「隣町の川祭りで花火大会があったりして盛大だし、皆そっちに行くんだ」
「じゃあ、最初で最後のお祭りですね。やりませんか? 皆でワイワイしていたら、カワオヌ様も嬉しいんじゃないかと思うんです」
 作物で料理をして、皆で食べて感謝する。収穫に、カワオヌ様に。村はなくなるが、思い出が残る。
 カワオヌがもたらした思いと歴史は、村の人たちの心に残る。
 カワオヌが村にお礼をしたいという思いは、彼が村人の前に姿を現すことでは叶わない。だから、気持ちを橋渡しする役目を、乃里たちがするしかない。
 賛成してくれるといいのだけれど。
 乃里は提案してみたものの、乗って来てくれるか心配だった。
「面白そうだなぁ。俺は賛成。このへんの家庭料理も見ることができるし、知らないこともあるかも」
「なるほど……家庭料理ですか」
 まずは牡丹が賛同してくれる。料理オタクである萩も、このあたりの家庭料理という牡丹の意見に食いついたようだった。
「やろうよ。料理なら俺たちの得意分野じゃないか。カワオヌ神社の前に人が集まれるようなスペースがあるのか見てこないといけないけれど」
「ああ、それは心配ねぇな。広大な境内じゃないが、神社の前は広場になってる」
 牡丹に対して吉野が返事をする。
 シートを敷いて、座布団とテーブルを設置して。長期計画は無理だから、すぐにできることを始めるのがいい。難しさを重ねたらなにも決まらないし、進めないと思う。
 乃里はどんな風に収穫祭を組み立てたら負担が少なくできるか思いめぐらせた
「勝手にはできないでしょう。そうですね、村長さんとかに聞いてみては……まだいらっしゃるのでしょうか」
 勢いに任せてできることじゃないか。順序がある。
 ここで締めてくれる萩がいることがありがたい。
 乃里が思いつかない不十分な点を聞いて行かなければ。しかし、村長には許可を貰わねばならないだろう。
「それなら心配いらねぇよ。村長はうちの夫だからな」
「え!」
 また吉野はワハハと笑った。
「大丈夫。言っておくよ。カワオヌ様を大事に思っているのはうちのお父ちゃんも一緒なんだよ。もうあまり村に人がいないし、娯楽もないから収穫祭はいいと思うな。おらも賛成する。収穫したものを行き場がないからってただあちこちに分けて、それで終わるのはつまらないし」
「吉野さん! ありがとうございます」
「枝豆はたくさんあるから好きに使ってけろ。あとは大根と茄子にトマト。夏野菜を作っている家に声かけてやっから、材料は集められるからね。うちと同じでここの畑はもう辞める人たちばかりだから」
 吉野は、知り合いの農家を指折り数えている。先程少し寂しい目をしていたけれど、いまは楽しそうだ。
 よかった。前向きに考えてくれるみたいだ。
「たとえ反対意見があったとしても、気にする必要もないだろ。来たい人だけで楽しくできればいいな。カワオヌ様も喜ぶ」
 吉野夫婦が協力的なのがありがたかった。
 萩が牡丹になにか耳打ちをして、ふたりで頷いている。どうしたのだろうか。
「吉野さん。収穫祭のお料理、僕たちで作らせていただけませんか?」
 そう言うと萩が乃里に「ね」と微笑む。
「萩さん、牡丹さん」
 ふたりがその気なら料理に関しては百人力だ。なにせプロなのだから。
 吉野は「あれま」と驚いている。
「ちょっと。あんたら、いったい何者?」
「僕たち、料理を生業としています。彼女はまだ見習いなのですけれど」
 吉野と会ったときに夏休みの歴史めぐりなどと適当なことを言ってしまったのだが、忘れてもらいたい。
「そうなんです。わたし、料理の勉強をしています! 畑の作物も興味深かったです」
「へぇ、三人とも料理人なのかい。凄いねぇ。作ってくれるのかい。それはありがたい。村の皆も喜ぶだろうよ」
 感心しながら目を細める吉野は何度も頷いてとても嬉しそうだ。
「村でよく作られる料理があったら教えてもらいましょうよ」
「そうですね。僕もそう思っていました」
 乃里の提案に萩が頷く。吉野が「村の料理って」と首をひねる。
「郷土料理ってことかい? それならやっぱり枝豆だよ。宮城はやっぱりずんだ。村の茶豆はうまいよ。農家の料理ならばなんぼでも畑のものを使うよ。ずんだ餅はなにかっつぅと作るね。餅ばかりでなく、ここらでは野菜にずんだをあえて食べるね」
「野菜のずんだあえですか? 甘いんですか?」
「甘くはしないのさ。ほら、豆腐の白和えってあっぺ。あんな感じさ」
「なるほど……しょっぱいずんだなのですね」
 乃里は甘いずんだ餅ならば食べたことがあるし大好きだったが、野菜をあえる料理は味を想像できなかった。