ふっといい匂いがする。
この匂い、私が知ってる匂いだ。

切ない気持ちは、体の中に溢れてきた。
この優しい匂いと全然違う。

【ーーーー】

男の子の声だった。
誰が私の名前を呼んだ。

【また泣いてるの?】

映像流れてないまま、声だけ響いてる。
この声、【蒼】だった。

【もう…泣かないでよ…】
【よっし、僕、特別に魔法を教えてあげるか?】

闇に囲われて何も見えないのに、
涙だけ溢れて、目ウロウロになった。

これは、子供の頃の私と【蒼】の記憶の断片だ。

【みんなに内緒してよ。】
【涙が止まる魔法だ。】
【この理不尽な世界を、少しずつ好きになりましょうね】

私、この魔法知ってる。

【僕の名前を呼ぶ。】
蒼の名前を呼ぶ。

そに瞬間、涙腺が崩壊した。
大人になって、まともで泣いたことない気がする。
久しぶり、子供の私みたいに、蒼の名前呼びながら激しく泣いた。

しかし、今回私がどんなに呼んでも、
【蒼】も、蒼も、私の前に現れなかった。

どのくらい泣き続いたでしょう?
重かった瞼が、突然軽くなった。
ずっと目を閉じてたから、光はいつもより眩しいと思った。
視野に入るものは全部ぼやけて見えるけど、3秒後にしっかり見えるようになった。

「あ、お…」
無性にある名前を口に出した。

ここ、誰の世界(パラコズム)だろう…?

私はソファに座ってる。
しかし、実家のソファではない。
清潔感のある空間だ。
白基調で清潔感を出したし、木製の家具で優しい雰囲気も出してる。

栞の世界《パラコズム》ではないんだ。

ここ、一体誰の世界《パラコズム》なの…

「あら、目を覚めたか?」
突然、ある男性が部屋に入ってきた。

「さてっと、何か違和感がない?…あっ、何か飲む?そんな何時間も経ったし、喉渇いたよね?紅茶入れてくるね、君、ぼくが淹れた紅茶一番好きだと言ったね。」

男は、私の前にあるソファに一度座ったけど、また立ち上げた。

…私、この人知らないし、紅茶飲めないけど?

男は鼻歌を歌いながら紅茶を淹れている。

そういえば、彼はここに入ってから驚いた表情は一切出てこなかったので、私がここにいること知ってるということでしょう…私と顔見知りぐらい?

いや、でも、私と知り合ったら、紅茶飲めないぐらいわかるだろう。
彼が淹れた紅茶が好きだと言い出した時点で、なんかおかしい。

私は、男が戻る前に、もう一回この部屋を見てみよう。
見上げると、ここ天井高いことを気づいた。

…これだから開放感があるんだ。

「頭がまた痛いの?」
男の方に見ると、紅茶を持ってきた。
何回顔を見ても、やっぱいこの人は誰か知らない。

「あっ、もしかして、まためまいがある?ふわふわしてる?」
男は、様子みるために私の顔を触ってくる。
頭が回る前に、私の体が先に反応して、無意識で避けた。

「悲しいからやめて。そんなビクビクしなくてもいいのに…警戒心を持つことのは良いけど、ぼくは大丈夫だって。」
男は少しムスッとなった。
「……ごめんなさい。」
彼が来てから、初めて口から言葉を出たかも。
なんか、自分の声はこんな感じなの?
「はいー敬語禁止だ。」

…なんか、この男、苦手かも。

そう思いながら目をそらして、外の景色を見える。

「紅茶飲み終わったら、外に出てみよう?この焼菓子は近くにあるケーキ屋さんで買ってきた…」
男の声を聞こえるけど、話の内容は全然理解できない。

…そうか、蒼に聞けば良い。

もし会ったことあるなら、蒼はわかるはず。

男はまた焼菓子の話を続いてる。
私は話を聞いてる風にして、バレないように小さい声で言った。

独り言のように、蒼の名前を呼んでみた。
しかし、何もなかった
たとえ世界《パラコズム》に移動しなくても、私が名前を呼ぶたびに、蒼は絶対応える。

でも、何もなかった。
…なんで?

「へぇーあいつが応えないだけでこんな茫然な顔するんだ。」

ビクッ。

あいつ。

動揺を隠せながら、男の目を見つめた。
男は満面の笑顔になってる。

「やっとぼくを見てるよね。あいつは凄いなぁ…」
「何を言ってますか?」
「もぅー敬語使わないでよ。ぼくは君と仲良くしたい!」

この人、先から意味不明な話しか話せないの?
でも、彼は蒼のこと知ってる?
いや、そんなはずがない。
蒼を知ってる人は、私しかいない。

「あいつって、誰のことで…なの?」
私はゆっくり話した。
「うん?君、さっき蒼を呼ぼうとしたよね。」
「……」
「あっ、でも安心ください。君は呼んでも彼は応えないから、無駄に呼ばなくてもいい。ぼくとお茶しながら話そう。」
「…なんで…」
「え?これはどれについて聞いたか?お茶する気分じゃないか?…じゃ、お菓子だけでも食べよう…」
「…私は紅茶飲めない。」
「あら、ぼくの認識には、君はコーヒーより紅茶派だけど?」

いや、それはあり得ない。

「一口でも飲んでみない?」
「…いや、大丈夫だ。紅茶の話はもういい、私が聞きたいのは…」
「なんで蒼が知ってるか、と聞きたいよね。」
「うん。」
「君が言ったじゃない?」

…この人のテンション、なぜこんな高かったの?

てか、おかしい。
友達ともかく、知らない人に蒼のこと言うわけない。

「まず、君はそろそろそんな警戒をしなくていい。ぼくは何もしないから。」

男は紅茶を一気飲みした。

「ぼくは、お前を助ける人だよ。うーん、ナイトと呼ぶかなぁ?」
「…私、助けを求めないけど?」
「あぁ、それは確か、君の両親から頼まれた。だから、この件に対して、君の記憶は正しいと思う。」
「どういうこと?」
「娘の様子はちょっとおかしいから、治療しなくてもいいけど、彼女の話でも聞いてくれない?って。」

…おい、おい。勝手に病人扱いしないでほしい。

「…ってことは、あなたはカウンセラーみたい人だね。」
「正解。ぼくのこと思い出したか?まあ、思い出したよりも推察できた、だけかななぁ?」
「私は病気ではないし、治療も要らない。ここで帰る。」
私はきっぱりで言って、ドアの方向に歩き出した。
もう訳わからない会話を続けるよりも、今一刻も早く帰りたい。
蒼に会いたい。

「気になってるじゃない?ぼく、蒼くんのこと知ってるけど?」
「……」

私は止まった。

気になると決めってるだろう。しかし、その前に…

「おお!やっぱり気になってるよね。」
「…前を呼ば…で」
「ごめん、ちょっと聞こえないから、もう一回言ってくれない?」
「蒼の名前を呼ぶな。」

もう、なんで誰でも勝手なことしてるかよ。
私は不満に彼の顔を睨んだ。

「ふーん、いいよ。ぼくは説明するから、こっちに戻って来なさい。」

私、一体なにをしてるでしょう。
何を求めてるか。何を避けたかったか。
私が動いてないせいか、男はまた声かけた。

「はぁ、ごめん、嘘をついた。君から、蒼くんのこと教えてなかった。」
「じゃ、どうやって?」

…なんでそんな嘘をつく?いや、それ、嘘をつく意義あるの?

「彼が自分で言ったからね。」

あぁ、私、頭が痛くなる。
ねぇ、蒼。

君なんで出てこないの?