「と、とにかく、私は気にしていないから。何とも思ってないし。というかまだハッキリと結論が出てないのに落ち込むってバカみたいだし。クヨクヨしても意味ないじゃん」
昨日の自分にも言い聞かせるように、私は紗季との会話をまとめた。
首のアザを触りながら・・・・。
紗季も笑顔になってくれる。
「うん。ありがとう茜ちゃん。さすが一回『死』を覚悟した人の言葉は重いね」
死?
・・・・・・・。
「は?」
紗季の言葉に私は疑問を抱いた。
『なんで紗季がその事を知っているの?』と言うのが私の心の声。
確か昨日の私の出来事を知っているのは、樹々と私の家族だけ。
『自殺しようとした』なんて言ったら、恥ずかし過ぎて周りに言い触らしたくないから。
相手が紗季や城崎さんであっても隠すように決めたのに・・・・・・。
「ん?私、何か間違ったこといった?」
なのに、なんで紗季が知っているの?
まさか樹々が言った?
でも樹々は約束はいつも守ってくれるし・・・・・・。
本当に意味がわからない。
どうしてあの場にいなかった紗季が知っているのか理解出来ない。
とりあえず聞いてみよう。
「・・・・・なんで知っているの?」
最大の疑問を紗季にぶつけると、紗季は何の躊躇いなく答えた。
「なんでって、葵くんに教えてもらったから?」
でも直後、それは『暗黙の言葉』だったのか紗季は不味い表情を浮かべる。
同時に口を押さえた。
一方の私はどうして紗季の口から『葵』の名前が出てくるのか全く理解できない。
「えっ?どういう事?」
「ごめん、やっぱりなんでもない」
「え?」
「ごめん!忘れて!」
いや、『忘れろ』って言われても、もうその言葉が脳裏に焼き付いちゃったし。
絶対に忘れられないし。
私は紗季を睨む。
「さーき。私に何か隠している事あるでしょ?私に嘘ついている事があるでしょ?」
「うーん・・・・。あるけど言いたくない」
『言いたくない』と言われると余計に聞きたくなる。
あからさまに嫌がっているけど、何としてでも私は理由を聞きたい。
そもそもどうして『紗季が葵を守っている』のか理解に苦しむ。
きっと複雑な理由があるのだろうけど、理由を聞かないワケがない。
何より『七年前のあの場所に、どうして紗季が居たのか?』と言う疑問の答えを、まだ紗季聞いていない。
「さーき教えて。葵と何したの?付き合っているの?」
山村紗季という女の子は恋愛話には敏感だ。
そして今だってそうだ。
私の冗談なのに、まるで好きな相手が目の前にいるみたいに紗季は恥ずかしがる。
そして『言葉を濁して逃げようとする』のが紗季のやり方だ。
だから、隙が出た紗季から何かボロが出るかと思ったけど・・・・・・。
「いや、違うから!葵くんとはただの友達って言うか・・・・・」
本当に『ボロ』が出て私は少しだけ困惑した。
「友達?えっ?」
小緑と葵の関係はダンススクールのチームメイト。
一方で紗季と葵の関係なんて聞いたことがない。
二人が友達なんて、聞いたことがない。
それに二人が会話をしている所を見たことないし。
私は『どこで知り合ったの?』と言葉を投げようとした。
だけど、どうやらその必要性はないみたいだ。
「まあいっか。もう今さらカッコつけても意味ないし」
紗季は小さな息を一つ吐くと覚悟を決めたみたい。そ
して再び私に優しい笑顔を見せると続ける。
「私と葵くん、仲良いんだよ。小学生の時よく喋っていたし。同じ『飼育委員』として、入退院や保健室登校で幽霊委員だった私に葵くんが色々と教えてくれたし」
・・・・・。
はい?
「飼育委員?えっ、ちょっと待って。それって『紗季が飼育委員だった』って意味?」
混乱する私の表情が面白かったのか、紗季は私に笑みを見せて答える。
「まあ他人に全く興味がない茜ちゃんは、知らなくて当たり前だよね。当時の隣のクラスの飼育委員って、私だったんだよ。殆んど入院とかで仕事をしていないけどね」
だとしたら、紗季の言葉が本当だとしたら、私は一つ気になることがある。
「え?じゃあもしかして『紗季がウサギ小屋に向かった』のって、飼育委員だったから?」
私の言葉に、紗季は小さく頷いた。
「うん。身体悪くて委員会もまともに行けないし、当番の曜日も分からなかったし。だから私が教室に登校した日は、当番関係なくウサギに葉っぱを与えていたって言うか」
教室に登校した日?
それってつまり・・・・。
「ちょっと待って!紗季がウサギに葉っぱを与えていたのって、あの日だけじゃなかったの?」
紗季は少し考える仕草を見ると答えた。
「そうだね。いつも同じ葉っぱをウサギに与えていたし。一応『食べさせても大丈夫な草』だと自分で調べた上で食べさせていたから大丈夫だと思ったけど・・・・。結果的に死んじゃったし。だから『結局は私がウサギを殺した』って言うか。勝手に葉っぱを食べさせていたのも、飼育委員の先生には内緒にしていたし」
・・・・・。
・・・・・ん?
「ということは紗季、どういうこと?」
「私が犯人ってこと」
「いやそうじゃなくて。食べさせても大丈夫な草だったんだよね?」
「まあ一応。確か『ノコギリソウ』だったような・・・・・」
ノコギリソウ。
聞いたことあるかも。
そう思った私は慌てて携帯電話でノコギリソウを検索する。
出てきたのは赤や白や黄色の綺麗な花。
そしてノコギリみたいなギザギザの葉っぱ。
同時に私は思い出す。
「これ、道端によく生えているやつだ。違うかもしれないけど、何だか似てない?」
樹々といつも一緒に登校する通学路の道端に、よく似た葉っぱが映えているのを私は思い出した。
それがノコギリソウがどうかは分からないけど、ふと思い出した。
でも問題はそこじゃない。
問題は『この草をウサギが食べてもいい草なのか』って事。
そういえば樹々がウサギについて色々と調べてくれたっけ。
って言うか、肝心な時にいないし・・・・。
だけど私の背後から樹々の声が聞こえた。
「ノコギリソウは食べても大丈夫な草みたいだよ。昨日調べた図鑑にも書いてあったし」
その声に慌てて私は振り返ると、そこにはタオルを頭に被せた樹々が私の携帯電話を覗いていた。
そしてもちろん私は驚く。
「うわっ樹々!居たの?」
「ってなんで茜が驚いているの?」
「いや、何となく?雰囲気作り?紗季を驚かせるだけの・・・」
私と樹々のやり取りを、紗季は首を傾げて見ていた。
私と同じで『なんで樹々ちゃんがここにいるの?』と言っているような不思議そうな表情。
一方の私は思い出した。
樹々と打ち合わせをした、数分前の出来事。
実は樹々、私より先に図書室に訪れていた。
自分のタオルを被って、仕事を放り投げた怠け者の図書委員を演じてくれた。
手前の机で寝たフリをしていた。
私と紗季の会話をこっそり聞くだけのために。
不安な私を支えるために、彼女は隠れながらも私の側にいてくれた。
って言うか、この学校に図書委員なんて言葉はないし。
この学校では『図書委員』は死語だし。
殆どの生徒が図書室の本を利用しないから、本を借りる人もいないし。
勝手に持ち出してもいいらしいし・・・・・ 。
ってか、紗季は樹々の存在に気が付いていたのだろうか?
あんまり驚いてはいないみたいだけど。
まるで最初から樹々が居たことを知っていたような薄い反応。
樹々はもう必要がなくなったタオルを肩に掛けて私の隣に座る。
そして予め用意していた動物図鑑を私達の目の前に置いた。
と言うかその動物図鑑、小学校の本じゃないかな?
裏面には昨日行った小学校名が書かれているし。
いつの間に『借りた』のだろう。
・・・・じゃなくて、いつの間に『盗んできた』のだろう?
樹々は穏やかな顔で図鑑のページを捲っていく。
そして目的のウサギのページを開けると、樹々は蛍光ペンで線を引かれた項目を指差した。
「ここにウサギが食べても大丈夫な花や草が書かれているんだよ。ノコギリソウも書いてあるでしょ?だから紗季は無罪だよ!」
なるほど。
って樹々・・・・。
『どうして小学校が管理する図鑑に蛍光ペンで線を引かれているのだろう?』と私は気になって、樹々の言葉があまり入ってこなかった。
何よりもう樹々の私物化しているし。
今頃小学校の図書室では、『大変な事』が起きているんだろうな。
想像したくない・・・・。
その蛍光ペンで線を引かれた項目には、聞き覚えのある花の名前が書かれていた。
クローバーにタンポポ。
そしてノコギリソウ。
他にもオオバコとかハコベと言った名前が書かれている。
それと『ナズナ』ってどんな花だろう?
あまり聞き覚えない花の名前に私は再び混乱した。
同時に不安になってしまった。
だってこの図鑑で、一つの事実が証明されたから。
嬉しいことなんだけど、再び振り出しに戻ってしまったから・・。
「『ノコギリソウは食べても大丈夫な花』ってことは、やっぱり紗季は無罪。無罪ってことは、やっぱり私と葵があげた花が原因?」
私が出した結論に、樹々は頭を抱えた。
まるで『それだけは言わないで』と叫んでいるような落ち込んだ表情・・・・。
「結局はそこに戻っちゃうんだよね。まあ紗季の容疑が晴れたから嬉しいんだけどさ。と言うか、葵って人があげた花が何なのか分かったら直ぐに解決するのに!」
確かに樹々の言う通りだ。
葵があげた花が図鑑に載った花ならば、私達も無罪なはず。
これで葵と向き合って話が出来るハズなのに・・・・。
まあでも、ウサギの死因を調べたら一発で分かることなんだけどね。
そもそもウサギの死因って私達は知らないし。
『私と葵があげた花で死んだ』って言う証拠もないし。
学校側はそこについては調べていたのだろうか?
「そういえばウサギの死因って何だろう?寿命で死んだとか考えられないかな?」
私はいつの間にかそんなことを口にしていた。
ウサギの寿命ってどれくらいなんだろう?
私の言葉に直ぐに樹々は行動してくれた。
『その項目、どこかで見たような気がする』とでも言うように、樹々は隅々まで図鑑を確認する。
けど寿命については、紗季が指を指して教えてくれた。
興味深い言葉と共に・・・・。
「五年から十年だって。そういえば、私達が入学する前からウサギって居たような気がする。微かな記憶だけど、私が一年生の時の担任の先生が『このウサギがうちに来てから、もう七年も経った』って言っていたっけ」
その紗季の言葉をゆっくり考える。
そして私が出した結論はこうだ。
「十二年。紗季の記憶が正しかったら、『ウサギは十一年も生きていた』ってことになるんだ」
私達が小学五年生の時にウサギは死んだ。
その時間は約五年。
そして紗季の言葉が本当ならばプラス七年。
そして合計十二年。
そう考えたら、ウサギは当時の私達よりも年上なんだと思った。
当時の私達は、まだ十一歳だったし。
同時に、私は七年前の葵の言葉を思い出した。
『最近元気ねぇよな。ずっと動かねぇし』
その理由が『長寿のウサギ』だったら?
ただ元気がなかっただけじゃなくて、『年のせいで動けない』としたら?
それに餌も全然減っていなかったし、その理由が『長寿のせいで沢山食べれない身体になっていた』としたら?
私は続ける。
「ウサギはそもそも花のせいで死んだんじゃなくて、寿命で死んだんじゃないかな?完璧な根拠はないけど、可能性もゼロではないと思うし」
その図鑑が正しければ、ウサギの寿命は五年から十年。
そして実際に生きていた年数は十二年。
平均寿命も越えているし、私達が見てきた当時のウサギは元気もなかったし。
だから長寿のウサギならば『寿命で亡くなった』って納得出来る。
でもここで樹々がある疑問を口にする。
それは、私が一番考えたくなかった現実・・・・。
「じゃなんで学校は茜と葵を責めたのかな?長年生きていたのだったら、学校もウサギの事を知っているはずだし。なんで『寿命で死んた』って、真っ先に学校は思わなかったんだろう?」
それが分かったら苦労しないって言うか・・・・。
って言うかなんで私達を真っ先に疑ったのか理解できないし。
『ウサギが長生きていた』って、なんで誰も教員は知らなかったんだろう。
頭が痛くなってきた・・・・。
「うーん、わかんないよ!」
私はそう叫ぶと共に頭を抱えた。
まるでゴールはもう目の前の気がするけど、凄くもどかしい。
凄く悔しい。
葵に手を伸ばせば届く距離なのに、見えない壁が私達を阻む。
「まあでも、そこについてはまた考えようよ。それに、こっちゃんも別ルートで考えてくれているし」
樹々の言葉に私は顔を上げる。
同時に紗季の妹である山村小緑の存在を思い出す。
そういえば昨日のあの後、小緑がどうなったのか聞いていない。
自分に精一杯だったから、小緑の存在を完全に忘れていた。
「紗季、小緑は大丈夫なの?」
私の呟きに、紗季は小さく頷いて答える。
「うん。昨日は帰ったら、いつものように泣きながら暴れているし。おじいちゃんを蹴り飛ばすし。とりあえずお風呂に漬け込んだから風邪も引かなかったし。今日は何食わぬ顔で学校行っているし。それに『今日はダンススクールの日だ』って言っていたし。今頃葵くんと一緒に要るんじゃないかな?」
「あ、そうなんだ・・・・」
その紗季の言葉を聞いて、『小緑は恐ろしくて怖い女の子なんだ』と改めて理解した。
『おじいちゃんを蹴り飛ばす』って意味分からないし・・・・。
同時に『その小緑を静めさせる紗季というお姉ちゃんも怖い』と、思ってしまった。
『いつも私達に笑顔を振り撒いている紗季だけど、多分小緑の前だけは鬼のような角を生やした怖いお姉ちゃんになるんだろうな』って、勝手に想像してしまった。
本当に、紗季の行動や思考は本当に読めない。
まあでも、一つの疑惑が晴れたことに私は嬉しかった。
紗季の容疑も晴れたし、小緑も元気だと分かった。
ちょっとずつだけど、確実に前に進んでいる。
この時間だけで、色んな情報が手に入ったし。
後は私達が食べさせた花の名前と、ウサギの真の死因。
それさえ分かったら間違いなくゴールに辿り着ける。
葵とまた遊べる。
何事も前向きに考えないと。
『桑原茜は何でも出来るんだ』って自分に言い聞かせないと。
そして『その思い込みがいつか本当の自分に変わったらいいな』って、私は思う。
それもある意味『夢』の一種だと私は思うから・・・・。
最寄りの駅から約五分。
夕暮れに染まるオレンジ色の道を歩くと、目的地であるカフェが見えてくる。
お昼は赤い屋根と黄色く少し派手な外装が目印。
そして夜は青と緑と藍色の綺麗なイルミネーションが目印だ。
でも今日は定休日。
日は落ちついてもいつもの光輝くイルミネーションは灯されておらず、店前の看板も『close』の札が掛けられていた。
なのに、店内は騒がしかった。
一昨日と昨日の二日間行われた『赤崎祭』がまだ終わっていないように、店内はお祭りのように騒がしい。
楽しそうな雰囲気が伝わってくる。
そんなカフェ店内に私と樹々は入っていく。
定休日なのにここに来た理由は、カフェの新メニューの試作会のため。
私が屋台で出したスープニョッキという料理も『もしかしたらカフェでメニュー化するかもしれない』ってカフェの店長である城崎さんは言っていたっけ。
その店長である城崎さんは、店内に入ってきた私達に笑顔を見せてくれる。
定休日だからかいつもの作業着ではなく、暖かそうな白いセーターにジーパンという私服姿だった。
「あらいらっしゃーい!何だか久しぶりに感じるわね、茜ちゃん」
「こんにちは。って、もうみんな揃っているんですね」
そう言った私は周囲を振り返ると見慣れたいつものメンバーがいた。
私の親友の橙磨さんや瑞季と向日葵、そして東雲さんの若槻ファミリー。
この前出会った樹々のお姉ちゃんの桔梗さんもいる。
あと見慣れないメンバーが一人いる。
「茜さん!お久しぶりです!」
その明るく元気な彼の声に、私は違和感を感じた。
だって私の知っている彼の声じゃないし。
数ヵ月前とはかなり変わっているし。
「えっ?草太?」
私は彼の名前を呼ぶ。
すると彼は私に笑顔を見せてくれた。
優しそうな無邪気な笑顔。
「そうです。茜さんと会えて嬉しいです!」
別人かと思ったが、目の前少年は宮野草太(ミヤノ ソウタ)で間違いない。
眼鏡を掛けたゲーム好きの男の子。
あと何だか前より大きくなった気がする。
身長も少しだけ延びた気がする。
「なんか凄く変わったね草太。別人かと思った」
「そうですか?」
草太は私の言葉に首を傾げた。
笑顔は消えない。
初めて彼と会ったのは、夏休みが終わりに近付いたある日のこと。
そして愛藍と本音をぶつけあった日のこと。
突然降ってきた雨のように、彼は私の前に現れた。
まるで『人生なんにも面白くない』と言っているような辛い表情と共に・・・・。
草太は私と同じで、クラスの生徒からいじめらられていた。
同時にあの頃の草太はとても暗かった印象がある。
唯一の味方である母親にも相手にされなくて、草太は心を閉ざしていた。
草太の心はまるで氷漬けのように冷たく機能していなかった。
でもその心を解凍してくれたのは、私の親友だ。
今となっては昔の関係のようになった、私の親友が草太の心を開いてくれた。
まるで『俺達はマブダチだぜ!』と言っているように。
その親友が怖い表情で私を見つめている。
大きな体で私を覆うように、彼からとんでもない威圧感を感じる。
「よお、嘘つきの茜。お前結局、あの日以来草太に会ってないよな。『三人で遊ぼう』って言ったのに約束を無視しがって」
大好きな声に私は身震いをする。
同時に驚いた。
「あ、愛藍!なんでここに?」
目の前の男の子は柴田愛藍。
あの時の草太を助けてくれた『ヒーロー』のような男の子だ。
今の彼はただの『悪魔』にしか見えないけど・・・・。
「居たらダメなのか?」
「いや、そうじゃなくて。えっと・・・・」
上手く言葉が出てこない。
と言うか愛藍が居るなんて知らなかったし。
どこに隠れていた?
もしかして愛藍が草太をここに連れてきて来てくれたのだろうか。
あの日以降、『二人はよく遊んでいる』って聞いた。
それに愛藍が草太をここまで変えたのだろうか。
今の草太は明るく元気で、とてもいじめられているとは思えない少年に見えるし。
まるで樹々の妹の若槻向日葵みたいな明るい小学生だ。
それに何かスポーツでも始めたのだろうか?
冬になると言うのに、少しだけ草太は日焼けしているようにも見えた。
そんな私の疑問を愛藍が答えてくれる。
愛藍は草太の肩を二度叩くと、彼は草太と似たような笑顔を見せてくれる。
「草太、野球始めたんだぜ。ピッチャーで中々良い球投げるんだ。この前の試合も俺ら相手に好投しててよ。草太なら絶対にプロになれるって!」
聞き慣れない野球用語に私は一瞬だけ混乱したが、すぐに理解した。
同時に返す言葉を考えていたけど、嘲笑うように樹々が愛藍に噛み付く。
「それって、ただアンタが野球が下手なだけじゃないの?」
「あ?なんだとこら!」
樹々の言葉に愛藍は驚いた表情を見せる。
そういえばこの二人、水と油のような関係だっけ・・・・。
ってヤバい・・・・。
「それに聞いたよ。ウチの向日葵にもアンタ打たれみたいだね。女の子の小学生に打たれるなんてダッサいの。どうせアンタの言う草野球も球拾いばっかりしていたんでしょ?」
「球拾い言うな!こう見えても俺、かなり活躍したんだぞ!」
「でも負けたんだよね?お父さんと向日葵のチームに。だけどいいじゃん、まるでアンタの人生みたいだし。常に負け組みたいな人生なんだし」
「よーし外に出ろ。どうやら俺には敵わないって証明する必要があるみたいだな」
「出た暴力馬鹿。そうやって暴力でしか解決したことないから茜をいじめたんでしょ?考える力がなかったんでしょ?」
「な、なんだとこら!いや、確かにそうだけど・・・・。でもお前には言われたくないつーか」
・・・・・。
また始まったと、私はため息を一つ吐いた。
昨日から続く樹々と愛藍の無意味な戦い。
いつも思うけど、二人は似ているって言うか。
ってかこの二人って、結局仲がいいの?
「草太くん!お父さんの手伝いするから手伝って」
隣で無意味か争いが続く中、厨房から顔を出す向日葵が草太の名前を呼ぶ。
その声に草太は大きな声で返事をすると、目の前で喧嘩をする二人を心配そうに伺いながら厨房へ駆け足で向かった。
一方の私は向日葵と草太の姿を見た私は、『二人はどういう関係なのか』と思った。
でも隣で喧嘩している樹々と愛藍の声を聞いたら、何となく分かった気がする。
そんなことを考える私に、明るい声で話してくれる人がいる。
樹々にそっくりで可愛らしい女の人。
「茜ちゃんこんにちは。いつも樹々と仲良くしてくれてありがとうね」
樹々と違って黒いショートヘアが似合う女性は若槻桔梗(ワカツキ キキョウ)さん。
樹々の明るい性格とは少し違って、落ち着いて優しい雰囲気の人。
何だか東雲さんや瑞季に似ているかも。
「いえ、本当に私は何も・・・・」
私はそう答えたが桔梗さんにすぐに否定された。
「そんなことないよ。茜ちゃんがいなかったら、樹々は自分の殻を破れなかったって思うし。それにあたしも茜ちゃんのお陰で殻を破れることが出来たし」
「私・・・・てすか?」
なんでそこで私の名前が出てくるんだと疑問が浮かんだ。
と言うか桔梗さんと出会ったのは、二日前の赤崎祭初日の日だし。
私は何もしていないって言うか・・・・。
だけど桔梗さんは私の唯一の『長所』を言葉にしてくれる。
「ピアノ上手なんでしょ?実はあたし、茜ちゃんのファンなんだ。この前の音楽祭も実はあたし居たし」
「えっ?えっと」
私は言葉が出てこなかった。
だって『ファン』なんて言われたことなんてないし。
自分のためにしかピアノを弾いてこなかったし。
いきなりそんなことを言われたら、なんて言葉を返したら良いのか分からないし・・・・。
曖昧な反応を見せる私を見て、桔梗さんは続ける。
「茜ちゃんの演奏のお陰で『毎日頑張ろう』って思えるようになったんだ。『樹々の為にも頑張ろう』って思えるようになったし。それに茜ちゃんに凄い人を紹介てもらったんだから」
「凄い人・・・・ですか?」
『凄い人なんて紹介したっけ?』と、私はまた記憶を掘り返す。
でも全然覚えがないのが私の答え。
そうやって一人混乱する私に桔梗さんは笑顔を見せてくれる。
樹々とよく似た可愛らしい笑顔。
そして紗季と同じような優しいお姉ちゃんのような笑顔だ。
「謎のピアノ作家『K・K』のこと。茜ちゃんが音楽祭でその人の曲を弾いてくれたから、凄くハマっちゃったし」
桔梗さんの言葉を聞いて、私は唖然と口を開いたままだった。
何とか言葉を返そうと考えるも、『違う』と感じた私は思った言葉を口にしてみた。
「セカンドアルバムの『蝶の舞』って聞いたことありますか?」
間を置くことなく桔梗さんはすぐに笑顔で答える。
「もちろん!あの躍動感あるテンポは聞いてて癖になるわよね」
何て言うか、その言葉を聞いて私の胸が踊った。
急に楽しいと思った。
知らない自分が現れる。