状況が一変した中、叔父の提案によって皆一度広間に集まることにした。広間の電気をつけ、そして広いテーブルの一辺に、皆座ることにした。
あまり眠れず頭が若干クラクラするが、それよりも橋が崩れてしまったことに衝撃を覚え、眠気がすっかりと消えた。俺は寝間着から普段の服に着替えると、寝室から出て急いで広間に向かった。
その時、皆はもうすでにそこにいて、大人しく座って何かを待っていたようだった。
「どうかしたの?」
俺は階段を下りながらそうみんなに尋ねた。声が広間で響き渡る。すると、花が顔を上げてこちらを見てきた。
「おじさんがついさっき外に出たの。橋を見に行くって。私たちは危ないからここで待っていなさいだってさ」
「そっか」
テーブルまで着くと、椅子をガラッと引いて静かに腰を下ろした。
トムと花が話をしている中、クローデットはずっと俯いていて、ジェイクは頭を抱え込んで深刻そうになっていた。よく聞いたら何かをつぶやいている。
「やばいよ・・・やばいよ・・・」
「ああもううるさいなっ。橋が嵐で崩れただけでしょ。嵐が過ぎるのを待てばすぐになんとかなるって」
クローデットが煩わしそうにジェイクを叱った。
「いやな予感がするんだ。みんなに分かるかどうか知らないけど、この屋敷・・・昼と全然空気が違う」
「ふん・・・え、なに。ジェイクってそういうキャラだっけ?」
横耳を立てていた花が幽霊を装ったポーズをわざとらしくしてジェイクをからかう。しかしジェイクは笑ったりも、怒ったりもしなかった。いたって真面目に、そして自分の身を両腕で抱え込むように、静かに座って小刻みに体を震わせていた。
「何か見えるの?」
俺は気になってそうジェイクに恐る恐る尋ねてみた。
「ちょっと待って、リアムってそういうの信じてるの?」
「いや・・・でもジェイク見てると嘘をついているようには見えない」
「映画の見過ぎだって。探偵さんになった気分でいるでしょ」
相変わらず能天気な花はそうからかうことしかしなかった。だが俺はジェイクの気持ちが少しは理解することができた。あの時、屋敷のドアをトムが閉じたあの時から、なんとなくではあるが何か嫌なものを感じてはいた。
「幽霊は存在しているんじゃないか?」
トムがいたって真面目にそう花に言う。
「はいはい」
花はトムの言葉を適当に流した。
そして突然、広間に大きく響き渡る音がして、全員が屋敷のドアの方へと目線を向けた。叔父が外から帰ってきたのだ。レインコートを着ていったはずなのに体全身がびしょ濡れになっていて、まるで川に落ちた鶏のようだった。髪の毛から絶え間なくしずくが滴り落ちて、彼はタオルを持ってきてくれと頼んできた。トムがあらかじめ準備したのを彼に渡すと、彼は頭を拭きながらテーブルの方へと近づいてくる。
そして両手をテーブルに着かせ、深刻な表情をした。みんなにもっと近寄ってと目で合図を送ると、ゆっくりと口を開ける。
「いいか。よく聞け」
「どうしたの?」
「さっき橋を調べてきた。渡った時はあまり気にしていなかったから、よく観察していなかったけど、どうやらあれは端をいくつもの鎖で繋げていたようなものだったらしい」
「それがどうかしたのですか?」
叔父の言葉にクローデットが眉を顰める。叔父はじっと彼女の目を見つめ、そっと言った。
「その鎖が何者かによって切られた形跡がある」
叔父がそう言い終えた後、しばらくの間沈黙が続いた。いつも一番に口を開く花でさえこの時ばかりは不審がって顔を歪め、この不気味な状況を整理しようと黙っていた。
「それ・・・嘘じゃないよね?」
「俺は嘘をつかない男だ」
俺の質問に叔父は真剣なまなざしで返した。
「それってつまり・・・この屋敷にいるのが私たちだけじゃないってこと?」
口に親指の付け根をつけてクローデットはそう叔父に尋ねた。
「・・・かもしれない。もしくは、この中の誰かがやったのか」
「でもそれはあり得ない。だって橋が崩れたあの時、音が鳴った後みんなすぐに部屋から出てきたもん。唯一出るのが遅かった花でも、あんな短時間で橋の場所から部屋に戻って、でそれで着替えるっていうことができるはずがないよ。二階の部屋に戻るのに階段を上って廊下を通らなきゃいけないし、そうだとしたらバレバレだから」
推理を開示した後、クローデットは自分で言ったことに寒気を感じて身を縮こめた。
「でも、そうだとして、いったい誰がこの屋敷の中にいるって言うの?」
花がいっそう苦々しい表情を浮かべながらそう尋ねる。
「少なくとも泥棒だったり、俺たちが来る前までここで居候していたかもしれない空き巣野郎でもないな。でなきゃ橋を切る必要なんてない。ただの自殺行為だ」
叔父が少し考えてからそう答える。
「だとしたら俺たちを狙っているってこと?その誰かっていう人は」
トムがそう言ったことによって、また急に寒気が体に押し寄せてきた。
金品を盗む目的でも、強盗をする目的でもない。なのだとしたら、橋を切る唯一の目的はほかでもない、この俺たちを狙っているのだ。でも誰が、どういった目的に俺たちに用があるのか。
しかも橋を切るということは、俺たちが逃げないようにルートを遮断したということだ。嵐のせいで流れが急なあの広い川を泳いで渡ることはできず、だからといって西側に進みたくても、森林が果てしなく広がっているだけで嵐の中だと遭難しかねない。俺たちは今、間接的に閉じ込められたようなものだ。この広い屋敷の中に。
その誰かは相当俺たちに執念が深いようだった。
「終わりだよ。やっぱりおかしかったんだ。ここに来るべきじゃなかった・・・」
ジェイクが弱々しい声を出して両手で耳を塞いだ。みんなが沈黙して考えている中、彼だけはもうパニックに陥って何もかも考えられなくなっているようだった。
「この屋敷は呪われている・・・あの町の人たちが噂していた通りなんだ!来るべきじゃなかった。本当に来るべきじゃなかった・・・」
「そんなこと今更後悔したって仕方ないでしょ!」
ジェイクの弱音にうんざりして花がきつい口調で責めた。
「じゃあどうしろって言うのさ!このまま帰れないじゃないか!嵐が去る前にみんな死ぬんだ!」
そこまで言うと、叔父がいきなり人差し指を唇の前に立てて慎重になった。目玉を上に向け、何かをじっと伺っている。
「今度は何?」
あきれた花は面倒くさそうにそう尋ねる。
「今さっき物音がした・・・」
そう言われて皆が静かになると、突然
――コトンッ
「はっ」
クローデットが思わず息を吸う。確かに、今何かに静かにぶつかった音がした。この広間の上の方からだった。真上の部屋は二階用の応接間のようなところになっていて、そこもここよりかは狭いが、結構スペースがある。
「ちょっと見に行ってくる。お前らはここで待っていろ」
そういって叔父は立ち上がった。
「俺も行きます」
それを見てトムも立ち上がったが、すぐに叔父に止められた。
「危険すぎるから駄目だ。お前らはここで待っていなさい。絶対にこの広間から出ちゃだめだ。わかったな」
テーブルに手を当てると、叔父は立ち上がって階段を上っていった。
再び静かになった広間、少しの間、誰もしゃべろうとはしなかった。携帯を除いて圏外であることを再確認する奴もいれば、椅子の背にもたれこんで全身を脱力させていた奴もいる。
突然左手に何かが触れた気がして、左を向いたら花がこちら側を見ていた。
「どうかしたのか?」
花がものすごく心配そうな表情をしている。
「おじさん、本当に一人で大丈夫なの?やっぱり誰か一緒に行ってあげた方がよかったんじゃないかな」
「安全かどうかはわからないよ。でも大丈夫。確か叔父は拳銃を持っていたはずだから。多分寝室に取りに行ったと思う」
「でももし館に侵入した人が一人じゃなかったら?」
花の顔がみるみるうちに青ざめていく。俺は彼女の背中を軽く叩いて落ち着かせようとした。
「きっと大丈夫さ」
――バンッ!
「ああっ!」
くぐもった一鳴りの銃声とともに、場に居合わせたみんながそれぞれ軽く悲鳴を上げた。
しかしそれだけじゃあ終わらなかった。
今までずっと部屋を照らしてくれていたシャンデリアの光が突然消え失せ、部屋全体が真っ暗に。「キューーーン」と徐々に音のトーンが下がるような電子音がし、屋敷の電源が下げられたことに気づいた。あたりはたちまち真っ暗な状態へと化してしまった。不幸中の幸いというべきか。真っ暗ではあったが部屋全体の姿を確認できないほどではなく、みんなの姿もしっかりと確認することができた。ただテーブルを通り越した奥の廊下、そして階段の上へと続く二階の方までは、もう何もかもが闇に溶け込んでいた。
そして数秒間の静寂。
・・・
・・・
・・・
お互いに顔を見合わせ、極端に目を大きく見開かせる。心臓がドクドクし始めた。体が寒い。そして脈が尋常じゃないほど速い。みんな緊張している。俺もそうだ。
「今のって・・・」
怖気づいた顔でクローデットがためらうように口を開く。
「銃声だ」
トムが天井を見てそう続けた。
「もう無理!もう無理だよ。ここから逃げないと!奴がここに来るのも時間の問題だって!」
突如ジェイクが荒々しい声を上げ立ち上がった。
「落ち着いて、まだ何もわかっていない。きっと今の銃声はおじさんが誰かを倒したんだよ」
慌ててクローデットがジェイクを落ち着かせようとするが、ジェイクはもう気が気でなかった。ネズミのように呼吸を全身で表して二階の方をずっと見上げ続け、そしてサッとテーブルの向こうの廊下に向かって走り出した。
「おいジェイク!」
「どこに行くの!?」
みんなが呼び止めようとする中彼は誰にも反応せずそのまま奥の方へと姿を消してしまった。それを追ってトムも急いで彼の後を追っていった。
俺を含めた残る三人はじっと身を固めたままそれを見つめることしかできなかった。
「やばいよこのままだとジェイクも死んじゃう!」
「ジェイクもってどういうことよ?」
「そんな些細な間違いを訂正している余裕があるの?」
花とクローデットが論争を始めようとしたため、俺が慌てて間に入った。
「待って、今は仲間割れしている場合じゃない。落ち着け、落ち着くんだ。いったん状況を整理するんだ」
俺は二人を見ながら話をつづけた。
「さっき俺たちもトムについていくべきだったんだ。みんなで固まった方が絶対に安心できたのに。これだといずれはみんな散りばめられて相手の思うつぼになってしまう」
そう言ってあたりを見回す。そしたら、テーブルの上に蝋燭台があることに気づいた。その上にまだ少ししか使われていない蝋燭が刺されているのが分かる。
「・・・とりあえず明かりをつけよう。誰かライター持っている?」
俺がそう聞くが、
「持っているわけないでしょ・・・」
花が力なくそう答えた。クローデットを見ても、彼女は頭を横に振る。仕方なく部屋の端に置かれている置物台を適当に漁っていった。そして引き出しを開けた時に、かろうじてまだ燃料が残っているライターを発見して、急いでそれを使って蝋燭を一本灯した。そしてその蝋燭を使ってほかの蝋燭にも火をつけ、光った蝋燭台を合計四個くらいそれぞれテーブルに均等よく置いた。
「私たちはどうすればいいの?」
一通り終えて花が俺にそう訊いてきた。
「わからない。叔父とトム、あとジェイクが帰ってくるのを待つしかないと思う。明かりをつけたから、これでちょっとは周りが確認しやすくなったと思う。いいか、俺たち三人は絶対に離れちゃだめだ。この屋敷はもう一人で行動できるほど安全じゃない。何かあっても絶対に誰かと一緒にいよう」
俺の言葉に二人は頷いた。
それから数十分が経った。居ても立っても居られない状況であるというのに、何もできることがなくて、俺たちは焦りに焦っていた。そしてちょうどその時、二階の方からいそいそとした足音がした。重なって聞こえたので、おそらく二人くらいが近づいてきていると考えられる。
警戒していた俺たちだが、階段から降りてきたのはトムとジェイクだった。ものすごく深刻そうな表情をしているトムとは対照的に、ジェイクはもう放心し切ったようで、むしろ少々さわやかとも捉えられるような表情をしていた。
「リアム、やばい」
会って早々トムはそう口にした。さきほどのジェイクとまではいかないものの、今度は彼が荒い息を立ててものすごく緊張しているようだった。
「おじさんが・・・お前のおじさんが」
トムがそう言いかけ、まだしゃべり終わっていないというのに、俺はすぐになにが起こったのかを悟った。彼の肩に手を乗せて「早く連れて行ってくれ!」と叫んだ。
はぐれてしまうことを心配して、俺たち五人はみんなで叔父のところに行くことにした。場所は二階の北側外廊下、広場からずいぶんと離れたところに位置する場所だった。トムとクローデットが蝋燭台を持って、辺りを照らしながら進んでいった。
そして到着したすぐ、俺たちの目に飛び込んだのは床で横になっている叔父だった。持っていたはずの拳銃は彼を襲った者に取られてしまったのか。彼の周囲のどこを見ても出てこない。血に滲んだ服からは鉄の匂いやほかの匂いが混じって少し嗅いだだけでも吐き気を催した。血のにじみ方を見た感じだと、お腹に一刺し、そして右胸に一刺し、何か鋭い刃物でやられたようである。
俺たちは最初、ただポカンと口を開けてその惨劇を見ることしかできなかった。しかし、恐る恐る近づくと、まだ彼が虫の息をしていることがわかり、やけに全身から安心感が伝わってきた。まだ死んでいない、と。
「とりあえず広場まで運ぼう。そこにいた方が安全だよ。リアム、ジェイク、手伝ってくれ。花はこれをもってくれ」
トムが最初に動き始めた。何か担架替わりになるものがないかと探していたが、何も見つからなかったため仕方なく三人の手で叔父の体を支えることにした。体は思ったより重く、三人でやったとしても力を抜くことは許されなかった。明かりを持った二人はそれぞれ、花が先頭を歩き、クローデットは後ろの方を歩く。
叔父を二階から降りて広場のテーブルまで乗せた時には、全身が熱くなって、背中の方が汗でびっしょりしてしまった。ここに来て、俺は初めて今は夏の季節だったということに改めて気づかされた。今までずっと寒気しかしてこず、まったく暑いと思えなかったのだ。
叔父に意識はなかった。体もピクリとも動かないが、わずかながら息をしている。しかし、助けを呼ぶことも、これから外に出て病院に駆けつけることもできない。
困った俺は頭を抱えて悩み果てるしかなかった。
あまり眠れず頭が若干クラクラするが、それよりも橋が崩れてしまったことに衝撃を覚え、眠気がすっかりと消えた。俺は寝間着から普段の服に着替えると、寝室から出て急いで広間に向かった。
その時、皆はもうすでにそこにいて、大人しく座って何かを待っていたようだった。
「どうかしたの?」
俺は階段を下りながらそうみんなに尋ねた。声が広間で響き渡る。すると、花が顔を上げてこちらを見てきた。
「おじさんがついさっき外に出たの。橋を見に行くって。私たちは危ないからここで待っていなさいだってさ」
「そっか」
テーブルまで着くと、椅子をガラッと引いて静かに腰を下ろした。
トムと花が話をしている中、クローデットはずっと俯いていて、ジェイクは頭を抱え込んで深刻そうになっていた。よく聞いたら何かをつぶやいている。
「やばいよ・・・やばいよ・・・」
「ああもううるさいなっ。橋が嵐で崩れただけでしょ。嵐が過ぎるのを待てばすぐになんとかなるって」
クローデットが煩わしそうにジェイクを叱った。
「いやな予感がするんだ。みんなに分かるかどうか知らないけど、この屋敷・・・昼と全然空気が違う」
「ふん・・・え、なに。ジェイクってそういうキャラだっけ?」
横耳を立てていた花が幽霊を装ったポーズをわざとらしくしてジェイクをからかう。しかしジェイクは笑ったりも、怒ったりもしなかった。いたって真面目に、そして自分の身を両腕で抱え込むように、静かに座って小刻みに体を震わせていた。
「何か見えるの?」
俺は気になってそうジェイクに恐る恐る尋ねてみた。
「ちょっと待って、リアムってそういうの信じてるの?」
「いや・・・でもジェイク見てると嘘をついているようには見えない」
「映画の見過ぎだって。探偵さんになった気分でいるでしょ」
相変わらず能天気な花はそうからかうことしかしなかった。だが俺はジェイクの気持ちが少しは理解することができた。あの時、屋敷のドアをトムが閉じたあの時から、なんとなくではあるが何か嫌なものを感じてはいた。
「幽霊は存在しているんじゃないか?」
トムがいたって真面目にそう花に言う。
「はいはい」
花はトムの言葉を適当に流した。
そして突然、広間に大きく響き渡る音がして、全員が屋敷のドアの方へと目線を向けた。叔父が外から帰ってきたのだ。レインコートを着ていったはずなのに体全身がびしょ濡れになっていて、まるで川に落ちた鶏のようだった。髪の毛から絶え間なくしずくが滴り落ちて、彼はタオルを持ってきてくれと頼んできた。トムがあらかじめ準備したのを彼に渡すと、彼は頭を拭きながらテーブルの方へと近づいてくる。
そして両手をテーブルに着かせ、深刻な表情をした。みんなにもっと近寄ってと目で合図を送ると、ゆっくりと口を開ける。
「いいか。よく聞け」
「どうしたの?」
「さっき橋を調べてきた。渡った時はあまり気にしていなかったから、よく観察していなかったけど、どうやらあれは端をいくつもの鎖で繋げていたようなものだったらしい」
「それがどうかしたのですか?」
叔父の言葉にクローデットが眉を顰める。叔父はじっと彼女の目を見つめ、そっと言った。
「その鎖が何者かによって切られた形跡がある」
叔父がそう言い終えた後、しばらくの間沈黙が続いた。いつも一番に口を開く花でさえこの時ばかりは不審がって顔を歪め、この不気味な状況を整理しようと黙っていた。
「それ・・・嘘じゃないよね?」
「俺は嘘をつかない男だ」
俺の質問に叔父は真剣なまなざしで返した。
「それってつまり・・・この屋敷にいるのが私たちだけじゃないってこと?」
口に親指の付け根をつけてクローデットはそう叔父に尋ねた。
「・・・かもしれない。もしくは、この中の誰かがやったのか」
「でもそれはあり得ない。だって橋が崩れたあの時、音が鳴った後みんなすぐに部屋から出てきたもん。唯一出るのが遅かった花でも、あんな短時間で橋の場所から部屋に戻って、でそれで着替えるっていうことができるはずがないよ。二階の部屋に戻るのに階段を上って廊下を通らなきゃいけないし、そうだとしたらバレバレだから」
推理を開示した後、クローデットは自分で言ったことに寒気を感じて身を縮こめた。
「でも、そうだとして、いったい誰がこの屋敷の中にいるって言うの?」
花がいっそう苦々しい表情を浮かべながらそう尋ねる。
「少なくとも泥棒だったり、俺たちが来る前までここで居候していたかもしれない空き巣野郎でもないな。でなきゃ橋を切る必要なんてない。ただの自殺行為だ」
叔父が少し考えてからそう答える。
「だとしたら俺たちを狙っているってこと?その誰かっていう人は」
トムがそう言ったことによって、また急に寒気が体に押し寄せてきた。
金品を盗む目的でも、強盗をする目的でもない。なのだとしたら、橋を切る唯一の目的はほかでもない、この俺たちを狙っているのだ。でも誰が、どういった目的に俺たちに用があるのか。
しかも橋を切るということは、俺たちが逃げないようにルートを遮断したということだ。嵐のせいで流れが急なあの広い川を泳いで渡ることはできず、だからといって西側に進みたくても、森林が果てしなく広がっているだけで嵐の中だと遭難しかねない。俺たちは今、間接的に閉じ込められたようなものだ。この広い屋敷の中に。
その誰かは相当俺たちに執念が深いようだった。
「終わりだよ。やっぱりおかしかったんだ。ここに来るべきじゃなかった・・・」
ジェイクが弱々しい声を出して両手で耳を塞いだ。みんなが沈黙して考えている中、彼だけはもうパニックに陥って何もかも考えられなくなっているようだった。
「この屋敷は呪われている・・・あの町の人たちが噂していた通りなんだ!来るべきじゃなかった。本当に来るべきじゃなかった・・・」
「そんなこと今更後悔したって仕方ないでしょ!」
ジェイクの弱音にうんざりして花がきつい口調で責めた。
「じゃあどうしろって言うのさ!このまま帰れないじゃないか!嵐が去る前にみんな死ぬんだ!」
そこまで言うと、叔父がいきなり人差し指を唇の前に立てて慎重になった。目玉を上に向け、何かをじっと伺っている。
「今度は何?」
あきれた花は面倒くさそうにそう尋ねる。
「今さっき物音がした・・・」
そう言われて皆が静かになると、突然
――コトンッ
「はっ」
クローデットが思わず息を吸う。確かに、今何かに静かにぶつかった音がした。この広間の上の方からだった。真上の部屋は二階用の応接間のようなところになっていて、そこもここよりかは狭いが、結構スペースがある。
「ちょっと見に行ってくる。お前らはここで待っていろ」
そういって叔父は立ち上がった。
「俺も行きます」
それを見てトムも立ち上がったが、すぐに叔父に止められた。
「危険すぎるから駄目だ。お前らはここで待っていなさい。絶対にこの広間から出ちゃだめだ。わかったな」
テーブルに手を当てると、叔父は立ち上がって階段を上っていった。
再び静かになった広間、少しの間、誰もしゃべろうとはしなかった。携帯を除いて圏外であることを再確認する奴もいれば、椅子の背にもたれこんで全身を脱力させていた奴もいる。
突然左手に何かが触れた気がして、左を向いたら花がこちら側を見ていた。
「どうかしたのか?」
花がものすごく心配そうな表情をしている。
「おじさん、本当に一人で大丈夫なの?やっぱり誰か一緒に行ってあげた方がよかったんじゃないかな」
「安全かどうかはわからないよ。でも大丈夫。確か叔父は拳銃を持っていたはずだから。多分寝室に取りに行ったと思う」
「でももし館に侵入した人が一人じゃなかったら?」
花の顔がみるみるうちに青ざめていく。俺は彼女の背中を軽く叩いて落ち着かせようとした。
「きっと大丈夫さ」
――バンッ!
「ああっ!」
くぐもった一鳴りの銃声とともに、場に居合わせたみんながそれぞれ軽く悲鳴を上げた。
しかしそれだけじゃあ終わらなかった。
今までずっと部屋を照らしてくれていたシャンデリアの光が突然消え失せ、部屋全体が真っ暗に。「キューーーン」と徐々に音のトーンが下がるような電子音がし、屋敷の電源が下げられたことに気づいた。あたりはたちまち真っ暗な状態へと化してしまった。不幸中の幸いというべきか。真っ暗ではあったが部屋全体の姿を確認できないほどではなく、みんなの姿もしっかりと確認することができた。ただテーブルを通り越した奥の廊下、そして階段の上へと続く二階の方までは、もう何もかもが闇に溶け込んでいた。
そして数秒間の静寂。
・・・
・・・
・・・
お互いに顔を見合わせ、極端に目を大きく見開かせる。心臓がドクドクし始めた。体が寒い。そして脈が尋常じゃないほど速い。みんな緊張している。俺もそうだ。
「今のって・・・」
怖気づいた顔でクローデットがためらうように口を開く。
「銃声だ」
トムが天井を見てそう続けた。
「もう無理!もう無理だよ。ここから逃げないと!奴がここに来るのも時間の問題だって!」
突如ジェイクが荒々しい声を上げ立ち上がった。
「落ち着いて、まだ何もわかっていない。きっと今の銃声はおじさんが誰かを倒したんだよ」
慌ててクローデットがジェイクを落ち着かせようとするが、ジェイクはもう気が気でなかった。ネズミのように呼吸を全身で表して二階の方をずっと見上げ続け、そしてサッとテーブルの向こうの廊下に向かって走り出した。
「おいジェイク!」
「どこに行くの!?」
みんなが呼び止めようとする中彼は誰にも反応せずそのまま奥の方へと姿を消してしまった。それを追ってトムも急いで彼の後を追っていった。
俺を含めた残る三人はじっと身を固めたままそれを見つめることしかできなかった。
「やばいよこのままだとジェイクも死んじゃう!」
「ジェイクもってどういうことよ?」
「そんな些細な間違いを訂正している余裕があるの?」
花とクローデットが論争を始めようとしたため、俺が慌てて間に入った。
「待って、今は仲間割れしている場合じゃない。落ち着け、落ち着くんだ。いったん状況を整理するんだ」
俺は二人を見ながら話をつづけた。
「さっき俺たちもトムについていくべきだったんだ。みんなで固まった方が絶対に安心できたのに。これだといずれはみんな散りばめられて相手の思うつぼになってしまう」
そう言ってあたりを見回す。そしたら、テーブルの上に蝋燭台があることに気づいた。その上にまだ少ししか使われていない蝋燭が刺されているのが分かる。
「・・・とりあえず明かりをつけよう。誰かライター持っている?」
俺がそう聞くが、
「持っているわけないでしょ・・・」
花が力なくそう答えた。クローデットを見ても、彼女は頭を横に振る。仕方なく部屋の端に置かれている置物台を適当に漁っていった。そして引き出しを開けた時に、かろうじてまだ燃料が残っているライターを発見して、急いでそれを使って蝋燭を一本灯した。そしてその蝋燭を使ってほかの蝋燭にも火をつけ、光った蝋燭台を合計四個くらいそれぞれテーブルに均等よく置いた。
「私たちはどうすればいいの?」
一通り終えて花が俺にそう訊いてきた。
「わからない。叔父とトム、あとジェイクが帰ってくるのを待つしかないと思う。明かりをつけたから、これでちょっとは周りが確認しやすくなったと思う。いいか、俺たち三人は絶対に離れちゃだめだ。この屋敷はもう一人で行動できるほど安全じゃない。何かあっても絶対に誰かと一緒にいよう」
俺の言葉に二人は頷いた。
それから数十分が経った。居ても立っても居られない状況であるというのに、何もできることがなくて、俺たちは焦りに焦っていた。そしてちょうどその時、二階の方からいそいそとした足音がした。重なって聞こえたので、おそらく二人くらいが近づいてきていると考えられる。
警戒していた俺たちだが、階段から降りてきたのはトムとジェイクだった。ものすごく深刻そうな表情をしているトムとは対照的に、ジェイクはもう放心し切ったようで、むしろ少々さわやかとも捉えられるような表情をしていた。
「リアム、やばい」
会って早々トムはそう口にした。さきほどのジェイクとまではいかないものの、今度は彼が荒い息を立ててものすごく緊張しているようだった。
「おじさんが・・・お前のおじさんが」
トムがそう言いかけ、まだしゃべり終わっていないというのに、俺はすぐになにが起こったのかを悟った。彼の肩に手を乗せて「早く連れて行ってくれ!」と叫んだ。
はぐれてしまうことを心配して、俺たち五人はみんなで叔父のところに行くことにした。場所は二階の北側外廊下、広場からずいぶんと離れたところに位置する場所だった。トムとクローデットが蝋燭台を持って、辺りを照らしながら進んでいった。
そして到着したすぐ、俺たちの目に飛び込んだのは床で横になっている叔父だった。持っていたはずの拳銃は彼を襲った者に取られてしまったのか。彼の周囲のどこを見ても出てこない。血に滲んだ服からは鉄の匂いやほかの匂いが混じって少し嗅いだだけでも吐き気を催した。血のにじみ方を見た感じだと、お腹に一刺し、そして右胸に一刺し、何か鋭い刃物でやられたようである。
俺たちは最初、ただポカンと口を開けてその惨劇を見ることしかできなかった。しかし、恐る恐る近づくと、まだ彼が虫の息をしていることがわかり、やけに全身から安心感が伝わってきた。まだ死んでいない、と。
「とりあえず広場まで運ぼう。そこにいた方が安全だよ。リアム、ジェイク、手伝ってくれ。花はこれをもってくれ」
トムが最初に動き始めた。何か担架替わりになるものがないかと探していたが、何も見つからなかったため仕方なく三人の手で叔父の体を支えることにした。体は思ったより重く、三人でやったとしても力を抜くことは許されなかった。明かりを持った二人はそれぞれ、花が先頭を歩き、クローデットは後ろの方を歩く。
叔父を二階から降りて広場のテーブルまで乗せた時には、全身が熱くなって、背中の方が汗でびっしょりしてしまった。ここに来て、俺は初めて今は夏の季節だったということに改めて気づかされた。今までずっと寒気しかしてこず、まったく暑いと思えなかったのだ。
叔父に意識はなかった。体もピクリとも動かないが、わずかながら息をしている。しかし、助けを呼ぶことも、これから外に出て病院に駆けつけることもできない。
困った俺は頭を抱えて悩み果てるしかなかった。