ふわっと、コーヒーの香りが溢れてきた。
なぜかホッとした。

コーヒー粉にお湯を注いだ瞬間の香り凄く好きだった。

「なにボッとしてるの?」
顔を上げたら、男はカップを持ちながらこっち側に来てる。
「はい、どうぞ。」
男は私の前にコーヒーカップを置いた。

ーー『はい、どうぞ。』
ーー私の前にコーヒーカップを置いた。

この仕草、どこかで見たことあるように、
既視感、というものでしょうか。

「…なんか、懐かしい。」
「え?なんで?」
「ううん、そんな感覚があっただけ。このこと昔もあったと思った。」
「日常的な場面だし、気のせいかもね。」
「そうだったかなぁ…」

それとも、私の記憶は薄くなったか?
私の脳のいたずらかなぁ?

「で、話す前にあいつに関して、聞きたいことあるの?」
「なんで蒼のことそんな嫌いの?」
「いや、嫌いじゃないよ。ただ、ぼくが半年間の出来ことが、あいつが一瞬で潰された。それは怒っても仕方ないでしょう?」
「う、うん。」
「まったく…勘弁してよ…【僕には勝ってないです】と言われた時、無駄の自信だと思ったのに…」

()には勝ってないです。

今そう言ったよね?
それとも、私の聞き間違い…?

「どうしたの?」
「あなたと話してた蒼は、一人称は【俺】だったよね?」
「え?違う違う、【僕】だったよ。」

頭が真っ白になった。

「…う、そ…」
「え?待って、大丈夫なの?」
多分、今の私は驚き隠せない表情をしてるだろう。
いや、それは本当の気持ちだ。

…蒼じゃなく、【蒼】だった。
男と会話してたのは、【蒼】だった。

おかしいだろう。
なんで、出てきたの?

「いや、どう見ても大丈夫な顔じゃないよ。彼の一人称はなんかあるの?」
「ううん、私、間違えたかも。」

この人に【蒼】のこと教えてはいけない。

「ごめん、話を続いても良い。」
「そりゃ気になるじゃん?まぁ、君が言いたくないなら仕方ないけど…うーん、じゃ、先に話を聞いてから考えるね。そもそも、君はぼくとのこと全然思い出せないし…」

男は少し考えたように、天井の上に見上げた。
そのあと、静かに喋る。
さすが、カウンセラー目指した方で、喋り方凄く良く、聞く方も落ち着ける。
もちろん、話の内容は、私が知らない話ばかりだった。

蒼と初めて会ったのは、私と知り合って四ヶ月経った頃だった。

最初は私の両親の依頼を受けて、同じ年だし患者よりも友達の感覚で私と交流してた。私と知り合って四ヶ月に、多少の変わった所があったけど、別にカウンセリング受けるレベルではないと思った。

今、私がいる場所は、カウンセリング用のルームよりも、彼が住んでる家だ。
二人が出かける時に急に体調崩したから、ここに連れてもらった。
その以降何回も出かけたりして、普段も連絡取ってた。しかし、なぜか私のことを壁の向こうにいるような感覚があった。そして、記憶に凄く敏感したとわかった。別に記憶を失ったでもないのに、すこし物忘れがあったら、凄く緊張するタイプだった。

重要でもないことを忘れてもいい。
忘却は人間の能力なので、悪いことではないんだ。

これは人間だからこそ誰にもあると何回も説明してもらったけど、
私には全然伝えなかったように、それ以降、段々激しくなってしまった。

突然泣き出したりする。
話してる途中にいきなり止まったりする。
名前を呼ばれても、全く反応がなかった。
好みも激しく変わる。

一番不思議なのは、自分の名前を認識できない時もある。

男の話を聴きながら、不思議だと思った。
多分、向こうにとって、私に関する記憶を引っ張って説明してるのに、
私にとって、初めて聞いた話だった。

…私じゃなさそう。
でも、蒼と知り合いなら、やっぱ私なの?

「…おーい。聞いてるの?」
「あっ、うん。」
「君、本当に大丈夫なの?体調悪くなったら言ってよ。」
「うん、ありがとう。」

男は困った顔で話を続いた。

そんな感じを続いて四ヶ月も経った。
男は昔学校で勉強したことを思い出して、私に催眠かけてみた。
予想より簡単にかけたので、まずは個人情報ぐらい聞いてみたら、素直に答えた。
一体なんでこんな反応するか、その理由を知りたいため、無意識で封印された記憶がないか引っ張ってみたかった。

そのため、もっと奥に沈んでくれて欲しいので、もう少し催眠強くしようと思った。
私の口からいきなり話し出した。

【止めてください。】
【君がなにをしたいかわかりませんが、ただ、君にはここより深い所に行かせないです。】

男の話によると、最初催眠解けたと思った。
声は私の声だったが、喋り方や雰囲気も私だと感じない。
そして、男は、緊張しながら聞いた。

「…君誰なの?」
【あ、僕はただの住人です。】

これが、男が蒼との初対面だった。

私はコーヒーを飲一口飲んだ。
うん…まずい。
静かにカップを置いて、男の話を考えてみた。

嘘か、本当か。
流石に嘘ではなさそうし、私にこんな嘘を付いてもなんのメリットもない。

…でも、やっぱ蒼じゃなく【蒼】だった。
だとしたら、男の認識の中に蒼は一人しかいないんだ。

「…心のあたり、ないの?」
「何か?」
「蒼という人物について、心の辺りがある?」
「ええ、じゃなかったら、私さっき彼の名前を呼ばないよ。そもそも、私が蒼のこと知ってる前提で話してるでしょう?」

男は大きい溜息をした。

「ぼく、最初嘘だと思った。普通に催眠外したら、君は何も知らなかった。自分の催眠はちゃんとできた。なら、あれは別人格とも考えたよ。」
「え?もしかして、私、蒼という人物知らないと言ったの?」
「そうだったよ。もし、あれは君がわざっと演じるならやばいよ?」
「私、ただの一般人だよ。」
「自分の脳を否定するのは変な人しかしないよ?」
「私は否定じゃなくて、自分の記憶を自分の意思で管理したいだけだって。」
「…あいつも言ったことあるよ。【この子はね、子供の頃から記憶にうるさいので、これ以上進めさせないです。】と言った。」

どこでも、いつでも、【蒼】も的確な判断してる。
これだから、私はずっと【蒼】に甘えてるかも。

「多分、ぼくが君に変な記憶を作り出そうと誤解されたでしょう。悪いことするつもりがなかおつたのに、突然声かけた時驚いた…」
「実際、当人の許可がもらってないのに、他人の記憶を勝手に覗くなんて、悪い事だと思うけどね。」
「そりゃそうだけどさ。」
「…その後、蒼と仲良くなったの?」
「仲良くなるよりも、ただ、喋る機会があって、彼に詳しい情報知ってるかどうか聞いただけだった。」

ふっと、私はとあること気づいた。
多分、これだから、蒼の様子がおかしくなっただろう。
先も意味わからない話をいっぱいしてた。
たとえ、蒼は直接この男と話したくなくても、【蒼】が事後に伝えても考えられる。

しかし、蒼が最後言った言葉は、やっぱ気になる。

ーーお前がこれ嫌いとわかるのに、止めさせなくてごめん。でも、俺も知りたいかも。きっとだいじょ…

全部聞き取れなかったけど、最後のは多分、きっと大丈夫だと言いたかったでしょう。
私が嫌いだとわかっても、止めようとしなかった。

蒼も【蒼】も、私の保護者でいるけど、
世間の常識から見ると、彼達はめちゃくちゃだよね。
彼達は、私の中の住人であり、私の願望をそのまま感じる。

だから、彼達にとって、
私に役立つことをさせるじゃなく、
私の欲望や気持ちを反映する方が仕事だった。

でも、いつから蒼は変わった。
蒼は、指導者のように、私の悩みや感想を聞いてから教えたりして、たまに厳しく指導する。もちろん、遊ぶ時にはちゃんよ遊んでくれる。

「…あいつと話して、わからない事逆に増えたよ。」
「例えば?」
「社会的な事や常識なんて全く通じなかった。」
「当たり前だろう。だって、蒼の世界はなにもないんだ。」
「世界ってなに?」
「まぁ、私たち、それぞれ居る世界だね。」

男は、急に何か思い出したように、
目大きく開いた。

「…どうした?」
「いや、えっと、あいつも似てような話を言った気がする。」
「へぇ。」

逆に、私が今までこんな必死にバレないようにしてるのに、他人にこんな簡単に教えてくれたとわかって、どこか寂しいと感じてしまった。

…これ、もしかして、やっぱおかしいことなの?
カウンセリングしたいと思ったことあるけど、
ただ、彼達をずっと消えない方法を知りたかっただけ。
しかし、カウンセラーから勝手に彼達のことを整合したら、私何もできない。

私は自分の手で彼達を殺したと同じなことだ。

「でも説明してもらってもわからない。」
「それは結構だ。別に私も深く考えたことない。」
「そんな…」

【蒼】に責めるつもりがない。怒ってもない。
ただ、スッキリしてない。

最初話を聞いた時に、【蒼】だと思った。
もちろん、今もそう思ってる。
でも、話の内容によると何故かわからなくなってしまった。

【蒼】は、私の知らないうちにここまでしてたか?