「ひとまず、カワオヌさんは神社へ。また会いましょう」
「帰る前に、必ず寄ってくれよな。場所はな……」
「村の人に聞きますよ。カワオヌ神社を会話の糸口にしますから」
「乃里ちゃん、頭いいなぁ」
牡丹が感心している。初対面の相手にも奇策に話しかけ人見知りをしなさそうなのは乃里より牡丹のほうだ。
バイトで採用になったばかりだし、人となりを深く知るわけではないけれど、牡丹みたいなタイプはお年寄りにも好かれそうだ。
紅首の村人がお年寄りばかりとは限らないが。
カワオヌは、三人に手を振ると、木の枝を物ともせず、生い茂る森にバリバリと音を立てて入っていった。帰った、と言うべきだろうか。
乃里は、兄弟と一緒に車に戻る。牡丹が運転席、萩が助手席だ。乃里は先ほどまで座っていた後部座席に戻る。ゆっくりと車は発進した。乃里は寝ていたので気づかなかったが、「紅首村」という道路標識があった。
大きくカーブする道路を下っていくと、下のほうに民家がぽつりぽつりと見えてきた。
山々に囲まれた土地に田畑があり、小川が流れている。カワオヌが整備した川からわかれた流れなのかもしれない。
「第一村人を捜索しましょう」
乃里が窓の外を見ると、視界に入る限り、人は見えなかった。
絶対数が少ないんだろうけれど。ひとりもいないことはないと思う。
「なんかそういうテレビ番組あったよな」
牡丹がテンションを上げている。
「牡丹さんと萩さん、今日は一日人間の姿でいてくださいね」
「変なことを言いますね。当たり前ですよ。乃里さんひとりにしませんよ」
「いくら猫は気まぐれとはいえ、さすがにそれはねぇ。なぁ、萩」
兄弟は「ねー」と笑っている。仲良しか。
「お店とかあるといいんですけれどね……ないのかな」
「ここに来る途中、道の駅と大型スーパーあったからなぁ。雰囲気的に村の中には無さそうじゃないか?」
村の道路には車も走っていない。本当に村の人に会えるのだろうかと不安に思っていると、牡丹が「あれ」と声をあげた。
「軽トラが停まっている……運転席に人がいるぞ」
牡丹が指さすのは、乃里が見ていた反対側だった。
青々とした背の低い葉が茂る、なにかの野菜栽培の畑が広がり、道路に繋がるいくつかの畦道で区分けられている。そこに、路肩に寄せ過ぎて少し傾いている白い軽トラックが見えた。農作業で畑に出ている人なのだと思う。
「運転席にほっかむりの……おばあさんがいますね」
萩の声によく見れば、たしかに手ぬぐいのようなものでほっかむりをした女性らしき人物が見える。どのような容貌なのかはフロントガラスが反射して判断できない。
「おばあさんなの?」
「匂いがそうです」
匂いでわかるのか。さすが猫だ。
乃里は風を嗅いでみたがわかるわけがなかった。おばあさんの匂いというのもよく理解できなかった。
「あの人に聞いてみようぜ」
牡丹が徐行運転で軽トラに近づくと、萩が「お待ちなさい」とハンドルを握る牡丹の手を止めた。
「僕が行って神社のことを聞いて参りましょう。ふたりともここにいてください。大丈夫そうだったら合図しますから」
車が軽トラから数メートル離れた場所に停車すると、萩はひらりと降りた。いくらか移動したことにより、角度が変わって軽トラの運転席に座るのはシズさんと同じような年代の女性だった。萩が歩み寄り、運転席の窓をノックする様子が見える。
「教えてくれますかね。神社」
乃里が固唾を飲んでいると、牡丹は「大丈夫だろ」と暢気である。
「萩自身が神様みたいに見えるんだけど」
たしかに、白髪で着物だし。
牡丹は笑うが、乃里は、小さな村だと余所者相手に話を聞いてくれないのではと心配だった。萩の物腰柔らかな雰囲気でなんとか村人の心を掴んでもらいたいものだ。
「あ、なんか大丈夫そうだぞ」
視線を戻すと、萩がこちらへ手招きしている。
行こう、と牡丹が運転席から外へ出た。乃里も続く。軽トラの横には、運転席から降りてきた小柄な年輩女性と萩が並んでこちらを見ていた。近寄ると、年輩女性は乃里よりも頭ひとつぶん身長が低かった。
「こ、こんにちは」
笑顔を向けると、年輩女性は「やぁ、めんこい子だこど」とシワクチャの笑顔を見せてくれた。
よかった。雰囲気が悪かったらどうしようかと思った。
「こちら、吉野さんとおっしゃいます。このあたりの畑の持ち主だそうで」
ほっかむりともんぺという農作業の装いの吉野は、ニコニコと笑顔を絶やさない人だった。
「あんたらなに、カワオヌ様に来たのすか?」
「そうなんですよ。ちょっと俺たち、歴史に興味があって」
「夏休みを使って、歴史めぐりをしようかと」
んだかぁと、吉野は感心している。
「みんな高校生だべか。髪ばそいなぐ染めて……はいからだねぇ。おらいの孫も自由研究だっつって、昆虫採集に来たことあったなぁ」
「帰る前に、必ず寄ってくれよな。場所はな……」
「村の人に聞きますよ。カワオヌ神社を会話の糸口にしますから」
「乃里ちゃん、頭いいなぁ」
牡丹が感心している。初対面の相手にも奇策に話しかけ人見知りをしなさそうなのは乃里より牡丹のほうだ。
バイトで採用になったばかりだし、人となりを深く知るわけではないけれど、牡丹みたいなタイプはお年寄りにも好かれそうだ。
紅首の村人がお年寄りばかりとは限らないが。
カワオヌは、三人に手を振ると、木の枝を物ともせず、生い茂る森にバリバリと音を立てて入っていった。帰った、と言うべきだろうか。
乃里は、兄弟と一緒に車に戻る。牡丹が運転席、萩が助手席だ。乃里は先ほどまで座っていた後部座席に戻る。ゆっくりと車は発進した。乃里は寝ていたので気づかなかったが、「紅首村」という道路標識があった。
大きくカーブする道路を下っていくと、下のほうに民家がぽつりぽつりと見えてきた。
山々に囲まれた土地に田畑があり、小川が流れている。カワオヌが整備した川からわかれた流れなのかもしれない。
「第一村人を捜索しましょう」
乃里が窓の外を見ると、視界に入る限り、人は見えなかった。
絶対数が少ないんだろうけれど。ひとりもいないことはないと思う。
「なんかそういうテレビ番組あったよな」
牡丹がテンションを上げている。
「牡丹さんと萩さん、今日は一日人間の姿でいてくださいね」
「変なことを言いますね。当たり前ですよ。乃里さんひとりにしませんよ」
「いくら猫は気まぐれとはいえ、さすがにそれはねぇ。なぁ、萩」
兄弟は「ねー」と笑っている。仲良しか。
「お店とかあるといいんですけれどね……ないのかな」
「ここに来る途中、道の駅と大型スーパーあったからなぁ。雰囲気的に村の中には無さそうじゃないか?」
村の道路には車も走っていない。本当に村の人に会えるのだろうかと不安に思っていると、牡丹が「あれ」と声をあげた。
「軽トラが停まっている……運転席に人がいるぞ」
牡丹が指さすのは、乃里が見ていた反対側だった。
青々とした背の低い葉が茂る、なにかの野菜栽培の畑が広がり、道路に繋がるいくつかの畦道で区分けられている。そこに、路肩に寄せ過ぎて少し傾いている白い軽トラックが見えた。農作業で畑に出ている人なのだと思う。
「運転席にほっかむりの……おばあさんがいますね」
萩の声によく見れば、たしかに手ぬぐいのようなものでほっかむりをした女性らしき人物が見える。どのような容貌なのかはフロントガラスが反射して判断できない。
「おばあさんなの?」
「匂いがそうです」
匂いでわかるのか。さすが猫だ。
乃里は風を嗅いでみたがわかるわけがなかった。おばあさんの匂いというのもよく理解できなかった。
「あの人に聞いてみようぜ」
牡丹が徐行運転で軽トラに近づくと、萩が「お待ちなさい」とハンドルを握る牡丹の手を止めた。
「僕が行って神社のことを聞いて参りましょう。ふたりともここにいてください。大丈夫そうだったら合図しますから」
車が軽トラから数メートル離れた場所に停車すると、萩はひらりと降りた。いくらか移動したことにより、角度が変わって軽トラの運転席に座るのはシズさんと同じような年代の女性だった。萩が歩み寄り、運転席の窓をノックする様子が見える。
「教えてくれますかね。神社」
乃里が固唾を飲んでいると、牡丹は「大丈夫だろ」と暢気である。
「萩自身が神様みたいに見えるんだけど」
たしかに、白髪で着物だし。
牡丹は笑うが、乃里は、小さな村だと余所者相手に話を聞いてくれないのではと心配だった。萩の物腰柔らかな雰囲気でなんとか村人の心を掴んでもらいたいものだ。
「あ、なんか大丈夫そうだぞ」
視線を戻すと、萩がこちらへ手招きしている。
行こう、と牡丹が運転席から外へ出た。乃里も続く。軽トラの横には、運転席から降りてきた小柄な年輩女性と萩が並んでこちらを見ていた。近寄ると、年輩女性は乃里よりも頭ひとつぶん身長が低かった。
「こ、こんにちは」
笑顔を向けると、年輩女性は「やぁ、めんこい子だこど」とシワクチャの笑顔を見せてくれた。
よかった。雰囲気が悪かったらどうしようかと思った。
「こちら、吉野さんとおっしゃいます。このあたりの畑の持ち主だそうで」
ほっかむりともんぺという農作業の装いの吉野は、ニコニコと笑顔を絶やさない人だった。
「あんたらなに、カワオヌ様に来たのすか?」
「そうなんですよ。ちょっと俺たち、歴史に興味があって」
「夏休みを使って、歴史めぐりをしようかと」
んだかぁと、吉野は感心している。
「みんな高校生だべか。髪ばそいなぐ染めて……はいからだねぇ。おらいの孫も自由研究だっつって、昆虫採集に来たことあったなぁ」