「先輩、何作ってんの?」
「アクアパッツア」
「何、そんなん家で作れんの?」
「だから、今作ってるじゃない。ちょっと上村、そこのお皿取ってくれない?」
 私が頼むと、上村はまるで自分の家のキッチンにいるかのようにスムーズに皿を探し出す。
「これでいいの?」
「ありがとう」 
 上村は、以前にも増してうちに入り浸るようになっていた。
なんだかんだ言っても、私も自分一人で料理して食べるより、誰か食べてくれる人がいる方が作り甲斐がある。
元々料理は好きだったし、家庭の味に飢えているらしい上村に毎週のようにご飯を食べさせているおかげで、料理のレパートリーも広がった。

「ねえ、上村が新プロジェクトのメンバーに入ってるって本当?」
 食事を終え、食器をキッチンまで運んでくれた上村に、私は食後の珈琲を手渡した。
「入ってますよ。そもそも俺が本社に帰って来たのもそのためですし」
 そう言ってカウンターの端にもたれ、上村はゆっくりとコーヒーを味わう。
「そうだったんだ。ずいぶん上から目を掛けられてるのね」
「目を掛けてもらってるかどうかはわからないですけど、俺だってそれなりに努力もしてるんですよ」
「へえ?」
 上村の口から、『努力』なんて言葉が出て来たことに軽く驚いた。
でもそれは、嘘ではないのだろう。
支社でのことはわからないけれど、外食部に異動してからの上村は本当によくやっていると思う。
「新部署での主な仕事は、テナントの選定と出店交渉ですからね。外食部での仕事は勉強になるんですよ」
「確かに上村、今月頑張ってるもんね」
 異動して来てまもないというのに、担当先の受注数がすでに前年を越えているところもあるし、新規店舗との契約もいくつか取ってきている。
異動してきて早々あんな成績を出されたら、元からいた社員たちは堪らないだろう。
 一体どんな努力をすれば、あれだけの結果を上げられるのか。上村自身に、少しだけ興味が湧いてきた。