おかしい。
 僕はモノレールの切符を買いながら、突然、様子のおかしくなった紗綾樺さんの事を考えていた。
 絶対におかしい。
 そう、さっき、電車を降りるまでの紗綾樺さんと、今の紗綾樺さんは、まるで別人のようだ。例えるなら、電車の中の紗綾樺さんは大学時代の友達以上恋人未満の親しかった女友達、でも今の紗綾樺さんは捜査の途中でばったり会ってしまった恋人と一緒の非番の同僚だ。まるで、一緒にいることが気まずいような、そんな雰囲気を纏っている。
 そこまで考えてから、僕は背筋を冷たいものが流れていくのを感じた。
 もしかして、電車の中で思いっきり無計画に告白したせいかもしれない。
 紗綾樺さんの甘えるような、人懐っこい今まで見たことのないような可愛い瞳と、まるで普通の女の子のような自然な態度に僕は紗綾樺さんが特別だという事を忘れてしまっていた。そう、あんな大勢の前で爆弾発言しなくても、心で語れば紗綾樺さんには伝わったのに。
 そこまで考え、僕は紗綾樺さんにムードも何もない、どうしようもない男だと思われた事に気付いた。
 そうだよな、いくらなんでも、デートの目的地に向かう途中の混んだ電車の中で愛の告白をするなんて、思い出せば自分でもバカだと分かる。
 ああ、なんであんな馬鹿なことしたんだ・・・・・・。穴があったら、入りたい。恥ずかしすぎる。
 言った自分がこれだけ恥ずかしいのだから、言われた紗綾樺さんはもっと居心地が悪くて、恥ずかしいだけじゃなく不愉快に思ったはずだ。
 駅からこっち、謝ったとはいえ、紗綾樺さんの手を握りっぱなしだったし、もしかしたら、署で課長から自宅待機というか、しばらく休めという直接的ではない、ものすごく間接的でありながらもダイレクトな戦力外通告とか、見られてしまったのかもしれない。
 はぁ・・・・・・。
 ため息しか漏れてこない。
 でも、ここで紗綾樺さんを必要以上に待たせれば、下がった評価はさらに下がり続けて、そのうち『友達』からも降格され『知り合い』になってしまうかもしれない。
 思えば、抱き合い、見つめあい、もうこうなったらキスか?!というラブシーンの絶頂で『恋人』ではなく『友達』と言われた時点で、紗綾樺さんは僕の事を友達以上には見られないという意味だったのかもしれない。
 はぁ・・・・・・。
 再びため息が漏れ、僕はやっと順番が回ってきた券売機でモノレールの切符を買った。
 こうなったら、ディズニーシーで名誉を挽回する他に手はない。
 よぉし、頑張るぞ!
 心の中で自分に喝を入れると、僕は紗綾樺さんの元へ戻った。
「お待たせしました。じゃあ、乗りましょうか」
 僕が声をかけると、紗綾樺さんは『はい』とだけ答えて僕に続いた。しかし、改札口を前に僕は足を止めた。
 まずい、これ、自動改札だ。紗綾樺さんの苦手な。
「あ、紗綾樺さん、僕が切符をいれますから、紗綾樺さんは切符を取って駅に入場してください」
 紗綾樺さんを自動改札の入口へと促しながら、僕は切符を一枚通した。
 勢いよく、手からもぎ取るように切符を飲み込むと、自動改札は紗綾樺さんを通すためにゲートを開けた。
 僕の指示に従い、紗綾樺さんは排出された切符を受け取り、先に構内に入場した。僕は続けて切符を通すと、せわしくゲートを閉めて再び開ける自動改札を抜けた。
「紗綾樺さんはどんな乗り物に興味がありますか? たぶん、こっちには絶叫系の乗り物はないと思ったんですけど」
 ホームに上がるとすぐに入線してきたモノレールに乗り込み、僕は紗綾樺さんに問いかけた。
 実際、問いかけている僕自身、行ったことがないのでどんなアトラクションがあるのかは、詳しく知らない。それでも、どんなものが好きなのかを知っておくことは重要だと思って問いかけたものの、紗綾樺さんには僕の言葉の意味が分からないようだった。
「絶叫系って、なんですか?」
「あ、えっと、ジェットコースターみたいなものです。ディズニーランドで言うと、ビッグサンダーマウンテンとか、スペースマウンテンとか、そんな感じのものです」
 ランドの方には何度も行ったことがあるので、知っている固有名詞を出して説明してみたものの、どちらにしても行ったことのない紗綾樺さんには意味が分からないようだった。
 うーん、どうやって説明したらいいんだろう。やっぱり、勝手の分かるランドの方にすれば良かったかな。案内する自分が良くわからないところなんて、良くなかったかも知れない。でも、初めて行く相手が紗綾樺さんって言うのが嬉しくて、紗綾樺さんの言葉に従ってしまったけれど・・・・・・。
 僕は不安な気持ちを必死に心の隅に押しやり、窓の外を見つめる紗綾樺さんの横顔を見つめた。
「ずいぶん広い場所なんですね」
 紗綾樺さんは誰に言うとでもなく、ポツリと呟いた。
 さすがにここまで近づくと、テーマパークの向こうにある海も見えない。
「疲れたらいつでも休めばいいんですから、無理せずに楽しみましょう」
 微笑みかけてみるものの、途方に暮れたような紗綾樺さんは視線を僕の方に走らせただけで、返事をしなかった。
 人生の坂を転げ落ちていくような喪失感を僕は感じた。さっきまでの、まるで恋人同士のような甘い時間は消え去り、感情表現豊かだった瞳は鎧をまとったかのように濃く深い漆黒の闇を湛えている。
 モノレールを降り、入園するためのチケット購入の列に並んだ僕は、最低限、当日の入園が可能かどうかも調べずにやってきた自分の愚かさを心の中で罵りながら、紗綾樺さんを立ちっぱなしで待たせたくなかったので、チケット売り場から少し離れたところにあるベンチで紗綾樺さんに待ってもらい、当日券購入の列に並んだ。
 思えば、ここはリゾートと言う名の長蛇の列の繰り返しだ。どのアトラクション一つとっても、並ばずにスイスイ乗せてくれるものはない。常に並んで、並んで、並んで、待って、待って、待って、更に並んで、延々とそれを繰り返すだけだ。
 日頃から聞き込みで歩き回っている自分は足に自信があるけれど、紗綾樺さんは大丈夫だろうか? 歩きやすい、立っていても足が痛くない靴を履いてきただろうか?
 そんなことを考えながら、ふと隣の列を見ると、ディズニーのキャラクターになりきったコスプレ集団が並んでいた。
 なんだこれ?
 思わず似合わないミッキーと似合いすぎのプーがドナルドダックの肩を叩いている姿に眩暈を覚えた。
 そうだ、そういえば月末の取り締まり強化で、うちの署にも人員の貸出依頼が来てたな。
 僕は年々、傍若無人な若者の集団迷惑行為になりつつなる渋谷のスクランブル交差点を思い出した。
 確か、なんかものすごい技を使った交通課のメンバーが話題になってたな・・・・・・。
「次の方、どうぞ」
 ぼーっとそんなことを考えいてると、やっとの事で順番が回ってきた。
「大人二人お願いします」

☆☆☆