少しだけ海外にいたから」
「すごいですね、かっこいい! 写真の修行とかしてきたんですか?」
 興奮気味になる私に対して、桐原さんはたいしたことないよ、と苦笑する。