「そんなに俺って信用ない? 先輩の中に、俺と一緒に育てるって選択肢はなかったの?」
 顔を上げて驚いた。上村は何かに耐えるような顔をしていて、直視できなくて私はまた視線を落した。
たぶん私は、これ以上にないやり方で上村を傷つけた。でも……。
「俺は……言って欲しかったよ。ちゃんと二人で考えたかった。しんどい時はちゃんとしんどいって言えってあれほど――」
「じゃあさ」
 上村の言葉を遮ると、私は大きく深呼吸をして、上村を正面から見据えた。
「……じゃあ、上村は私にも分けてくれる? 思ってること自分一人で抱えこまないで、私にも全部さらけ出せる? 家族になるってそういうことなんだよ。私は母さんとずっとそうやって生きてきたの。嬉しいことも悲しいことも何もかも全部、分け合って支え合ってきたの。私にとっての上村がそうであるように、上村にとって心許せる人は私であって欲しいの。私だけがそう思っていてもだめなんだよ。……そんな覚悟、上村にはある?」
「俺は……」
瞬きもせずに私を見つめていた上村が、ふいに目を逸らした。
 ……ダメだ。
一度踏み込もうとして拒まれたことを、忘れていたわけじゃない。あの時も、私は上村に受け入れてはもらえなかった。
「ね、だから……」
 再び別れの言葉を告げようとしたそのとき、上村が顔を上げた。私を見つめる瞳が、不安気に揺れている。
「俺は……怖かったよ。最初は嫌がってたくせに、どんな自分を見せても香奈は自然に受け入れてくれて、それが嬉しくて。香奈といる時だけは、本当の自分でいられた。でも、このままずっと香奈の側にいたら、弱いとこも情けないところも全部さらけ出してしまう。そうして嫌われるのが怖かった。いつだって一番大切なものは、この手をすり抜けて行ったから。失うくらいなら自分から離れた方がいい。苦しまなくてすむから、だから――だから、俺は香奈から逃げ出したんだ」
 上村は、おずおずと私に手を伸ばすと、壊れやすいものをそうするように、優しく私のことを包み込んだ。
「俺がずっと傍にいたいと思えたのは香奈だけだ。傍にいて欲しいと思ったのも。……だからもう、二度と俺の前からいなくならないで」
「上村……」
 上村の告白に、胸が震えた。
私に、傍にいて欲しいと、思っていてくれたなんて。嬉しくて、涙が溢れてくる。
「だから、二人で一緒に生きていこう、香奈」
「……はい」
 もう溢れる気持ちに蓋をして、無理やり押さえ込まなくてもいいんだ。
これは夢ではないと確かめるように、私たちは何度も唇を重ねた。