数日後の昼休み。美奈子の様子が気になった私は、響子をランチに誘ってみた。
場所はこの前と同じ。会社から少し離れた、裏通りにあるカフェだ。昔ながらのカフェで、メニューもそんなに多くないせいか、うちの社員と鉢合わせすることはあまりない。
 二人一緒に頼んだ日替わりランチを前に、私は響子に尋ねた。
「ねえ、そういえば最近美奈子ってどうなの?」
「えっ、美奈子ですか? うーん、どうって言われても……」
 響子のこの様子では、岩井田さんとの一件は耳に入っていないようだ。美奈子のことだから、と心配していたのだが、あれから噂が立つようなこともない。いつもなら、私が絡むことなら特に、面白おかしく話を盛って、一番に言い触らすはずなのに。
美奈子が、あの日のことを黙っているだなんて、私には不思議でならなかった。
「そうねぇ、仕事とかどうなの?」
 響子も聞いていないのなら、わざわざ私から言う必要もない。それとなく、話題を美奈子の仕事ぶりに持って行く。
「なんていうか……真面目ですねー。仕事もちゃんとやってるし。むしろ、美奈子のおかげで外食部が回ってるっていうか……」
「へえ、それって凄いことじゃない」
「何があったのかわかんないんですけど、私ちょっと美奈子のこと見直したかも。みんなが嫌がるような地味な入力作業とかも率先してやってるし」
 響子の言う事が本当なら、随分な変わりようだ。以前の美奈子なら、嫌いな作業は他の子に押し付けて、さっさと定時には帰っていた。美奈子にも何か心境の変化があったということだろうか。
「そっか、それならいいんだ」
「すみません三谷さん、いつまでも心配かけて。私がもうちょっとしっかりしてれば、三谷さんにまで余計な心配かけなくてすむのに」
「ちょ、ちょっと、響子まで一体どうしたの?」
 こんなことを言いだすなんて、今までの響子なら考えられなかった。
「んー、なんか悔しいんですよね。美奈子はもう野々村部長にも一目置かれてます。私なんて美奈子と同期なのに、いつまでたってもその他大勢を抜けられない……」
「響子……」
 これは、美奈子の頑張りが他の女子社員たちにまで影響を及ぼしてるということだ。それも、いい方の。
「響子なら大丈夫。今まで通り仕事はきっちりやって、そしてよく営業さんたちのこと見てみて。そうすれば、自然と彼らが私たちに求めてることがわかってくると思う。彼らが動きやすいように先回りしてあげればいいのよ」
「三谷さん、それが一番難しいんですよー」
「大丈夫だって。ほら、デザートごちそうしてあげるから元気出して」
「本当ですか!? じゃあ私、プリンアラモード頼む!」
 もうご機嫌が直ってる。響子って本当に単純だ。でもこんなところが無性にかわいいと思うんだけど。
無邪気に笑う響子を見ていると、なんだか私まで元気が出てきた気がする。
「私もデザート食べようかな。響子メニュー取っ――」
「はい三谷さん、メニュー。……どうかしたんですか?」
 カフェの大きなガラス窓の向こうに、上村がいた。
カフェの中に私がいることに気付いた上村と、一瞬だけ目が合う。でも、すぐに視線は逸らされた。上村の隣に、寄り添うようにして歩く女性がいる。
「あれぇ、あれって上村くんですよね。一緒の人、誰だろ?」
 響子はフロアが違うから、彼女のことを知らないのだ。