「ただいまー」

図書室の入り口から小緑の声が聞こえた。
そして小緑も二人の様子を見て、呆れたような大きなため息を一つ吐いた。

そんな小緑に私は隣の二人を無視して問い掛ける。

「お、おかえり。どうだった?」

「今から調べてくれるみたいです。七年前のことだからかなり時間がかかるみたいです」

「そうだよね・・・・」

「んで、また喧嘩してるんですか?」

「みたい・・・・」

小緑と話しているの間も、樹々と愛藍の争いはデットヒートする。
二人が仲良くする日は来るのだろうか。

棚から落ちて山積みになった本を見て、小緑は何かを考える仕草を見せた。
そして隣で言い争う二人に触れないように、小緑は樹々が持つアルバムを横取りする。

そして次々にページをめくっていると、知っている先生が写っていたのか小緑は声をあげた。

「あっ、これ烏羽(カラスバ)先生だ」

「烏羽先生?」

「茜さんが六年生の時の担任の名前ですよ」

生まれて初めて私が小学六年生だった担任の名前を聞いた。
珍しい名前だけど、私自身が聞いたことがない。

「へぇ、そうなんだ。知らなかった」

「それと僕とリーダーをダンスに誘ってくれた人です。あと、僕と瑠璃を仲直りさせてくれた人」

「すごい人・・・・なんだね」

「不気味な先生ですよ。カラスみたいな不気味な先生」

恩があると共に何か恨みでもあるのか、小緑の表情が強ばる。
でもその人物の声を聞いた小緑は、すぐに驚いた表情を見せた。

「誰が不気味だって?」

見覚えのない人が図書室に入ってきた。
眼鏡をかけた若そうな人。

あとどこか不気味さも兼ね揃えた男の人。

小緑が声を上げる。

「烏羽先生!?どうしてここに?」

「どうしてって、山村が『力を貸してくれ』って言われたから来ただけなんだけど?」

「僕?」

小緑は首を傾げる。
同時に喧嘩していた二人も、知らない人が入ってきて大人しくなった。

「あー、山村って言ってもお姉ちゃんの方な。さっき偶々お姉ちゃんがバイトしているカフェに行ったんだ。そしたら『山村妹が小学校に向かった』って言うし。それに『俺の教え子も一緒にいる』って聞いたし」

私は優しそうに笑顔見せる烏羽先生と目が合う。
そして一瞬嬉しそうな表情を見せると、烏羽先生は笑った。

「初めましてかな?それとも、久しぶりかな?桑原茜さん」

「あっえっと・・・・」

何て言ったらいいのか本当に分からない。
相変わらず私の人見知りは直っていない・・・・。

「元気で何よりだ。高校三年生ってことは、もう進路も決まっているのか?」

「いや、それは・・・・・」

確か目の前の烏羽先生は、私が六年生の時の担任だと言っていた。
そう思ったら見たこともあるかも知れないけど、やっぱり覚えていない。

あと私の心を抉るようなことは慎んでほしいです。
私が向かう先は『小学校の図書室』じゃなくて、『高校の進路指導室』なのに。

答えられなくなった私を見て、烏羽先生は小さく笑う。

「まあいいや。じゃあ俺はあの映像について調べてくるから」

「映像って?」

烏羽先生の言葉に、疑問を抱いた小緑は首を傾げる。

「監視カメラの映像。さっき先生と会ったんだ。そしたら『監視カメラの操作方法が分からないから教えてくれ』って。一応俺はこのカメラの管理も担当していたし。それに俺の教え子が困っているって聞いたからさ。力になるのが筋だろ?」

そう言った烏羽先生は私達に手を振って図書室を後にする。
優しく笑みを見せる先生に、私はいつの間にか心を打たれていた。

東雲さんのように優しい先生だと、私は思った。

本当に『不気味な先生』なのだろうか?

「頑張ろう」

突然小緑はそう小さく独り言のように呟くと、近くの席に座った。
そして手に持つ私の年代のアルバムを確認していた。

樹々と愛藍も気がスッキリしたのか、各自座っていた場所に戻った。

私も負けていられない。
私の一つ上の年代のアルバムを拾うと、小緑の隣に座る。

何か情報はないかと適当にアルバムを見ていたが、何も情報はない・・・・。
一つ上の卒業生。

ということは私達が五年生だった時の写真だ。
七年前の当時に一番近い写真。

何か情報はないかと確認したけど、気になるものも写っていない。
裏庭らしき場所で撮ったと思われる写真もあったけど、特に変わった様子もなかったから私は次のページをめくった。

ってかこんなので葵と仲良くなれるのだろうか?

「茜さん、このアルバム見ますか?」

「うん」

私はまだ全部見ていないが、私が見ても仕方ないのかもしれない。
こういうのは、小緑の方が得意そうだし。

それに愛藍や葵が写った六年前の写真を見てみたいし。
でも一通り事件と関連するものを探したけど、やっぱり何も情報はなかった。
同時に紗季の写真も探したけど、紗季が写っているのはみんなで給食を食べているあの一枚のみ。

そういえば紗季、六年生の時は殆ど入院生活だったっけ。

葵と愛藍が写っている写真を見つけた。
当時の生意気そうな表情は変わっていないけど、どの写真も表情は曇ってきた。

まるで『楽しくない』と訴えているような、寂しそうな表情。
私と過ごした時の『輝き』はもう残されていない・・・・・。

そうやって私が遊んでいると、再び小緑から疑問の声が上がる。

「また知らない先生が映っている。噂じゃこの学校って、先生の移動が激しいみたいですね」

「そうなの?」

小緑はそれを証明するように、あるページをめくった。
そのページとはこの小学生の先生の顔写真と、卒業生へのメッセージが載っているページ。

小緑は説明してくれる。

「ほらこの先生はそっちのアルバムには映っていないですし、この先生はこのアルバムにしか載っていないみたいです」

まるで探偵のように新たな疑問を抱いた小緑は、山積みになったアルバムを全部持ってくる。
そして要点だけ確認して結論を出した。

「やっぱりそうみたいですね。ここしばらく殆ど酷いと言っても過言ではない程の人事異動がある。去年の卒業生である僕達の世代の先生の殆どがこの学校をに去っているみたいですし。茜さんが通っていた時の先生も殆どいないし。というか、何で先生達って移動するのですかね?めんどくさいのに」

「確かに先生の離任ってよく聞くけど、あれって何でだろう。考えたこともなかった」

って私は言葉を返してみたが、本音は小緑の推理力が凄くて、そんなことはどうでもいいと思ってしまった。
なんでこんな短時間でこんなに調べられるのだろうか。

やっぱり本当に年を誤魔化した大人なんだろうかと疑ってしまう。

例えば小学生と偽って本当は高校生の、あの有名な名探偵みたいに。
とても考えさせられた小緑の一面だった。

・・・・・。

ってそんなわけないよね?
早いもので時間は午後の三時を回っていた。
みんな熱中しているから、時間が経っていることに気付いていないだろう。

誰も顔を上げようとはせずに、ずっと図鑑や卒業アルバムを睨み付けるように見ている。

時より疲れたような仕草を見せるけど、私達は調査を続けた。

小さな小学校の図書室なのに、この学校は本には力を入れているみたいで本の種類はとても多い。
動物や花の図鑑も様々な種類の本が揃っているみたいだ。

それと卒業アルバムは十五年分あるらしく、その一つ一つを私と小緑の二人で調べていた。
最初は色々と気付いた小緑だったけど、今は苦戦しているみたい。
写真を見る度に頭を抱えるような仕草を見せているし。

そんな中、今日は日曜日で学校は休みのはずなのに何故だか幼い少女達の声が聞こえてきた。
同時にみんなの集中力途切れる。

「そっちに花菜がいったよ!」

「絶対に捕まえよ!」

その女の子の声は、図書室の入口から聞こえてきた。
『女の子がいるのかな?』と思いながら視線を移すと、そこにいたのは可愛らしい本物の花が付いたカチューシャの女の子が図書室を見渡していた。

とても小さくて、小学生低学年に見える女の子。
私達の存在にはまだ気がついていないみたい。
彼女が何をしているのか、今はわからない。
私達に触れずに周囲を振り返ると、少女は大きなテーブルの下に隠れた。

私達はその少女の様子を見ていたら、また小さな少女が二人も入ってきた。
さっきの少女と同じ背丈の生意気な小学生。

さっきの声は、この二人の声なんだろう。

というか、なんでこんな日に学校に居るんだろう。
赤崎祭はどうした。赤崎祭は。

図書室に入ってきた二人組の少女は、すぐに私達の存在に気が付く。
ここにいる面子の容姿が問題なのか、少女達は少し脅えた表情に変わった。

「ねえ、怖そうな人がいるよ」

「そうだね・・・・。でも、今は花菜(カナ)を見つけないと」

テーブルの下には、最初に一人で入って来た花菜と呼ばれる女の子がじっと二人の様子を伺っている。
この様子じゃ、きっと『鬼ごっこ』とか『かくれんぼ』をして遊んでいるのだろう。

二人の少女が鬼。
テーブルの下の花菜が逃げると言った役割だろうか。

テーブルの下の花菜は二人に気付かれないように、まるで忍者のように素早くテーブルの下を駆け回る。
次第に私と小緑が居る大きなテーブルの下に潜り込んできた。

・・・・・。

かくれんぼか。
そういえば、かくれんぼが葵と愛藍と出会ったキッカケだったっけ。

正直言って、今となったはもう殆ど覚えていないけど。

私は無視してまた集中しようと思った。
再び視線を卒業アルバムに戻そうとしたけど、何故だか脚に小さな温もりを感じた。

・・・・・。

って、こら!

「ちょ、なに!?」

その慌てた声と共に、私は机の下覗きこむ。
犯人は花菜だと思ったが、その通りだった。

理由は分からないけど、花菜は私のスカートを覗こうとしている。

「ちょ!アンタ何してるのさ!」

私の声に花菜は驚いたのか、すぐに私のスカートをめぐる手を止める。
そして『どんな言い訳をするのか』と私は期待していたが、意外な言葉に私は驚いた。

「お姉さん、もしかして桑原茜?」

「えっ?」

私の名前を知っている人は、昔からの友達や高校のクラスメイトの人達。
それとピアノを弾く私を知っている人だけ。

それと超例外で、初めて小緑と会ったときのように、兄弟姉妹に私の存在を教えてもらったとか。

そう考えたらこの少女は誰かの妹なんだろうか。
でも今私の知っている人で、この子に似ている人はいないし。

なんでだろう。
似てはいないけど、どうして彼女は『昔の葵』を思い出させてくれるんだろう。

まるで目の前に幼い葵がいるみたいだ。

それとそのカチューシャから甘い花のような香り。
葵の香りと良く似ている。

まさか、葵の妹?
葵の妹だから、私の名前を知っている?

でも葵の妹なんて聞いたことないし。

それとも葵の娘?
ってそんな訳がないか・・・・・。

葵も私と同じ高校三年生の十八歳だし・・・・・。

「あっ!いた!こら花菜」

「やばっ!」

少女の声に、花菜は慌てて逃げようとする。
でも机の下から出ようとした時に、花菜は頭を角にぶつけて悲鳴を上げた。

同時に花の付いたカチューシャが彼女の頭から外れた。

「いったー!」

ぶつけた反動で、花菜は泣きそうな表情で頭を押さえている。

本当に痛そうだ。
このままじゃ花菜はタッチされて鬼になるだろう。
不幸だ、可哀想に。

・・・・・・・・。

「次、花菜が鬼だよ!鬼って言うか、『また鬼』だけどね」

本当に可哀想だと思った。
タッチなら理解できるのに、何故だか花菜は少女に蹴られた。

それも力一杯の蹴りを・・・・。

再び花菜は悲鳴をあげる。
今にも泣きそうな表情で、彼女は蹴られた背中を押さえて苦しんでいた。

さっきまでの可愛い表情が一瞬で崩れる。

というか、なんで蹴るの?
いくらなんでもそれは酷すぎる。

まるであの頃の私みたい・・・・・。

・・・・・。

違う。
『みたい』じゃない。

あの頃の私だ。
思い出したくないけど、葵と愛藍に暴力を振るわれていた時と同じ。

それに『また鬼』って。
その少女の言葉はまるで花菜が鬼に仕向けられているような。

花菜ばかり狙われているような。

だけど、私がそんなことを考えている間も目の前の光景はどんどん進んでいく。

少女の一人は、花菜の頭から落ちたカチューシャを踏みつける。
乾いた音と同時にカチューシャは二つに割れた。

そして綺麗な花は助けを求めるように潰されていた。

「ごめん割れた。でもいいじゃん。そんなきったない花なんか頭につけてダッサイし!気持ちわる」

カチューシャを踏み向けた少女の言葉に、花菜は初めて怒った表情を見せた。
でも花菜の目には、既に涙が浮かんでいる。

「これは葵お兄ちゃんが作ってくれたの!だから、だから・・・・」

折れたカチューシャを拾い、大切そうに握りしめる花菜は大きな声で泣き始めた。
一方でその花菜の泣き顔が面白いのか、二人の少女は笑い続けていた。

どうやら今私が見た光景は、『いじめ』で間違い無い・・・・。

ってか今、『葵』って言わなかった?
花菜を助けないといけないけど、色んな思考が邪魔をして体が重たい。

花菜を助けたいけど、やっぱり恐い。
草太や小緑のいじめを見てきたけど、その時とはまた違う感覚。

何て言うか、私自身がいじめられているような不思議な感覚だった。
本当に花菜が自分と重ねて思えて、ただ頭の中が真っ白になっていく。

・・・・・・・・。

「なにこのチビ」

その声を聞いて、私は顔を上げる。
するとそこには、花菜を嘲笑う二人の少女と小緑の姿があった。

見たことのない恐い表情で、小緑は二人の少年を見下ろしている。

そして小緑は怒りをぶつける・・・・。

「ふざけんなこのやろう。いいからあの子に謝れ」

「なに?やる気?私達が小学生だからって舐めないでよ!私、空手やってるから強いよ?」

その直後、少女の一人は小緑の腹に不意打ちの拳を一つ入れた。
想定していなかった少女の行動に、恐い小緑の表情が歪んだ。

そしてかなり痛かったみたいで、小緑は床に膝を付いた。
苦しそうな表情に小緑は変わる。

それでも小緑は目の前の二人を睨み付ける。

流石に私も許せない。
小緑まで手を出すなんて、ガキでも容赦しない。

気が済むまで殴りたい。

でも、何故かやっぱり体が動かない。
足が震えて、何故だか立つことが出来ない。

目の前の二人の少女が昔の葵と愛藍に見えて何も手出しが出来ない。

何も出来ない私は恐くて目を瞑ってしまった。
情けなく目を逸らしてしまった。

本当に情けない・・・・・。

・・・・・・。

「ダッサ。バーカ!私らに歯向かうなんて生意気だよね?」

「だったら、次は俺と喧嘩してみるか?ガキだからって容赦しねぇぞ」
小緑を見下す彼女らの目の前に、大きな体格の持ち主の愛藍が小緑の目の前に立つ。
そして今の愛藍の表情は、私をいじめていた時の恐い表情そのもの。

流石に少女達の表情も強張る。

「な、何?何するのさ!」

愛藍は本当に容赦しないのか、一人の少女の胸ぐらを掴んだ。
まるで『歯を食いしばれ』と言っているような光景に見えたが、遠くから聞こえる大人の男の声で、愛藍の動きが止まる。

「こら。何をやっている」

その声はただただ不気味だった。
人の心を持たない化物のような声・・・・・。

同時に七年前の辛い記憶が私の中に蘇ろうとする。

「うわ、黒沼だ!逃げろー!」

少女達はその男の名前を口にすると、愛藍を避けて逃げていく。

そして少女達と入れ替わりで、見覚えのある男の人が図書室に入ってきた。

小さくやる気の無さそうな声の持ち主は、眼鏡をかけた初老の男の先生だった。

頬は窶れてかなり痩せて見える。
白髪も多く、七年前とは大きく姿が変わっていた。

・・・・・。

目の前の男を私はよく知っている。
恨みたくなるほど大嫌いな男の先生。

私にトラウマを捩じ込ませた先生・・・・・。

この男の名前は黒沼晋三(クロヌマ シンゾウ)。
私達が最悪の関係になってしまった小学五年生の時の担任の先生だ。

思い出したくないけど、逃げた少年が口にした名前を聞いて、私は嫌でも思い出した。

同時に昨日の屋台で不良から私を助けてくれた先生でもある。

本当は昨日、目の前の男が黒沼だと分かっていたけど、思い出したくなかった。
黒沼と私の関係を思い出したら、頭が割れそうなほど痛くなると分かっていたから。

その黒沼は愛藍に視線を移す。

「お前は柴田愛藍か。相変わらず人を殴ることしか脳がないのか?」

教師とは思えない挑発的な黒沼の言葉の直後、愛藍は悔しそうに拳を握った。
でもそれじゃ駄目だと気がついた愛藍は、必死に感情を噛み殺す。

「すいません」

愛藍は素直に謝ると同時に拳の力を抜いた。
悔しそうに、黒沼に聞こえないように小さく舌打ち。

「山村も何やっている?また悪さをしに来たのか?」

一方の小緑はどんな相手でも売られた喧嘩は買う主義の女の子だ。
例え教師が相手でも、結果がどうなろうとも小緑は怯まない。

だから小緑には黒沼相手でも関係ない。

そして直後、黒沼の怒りが現れる・・・・。

「なんだその目は?教師に向かって何考えているんだ?あぁ?」

愛藍が小緑を止めようとするが、愛藍にとっても黒沼という男はトラウマのようだ。
いつもの強気の愛藍ではなく、表情が怯えている。

手が震えている。

でも唯一黒沼と面識がない樹々は違った。
花菜を慰めながら樹々は声を張った。

「あー、えっと違うんです!二人はそこの女の子を助けたって言うか」

その言葉に、黒沼の視線は樹々と花菜へと移った。
教師らしく、いじめられた生徒を慰めてくれるかと思ったけど、こいつは黒沼だ。

葵と愛藍に池に落とされた私を怒鳴った糞みたいな教師だ。

だから、ものすごく嫌な予感がした。
被害者の花菜が怒られる予感がしたけど・・・・・。

本当にその通りになった・・・・。

「江島、どうやって学校に入った?『日曜日は許可がないと学校に入れない』って知っているのか?」

「ご、ごめんなさい」

花菜は泣きながらも、頑張って謝まった。
勇気を出して声を出したのに・・・・。

「謝るんじゃなくて俺の質問に答えろ。どうやって学校に入った?」

黒沼の表情は変わらない。
まるで人を人だと思っていないような、ふざけた表情。

被害者の花菜を冷たい視線で黒沼は見ていた。

一方の花菜は腰が抜けて、再び泣きそうな表情を浮かべている。
大切なカチューシャを握りしめていた手に、再び涙が落ちた。

苦しそうな表情を見せるけど・・・・・。

花菜はしっかり黒沼の言う通りに答える。

「友達と鬼ごっこしよって・・・・。本当は花菜、いじめられているだけなのに」

花菜の言葉に間違いはないと思う。
それに頑張って、『自分がいじめられている』ことを先生に伝えた。

先生もその言葉に答えるのが普通なのに・・・・。

「お前は兄と同じで本当に嘘つくのが好きだな。何回嘘を付いたら気が済むんだ?大人を舐めて楽しいか?」

黒沼は最低の教師だ。
生徒を印象だけで判断して、生徒の言葉を一切聞かない。

花菜は本当の事を言っているのに、黒沼というクズ教師は一切彼女の声を受け付けない。

っていうか、だったら『質問に答えろ』とか言うなよ。

それって生徒を馬鹿にしているだけじゃないの?
教師が生徒をいじめて楽しいの?

教育者の立場なのに、何考えているの?
何を教えようとしているの?

黒沼は花菜の元まで駆け寄る。
そして花菜の腕を掴んで無理矢理立たせると同時に、図書室から連れ出そうと腕を引っ張った。

「早くこい。反省文書いてもらう。これ以上俺の邪魔をするな」

花菜は泣き叫びながら抵抗していた。
こんなの許されていい光景じゃないのに、私はただ怯えて花菜の様子を見ていた。

本当に今の花菜が昔の自分に思えて、脳が凍りついてしまった。

恐怖と言う言葉に包まれてしまった。

だって、この後は色々な先生に怒られるし。
いじめられていることには一切触れられず、勝手に学校に入った事だけを怒られる。

そして明日もまたいじめられる。
以後その最悪のループの繰り返し。

ふざけた教師のせいで、一人の女の子の人生が狂わされる。
そんなの絶対に許されないのに、私も絶対に許さないのに・・・・・。

・・・・・・・。

「ま、待ってください!その子が言う通り、本当にいじめられているんです」

愛藍は花菜を連れ出そうとする黒沼の前に立ち塞がる。
震えた声で黒沼を説得する。

でも何を言っても無駄だと、黒沼は教えてくれる。

「柴田、悪いがお前の言葉は信用できない。人をいじめていた人間の言葉、誰が信じる?自分の意思だけを貫いた人間の言葉、誰が信用してくれる?」

本当に、糞みたいな教師だと改めて思う。
愛藍の昔の印象だけで、愛藍の言葉を一切受け入れない。

今の愛藍は心優しい少年なのに、どうして黒沼は現実と向き合おうとしないんだろう。

そんな糞みたいな大人、本当に大嫌いだ。
『自分の意思だけを貫いた人間の言葉、誰が信用してくれるか』ってお前自身のの事だろうが。

許せない。
絶対に許さない!