「あなた達が最初説明してくれたら、私は自分から実験体になると言おう。」
『はぁ?』
「…なんで?」
「特に何も。人間の記憶は曖昧で、信頼できないのも事実だと思う。しかし、私たちは、頭にある記憶で、自分は何者か認識してる。覚える記憶だけではなく、忘れた記憶も、私たちがこの世界に生きるために必要だ。」

理性的にそうわかってる。

「…ただ、やっぱ選ばれるなら、忘れたくなかった。」
「まぁね。」
「人間は、時間を経つと自然に成長する。たとえば、嫌がっても成長する。生理的に成長しても、精神的に成長できるとは限られない。その一つ、一つの記憶を重ねて私たちの自身を知ることができる。」

私、あること気づいた。

「…私が忘れたくない記憶は、少し特殊かも。」
「住人が二人いると言う事?」
「まあ、今はこの蒼だけいるよ。君と知り合った蒼は、もういないから。」
「じゃ、特殊なのは?」
「私の中の住人ではないけど、遊んでる子たちがおる。でも、全員女の子だよ。彼女の目で、彼女たちの人生を見られる。あの時は、私の口から出た言葉は全部彼女のものだった。だから、厳密に言うと、私はただの観客だった。」
「…なるほど。」
「今まで他人に言ったことないし、言うつもりもない。そんな記憶に関わる人たちも、この世界の誰にも居らない。だから、私が忘れてしまったら、あの子達の存在も消える。」

悲しいという言葉だけで、私の気持ちを説明できないよ。

「…ただ、一方で、私の中にこんな考えも浮かんできた。もしある日、あの子達のことを他人に教えないといけなかったら、私はどうしようでしょう?…たとえ記憶がなくても、私が言うことが全部事実になるから、嘘ついても、誰にもバレない。」

こう言ったら、あなた達が全部私の妄想だと思われそう。

「葵さん、【シュレディンガーの猫】という実験知ってる?」
「まぁ、物理学のやつだね。」
「ええ、それだよ。でも、残念ながら、私はその実験で物理学を説明したいではなく、あの実験を借りて今の状況を説明しようとしたかった。」

私、自分の見解を語り始めた。

私は物理学に詳しくないので、この有名な実験だとしても詳細を説明できない。しかし、この実験のあることを引っかかってる。
哲学専門でもなく、物理専門でもない私から見ると、【シュレディンガーの猫】という実験は、私自身と一緒だと見える。

実験の中に、猫が死んでいるかどうか箱を開ける前に誰も知らないんだ。
死んでる可能性と生きてる可能性も、同時に存在してる。
もちろん、箱を開ける前には誰も証拠がないから証明できない。
しかし、証拠がないからこそ、誰にも否定できなく反論できない。

少し考えてみると、私もこの実験みたいじゃない?
私自身は、猫の箱になってる。
そして、この箱の中におるのは、猫ではなく、蒼たちのことだった。
蒼たちは、実際に存在するか、それとも私の妄想なのか?
世の中に彼達の存在する証拠は、私の証言しかない。
だけど、私の証言は、私の記憶に基づいた物だった。

「…蒼が言ったように、記憶を嘘だとしても感情が簡単にいじれない。私が蒼のこと忘れても、彼に対する感情は消えてない。」

勿論、私はどの蒼のことも大好きだ。

「…そうすると、私は、それでもいい。彼達の存在の証明になれるなら、いい。」
「……」
「私は深く思考していないよ。どこまでしたいかと考えると、私の頭の中に浮かんできたのは、彼達と一緒にいたいだけだった。」
「だからこそ、その分の記憶を…」
「ええ、記憶を固めたらいいよ。」
「…ぼく勝手に記憶干渉しないよ?」
「ええ、知ってるよ。でも、私、やっぱ自分で頑張ってみたい。毎朝目を覚めたら、蒼が私のそばにいるかなぁ?栞はいっぱい寝られたか?些細な事だけど、それはやり続いたら、私、忘れてもきっと思い出せる。」

あの家も、魔法も、
私が、忘れてしまった記憶を蘇るためだった。
そのために、彼は誰よりも私がいつか忘れるという前提でしてるはずだった。
しかし、多分、私が、ついに【蒼】のことも忘れてしまったから、彼は初めて動揺した。

葵さんに頼るしかないでしょう。
なぜなら、彼にとって、もう他の方法がないから。

でも、【蒼】は、私に相談しなかった。

「忘れたら思い出せばいいって…自信あるよね。」
「ないよ。あるわけない。ないからこそ、必死に生きてるもん。」
「必死に生きてるかなぁ…」

葵さんがこれを言ったら、なぜか立ち上げて、奥の方向に行った。

「えっ、どうしたの?」

当たり前けど、私は蒼に聞いてる。
ただ、蒼は答えず、私の肩に頭を乗せた。

右肩から重さを感じる。
いつの間に私の右側に座ってるだろう。
重さを感じた瞬間、やっぱ妄想ではないんだ。

『…俺、怖かった。』
「え?なにか?」
『お前に嫌がれるじゃないかって。』
「【蒼】のやり方を反対しただけで、君のこと嫌いにならないよ。」
『…てっきりあの子が決まったこと何でも素直に受け入れると思った。』
「まぁね。でもさ、蒼もわかってるでしょう?」

自分の記憶は、自分の意思で管理したい。
と、いつも蒼に言ってた。

『…ってこと、初めてあの子に勝ったんだね。』
「おっ、おめでとう。」

私たち、あと何年ぐらい一緒にいられるだろう。
明日目を覚めたら、彼が居なくなる可能性もある。

「蒼、知ってる?私は、あの闇で昔のこと考えて、ある事気づいた。」
『へぇ。』
「私、あなた達からいっぱいもらった。へミアからも、栞からも…私の物語は、きっとどの階段にもあなた誰か出てくるでしょう。」
『あぁ、必ず二人おるし。』
「これを考えて、私は、すこし面白いじゃない?と思った。」

ーーこの理不尽な世界を、少しずつ好きになりましょうね

「【蒼】は、私のこと大事にしてるのは、ちゃんとわかってる。でも、もう少し頼って欲しかった…」

右肩が、いきなり軽くなった。
私は右へ振り向いた。

『きっと、あの子は、君が笑って生きて欲しいと思う。』
「心配すんなよ!毎日も元気にしてるよ?」
『先あんな泣き出したのに…』
「泣くという行為は体に良いものだ。てか、蒼聞いて!このコーヒー全然美味しくない。」
『お前、なんでまたコーヒー飲んだか…』

足音が聞こえて、葵さんが、ある封筒を持ちながら、私の前に来た。

「…これ、あいつから頼んだものだった。」
「あいつって、蒼のこと?」
「そうだよ。もし不成功だったら、これを君に渡してと頼まれた。」
「これは何なの?」
「シュレディンガーの猫の箱だよ。」

なるほど。

「…実は私が死んでるとか?」
「君は生きてる。これはぼくの診断書だ。」
「え?」
「忘れたの?ぼく、一応カウンセリングやったよ?」
「って、これはその診断書なの?」
「まぁ、あくまで参考まで。君、彼たち何のことか知りたいでしょう?」

ええ。ずっと知りたかった。
へミアは何なのか、栞はどうやって出会ったか、
どうすれば蒼が消えなくなるか。
彼たちの正体がわかれば、これらの問題は全部解ける。

「…いや、いい。」
「…本当なの?急いで考えなくてもいいの?」


【蒼】は、悪い事してない。
悪いのは私だった。ずっと逃げてた。

「だって、結果はどっちにしても変わらないよ?彼たちは実際存在すると書いても、私は昔からそうしてる。たとえ、彼たちのことは私の妄想だけだったと書いていても変わらないよ。彼たちが妄想で、実際に存在しないと言っても、私は素直に認められないと思う。」
「今のはずるいよね。」
「世の中に、知らない方がいいものがあるもん。」
「だなぁ、じゃー」

葵さんは、私に手を差し出した。

「記録の必要があるから、ぼくがいる方が良いでしょう。」
「私のこと?」
「もちろん。君と蒼のこと興味あるし。」

…蒼が、何も言ってないから、異議がないかなぁ?
それより、私、この仕草を見ると懐かしいと感じてしまうね。
栞の時にも、蒼の時にもこんな選択があった。

差し出した手を掴むか、掴まないか。

さぁ…
今度はどんな世界(パラコズム)で、どんな物語(人生)が待ってるだろう。