「へえ、上村でも手こずることあるのね」
「当たり前でしょう。いいときばっかりじゃありませんよ」
 なんて言いながら、上村は揚げたてのコロッケに手を伸ばす。その手のひらを、私はピシャリと叩いた。
「まだ食べていいって言ってないわよ」
「まだ、ってことは、後で食べていいってことですよね」
 口元をニヤリと歪ませる。
「まったく! 小学生じゃあるまいし」
「俺、皿取ってきますね」
 上村は私の返事も待たずに、勝手に食器棚を開けている。ため息をつきながら皿を受け取り、コロッケとサラダを二人分盛り付けた。
明日母へ持って行く分は、上村が見てない隙にタッパーに入れて冷蔵庫の奥に隠しておいた。
「ただ食いするんだから、運ぶのも手伝いなさいよ」
 皿を出すと、上村は自分の仕事は終わったとばかりに、再びソファーに腰を下ろしていた。面倒くさそうに腰を上げ、「あー、マジで腹減ったなー」と言いながらこちらにやってくる。
お茶碗にご飯をよそっていると、カウンターに置いていた私のスマホが流行りの男性ダンスグループの曲を奏でた。
「え、先輩こいつら好きなの?」
「別にいいでしょ。いちいちうるさいわね!」
「意外すぎる」
 ぷっと吹き出す上村を睨みつけて、スマホを手に取った。上村はまだ口を押さえて笑いを必死に堪えている。
私は視線を手元のスマホに戻し、画面をタップしようとして息を呑んだ。
「……先輩、どうかしたの?」
 着信は、母の病院からだった。スマホを見つめたまま微動だにしない私を、上村が訝しげに覗きこんでくる。
「先輩?」
 目の前を上村の手のひらがひらひらと舞って、我に返った。
「電話、母さんの病院から。……どうしよう上村」
 発した声が震えていた。スマホを片手に固まったまま、早く電話に出なきゃと思うのに、どうしても指を動かすことが出来ない。
「どうしよう、母さんに何かあったんだ。どうしよう、どうしよう……」
「貸して!」
 取り乱す私からスマホを奪うと、上村は私の代わりに電話に出た。
「はい、三谷です。はい……、はい、わかりました。すぐにうかがいます」
「上村、……母さんは?」
 電話を切り、座り込む私の両肩をしっかりと掴むと、上村は私の目を見て、一つ一つ言い聞かせるように電話の内容を話した。
「お母さんの容態が急変したそうです。急いで病院に来るようにって。先輩、大丈夫ですか?」
「かっ、母さんがっ。どうしよう上村―――」
 その時、動揺して涙が止まらない私を上村がきつく抱きしめた。
「大丈夫だから、しっかりしてください。俺がついてますから」
 幼い頃、なかなか泣き止まない私に母がそうしたように、上村はトントンと優しく私の背中を叩く。上村の体温に包まれ、少しずつ心が落ち着きを取り戻していった。