若槻杏子(ワカツキ キョウコ)さん。
私に樹々の過去を話してくれた城崎さんのお姉さん。

そして東雲さんと一緒に若槻家を支える、瑞季や向日葵、そして樹々のお母さん。

数ヵ月前の家族旅行中に、『意識不明の重体になった』と聞いた。
意識が戻らない可能性もあると聞いたが、小緑の誕生日会を開いた一ヶ月前に目を覚ました。

『それからずっと病院でリハビリをしている』って樹々から話を聞いていた。

「茜言ってたもんね。『またあたしのお母さんと会いたい』って」

樹々の言う通り、私は確かにそんな言葉を言った記憶がある。

でもなんて杏子さんに言葉をかけたらいいのか分からないのが本音。
言葉が上手く出てこなくて、杏子さんから目を逸らしてしまう。

優しそうな杏子さんの瞳。
その瞳には何が写っているのだろうか。

そして今、杏子さんは私を見て何を想っているのだろうか。
今の桑原茜は、杏子さんの目にはどんな風に写っているのだろうか。

何故だかすごく気になる・・・。

「杏子さんは今日で退院?」

車椅子を押す樹々は橙磨さんの言葉に苦笑いを浮かべて答えた。

「ううん。正式には今日一日だけ退院。また明日から入院なんだけど」

「私は元気よ。車椅子なんて要らないくらい」

そう言って杏子さんは自力で立とうとしたが、それを樹々が必死に止めた。
あまりにも突然な杏子さんの行動に、東雲さんも樹々のお姉さんも驚いた表情を見せていた。

樹々は呆れて言葉を返す。

「いやいや・・・・。まだ自力で立てないくせに。リハビリもサボり気味って聞いたよ。先生の言うこと聞かないと、早く退院出来ないよ。もう先生に怒られるのは嫌でしょ?」

まるで出来の悪い弟か妹を持ったお姉ちゃんのような樹々の言葉。

その直後、私は樹々と目が合う。
そして何かを思い出したのか、私の元までやって来て、の耳元で囁いた。

「本当はお母さん、目を覚ましてすぐはスッゴく甘えん坊って言うか、子供になっちゃったって言うか。最初はあたしの顔を見ても誰か分からなかったんだよ」

終始笑顔で呟く樹々。
笑顔で誤魔化しているんだけど、きっと辛かったんだろう。

家族になろうと提案された人に、そんなことを言われたらへこむって言うか・・・・・。

「姉さんお帰り!ちょっと老けたんじゃないの?」

店内から慌てて城崎さんが出てきた。
店内は落ち着いているみたいで、紗季も大学生のアルバイトの人と楽しそうに会話していた。

杏子さんは怒った表情を見せる。

「失礼な妹ね」

「だって姉さんに仕返しするチャンスなんだもん。今まで私が生きた二十六年間の恨み、しっかりとこのチャンスに晴らさないと」

城崎さんが過去に何をされたのかは、私は知らない。

でもかなり城崎さんも闇を抱えているのも事実なんだろう。

橙磨さんと同じで、よく私をいじめてくるし。
性格も悪いし。

お姉さんである杏子さんの影響なんだろうか。
そして本題のように、私と橙磨のいる屋台を見て城崎さんは笑顔でそう言った。

「そうそう。茜ちゃんと橙磨くんは休憩行ってらっしゃい。紗季ちゃんも休憩にするから、みんなで小緑ちゃんのダンスでも見に行ってらっしゃい」

私と同じ疑問を抱いた橙磨さんは問い掛ける。

「えっ?ここどうするんですか?」

「大丈夫。ピンチヒッター呼んだから。ねぇ桔梗ちゃん?」

その聞き慣れない名前を聞いた私は、真っ先に会ったことない女性を見た。
樹々のお姉さん。笑って答える姿も、本当に樹々にそっくりだ。

「はい、頑張ります」

桔梗さんは続ける。

「はじめまして。樹々の姉の若槻桔梗(ワカツキ キキョウ)です。桑原茜さんですよね?いつも樹々がお世話になってます」

ふと私と目が合った桔梗さんは笑顔で自己紹介をしてくれた。

私も言葉を返す。

「いえ!そんなことはないです。むしろお世話になってるのは私の方って言うか」

「そうだね。茜は一人じゃ何も出来ないもんね!」

素直なことを言ったはずなのに、樹々に茶化される。
本当に、『どこに行っても敵だらけ』だといつも思わされる。

休憩を命じられた私と橙磨さんは屋台の外に出る。

寒い気候の中、屋台の中では火を使っていたからかいつも以上に寒く感じた。
まるで『極寒の地』に来てしまったような寒気が私を襲う。

入れ替わりで、樹々の実姉である桔梗さんが屋台に入る。
その様子を妹の樹々が楽しそうに見ていてた。

本当はお姉さんと一緒に働きたかったみたいだけど、樹々は杏子さんと一緒に祭りを見て回るみたい。
『お母さんと一緒に楽しんできなさい』って城崎さんが言っていた。

その姉妹の姿を見て、私は微笑ましいと思った。
楽しそうに会話する二人の姿が羨ましいと思った。

紗季と小緑もそうだ。
小緑は『紗季のことを好きじゃない』ような態度を振る舞っているけど、本当は心の底から紗季の事が大好き。

橙磨さんと妹である桃花っていう人も、兄である橙磨さんと仲がいいってよく聞くし。

・・・・・・。

兄弟か・・・・。

改めて考えたら、それは凄い力なんだと思わされた。

同じ血が流れているから、想いは特別なんだろうか。

私にも兄はいるけど、少し距離があるって言うか。
大好きで頼りになる存在なんだけど、少し気を使ってしまう。

私は家に帰っても、いつも私の家には誰もいない。
兄はいつも遅くまで仕事しているし、父も『数年間も見ていなかった』と言うのが少し前の現状だった。

私が辛かった時も家に帰ったらいつも一人だったし。
誰も慰めてくれなかったし。

それに、私にはお母さんもいない。
杏子さんのような明るいお母さんはいない。

だから微笑ましい若槻家のやり取りも、本当は私の胸を締め付けているのは事実。
『自分の家族が嫌い』って訳じゃないけど、『どうして私は桑原家の一員として生まれたんだろう』って。

正直言って、悔しかった。
樹々みたいに『家族旅行』に行ってみたいと思う自分がいる。

『なんで父や兄はいつも仕事しているんだろう。どうして私に構ってくれないんだろう』って、幼い時はいつも思っていた。

家族が嫌いになった時がある。

でも、最近は少し違う。
昔と変わらず家では相変わらず一人でいる時間の方が多いけど、最近は本当に違う。

私はこの前初めて兄に私の気持ちをぶつけた。

お兄ちゃんが私の『約束』を守るために作ってくれた大きなシュークリームは、今でも鮮明に覚えている。

あの日から、お兄ちゃんは私のことをよりいっそう心配してくれるようになった。
仕事中だと言うのに、くだらないメールを私によく送ってくれるようになった。

『部下が仕事できなくてイラつく』とか『友達から合コンに誘われたから、俺の変わりに茜が行ってきて』とか・・・・。

あと『今日の晩御飯は茜が作って』とか。

返事に困る内容ばっかりだから、いつも私が無視して終わるっていうオチなんだけど、お兄ちゃんは毎日のようにメールを送ってくるようになった。

ホント、『妹が大好きなシスコンお兄ちゃん』だといつも思わされる。
でも逆に言ったら、その日がなかったら私と兄の距離は開いたままだったのだろうか。
兄妹だと言うのに、『遠慮しあう関係』なんだろうか。

それと『家族の愛』って、どんなものなんだろうか。
考えるだけで少し苦しくなる。

私のお母さんは、なんで存在しないんだろうか。
どこに行っちゃったのだろうか。

なんで誰も教えてくれないんだろう・・・・。

自分を産んでくれたお母さんのことだから、私が知っても良いはずなのに・・・・。
城崎さんのカフェから少し離れた場所に市民体育館がある。
私の通う高校の校内にある体育館と比べたら、遥かに大きな体育館だ。

私と紗季はがここに来た理由は、紗季の妹である小緑がダンスを披露してくれるため。

小緑が突然ダンスを始めた理由は、急に学校の先生から声を掛けられたとか。
私はまだ見たことないけど、紗季は凄く上手だと言っていた。

入ってまだ一ヶ月弱なのに、『高校三年生のダンスリーダーと一緒にセンターを踊る』と紗季は目を輝かせて言っていたっけ。

小緑が上手なら、そのダンスリーダーの人も上手なんだろうか。

体育館に設置された大きな舞台には、中年のおじさん達のバンドで館内は盛り上がっていた。
年齢感じさせずに楽しめる所が本当にこの町の『文化祭』みたいで、楽しそうだと私は思った。

ここに橙磨さんはいない。
一緒に行こうと誘ってみたけど、用事があるらしい。

まるで誰かを探すように、周囲を確認しながら人混みの中に橙磨さんは消えてしまった。

だから今は紗季と二人。
仕事着のまま、私達は客席の端の方に座っていた。

ご丁寧に観客席用椅子も用意してくれているみたい。
パイプ椅子だけど・・・・。

館内は広いからか、沢山の人が駆けつけている。
主に舞台で披露する保護者や関係者が多かった。

まるで愛藍と再会した音楽祭を思い出させるような雰囲気だ。

そんな中、私は一つの疑問を紗季に問い掛ける。

「んで何?そのビデオカメラ?」

紗季の右手にはビデオカメラ。
今のご時世、携帯電話でも動画は録画できるというのに。

紗季は苦笑いを浮かべて答える。

「おじいちゃんに言われたの。私も『携帯電話で撮れるから良い』って言ったんだけど、おじいちゃん機械に弱くてまともに電話も出来ないし。動画で見せても、自分で再生できないと思わないし」

「紗季のおじいちゃんビデオカメラを扱えるの?」

「さあ?」

「さあ?って・・・・」

曖昧な紗季の反応に、私は肩を落とした。
何て言うか、もっと山村家に効率のいい動画の保存方法はないのだろうか。
小緑のいじめが収まったのは、小緑や紗季のおじいちゃんのお陰だ。
頼りない両親に変わって、学校に訴えてくれたみたい。

同時に小緑と紗季がいつも以上に明るくなった気がする。
『両親からの無駄でアホらしいな威圧を感じなくなった』って、紗季は言っていた。

これもおじいちゃんのおかげなんだろう。

そして私は再び『家族』というワードに胸を痛めていた。
『いい加減切り替えないと』って思うけど、どうも上手くいなかい。

昔から一度考え込んだらずっと考える癖、本当に治っていない。

私は物事や思考の切り替えが上手くできない。
落ち込んでいる時はずっと落ち込んでいる。

慰められてもあまり効果がないって言うか・・・・・・。

でも、昔からの悪い癖は早く直そう。

じゃないと、本当に葵に笑われる。

私はため息を吐くと同時に携帯電話を確認すると、橙磨さんからメールが来ていた。
『後は頑張ってね。過去と向き合うんだよ』という謎のメールが受信ボックスに入っていた。

そのメールの意味が分からないのが私の本音。
送る相手を間違えたのだろうか。

それに『頑張れ』って、私は何を頑張ればいいんだろうか。
過去の意味もよくわからないし。

だから私は返信はしなかった。
『橙磨さんに返事した方がいいかな?』って少し心残りを感じながら携帯電話の電源を落とすと、目の前の大きな舞台を確認。

『おっさんバンド』から変わって、男子高校生二人が漫才をしていた。
たいして面白くない。

・・・・・。

「茜?なんでここに?」

その時、『今日何回目の私の名前を呼ぶ声だろう』と思った私は声のする方を振り返る。

そして私は驚いた。

「えっ愛藍?そっちこそ?どうして?」

そこには桜さんに誘拐された柴田愛藍が立っていた。
何故だか少しだけ息を切らしている。

愛藍は答える・・・・。

「俺はその・・・・、橙磨さんに変わってもらったから。ダンスにあお・・・・、友達が出るから応援しに来た」

息を整えながら話す愛藍の言葉。
それをを聞いた私は、彼から目を逸らす。

同時に気が付いた。
またヘタレな私に、橙磨さんは手を差し出してくれているんだと理解した。

橙磨さんがここにいない理由は、桜さんから愛藍を取り返すため。
きっとさっきのメールの本当の意味も、『後は愛藍と二人で頑張ってね』という意味なんだろう。

でもやっぱり何に対して頑張ればいいのか、何度考えてもわからない。
愛藍とはもう普通に話せる仲だし。

・・・・・多分だけど。

私は愛藍に言葉を返す。

「そうなんだ。私も友達が出るから。紗季の妹だけど」

「紗季?」

愛藍に名前を呼ばれた紗季は、こちらを振り向いていつもの優しい笑顔を見せてくれた。

「柴田愛藍くんだよね?私のこと覚えている?」

「ああ。確か山村紗季、茜の側に居てくれた」

「うん。よく私のこと覚えているね。クラスは違ったのに」

『そりゃ、茜とずっと一緒にいたから』って愛藍から聞こえた気がするけど、小さすぎて本当に言ったのかどうか分からなかった。

「愛藍くんも茜ちゃんの隣にどう?仲直りしたんでしょ?」

「ああ。そうだな」

紗季の言葉に頷いた愛藍は空いていた私の隣の席に座った。
大きな体で肩幅も広い愛藍だから、少しだけ私の肩とぶつかる。

愛藍は一瞬恥ずかしそうな表情を浮かべると、すぐに舞台に視線を移した。

愛藍は表情はなぜか晴れない。
ずっとそうだ。

ここに来てから愛藍は不安げな表情を浮かべている。
桜さんや橙磨さんと何かあったのだろうか。

舞台の漫才を見ると同時に、何故か私のことを横目で見てくる。
何か私、愛藍に嫌な思いでもさせたのだろうか。

「なあ山村。茜って、アイツのこと」

「大丈夫だよ。私がいるし。それに今の茜ちゃんは強いし」

何が大丈夫なんだろうか?
終始意味の分からない愛藍と紗季の二人の会話に、私は首を傾げた。

それに私を挟んで会話してほしくない・・・・。
たいして面白くない高校生の漫才が終わった。
逃げるように二人の男子高校生は舞台裏に消えると、何故だか照明と舞台のカーテンが落ちる。

故障かトラブルかなって私は思ったけど、どうやら違うみたい。

「茜ちゃん次だよ。こっちゃん」

紗季の小さな呟きの直後、一度閉じたカーテンが開く。
証明は相変わらず落ちているから舞台の様子は分からないけど、人の気配を感じた。

それも大人数。

そして私があまり聞いたことのないジャンルの音楽が流れた。
何て言うか、明るくて元気の出そうな音楽。

確か『エレクトロニックミュージック』ってジャンルの音楽だ。

その音楽を聴いていたら、突然舞台が明るくなる。
そしてその音楽に合わせて、小さな少年少女達が華麗なダンスを見せてくれた。

黒と赤の衣装を見にまとい、頭には黒色のバンダナ。
その姿はまるでどこかの海賊を連想させるような、少し悪の雰囲気が漂う彼らだった。

いや、彼らは正真正銘の海賊だ。
何故なら彼らのユニット名は『スカイパイレーツ』、空の海賊だ。

空の海賊だからか、舞台で踊る彼らの背中には小さな羽があるように見えた。
まるでこの広い空をその小さな羽で飛び立つ取り鳥みたい。

そのスカイパイレーツで一際目立つ女の子がいた。
彼女は黒と赤の衣装ではなく、黒と緑の衣装だった。

ショートヘアーの明るい茶髪だからよく目立つ。
それにその女の子は他のメンバーと比べて、格段にダンスが上手だった。
まるで他のメンバーを圧倒するような女の子のダンスは、私を夢中にさせてくれた。

彼女の名前は山村小緑。
私の隣にいる紗季の妹だ。

マイペースで落ち着いた雰囲気の持ち主だけど、中学一年生らしく感情をよく見せてくれる。

ダンスを初めてまだ一ヶ月弱なのに、スカイパイレーツのセンターを任せられているみたい。
運動神経もずば抜けて良いらしく、少し羨ましい存在だと私は思った。

だって私は運動は苦手だし、動けないし。
多分体育の授業が一番嫌いだし。

それに、小緑は昔の友達と仲直り出来たみたいだし・・・・。

それともう一人、小緑同様に目立った少年がいた。
中学生や高校生を集めて踊っているみたいだけど、その中で背丈は飛び抜けて高い男の子。

激しい動きだから顔はよく分からないけど、モテそうな高身長イケメンだと思った。

彼も小緑と同じでみんなが着る黒と赤の衣装ではなく、黒と青の衣装。
小緑もセンターを任せられているから、センターで踊る人はみんなと色が違うのだろうか?

正直言って、小緑よりも上手だ。
小緑も上手なんだけど、彼と比べられた小緑が可哀想って言うか。

まるで一人だけ異次元のレベルって言うか・・・・。

とにかく凄かった。
凄すぎて、『凄い』としか言いようがないほど、彼のダンスは凄かった。

でもこの人、どこかで見たことあるような。

何故だろう。
凄く懐かしい気分にさせられる・・・・。

・・・・・。

そして何故だか吐き気と頭痛が襲ってくる。

何でだろう?
まるでカフェ会の時や、夏祭りの時の同じ症状だ。

まだ症状は軽いから全然大丈夫だけど。

でも、ちょっとだけ辛い・・・・。

・・・・・・・。
「茜?大丈夫か?」

いつの間にか吐き気を我慢するように口に手で押さえる私を見て、愛藍は心配してるような表情を浮かべている。

「大丈夫」

その弱々しい私の言葉の直後、音楽が止まった。
華麗なポーズを決めた彼らは、見事にこの曲を締めた。

会場からは今日一番の拍手に包まれた。

確か紗季は二曲あると言っていた。
また別の曲でこの会場を盛り上げてくれるのだろう。

だったらそれまでは私も頑張らないと。
小緑が頑張っているし。

またすぐに音楽が鳴り響くと思った。
また彼らは華麗なダンスを見せてくれるのだと思った。

でも、何故だか曲は始まらない。

直後、ジャージを着た女子大学生ぽい人が見事なダンスを見せてくれた黒と青の衣装の彼にマイクを渡す。
そして共に踊るチームメイトの前に立つと彼は深呼吸を一つ。
彼は会場の視線を独り占めにして、笑みをこぼす。

「えー、会場のみなさん。今日はお越しくださってありがとうございます」

その明るくてハキハキした声は、館内に響いた。ま
るで男性アイドルのスピーチのように、一部の場所から黄色い声援が飛んでいた。

本当に女子からモテそうな人だ。

彼は続ける。

「実は偶然にも今日の十一月二十六日。このスカイパイレーツは結成五年目を迎えました。初めはあまり聞いたことない音楽に付いていくことで精一杯の僕らでしたが、この前のダンス全国大会にも出場することが出来ました」

その彼の言葉の直後、会場は再び大きな拍手に包まれた。
私は相変わらず気分が悪くて拍手はしていないけど、隣の愛藍や紗季も彼に拍手を送っていた。

そして彼は苦笑い。

「あ、ありがとうございます。なので、今日の二曲目は僕ら『スカイパイレーツ』のデビュー曲、この町でピアノ教室を開いている『栗原律(クリハラ リツ)先生』が作ってくれた曲、『PDD』を披露したいと思います。私事ですが僕、江島葵が『スカイパイレーツ』の一員として、初めて踊った大好きなオリジナル曲です。では再び僕らの精一杯のダンスで楽しんでください!」

彼はマイクを返すと、チームメイトが待つ場所へ慌てて戻る。
そして彼が定位置に戻ると、再び舞台は暗闇に包まれた。

一方の私は目の前の少年が『江島葵』だと理解した時には、激しい吐き気と頭痛が私を襲っていた。

同時に目の前が真っ暗になった・・・・・。
愛藍がどうして終始不安げな表情を浮かべているのか、ようやく理解できた。

私と同じで『仲直りした私にどんな顔をしたらいいのか、分からなかったんだ』と、ずっと私は愛藍を見てそんなことを思っていた。

でも、それは大きな間違いだと気がついた。

って言うか、どうして紗季は言ってくれなかったんだろう。
小緑のダンススクールに、私の親友だった江島葵がいるってことに。

私と葵の関係を知っているくせに。

城崎さんも知っていたくせに。

・・・・・・・。

いや、私は何言っているんだ。
今朝城崎さんが言っていたじゃないか。

『小緑のあの一件、影で支えていたのは江島葵だ』って。

それに『このダンスが葵の最後の舞台だ』って。

なんでそんな大切な事を忘れていたんだろう。

本当に私、葵と仲直りしたいんだろうか。

昼休憩まで作ってくれて、城崎さんが「小緑のダンスを見に行ってこい』と言った理由は、葵がここにいるから。
『顔を会わせて来い』っていう、紗季や城崎さんからのメッセージなんだろう。

だから朝にあんな話をしたのかな?
わざわざ私だけ早く呼び出して。

『今日は葵と顔を会わせる日だから、その心の準備をするわよ』って意味だったのかな?

・・・・・。

江島葵。
それは私の親友の名前だ。

小学生の時は自分の家族よりも共に時間を過ごした仲だ。
学校でも休みの日でも、毎日彼と一緒にいた。

隣の愛藍も一緒に。

きっと私は葵のことが大好きだったんだろう。
じゃなきゃずっと一緒にいなかったし。

もちろん愛藍も大好き。
『ずっと三人で過ごせればよかったのに』と思っていたのに。

でも私がその関係をぶち壊した。
葵に適当なことを言ったから、葵は怒って私に仕返ししてきた。

だから私は彼に謝らないと。
しっかり相手の目を見て謝らないと。

だけど、それが出来ない。
私は人に謝ることすら出来ない。

言い訳のように聞こえるけど、何故だか葵の顔を見たら吐き気と頭痛が襲ってくる。

無意識に私は彼から逃げてしまって、謝ることができない。

私が葵に謝れば何もかも丸く収まるのに、本当に自分が情けない。