…そうだ。今日両親と朝ごはん食べに行く予定なので、
時間合わせてここから出ないと間に合わない。
【両親】
瞬間。
脳裡をかすめる。
「…お、や…」
ボソッと呟いた言葉は自分の声ではないなように聞こえる。
『なに?』
蒼の声が遠くに聞こえる。
耳が詰まったようになって、「ピーッ」という高い音が聞こえた。
この一瞬で色んな気持ちが私の中に膨れ上がてる。
悲しい気持ちと、寂しい気持ちも襲ってきた。
あっ…あの感覚は、記憶を蘇らせる証明だ。
『おまーー』
蒼が何か言ったようだけど、今はこっちの方が重要だった。
喉が詰まったように感じる。
そっか。
あのリビングの記憶は、【両親】と関連付けを作り出した。
だから、あのリビングとの繋がりの記憶を引っ張り出してる。
息が苦しくなる。
私、記憶を蘇らせる時に、当時の感触と感情も全部感じられる。
今の気持ちも、当時の感情だろう…
胸が痛い。
痛みだけでなく、なぜか切ないと感じてきた。
「…あっ。」
言葉が出た瞬間、涙のしずくが落ちた。
胸が締め付けられて辛くなった。
へミア消えてから2年後、栞に出会った。
今の栞は確かに、一八歳と思う。
しかし、私の中に栞との思い出の中で一番古いのは栞が八歳頃の話だった。
あれは栞はまだ栞ではない頃の話だった。
栞の名前が元々汐里だった。
ただこれは栞から教えてもらったじゃなく、栞が他人との会話の中に知った。
彼女は十歳まで、汐里という名前で生きてた。
【お姉さん、誰?】
鼻にかかったような甘い声だ。
あの時、ただ初めて行った家にぶらぶらするつもりだけだったのに、
なぜか突然子供から声かけられた。
お目目くりくり。少しふっくらしてる頰を見ると、無性に触りたくなる。
シンプルな丸襟ワンピースを着てるけど、裸足なのでここに住んでる子かも?
【ねぇ、お姉さーん、あたしの話聞える?】
いきなり声かけられて頭は全然回れなく、しばらく黙った。
【おーい、お姉さん?あたしの声きこーえーるーの?】
【あれ?お姉さん、もしかして幽霊なの?】
人のこと勝手に殺さないで。
と言いたいのに、言葉を出てこない。
【お姉さんも、パパとママの友達?】
パパとママ?
【パパとママはね、ずっと寝てるよ。最近パパとママのお友達がいっぱい来てるのに、全然起きない。みんなも優しい人だよ。あたしと遊んでくれる。】
パパとママが寝てるか…
チラッとこの家の環境を見たけど、どう見ても人が住んでると思えない。
【今いないよ。】
私の考え方全部わかるように、女の子はこう言った。
【一昨日まで様々な大人が来てたけど、昨日から誰も来なかった。】
【ねぇ、お姉さん、あたしのこと怖いからずっと喋れないの?】
この子が怖い?
いや、流石にこんな子供に怖いと感じる人がいないでしょう。
【そうなの?一昨日まで遊んでたおばさんは優しかったけど、あたしのこと怯えてるようだ。あと、たまに難しい言葉ばかり言ってた。】
難しい言葉?例えば?
【ノロイ?ゴ、サツ?ギャクタイ?あと…セイシ、なんとかガイ?】
【あたし、何か悪いことした?】
呪い、誤殺、虐待、精神障害
そこまで難しい言葉ではないはず。でも、なぜ子供に…?
【ねぇ、お姉さん。あたしと遊んで!誰も遊んでくれないから、つまらないよ。あっ色塗りしよう!】
純粋な笑顔。
その笑顔と似合わず、刃物を持ち出した。
【お姉さん、何色が好きなの?あたしね、赤色が好きだ。それに、先日いーちばん綺麗な赤色見つけた!宝石みたいだよ!】
彼女は無邪気で喋り始めたのに、なぜか話が全然頭に入ってこない。
【この前パパとママにこれを刺したら、いっぱい出たよ!】
刺した?
…まさか。
【ママに見せたかったのに、でもそのあと、パパとママずっと起きなかった。お友達が運ばれてもゼーゼん起きなかった…】
なんか、凄く嫌な気持ちがした。
【あっそうだ!お姉さん、お名前はなーに?あたしの名前、しおりという。潮汐の汐、さとの里。しおりで呼んでいいよ。】
相変わらず、甘え声で囁いてる。
話の内容を無視すれば、ただの可愛い子供だろう。
そうだ。
私はあのリビングで栞と初めて出会った。
あのリビングで、栞が自分の親を殺したと知った。
急に流れされた映像が止まって、静かな闇に包まれた。
その次、石鹸のような匂いがする。
誰かハグをされながら私の背中をポンポンと叩かれてる。
心地良く寝られるそう。
ふっと目を開けると、いつもと違い景色が目に映る。
グレー色のパーカーと白いTシャツ。
あぁ。私、やっぱ大好きだ。
抱きしめ返したら、頭の上から声が聞こえた。
『おぅ、起きたね。』
蒼から抱きしめられるまま返事を返す。
「私…どのぐらい寝てた?」
『そんなにないよ?20分か30分ぐらい?』
「そっか…」
もう眠気ないけど、蒼に抱きつくと安心感あるので、なかなか離れたくない。
記憶の中に沈んでゆくのは久しぶりだった。
もちろん、体に悪い影響がないけど、毎回終わっても微妙な気持ちになってしまう。
記憶に深く沈むと映像の精度も高くなり、臨場感もあふれる。
その代わりに終わったら、非常にだるくなってしまう。
子供の頃よく違和感を感じてしまった。
本当は、今にいるのは【私】なの?
それとも彼女達の世界の登場人物なの?
ほぼ毎日もヘミアや栞の視点で世界見ると、
段々、自分が今見た景色はどっちの世界なのかと思ってしまった。
私の世界で感じたことは本物だと思う。
でも、ヘミアの世界で感じた物も、栞の世界体験したことも、全部本物だった。
たまに、自分の行動や周囲の景色に現実感を感じられない。
何年も続いたら、感覚もおかしくなる。
自分の感情は自分のものではないと感じる。
自分の身体は自分のものではないと感じる。
これ、誰かの世界なの?と考えてしまう。
私が生きてる世界と、
彼達が生きてる世界、
一体どっちが本当の世界かなぁ?
「…聞かないの?」
『何を?』
「私、先どの記憶を見たか。」
『聞かないよ。だって、栞のことでしょう?栞との思い出は、お前が覚えるだけで十分だと思う。俺、栞に会えないし、知っても何の用もない。』
「…私もできることない…」
私、彼女の身代わりになれないんだ。
『お前は、ちゃんと憶えていて大丈夫だよ。栞との思い出を一つ一つを頭に入れて、栞の声を聴いて、栞の存在を憶えていい。』
「…私、いつか忘れてしまうかも。」
『あぁ。』
「あの扉、あの消えた部屋も、私が知ってる子の部屋だったよね?それなら、私、あの子の存在を忘れてしまったから、あの子の部屋も消えてしまっただろう。」
あぁ、こういうことだ…思わず苦笑した。
記憶の中に跡がつかないと、存在も知らないうちに消えてしまう。
人間の脳の記憶容量、一体どのぐらいあるだろう。
流石に、世の中にあるパソコンよりも多いでしょう。しかし、人間は自分を覚えるより、パソコンやスマホに頼むことが多い。
「もしあたな達は、私と出会うじゃなく、どこかの記憶力選手権の選手と出会う方が良いかも。きっとみんなのことも覚えられる。」
『いや、俺は記憶力選手権の選手といたくないわぁ…そんな人と喧嘩するたびにすぐ昔の話を掘り返しそう。』
思わずクスッと笑った。
『笑えるなら、機嫌直ったよね。』
「別に怒ってないし…」
『なら良い。』
「…私が忘れた子は誰なの?名前を聞いたら、思い出せると思う。」
『別に思い出せなくとも良い。』
「え?」
『あの子は、へミアや栞みたいに違って、お前といる時間そんなに長くないから、影響がないはず。』
「…蒼、冷血だね。」
『まぁ、必要ではないものを拒否して、必要のものだけ覚えていい。そもそも人間の脳は勝手に選別する。選別して、役立つことだけ頭の中に残る。』
「それなのに、人は辛い記憶も悲しい記憶も覚える。選別できるなら、そんな記憶を消えて欲しい。」
『辛い記憶も悲しい記憶も大事なことでしょう。色々な経験を重ねて、今のお前がいるから、そんなこと否定しないでよ。』
「否定してない。ただ、選別の権利がほしい。」
『そこまでできるなら、人生は想い通りになると面白くないじゃない?』
「私、20年以上生きてるのに、人生面白いなんて一回も思ったことない。」
どこかの専門書で見たかなぁ。
子供は二歳ぐらいになると鏡に自分が映ってるとわかる。
それで、鏡に映った人は自分であると認識できる。
幼少期の自分の顔は、もちろん、成長した顔と違う。
例え、眉毛太くなったり、髪が変わったりするでしょう?
それでも疑わずに、鏡を見るとそこに映った人は自分だと確信できる。
逆に、これが不思議だと思う。
なんで人間は自分の顔を見えないのに、
鏡を見てこの人は自分だって信じられるの。
子供の頃に自己認識できて、その以降毎日鏡の前に立って、
これは私だと確認してるでしょうか。
しかし、これは鏡が正しいという前提が必要だよ。
鏡がなくても、カメラもこんな効果があるだろう。
残りは、私たち自身の記憶だ。
覚えてるから、これだろうという根拠のない言い方もよく聞こえる。
記憶は、私の考えや気持ちの根拠だと思う。
しかも、【私】はどういう人かの証明だ。
もしもの話。
とある日、あなたは目を覚めて、見知らぬ天井を見えた。
ベッドシーツも、好きなキャラクターではなく、無地なシーツになった。
いつもベッドに置いてるぬいぐるみはなくなって、
その代わりに最新のスマホがある。
あなたが時計を探してみたけど、いつもの場所には置いてなかった。
スマホを見ると、もう10時以降だった。
あなたの記憶に、我が家のルールとして、9時になると全員も起きないといけない。しかし、今日は9時まで寝ても親に起こされなかった。
あなたは、自分の左手の手首を強く握ってみた。
痛みを感じたから、ここは夢じゃなく、現実だったとわかった。
昨日寝る前の光景を思い出し、目の前にある見知らぬ景色を比べてみた。
全然違うんだ。
こんな時、あなたは、
昨日の自分と今日の自分は、同じだと信じるでしょうか。
それでも、自分の記憶を疑うことがなく信じているの?
私はね…
ヘミアと出会ったばかりの頃は、いろんな意味でひどかった。
そんな体験は初めてだし、楽しかった。
夢中になった。
【あっちの世界】と【こっちの世界】も、時間線は一緒だった。
どっちが面白いそうことがあれば、そこに行けば良い。
いつの間に、私は【こっちの世界】より【あっちの世界】が好きになった。
ただ、好きになる程、変な感覚も出てきた。
いつの間に、自分の手を見つめて、自分の手ではないと感じてしまう。
【こっちの世界】も、【あっちの世界】の一つだったか?と感じてしまった。
毎晩ベッドに横になって、天井を見ながら色んな考え方を浮かんでた。
明日目を覚めたら、見知らぬ天井見たらどうする。
明日目を覚めたら、違いベッドに寝たらどうする。
明日目を覚めたら、私は私ではなくなたらどうする。
私たちは、記憶に頼って生きてる。
試験に良い結果を出すためにテキストの内容を暗記する。
仕事うまくできるように、仕事の内容や手続きを覚えなければならない。
恋人と仲良くなるために、相手の好みや相手との約束を覚える。
でも、人間の記憶は曖昧なものだ。
実際起きてないのに、起きたように思い出してしまう時もある。
そして、他人の話によって、簡単に変わる。
頭の中に鮮明に刻んでる記憶でも、間違えることがある。
何故なら人間の脳は、ものをまるごと覚えない。
ちょこちょこ記憶を選別して、大事なももや必要なものだけ保存しておく。
毎日の生活から考えてみよう。もしも、全部記憶に残ると、どれほどの容量になるでしょうか。だから、【重要ではない】と決まったら覚える必要もない。
しかし、それを決まるのは、私たちの脳だ。
脳から、これは重要ではないと判定され、段々その記憶は薄くなり、忘れてしまう。
だから、嫌な記憶があって忘れたくても、もし脳から【重要】だと認定されたら、どうしても忘れられない。
一生残る。
私、自分が起こったことは時間が経っても、鮮明に頭に残る。
普通忘れるはずの記憶も、鮮明のままに残される。
例え、何もない日常にも、何か引っかかってフラッシュバックのように、勝手に思い出される。そして、当時の感情も一緒に襲われてくる。
そのせいで、一時期夜になると気分が沈んだり過度に緊張したりした。
人間の脳は、無意識に記憶を書き直したりする。
それは当人が嫌でも、記憶を思い出す度に、少しずつ修正してる。
そして記憶を書き換える。
誰にも止められない。
たとえ、所有主の私たちでもできないんだ。
「…私はね、人間は、記憶で自分が誰なのか認識してると思ってる。」
私は先に沈黙を破った。
「自分は一体誰なのか、今までどんな感じで生きてたか。その様々な記憶があるから、「今」がある。そんな記憶があるから、今の自分がいる。」
『あぁ。』
「もちろん、記憶だけではなく、日記とか写真とかちゃんと物として残ったもので認識しながら、生きてる。」
私が言った瞬間、思わず自分も笑ってしまった。
「でも、人間は忘れるよ。」
あぁ、綺麗に忘れてしまった。
「私、中学生の頃のブログを見つけて、その中に書いたブログを最初から最後まで読んだ。蒼はさ、私がそのブログを読んで、どう感じたか知ってる?。」
『まあ、あの子やヘミアのことは大切にしてるとか?』
「ええ、それもある。しかし、一番最初に出た感想は、この方は【蒼】という人が好きだと感じた。」
なんでこうなるでしょう。
『この方って…』
「私なのに、私だと感じない。」
いつから歪んだでしょう。
『それは普通だと思う。だって、あれから何年も経ったし、仕方ないじゃん。』
「でも、昔の自分にとって、これはどうしても失くしたくないものだった。」
誰でも忘れたくないことがある。
例えばどんな些細なことでも、そのことに対する感情はどんなことよりも大事だ。
『…俺は、あれもお前だと思うよ。記憶がなくても、昔のお前がいたから、今のお前がいる。昔の自分を否定しないでよ。』
蒼は、私を見つめてそう言った。
「否定してないよ。」
『それでさ、昔好きだったアニメだとしても、お前も好きではないでしょう?何故なら、お前がその後に人生経験を増えたから、好みも変わる。』
「でも、あなた達の世界は変わってない。」
『変わってないよ。ヘミアがいなくなったけど、栞がいる。世代交代みたい感じではないの?【蒼】から俺に変わったし。』
【世代交代】
一瞬、この単語が気になる。
『それに、俺たちだけじゃなく、他の子にも出会ってたじゃん?』
頭の中にある名前を浮かんだ。
「る…」
『え?』
息を吸い込んで、ある名前を言い出した。
「あの部屋の持ち主、私が忘れた子は…瑠璃だったの?」
『…なんでいきなり思い出した?』
「わからない。先蒼が言った言葉に引っかかったみたい。それで【瑠璃】という名前が頭に出た。」
『…お前、一体どうやって名前覚えてたか。』
「私も知りたいかも。」
再び、私と蒼の間に沈黙が降りてきた。
私も蒼から少し離れて、二人ともベッドの近く床に座ってる。
この家は、こんな静かだったか。
物音一切なく、静寂に包まれた。
だけど、居心地が良く、気まずい感情全くない。
昔の私、こんな雰囲気でしか寝れない。
元々物音に敏感して、眠くてもなかなか寝られない時もある。
だから、安心になるように、蒼が毎晩もベットに座って、私のことを見守ってる。
睡眠中で何度も目を覚めたりする。その時もし蒼の背中を見えると、なんとなく落ち着けるようになる。
…なんか、心地よく眠たくなる。
『…どんな子なの?』
蒼は穏やかな口調で聞いた。
「うん?」
『俺、あの部屋に入ったことないし、瑠璃という人も会ったことない。』
「あ、瑠璃がいた頃はまた【蒼】の時代だったよね。」
『時代という言葉使うかよ…』
私は少し嬉しくなった。
名前を思い出したら、関連の記憶も少しずつ思い出せる。
「瑠璃はね、優しい子だったよ。女の子らしく、弱そうな子だった。体が弱くて、激しい運動も無理だった。なので、栞みたいに走ったり射撃したりするのは多分一生できないと思った。」
『いや、どう考えても栞の方がおかしい。』
「ふむ、確かにね。栞は強いもん…」
栞は肉体だけではなく、精神的にも強いんだ。何も恐れず、信念を曲げない。
「…私、あの時初めて知った。」
昔の私、瑠璃の世界も栞の世界も行けた気がする。
「最初の頃は、多分二つの世界にも行けた。しかし、段々瑠璃といる時間がすくなくなって、栞との時間が長くした。そしてついに瑠璃が、私の前に現れなくなった。」
『二つの世界…それ大変でしょう。』
「今は無理だけど、昔は平気だったよ。小さな世界ならそこまで大変じゃなかったし、負担にならなかった。もちろん、今は、もうできないよね。」
どこかの小説のように、魔法は子供しか見えない。
幼いからこそ見えるものが、確実にある。
そして、大人になると魔法も解けてゆく。
私も、いつか【あっちの世界】に行けなくなる。
「…それで、私の中に瑠璃は綺麗に消えて、名前すら消えてしまった。」
『でも、お前、今彼女の名前を思い出したのも事実だった。』
「…ねぇ、蒼。」
私は心に決めた。
やっぱり、先に栞から少し勇気を分けておく方が良かったかも。
「話を続きましょう。さっきの話、全部終わってないだろう。」
『全部知ってどうするかよ。』
「わからない。ただ、このまま何も知らないのも気持ち悪いと思う。」
『…さぁ。』
蒼は昔から、私に教えたくない話をすると口数が少なくなる。
「なら、教えてよ。」
これを言った瞬間に栞の声が聞こえた。
【私、一体誰だろう。】
「私、一体誰だろう?」
蒼は、先から私と目を合わせないようにしてる。
『だから、お前はお前だっ…』
「じゃ、質問変わりましょう。私の記憶、どのぐらい失ったか?」
『失ってない。お前はただ一部思い出せないだけだって。』
「なるほど、でも、私が思い出せない記憶は何なの?」
『…思い出せないなら、別に気にしなくてもいいだろう。言ったろう、お前の脳がそんな記憶は大切じゃないと認識したから、お前が思い出せないままでも元気に生きられる。』
私を説き伏せように喋り出した。
「…でも、私は知りたいよ。」
蒼と違って、私は落ち着いて喋る。
「確かに、世の中にものを全部知らなくて生きられるよ。だって、学生時代に勉強した化学式や数学の公式なんて、今覚えても私の仕事に役立たず、覚えなくて生活に支障をきたさないよ。」
そもそも、将来学者や研究者になろうと思わなかったら、
そんな知識を勉強しなくても大丈夫だと思う。
「知るべきものではない。ただ、知りたいことだよ。」
『…お前が知っても役立たないぞ。』
「ええ。それなら、ただ役立たない知識を増えるだけ。」
『またいつか忘れてしまう。』
「その時に、蒼がもう一回教えてくれたらいい。記憶を何回も思い出せたら固まるし、それなら忘れる心配もない。」
『はぁ?』
「え?だって、蒼はずっと私といるでしょう。」
蒼、やっと私と目を合わせた。
泣きそうな顔をしてる蒼を見ると、そう思った。
今までこの人に甘えすぎたかも…
『…わかった。』
「やったね。」
『そんなに嬉しいことなの?』
私は嬉しそうに笑ったから、蒼は思わずこう言った。
「まあね。私はこれから、昔あった子を思い出せるだろう?」
『あぁ。別に会える訳じゃないけど。』
「いいよ。私の記憶に残る限り、あなた達はちゃんと世界で生きてた証拠だ。」
『こんな発想は変だなぁ。でも、ありがとうね。』
「どういたしまして。」
蒼は、嬉しそうで私の頭にポンポンする。
『さて、何から話したらよい?』
「えっと…蒼はどのぐらい覚えてる?」
『名前なら、一応全員知ってるよ。』
「嘘でしょう!?」
そういえば、さっき蒼もそう言った。
瑠璃と会ったことないはずなのに、瑠璃の名前を知ってるんだ。
『名前くらい知ってる。あっ、そうか、そうすればよいか…』
蒼は突然何か思い付いたようで、意味わからないことを出した。
「何か?」
『じゃ、まずこの家の話を続けようか。先言った通りにこの家は色々な部屋があるだろう。あっ、栞のはリビングだけど…』
「…ってことは、瑠璃の部屋みたいで、元々あったけど今なくなった部屋もある?」
『まぁね、そもそも、この世界はもっと広かった。最初の頃に、この家は洋館だったそうだよ。』
「…洋館?」
『俺も詳しい情報まで知らないけど、庭付きの洋館だったよ。とある時期に、こんな普通のアパートになった。』
「…あれも私が会った子の話だよね?」
あのリビングは栞との繋がりで、消えた部屋は瑠璃との繋がりだった。
それなら、この家も、もしかしたら誰かとの繋がりではないの?
『あぁ。でも、俺はその子知らない。』
「名前知ってる?」
『知ってるけど、お前に直接教えたら意味ないんだ。』
「思い出せばいいのに…」
『じゃ、ヒント要る?』
「ヒント?」
『一、子供の頃に洋館に住んだけど、その後はアパートに引越した。』
【洋館】
『二、あの子、子供の頃に蝶を飼ってた。』
【蝶を飼ってた】
…あぁ。
「本当に、なんで蒼はここまで知ってたか…」
『おっ、名前思い出したみたいね。』
「うん。わかったよ。」
懐かしい…だけど、少し恐怖も感じた。
「ギリシア神話の虹の女神…イリスのことだよね。」
名前が出ると思い出すから、名前は大事だと思う。
名前を聞く度にその人との楽しい思い出も、悲しい思い出も、少しずつ喚び返す。
もしかしてみんなのこと忘れたではなく、頭のどこかに閉まってるだけだろう。
『あの子の名前って、こんな意味だった。』
蒼の顔見ると、なぜか目大きく開いて、びっくりしたよう。
「え?蒼は知らないの?」
『当たり前じゃない?へミアとも会ったことないなら、ヘミアより前の子に会ったことある訳ない。ただ名前を見たことある。』
「そうだよね。小学生の頃のことだったもん。」
あの頃、私の隣にいたのは【蒼】だったし。
「イリスは…私が意図的に知り合った。」
『意図的に?』
「わざっと何回も会って、仲良くしたよ。」
『へぇ…』
「イリスは凄いよ。一日中に寝られなくても平気だった。」
『うわ…しんどいそう…』
確かに、しんどかったかも。
ふっと一つの考えが降りてきた。
「蒼は、イリスのことどのぐらい知ってるの?」
『名前ぐらい?あと、簡単なプロフィール…いや、さすがに誕生日とか分からない。あとは、この家はあの子の家の元に構成してるということ。』
「それは何か見たから知ってる?それともなんとなく知ってる?」
『…お前、何を聞きたいかよ?』
今までの蒼を見てたら、もしかして、【蒼】の記憶を引き継いでるかなぁ?と思ったけど、流石にそんな都合良い話ってありえないかも。
【蒼】が、どこかにノートとも残ってるかしら。
もし後者であれば、そのノートを見せて欲しいかも。
自分について、何を書いたか知りたいかも。
「…【蒼】からもらっとノートにまた何か書いたか知りたいし、何の基準で記録されてるかなぁ…と思っただけ。」
『それは見せない。見せたくないじゃなく、見せないよ。』
「でも、この家、いや、私と会った子のこと書いてたよね。」
『あぁ。ただ、細かく書いてないよ。』
「じゃ、イリスの彼氏は誰なのか、ノートに書いてない?」
『彼氏の名前……』
もし【蒼】が自分で記録取ってるなら、きっと私の好みで記録するだろう。
『徹…?』
聞いた瞬間に胸がドキッとした。
その次、泣きそうになっちゃった。
『ごめん、分からない…っていうか自信がない。頭に浮かんだ名前を答えただけ。読み方違うかもしれないか…』
「大丈夫だ。あることを判明したいだけだ。」
『何を?』
「【蒼】のノートは客観的に記録したか、それとも、私の感情を影響しながら記録したか、確認してみたい。」
『…彼氏の名前でそんなことわかるか?』
「わかるよ。だって、イリスの物語のまま記録するなら、彼氏の名前は、外国人の名前だったよ。」
『…え?…ってことは嘘なの?』
「いや、徹くんはイリスの死んだ幼馴染だった。もちろん、好きな人だった。」
『で、お前がその外国人の彼氏が気に入らなかったから、イリスの彼氏はあの人じゃなく、徹というやつだ!と思った?』
「うん。そういうことだよ。」
『…なに勝手なこと…』
「だって、私はあの外国人気に入らなかったもん。」
子供の頃に好きなアニメキャラの話みたい。
でも、正直、私はイリスのことそんなに覚えてない気がする。
『まじかよ…あの子が書いたから、疑わずそのまま受けた。』
「だかーら、言ったでしょう。【蒼】はどんな時でも私の騎士だよ。」
私、今きっと自慢そうな顔してるだろう。
自分でもわかるくらいに、口角を上げた。
『…まあ、そうだね…だから、ここまで…』
蒼は何か思いついたように、何かボソッと言った。
「でも、これでわかるでしょ?」
『ストップ。あの子の話はいいや。』
「違うよ。そうじゃなく、先、私が言ったことだよ。私の記憶は、あなた達の存在する証拠だって。」
蒼は眉間にシワを寄せてしばらく考えてるようだ
「私が言わなかったら、蒼はずっと気づかないでしょう。イリスの彼氏は徹くんだと信じて生きる。少し考えてみよう。イリスの世界以外に、彼女の存在を知ってる人は私と【蒼】だけだった。」
しかし、記録を残るなんて思わなかった。
【蒼】らしい…私は思わず笑った。
「それで、【蒼】が消える前にノートで記録した。そのノートを見て、もっといろんな人が彼女の存在を知った。そして、確認できないから、ノートに書いたまま信じるしかない。」
『あぁ。』
「そもそも、イリスがいなくても、知らなくても、みんなにも影響がないと思う。」
『俺にも影響がないけど。』
「確かにどうしようもない事だと思った。でも、私が何も言わなかったら、これからの世界、ここの世界には【イリスの彼氏は徹くん】だと残ってる。」
『それはそうだなぁ…』
「誤った情報は、そのままに引き続いて、そして…」
誤ったことが事実になる。
なるほど、こんな方法があるんだ。
っていうか、人間の記憶システムと似てる気がする。
『…俺は、ただ、あの子はお前に甘えすぎだと思っただけ。』
「なんでだよ。私は真面目に言ったのに…」
私は少しむすっとした。
『はい、はい。』
「…もう一つ聞いてもいい?」
『問題による。』
「【蒼】のノート、あと何人ぐらい書いた?」
『お前が今まで出会った子全員分だった。ストーカーと思われるぐらい、一人一人のことちゃんと書いておいた。』
そもそも私も先まで思い出そうともしなかったので、全然気づかなかった。
昔、こんなに忘れたくないや忘れちゃっやだ!と言ってたのに、
あの気持ちは、知らないうちに綺麗に消えてしまった。
『で、聞きたいのはそれだけじゃないよね?』
「…私とのことは書いた?」
『書いてないよ。あの子は、お前が出会った子達とのエピソードを細かく書いたのに、お前とのこと一切書かなかった。』
「そうなんだ…」
蒼にバレるのも恥ずかしいと思ったから、少しホッとした。
しかし、悲しい気持ちもある。
なんで他人のこと詳しく書いたのに、
一番側にいた私のこと、何も残されないだろう。
『それは書かないだろう。』
「え?でも、一番一緒にいたのに…」
『俺なら書かない。お前が忘れたら仕方ないと思うし、その方が普通だ。』
「忘れる方が普通なの…」
どうしても忘れたくないと思ったのは私だけでしょう。
『それに、俺は、あの子と違うから、考え方も違う。』
「たとえば?」
『あの子はお前が願ったことなら、なんでも叶わせる。だから、そのノートもこの家もそうだった。』
口調を荒立てないのに、なぜか蒼が機嫌悪いそうと感じる。
『お前が死のうと言うまで、あの子の愛情度を試そうとした。それで、お前はあの子の前に何回も泣きながら、「みんなのこと忘れたくない」と言っただろう。』
ビクッ。
「…なんで?」
『なんでわかる?あぁ、だってこの家を作り出す理由として、ノートに書いたよ。まあ、泣くながら言うのは、俺の想像だけど…』
「この家を作る理由…」
意味をはっきり理解できないため、もう一度ボソッと言った。
確かに、彼達は特別な存在だった。
それで、彼達の世界はこの家しかない。
ってことは、世界は作れるなんて…?
『とりあえず、話を聞いてから文句言うね。』
知らないうちに、蒼はまだ何か書き始めた。
『先も言ったけど、俺は【蒼】と会ったことないから、彼はお前に関することやこの家のこともノートに書いてた。でも、ノートだとしても、全部俺の頭に入ってるから、見せない。でも…彼は几帳面な性格で助かった。』
蒼の手は止まって、私にその紙を見せた。
よく見る住宅の平面図だった。
線をまっすぐを引いて、説明もちゃんと綺麗に書いてる。
二階建で、各部屋の場所も描いて、部屋の持ち主の名前も記入した。
イリスの部屋、瑠衣の部屋、ヘミアの部屋、瑠璃の部屋、織の部屋……
名前を見ただけで懐かしいと思った。
みんなの顔も頭の中に出てきそう。
しかし、それだけだった。
もっと思い出そうとしても、何も出てこない。
そういえば、これは…
「ここ、イリスの家だった…」
『あぁ、形一緒だけだった。元々洋館だっだし、2階もあるから、部屋の数も多かったみたい。これ、名前を見ればなんとなくわかるでしょう。』
「うん…本当に最初の頃に会った子も入れたんだ。でも、今と違うよね。」
今の家は、栞の部屋となってるリビング、と蒼の部屋だけだ。
悔しい気持ちもある。
以前そんなにいたのに、今は何も残さない。
『…まあ、お前にとってそうだろう。では、こう考えてみよう。』
「うん?」
『あの子達は、確かにお前の前にいきなり消えた。でも、ここの部屋はさ、昔も今も、部屋だけだった。言っただろう。ここに居られるのは、俺とお前だけだった。』
それはそうだけど…
『この家は、お前が今まで出会った子達との繋がりで構成させてるんだ。』
「綺麗にまとめたんだね。」
『それはどうも。まぁ。これからの話の方が重要だけどね、この家の存在価値は何だろうか知ってる?』
私は、逆に自分の存在価値はなんだろう。
『あの子の主張から見ると、ここはお前のために作ったよ。』
「…え?」
『一つは、お前が「みんなのこと忘れたくない」と言ったから、彼はここを作り出した。たとえ、お前がいつか忘れてしまっても、ここに来てみんなの名前を見る度に記憶を引っ張り出せると信じてる。』
私は言葉を出せない。
「関連付け」が出来たら、以降その「関連付け」で記憶にたどり着ける。
【蒼】がこの仮説をわかったのは、私が教えたからね。
あの頃の私は、【蒼】にひどい話を言ってた。
みんなと出会えなかったら、別れもない。
どうせ忘れるなら、最初から何も知らない方が良い。
どうせいつか無くなるなら、最初からくれないでほしい。
頭の中に【蒼】の返事を響いた。
【大丈夫ですよ。僕に任せて。】
彼の【大丈夫ですよ】は、
私にとって世の中のどんな薬も効果的だよ。
そのひとことだけで、安心になる。
「…願ったことなら、なんでも叶わせるなんて…こういうことなの…」
私がみんなのこと忘れたくない。
しかし、私は自分の力でコントロールできない。だから、【蒼】に甘えた。
そして彼は私が願ったことを叶わせるように頑張ってた。
『…先も言ったけど、忘れるのは悪いじゃない。しかも、お前がみんなのことを見捨てたとも思わない。』
「…ここまでしてくれたのに…」
結果、私も忘れた。
『あぁ、仕方ないけど、でもここはそのための世界だった。』
ボソッと言った蒼を見ると、なんで笑顔してるのに泣きそうと見えてしまった。
「…そういえば、ここ、【蒼】の部屋があるの?」
『ないよ。てかーお前さ、彼はお前にとってこんな重要だったら、彼との繋がりは部屋一つになるわけないだろう。』
いたずらように、蒼から頰をつねられた。
「…うぅ。」
『俺だよ。』
ビクッ。
一瞬頭が真っ白になった。
『お前にとって、一番忘れたくない気持ちだろう。一緒にいた日にちが長い分で、そんな簡単に繋がり出来ないよ。』
…私、もしかして聞いていけないことを聞いたじゃないか?
『言ったでしょ。この家は、お前が今まで出会った子達との繋がりで構成させてるんだ。だから、この家にしか居られない俺も、その一つだった。』
「そんな…」
言葉がうまく出ない。
だって、こうすると蒼は…
『だから、あの子はお前に恨んでない。お前が自分よりも大切にしてるこそ、姿を消した。恨んでるなら、お前が別れる時に出てこないだろう。』
『ここは、この世界は、彼がお前へのプレゼントだった。』
予想外の言葉。
今までずっと怖かったかも。
その怖さや不安が、この一瞬で溢れてしまった。
【蒼】が自分のためにそこまで大事してくれたから、嬉しくて泣きそうになった。
しかし、蒼がずっとこの家に閉じ込めるのは、私のせいだと気づき、申し訳ない気持ちがいっぱいで泣きそうになった。
多分、へミアがいなくなった日よりも、【蒼】がいなくなった日よりも、
今回一番泣いてたと思う。
私が泣き止むまで、蒼は私の背中を撫でてやった。
『最初で会った頃の話だったけど、あの子とどこで会ったか覚えてる?』
少し落ち着いたから、蒼は話した。
「…ええ、真っ黒な世界だった。」
本当に真っ黒だった。
なんでも溶け込んだように、何もなかった。
あそこで【蒼】と話したり遊んだりしてた。
『あれはさ、元々俺たちの世界だったみたい。』
「え?」
思わず顔を上げた。
『だから、ここを作り出したのは、確かにお前のために作った。その一つ目、お前がみんなとの繋がりを保管する所だった。それで、もう一つ…』
蒼はいつものように私の頭にポンポンした。
『彼はお前と遊ぶ場所が欲しかったよ。』
【蒼】はずっと一人だった。
蒼と同じく、どこにも行けないので、遊ぶ所も限りになった。
しかも、蒼と同じく、私としか喋れないので、普段喋る相手もいなかった。
だから、寂しくないの?とずっと聞いてた。
「私、と…あっ…そうなんだ…」
蒼たちは、他の世界に行けないんだ。
彼達は私がいる時にしか他の世界に見えない。
【蒼】はずっとあの真っ黒な所にいたから、彼にとってあれは世界だった。
それで、私がおかしいと言ったから、他の子達の部屋を参考した。
見たことない場所が作れないから、私と一緒にみた部屋でここを作り上げた。
『だから、彼はお前を可愛がりすぎたって。』
「何を言ってるの…」
『まぁ、実際はそうだろう。』
色んなこと気づいた。
毎日生きてて、新しい経験をして、新しい趣味出来たりする。
その中に、色んな人と出会って生きてる。
中学時代に仲良くした友達も、中学時代に出会ったイリスも、
記憶ほとんど薄くなった。
高校時代に仲良くした友達も、高校時代に出会ったヘミアも、
記憶段々薄くなった。
大學時代に仲良くした友達も、大學時代に出会った栞も、
いつか忘れてしまうかなぁ。
もし、私が栞のことを忘れた日が来たら、
今度こそ、蒼が消える日がくるだろう。
「蒼。」
『うん?』
「…【蒼】もそうだけど、蒼もずっと私がいる場所しか行けないでしょう?」
『ええ。』
「今は夜しか時間がないけど、昔、蒼が寂しくないの?と思って声かけたよね。授業中にも、仕事中に声掛けたりするけど、蒼も『俺は平気だから、気にすんな。』と返事した。」
『…いきなり俺との思い出話をする?』
「今までどうやって過ごしてるの?。」
私はそう思った。
私がいる世界も含めて、多分蒼との関係が一番深くて、良い関係だと思う。
実家暮らしだから、もちろん家族といる時間が一番多いけど、
家族の次に長く付き合ってるのは、蒼だった。
けれど、【蒼】の話とこの世界を聞いた後に、妙な感覚があった。
彼達の物語が、今までも見ようと思ったことない。
一緒にいたから、見なくてもわかってる。
しかし、私、案外に何もわかってない気がする。
『…へぇ…』
「あっ答えにくいや教えたくないなら、直接言っていいよ。」
私に教えなくてもいいと決まれば、私はそれでいい。
『いや、やましい事じゃないし、いいと思う。』
あの子はきっとお前に教えないだろう。
蒼は小さな声で囁いた。
「…いいの?」
『ちょ、先に聞いたのはお前だけど?』
「そうだけど、蒼が素直に答えると予想してなかった…」
『まあ、最初はそのつもりが無かったよ。だから、今まで教えたことない。でも、お前は、「信じてほしい」と言ったから、今度信じてみたいと思う。』
「…なんか、プレシャーが…」
『ふっ、大丈夫だよ。』
蒼は、先からずっと私の隣に並んで座ってる。
正直いちいち座り方を変わるのもめんどうくさいと思うから、
お互いの顔を見えなくていいだろう。
蒼がそのまま喋り始まった。
『お前さ、本当は変な子だと思うよ…』
……しばらく話を聞くだけにしよう。
『人間でいれば、誰でも中にもう一人がいる。だけど、ほとんどの人は何も気づかず人生を過ごしてる。一部の人は、子供の頃、中の人のことを気づいて、お前のように色んな世界で遊んでたりする…』
わかるように、わからないように。
『…その一部の人をまた二つに分ける。一つ目は、成長するにつれて中の人の姿も見えなくなって、段々記憶からこんな人がいるのも忘れる。もう一つは…』
あぁ、魔法のように。
『お前みたいに、俺たちのこと忘れたくないし、出会った子とも別れたくない。たとえ、自分を壊そうとしても、中の人といたいと思ってる人だ。』
「なるほど…」
『お前が、昔からも【あっちの世界】が嫌いでしょう。』
「ええ。もちろん、今も。」
私が好きなのは、あなた達がいる世界だ。
自分の存在や記憶はどうでもいいと思ってた。
選べるなら、私はあなた達の記憶だけ覚えて欲しい。
なのに、ヘミアとの別れで、私は気づいた。
私は、最初から選択権がなかった。
『…俺たちさ、実はもう一つの役目があるよ。』
「役目って、私を守ること?」
『それは一つで、もう一つは、あなたの物語を記録する。』
「…記録意味がないじゃない?」
『さっき聞いたよね。お前が仕事や学校へ行った時、俺が何かやってるか知りたいでしょう。俺は、いや、俺たちは、お前の物語をしてるよ。』
「なんでそんなことを…」
『お前の世界を崩れないように。』
私の世界。
『そして、お前自身が壊さないように。』
私の物語。
『だから、俺は【蒼】と性格が違うけど、同じくお前を見守ってる。あっでも勘違いすんなよ。俺たちは役目だからお前を可愛がってるじゃないよ。』
「…そっか。」
なぜかホッとした。
『変なこと考えないでよ。俺たちはあんなにお前といたから、それぐらい信じてくれよ。そもそも、あの子はお前のために世界まで用意した…』
「…ねぇ。」
『うん?』
「私の物語なんて、つまらないでしょう?」
栞とヘミアの物語を見てきたからこそ、言える。
自分の物語は、どっちに言うと、つまらないと思う。
『…さぁ。俺は普通だと思う。』
「そうなの?」
『でもさ、俺は他の子の物語も見たことないし、目を覚めてからずっとお前としか話せないから、お前の物語は、普通だけど嫌いじゃない。』
「ありがとうね。」
『ってか、一人の物語でこんなにたくさん物語もあって、どこかつまらないの?』
「たくさんってどういうこと?」
『その紙に書いた名前の子の物語、全部あるでしょう。』
蒼は指を指して、笑いながら言った。
…うん?今のは聞き間違い?
「…全部あるって、消えてないという意味なの?」
『俺、消えたと言ったか?』
あっさりと言った。
「…それ違うよね?」
『え?何か?』
「だって、私が忘れたから瑠璃の部屋が消えたでしょう?私が忘れたから、ここ、2階建ての洋館からこんな感じになったではないの?」
『あっそういうことだ。お前、記憶についてうるさかったので、説明しなくてもいいと思った…で、簡単に言うと、お前が思い出せないだけで、永久に消え去った訳じゃないよ。』
消えてない。
ただ思い出せない。
「それって、何か違うの?」
『お前があの子達と出会ったのは事実だった。俺が証明できる。お前が言った通りに、お前以外の誰にも俺たちの存在を証明できない。それと一緒だったよ、お前が彼女達と出会ったということを証明できるのは、俺とあの子しかいない。』
「…ってことは、私がいつか思い出せる?」
『あぁ。』
「じゃ、なんで…」
『決まってるのはお前の脳だよ。お前がこれからも覚えられないと行けない情報がいっぱいあるし、全部覚える必要ないだろう。』
「なら、どうやったら思い出せるの?」
『さぁ。でも、あの子ならできると思う。』
「…蒼も記憶良いの?」
『どうかなぁ…普通だと思う。でも、俺は基本日常的に覚えることないので、お前のこと覚えるくらいできるよ。』
「…でも、そんな…」
それなら、蒼と【蒼】の物語はどうになったの?
『俺たちの物語はどうでもいいよ?』
「いい訳ないでしょ!」
『俺はいいと思う。お前の物語に俺の存在があるだけで充分だ。』
「…バカな話言うな…」
『しかも、彼は、お前が安心できる拠り所を作り出した。』
蒼の話を聞きながら、何故か目が暖かくなった。
私、一体なんで泣きそうになったでしょう。
【蒼】に申し訳ないと感じたか?
みんな忘れたくないと言ってるのに、忘れてしまったから?
それとも、大切な人たちから頂いた物を、自らの手で壊してしまうそうから?
『お前、泣きすぎだろう。』
蒼をそう言いながら、私の涙を拭いてくれた。
彼達が、今まで頑張って私を守ってきた。
知ってると思うけど
『お前はさ、昔から辛くても誰にも言わずに何でも独りでする。』
「……」
『ずっとお前の人生を見てきた【蒼】ならわかるはず。お前の心理状況もわかってるし、お前がいつか自分の世界を壊そうとするのもわかる。』
「…ごめんなさい。」
『責めてないよ。』
「そんなつもりがなかった…」
『まぁ、彼のやり方として、お前の記憶を保管したり修正したりしただけだった。』
…今、修正って言った?
『脳から必要ではないと判定された記憶も、お前が大切だと思ってるなら、こっそり保管してる…』
ふっと、私の中に酷い事を考えた。
人間の脳は、万能ではない。妨害も起こる。
「…類似の記憶がお互いに妨げ合い…」
類似の記憶がお互いに妨げ合い、
正しい記憶が表面に出てくるのを邪魔する。
こんな仕掛けがあるから、人間はものを忘れて、
新しい情報を吸収しながら記憶を上書きしたりできる。
『今、何を言った?』
「…繋がりだけではないよね?あなた達が、私の記憶を記録だけではなく、修正もできるよね?いや、先イリスの件にもわかるけど、【蒼】は記憶を干渉してから記憶を保管してるよね?」
『あぁ。』
保管するだけなら、別に【蒼】がやらなくてもいいんだ。
私が望んだように記憶を保管する。
ちゃんと私の意向を聞いて、それから反応してくれた。
こんなことができるのは、
私の中の住人、彼しかできないんだ。
『彼はしっかりしてるよ。気分や面白いと思ってお前の記憶を干渉したことない。お前が、もう二度と自分を壊さないように、居場所も、生きる理由も用意した』
生きる理由。
自分の世界を好きになる理由。
「…私、今凄くひどいこと思いついた。」
『ひどいこと?』
「私が、何回も、自分が死んだら【蒼】もヘミアも死んでしまうと思ったよね。もちろん、今も、私が死んだら蒼と栞が死ぬと思ってる。」
『で?』
「この考え、この感情も【蒼】が用意したの?」
『そうだよ。』
蒼はあっさり認めたせいか、自分も思ったより冷静だった。
いわれば、そうだったよね。
正直、私はその日のことほとんど覚えてない。
十年以上も経ったし、覚えなくても普通だと思う。
今でも残ってるのは断片的な記憶だけだった。
もちろん、それだけでも当時の私の気持ちを蘇る。
映像には、キッチンでナイフを持ってる右手と、キッチンのタイル床だけ。
そのあと残るのは、自殺した後にどうなるか必死に考えてた。
しかし、この記憶を回想した度に、一番強く出てるのは、
【自分が死んだら【蒼】も消えてしまう】
という考え方だった。
「…今さらだけど、確かに彼からそう言われたことない。」
普通、影響を与えるや大事な話であれば、忘れないよ。
特に、話し相手は【蒼】だとしたら、忘れるはずがない。
『まあ。あの子も、お前を止めようとしたかったでしょう。』
「蒼もやった?」
『やったって?』
「私の記憶、干渉した?」
『あんな大変なことはすん…あっ。』
蒼は突然口を噤んだ。
「したよね?」
『…俺はあの子みたい大事してないよ。』
「へぇ。」
『ただあの男との記憶だけいじってみただけ…いや、いじると言えないかも。あの男との記憶の中にある嫌な気持ちを強くさせただけ。それは俺が悪いが、あの男と付き合うのはやっぱやめ…』
蒼は焦ってるように、頑張って説明してる。
いつも余裕でいるのに、一瞬子供のように見える。
そんな姿を見ると我慢できず、ぶすっと笑ってしまった。
『…大丈夫なの?』
「あっごめん、ごめん。でも怒ってないよ、ありがとうね。」
『ありがとうって…お前、やっぱおかしい。』
「てか、そんな便利なスキルができるなら、もっと早く言ってよ。学生時代の恥ずかしい思い出も消してくれない?」
『ダメに決まってるでしょう。』
「ケチ。」
『それ、お前が思ったより大変だよ!』
なるほど、これならわかるようになった。
なぜか、特にこの一部の気持ちが通常よりも強いか。
妙に納得できて、嫌な気持ちではない。
「…もしかして、蒼は私が思ったより有能だったかなぁ。」
『有能かどうかわからない。ただ、あの子は違う。』
「違うのは?」
『俺から見ると、そこまでしなくても良いじゃないかと思った。彼のやり方ですると、お前に不利なことや害があるものを全部排除する。ここよりも、もっと深い所へ押しやる。』
「へぇ…」
深い所はどういう意味だろう。
私の質問を聞けるように、蒼はそのまま話し続ける。
『お前が自らの力で絶対行けない場所だよ。俺もそんな記憶を取り戻せない。』
「うん?なら、いい。」
『…なんだ、今回大人しいじゃないか?』
「【蒼】がその方がよいと思ってるからこうしたよね。別に、私は反対しない。」
『そうだけど…』
彼達と何年もいたからこそ、はっきり言えない気持ちたくさんある。
この世界に、もし無条件の愛や信頼があるとしたら、きっと彼達のことだと思う。
私にとって、二人は不可欠な支えを与えてくれる存在だ。
『そこまで言うか。』
「事実だし、それに、個人的な意見だけど、今所有してる記憶があるから、今の私がいる。もし記憶を無くなったり新しい記憶を増えたりすると、それによって、私の行動や考え方も変わる。」
そうすると、あの時の私は、もう今の私ではない気がする。
「私、このままにいてほしいと思う。」
なんでもできるタイプではないのに、ヘミアは私のこと信じてくれる。
お金も権力もないのに、栞はずっと私の側にいてくれる。
好まれる人ではないのに、【蒼】が私のこと大切にしてくれる。
こんなつまらない人生を、蒼が好きだと言ってくれた。
彼達がいると、自分はどんなことがあって、大丈夫だと思う。
『それは一番大事なこと。』
一旦話が落ち着いたから、ふっと時間を気になった。
あれ、私、今日ずっとここに居て平気なの?
普段なら、よく途中で呼ばれていきなり追い出された。
確かに、今日はなかなか、ここでいる時間が長い気がする。
逆に不安になった。
でも、この不安は自分の世界に戻れないせいじゃなく、
蒼が何かあると思ってしまった。
基本、みんなが消える前にも、いつもと違うことが起こってる。
私がいつもと違う行動を選択したから…
ダメだよ。
「…ねぇ、蒼、私は…」
『そろそろ時間かも。』
「えっ?」
『あっ、【蒼】はノートにちゃんと書いたけど、ここはお前の世界を崩れないように作った世界だよ。』
蒼に聞こうと思ったら、彼がまた話を始めた。
…やっぱ今日の私って、頭の回転悪いかも、しかも気分悪い。
『ここで、時間は流れ去らないから、過去は過ぎ去らず、未来も既にここにある。』
だから【蒼】と蒼は二人も、出会ってから姿が一切変わらなかった。
【蒼】との初対面の時、私は小学生で、彼の見た目は二十代前後だった。
優しいお兄さんというイメージだった。
【蒼】と最後にあったとき、私は社会人で、彼の見た目も二十代前後だった。
優しい弟くんというイメージだった。
蒼との初対面の時、私は短大生で、彼の見た目も二十代前後だった。
口が悪いが根は良い同級生というイメージだった。
そして、今目の前にいる蒼も、当時と何も変わらなかった。
『心配せず、俺たちはずっとここにいるよ。お前の隣にいて、お前が誰と会ったか、誰と遊んだか、一つ一つ記録して覚えてる。』
いつだったでしょう。
蒼の姿は何も変わってないと気付いたのはいつだった。
『いつものように、仕事を終わったらどこかに寄ったりして、服屋でどの服が良いか聞かれたりして、栞とヘミアの世界よりつまらないかもしれない。でも…』
同行する友達がいなければ、私は必ず蒼を呼び出した。
蒼は食事できなく、物を触るのもできないのに、それでも文句を言わない。
『俺、お前の物語が好きだよ。たとえお前がずっと「くだらない」か「つまらない」と言い続いても…嫌いになれない。何故なら、俺はお前のこと否定したくない。』
私から見ると、
自分の物語はどうしようもないと思う。
ただ、こんなくだらない物語が好きだと言われるのは、彼しかいないと思う。
『お前は俺たちと違いんだ。お前の世界で時間は流れる。お前と初対面の時、また学生だったのに、いつの間にお前が大学卒業して就職ともした。』
私の身長は150センチから165センチになった。
髪も伸ばして、オシャレに興味あって、好きな服ブランドも変わった。
趣味も変わって、ピアノも弾けなくなった。
ただ、蒼はちっとも変わらない。
『お前の世界は広くなった。色んな人に接して色んな物語を見てきた。それで、お前の物語を書き続くために、新しい知識や情報を覚えないといけない。新しい出会いも必要だ。』
私の物語は、私で決めるじゃないか?
それとも私の脳で決まるの?
…今、なんで、言葉を口から出せないの?
『段々、いっぱいになって、要らない物や価値ない記憶を捨てろうとする。だから、【蒼】は、お前がみんなとの記憶を隠した。お前の脳が記憶を消さないように、彼はちゃんと他の所に保管してる。』
蒼は、私の異様を気付かず、ずっと喋り続いてる。
『…俺、最初【蒼】のノートを見た時に、お前が俺たちのこと忘れるなんて起こらないと思った…彼は心配しすぎだって。まぁ、根拠のない自信だったかもしれない…』
蒼は最初から知ってるんだ。
『それで、お前がある日から俺に声かけなくなり、完全に俺の前に来なくなった。忙しいから来なかっただろう、と思った。』
あぁ。
そういえば、私も一時期蒼と会わなかったもん。
蒼が呼ばなくなった。
でも、蒼は、【蒼】と違って、私の元に来た。
『心配して様子を見に行っただけど、お前が家に出た瞬間、いつものように「あっおはよう」と言ってくれた。しばらく喋っても何も違和感を感じなかった。』
あの頃の私、勇気を出して質問を聞いた。
『その次、お前が口から出た言葉を聞いて、ゾッとした。』
私、【君、誰でしょうか?】と聞いた。
あの頃の蒼は、悲しげに苦笑した。
そんな顔、一度も見たことなかった。
あの表情は何もないように見えてるのに、
裏に悲しみも悔しみも含めた。
『名前を答えたら、きっとお前はすぐ思い出せるだろう…』
『でも、お前が自分で俺の名前を思い出せて欲しかった。毎日も懐いてたのに、忘れるわけない…子供っぽいよね。かっこつけで、思い出せなくてもいいよーと返事した。』
実際、私は数日後に彼の名前を思い出せた。
もちろん、その間に、蒼という名前を口から出ることは一回もなかった。
『お前は俺の名前思い出せないなら、もういいよと思った。ただ、どうしても悔しいと感じてしまった。こんな結末は嫌だと思ったから、最後に賭けてみた。』
私が彼の名前を思い出せたまでの数日間に、毎日も少し話してた。
最後の日は、休日だった。
何も思い出せない時点で会話が続かなかった。
ーーもういいよ、予定あるでしょう?行ってらっしゃい。
しかし、あの時、私は動けなかった。
普通なら、そのまま歩き出すだろう。
でも、私はなぜか離そうと思わなかった。
この人を置いて行っちゃっダメだって。
という気持ちが強かったから、蒼から離れなかったかも。
蒼は、私の目をまっすぐ見ながら、そう聞いた。
ーー相手の所に行くか。それとも俺とどこに行く?
悲しい顔でそう言って、私に手を差し出した。
これを聞いた時、なぜか目がウロウロになってしまった。
今考えば、当時の自分にとって、蒼はただの「どこかで見たことある人」だけだった。
なんで離れるのが迷っただろう。
ただ、私、あの時蒼の手を掴んだ。
『お前が俺の手を素直に掴んだ瞬間驚いた。名前覚えなかったし、掴まないと予想した。』
私が蒼の手を掴んだ時、蒼はフッと笑って言った。
ーー知らない人について行ってダメだって言っただろう。
あの時の私は、理由もなく目の前にいる人は私を傷つかないと感じた。
そして、そのまま口から出して答えた。
『お前が、迷わず俺に「知らないけど、私を傷つかないでしょう?」と答えてくれて、びっくりした。お前が俺の名前を思い出せなくても、俺に懐いて信頼してる。あの時、思い出せなくても、感覚と感情は残ると思った。』
確かに。
懐かしい記憶だった。
目の前にいる人が誰かどうか知らなくても、信用できるなんて、
多分、生まれてから初めてだった。
蒼の顔を見ようとすると、
なぜか見えなくなった。
見えないじゃなく、私は、真っ黒しか見えない。
…私、いつ目を瞑ったの?
一体、何かあった?
急に、怖くなった。
動けないから怖くなったではない。
喋れないから怖くなったではない。
そんな感じではなく、もっと深い所から襲われた。
強烈な不快感。
真っ黒な世界で、蒼の声はいつものより綺麗に響いてる。
『だから、いいよ。』
『お前が十年以上も頑張ってたから、もう俺たちと他の子たちを背負わなくてもいいと思った。全部思い出せなくても、俺たちが死なないし。』
何か良いでしょうか。
なんでさっきから勝手なこちばかりを言う…
『正直を言う。俺たちがいなくても、お前の世界は止まらない。』
『物語も続けるし、だから、手を離そう。あの世界…たとえどんな理不尽だと思っても、少しずつ好きになろう。だって、俺たちもそっちで出会っただろう。』
何バカのことを言うか。
私は蒼を見て話したいのに、瞼は、開くな、閉じようと反抗してる。
私の体、先から自分からコントロールできなくなった。
『俺、やっぱりお前から名前を呼ばれたかった。』
『成長しても甘えてきて、くだらないことでも俺に言ってほしかった。』
蒼、もういいから黙って。
『お前がこれ嫌いとわかるのに、止めさせなくてごめん。』
『でも、俺も知りたいかも。きっとだいじょ…』
突然、無音の世界に落ちた。
ふっといい匂いがする。
この匂い、私が知ってる匂いだ。
切ない気持ちは、体の中に溢れてきた。
この優しい匂いと全然違う。
【ーーーー】
男の子の声だった。
誰が私の名前を呼んだ。
【また泣いてるの?】
映像流れてないまま、声だけ響いてる。
この声、【蒼】だった。
【もう…泣かないでよ…】
【よっし、僕、特別に魔法を教えてあげるか?】
闇に囲われて何も見えないのに、
涙だけ溢れて、目ウロウロになった。
これは、子供の頃の私と【蒼】の記憶の断片だ。
【みんなに内緒してよ。】
【涙が止まる魔法だ。】
【この理不尽な世界を、少しずつ好きになりましょうね】
私、この魔法知ってる。
【僕の名前を呼ぶ。】
蒼の名前を呼ぶ。
そに瞬間、涙腺が崩壊した。
大人になって、まともで泣いたことない気がする。
久しぶり、子供の私みたいに、蒼の名前呼びながら激しく泣いた。
しかし、今回私がどんなに呼んでも、
【蒼】も、蒼も、私の前に現れなかった。
どのくらい泣き続いたでしょう?
重かった瞼が、突然軽くなった。
ずっと目を閉じてたから、光はいつもより眩しいと思った。
視野に入るものは全部ぼやけて見えるけど、3秒後にしっかり見えるようになった。
「あ、お…」
無性にある名前を口に出した。
ここ、誰の世界だろう…?
私はソファに座ってる。
しかし、実家のソファではない。
清潔感のある空間だ。
白基調で清潔感を出したし、木製の家具で優しい雰囲気も出してる。
栞の世界《パラコズム》ではないんだ。
ここ、一体誰の世界《パラコズム》なの…
「あら、目を覚めたか?」
突然、ある男性が部屋に入ってきた。
「さてっと、何か違和感がない?…あっ、何か飲む?そんな何時間も経ったし、喉渇いたよね?紅茶入れてくるね、君、ぼくが淹れた紅茶一番好きだと言ったね。」
男は、私の前にあるソファに一度座ったけど、また立ち上げた。
…私、この人知らないし、紅茶飲めないけど?
男は鼻歌を歌いながら紅茶を淹れている。
そういえば、彼はここに入ってから驚いた表情は一切出てこなかったので、私がここにいること知ってるということでしょう…私と顔見知りぐらい?
いや、でも、私と知り合ったら、紅茶飲めないぐらいわかるだろう。
彼が淹れた紅茶が好きだと言い出した時点で、なんかおかしい。
私は、男が戻る前に、もう一回この部屋を見てみよう。
見上げると、ここ天井高いことを気づいた。
…これだから開放感があるんだ。
「頭がまた痛いの?」
男の方に見ると、紅茶を持ってきた。
何回顔を見ても、やっぱいこの人は誰か知らない。
「あっ、もしかして、まためまいがある?ふわふわしてる?」
男は、様子みるために私の顔を触ってくる。
頭が回る前に、私の体が先に反応して、無意識で避けた。
「悲しいからやめて。そんなビクビクしなくてもいいのに…警戒心を持つことのは良いけど、ぼくは大丈夫だって。」
男は少しムスッとなった。
「……ごめんなさい。」
彼が来てから、初めて口から言葉を出たかも。
なんか、自分の声はこんな感じなの?
「はいー敬語禁止だ。」
…なんか、この男、苦手かも。
そう思いながら目をそらして、外の景色を見える。
「紅茶飲み終わったら、外に出てみよう?この焼菓子は近くにあるケーキ屋さんで買ってきた…」
男の声を聞こえるけど、話の内容は全然理解できない。
…そうか、蒼に聞けば良い。
もし会ったことあるなら、蒼はわかるはず。
男はまた焼菓子の話を続いてる。
私は話を聞いてる風にして、バレないように小さい声で言った。
独り言のように、蒼の名前を呼んでみた。
しかし、何もなかった
たとえ世界《パラコズム》に移動しなくても、私が名前を呼ぶたびに、蒼は絶対応える。
でも、何もなかった。
…なんで?
「へぇーあいつが応えないだけでこんな茫然な顔するんだ。」
ビクッ。
あいつ。
動揺を隠せながら、男の目を見つめた。
男は満面の笑顔になってる。
「やっとぼくを見てるよね。あいつは凄いなぁ…」
「何を言ってますか?」
「もぅー敬語使わないでよ。ぼくは君と仲良くしたい!」
この人、先から意味不明な話しか話せないの?
でも、彼は蒼のこと知ってる?
いや、そんなはずがない。
蒼を知ってる人は、私しかいない。
「あいつって、誰のことで…なの?」
私はゆっくり話した。
「うん?君、さっき蒼を呼ぼうとしたよね。」
「……」
「あっ、でも安心ください。君は呼んでも彼は応えないから、無駄に呼ばなくてもいい。ぼくとお茶しながら話そう。」
「…なんで…」
「え?これはどれについて聞いたか?お茶する気分じゃないか?…じゃ、お菓子だけでも食べよう…」
「…私は紅茶飲めない。」
「あら、ぼくの認識には、君はコーヒーより紅茶派だけど?」
いや、それはあり得ない。
「一口でも飲んでみない?」
「…いや、大丈夫だ。紅茶の話はもういい、私が聞きたいのは…」
「なんで蒼が知ってるか、と聞きたいよね。」
「うん。」
「君が言ったじゃない?」
…この人のテンション、なぜこんな高かったの?
てか、おかしい。
友達ともかく、知らない人に蒼のこと言うわけない。
「まず、君はそろそろそんな警戒をしなくていい。ぼくは何もしないから。」
男は紅茶を一気飲みした。
「ぼくは、お前を助ける人だよ。うーん、ナイトと呼ぶかなぁ?」
「…私、助けを求めないけど?」
「あぁ、それは確か、君の両親から頼まれた。だから、この件に対して、君の記憶は正しいと思う。」
「どういうこと?」
「娘の様子はちょっとおかしいから、治療しなくてもいいけど、彼女の話でも聞いてくれない?って。」
…おい、おい。勝手に病人扱いしないでほしい。
「…ってことは、あなたはカウンセラーみたい人だね。」
「正解。ぼくのこと思い出したか?まあ、思い出したよりも推察できた、だけかななぁ?」
「私は病気ではないし、治療も要らない。ここで帰る。」
私はきっぱりで言って、ドアの方向に歩き出した。
もう訳わからない会話を続けるよりも、今一刻も早く帰りたい。
蒼に会いたい。
「気になってるじゃない?ぼく、蒼くんのこと知ってるけど?」
「……」
私は止まった。
気になると決めってるだろう。しかし、その前に…
「おお!やっぱり気になってるよね。」
「…前を呼ば…で」
「ごめん、ちょっと聞こえないから、もう一回言ってくれない?」
「蒼の名前を呼ぶな。」
もう、なんで誰でも勝手なことしてるかよ。
私は不満に彼の顔を睨んだ。
「ふーん、いいよ。ぼくは説明するから、こっちに戻って来なさい。」
私、一体なにをしてるでしょう。
何を求めてるか。何を避けたかったか。
私が動いてないせいか、男はまた声かけた。
「はぁ、ごめん、嘘をついた。君から、蒼くんのこと教えてなかった。」
「じゃ、どうやって?」
…なんでそんな嘘をつく?いや、それ、嘘をつく意義あるの?
「彼が自分で言ったからね。」
あぁ、私、頭が痛くなる。
ねぇ、蒼。
君なんで出てこないの?
私は自分が落ち着けるように、深呼吸した。
蒼が出てこないけど、自分でやるしかない。
とりあえず聞くしかないから、素直にソファに戻った。
「…で、話は何でしょう?」
「えっと、どこから話したらいいかなぁ…」
「あなたはどうやって蒼と会えたの?」
私、こっちの世界で蒼と会ったのは数回しかなかった。
他人と会うなんてできないと思った。
「…まぁ、方法はあるよ。君には適用されないだけ。だって、君は蒼くんをこっちの世界に連れて来られないでしょう?」
「ってこと、あなたはできる。」
「ええ、試しにやってみたらうまくできたよ、ぼくに惚れた?」
男はニコッと笑った。
「…その方法は何なの?」
「君に催眠をかける。」
「…あなたから?」
「あっ、そういえば、君、ぼくのことどのくらい覚えてる?」
「…私たち、初対面ではない?」
「うわ…あいつ酷い、そこまでするかよ…って、ぼく達は初対面じゃないよ、知り合って半年ぐらいかなぁ?普段の付き合いもあったし、ここでカウンセリングするのも何回あったよ。」
…全く気づかなかった。
そもそも、この人の名前も思い出せない。
蒼が聞けばわかるかも。
「それなら、ぼくの名前も覚えてないよね。」
「うん。」
「それは悲しい…」
「…ごめんなさい。」
「謝らなくていいよ。この半年くらいに、ぼくは何回も君ともっと深い関係を作りたかったけど、何回も振られた。別に恋愛関係じゃなくても、君、自分の話に聞かれると何でも拒否してしまう。一見、君は誰とも関係悪いじゃないのに、ほとんど人と距離持ってるよね。」
意外に、この男は本当に自分の事知ってるかも?
でも、わざっとではないんだ。
私は生まれてからこうだった。
元々人間関係に興味ないので、必要な関係だけで十分だと思ってる。
別に、学校の友達だとしても、何十年も関係持たないでしょう。
いや、学校時代の友達と何十年も関係持つなんて、逆になんで?と聴きたくなる。
「それで、ある日に催眠かけてみようと思って、やってみたね。」
「…こんな軽い気持ちでやったの?」
「まぁね。予想とおりに、君は催眠かけやすいタイプだった。せっかくなので、君の心の深い所を見てみようと思ったら、彼が出てきた。」
「え?彼って、蒼のことだよね?」
「彼以外に他の人もおるの君の体におるの?」
…いるけど、答える気がない。
「私の体から出てきたって、幽霊みたい?」
「いやいや、そんなホラーの話じゃなかった。どっちにいうと人格変わったみたい?彼は、多分ぼくのこと気づいた。他人が君に変な仕業をかけないように出てきた。」
…自分の姿で蒼の口調で喋るなんて、想像するだけで気持ち悪くなる。
「それ以降も、蒼くんはちょこちょこ出てたよ。ぼくが君の無意識を覗かないように、ずっとぼくと喋ってた。」
「…これ、何か面白いの?」
「まあ、君の様子を見ると、大学のセミナーで聞いたことを思い出して、やってみたかった。それでさ、二重人格がないのに、いきなり他の人が出てて面白くないの?!」
他人から見るとら、面白く感じるだりう?
しかし、自分のことだとしたら、全然面白くない。
「人間の無意識は、現実と非現実の区別をつけられないよ。あの状態で聞いたことや見たものも、全部そのまま受け取ってしまう。だから、あいつにとって、君があの状態に入ると一番恐れてるかもね。」
「なんで?」
「…例えば、ぼくはあなたの記憶をもっと奥のところに沈むと暗示したら、君はもう二度と彼に会えない?とか。」
「…それ、簡単にできないと思う。」
「そうだよ。知識や理論は合っても、そんなに簡単にできる訳ない。もちろん、あいつにも伝えたよ、しかし、彼は『0.00001%があっても、不可能ではない。』と言った。」
なるほど、蒼らしい。
っていうか、彼は本当に蒼と会ったことあるよね…
もしかしたら、先から全部嘘だったかなぁ…
男はまた自分のカップに紅茶を入れる。
「…てか、君本当に紅茶飲まないよね。」
「紅茶好きじゃないと言っただろう。」
「ふーん。でもぼくと出掛けた時に何も言わずに美味しく飲んでたのに…」
「私たち、本当に知り合いなの?」
「何ばかの話をしてるかよ。蒼の話が出てきても信じてくれないの?君、どんだっけ人間不信かよ。」
…確かに、証拠なんてないけど、私の中に蒼がいるとわかった時点で知り合ってるのは真実だと思う。ただ、なんで好みとか全然違うのに…
「…もう一個の可能性だとしたら、君はただぼくの理想像を演じるだけだった。今考えば、趣味や好きな物も一緒だって、それは怪しい気がする。」
「私は何も覚えてないけど…」
「あぁ、あいつがやったよ。」
「なら、蒼はあなたのこと相当嫌いと思う。」
「えっ?」
「だって、昔私と付き合いそう相手がいたけど、蒼はその相手に対して嫌いで、私と相手の記憶を干渉したことある。」
「…干渉って?」
「相手との記憶の中に嫌な気持ちを強くさせて、それで私が相手のこと嫌いになる。ただ、相手の記憶は消えなかった。その一方、私の頭に、あなたの情報も記憶も全くなかった。」
どうやら男はこんな話聞いたことないみたい。
彼は目を大きく開いて、びっくりした顔だった。
「…待って、その方がやばいよね?!」
「まぁ、いいよ。別に、結果的に付き合ってないし。」
「…あいつもあいつだけど、君はもう少しちゃんとしないとやばいよ?」
「私は信じてる。蒼は、誰にもお前を傷つけさせない。と言ったから。」
そう言いながら、お皿にあるフィナンシェを取った。
口に入れて、バターの香りがたまらない。
外側はガリッとして、中はしっとりしてる。
美味しいもの食べると、自然に笑う。
「…焼菓子が好きなのは本当だよね。じゃ、ぼくがコーヒー淹れるね。」
「え?いいや、大丈夫だよ。」
帰りたいし。
「座ろう。話がまだまだあるから、君はそんなすぐに帰れない。」
男はまたキッチンへ行った。
その間に頭に整理してみようと思った。
手持ちにスマホがないため、今何時かも確認できない。
てか、なんで家族から連絡来なかったの?
…ここ誰の世界だよ。
私の意識が強いし、蒼は、誰かの世界でいる時に絶対出てこないから、やっぱ私の世界かなぁ…しかし、私はあの男が全くわからない。
そもそも、人の好みって、こんな激しく変わらないだろう。
なんでこうなったかよ…
目を覚めたら、てっきり朝ごはん食べに行くと思った。
いつものように、蒼が笑って『起きた?』と言われると思った。
ずっといると言ったくせに。
結局、私は独りだった。