「そうだ。愛ちゃんがいけないんだ。愛ちゃんが美空ちゃんを退場させたから。愛ちゃんが試合を決めてくれなかったから。全部愛ちゃんのせいだ」

そう言いながら桜は俺を殴り続ける。

でも流石にもう痛いのは嫌だと言うのが俺の本音。
桜の小さな手を俺は片手で受け止めた。

「ああ、そうだな。たぶんあれだ。いきなり呼び出されてイラっとしたんだろうな。理不尽に桜に殴られるから。帰ればよかったよ」

「でも愛ちゃんが背中を押してくれたら私はまた打席に帰ってこれた。愛ちゃんには感謝している」

「あ?」

俺を貶していると思ったら、今度は感謝の言葉。
意味が分からない。

桜はまだ続ける・・・・。

「どう責任取ってくれるのさ!愛ちゃんのせいで、ももちゃんといた日々を思い出しちゃったじゃないのさ!どうしてくれるのさ!もう思い出さないようにしていたのに!」

「し、知るかよ!ってか俺ソイツのこと何にも知らないし」

何を言っているんだ桜は。
何て言うか、もう本音が何なのか全く分からない。

一方で、携帯電話を触りながら橙磨さんは俺達の会話を聞いていた。
妹の事を想ってくれて嬉しいのか、彼は時々笑っているようにも見えた。

桜はまだまだ俺への愚痴をこぼす・・・・・。

「愛ちゃんなんて誘わなきゃよかった!大人しく家でピアノ弾いてればよかったのに!」

「いやいや、だってお前が誘ったから来たんじゃねえか」

「じゃあ断ればよかったじゃん!なんで来たのさ!」

「なんでって言われても。桜と会いたかったのも事実だし。元気してるのかなって」

知らない間に本音を語っていた俺は少し焦った。
『変なことを言ってしまったかな?』って思ったから。

一方の桜は表情が真っ赤に染まる。
『夕日のせいだ』と言い訳できないほど桜の表情は真っ赤に染まるが、俺にはなんで桜の表情が赤いのか、イマイチ理解が出来ない。

同時に桜は吠える。

「なんでそんな恥ずかしい事を平気で言えるのさ!頭おかしいんじゃないの?」

「いや、素直に言っただけだし。そんな恥ずかしい事か?」

また俺は変なことを言ってしまったのだろうか。桜の表情が更に赤くなる。

「どうしていつも愛ちゃんは私を助けてくれるのさ。どうして私に声かけてくれるのさ。放っておけばいいじゃんか!」

もう本当に意味が分からない。
コイツは何が言いたいんだ?

「そりゃお前が心配だから。幼い頃から一緒で、一緒にピアニストになるのかなって思ったけど、気が付いたら俺の隣に居ないし。幸せそうに暮らしているから羨ましいなって思うから、俺もそうなりたいなって」

そう言うと桜に再び頬を殴られた。

「いって!なんで殴る!」

「愛ちゃんは素直過ぎるよ!愛ちゃんも幸せなんでしょ?幸せだからそんな良いことばっかり言えるんでしょ?」

・・・・・幸せ?

「そんなことねえよ」

即答で答えたら桜は驚いたような表情を浮かべていた。
そう言えば桜は俺の正体をまだ知らなかったっけ。

俺は小さな息を一つ吐くと続けた。

「お前の友達の桑原茜。アイツ暗かっただろ?初対面っていう理由もあるけど怯えていただろ?なんでか分かるか?」

「茜ちゃん?・・・・・知らない」

「俺がアイツをいじめていたから。生きるのを嫌と言うほどいじめたから」

吐き出すような思いの中、俺は自分の過去を言った。
自分の事を支えようと本音を言う幼馴染みの正体は、親友の人生どん底に叩き落としたクズ野郎。

これで俺のことは嫌いになっただろうか。

桜の表情も案の定強張る。

「どうだ?軽蔑するか?」

「そんなわけないでしょ。なんで軽蔑なんてしなきゃならないのさ!」

「は?」

俺が理解できない表情を見せたら、桜の顔がまだまだ赤く染まっていく。
最終的にはリンゴのように真っ赤に染まったように見えて、何故か面白かった。

ってなんで?

一方の桜も自分の想いを伝えてくる・・・・。

「私、愛ちゃんのことずっと好きだったんだよ!いつも愛ちゃんと一緒に居たいなって。愛ちゃんの彼氏になれたらいいなって。ずっとそんなことを考えていた!初めて好きになった相手だもん!簡単に嫌いになるわけないじゃない!」

・・・・・・・。

何て言うか、その言葉を理解したら話が進みそうだったから俺は牽制を入れた。

「お前それ本気で言っているのか?冗談だろ?」

「逆に嘘つく理由ってなに?」

「いや、だってお前性格悪いから。言ったあとに『冗談でした』って言うと思ったから」

俺がそう言ったら、桜は怒った。
それも今日一番の狂ったような、怒ったような表情。

「頭おかしいんじゃないの?好きな人に嘘ついて何になるのさ!自分を苦しめる嘘をついて、何になるのさ!そんなのただの馬鹿だよ。臆病者だよ。ただのヘタレだよ!」

その桜の言葉はまるで槍のように俺の胸に突き刺さる。

言われてみればそうだ。
俺は茜に嘘ついて、何を求めている。

いじめという嘘でどれだけ自分が苦しんだか。

例の事件の後、素直に葵や茜と話し合えば済んだ話なのに。
と言うか茜をいじめても、『誰も得しない』ってなんで気付かなかったんだろう。

だからそれが情けなく思って、改めて後悔した。

ホント、茜との記憶は後悔だらけ。

「だよな。そうだよな。俺、ただのヘタレだよな」

「えっ?」

「なんでもない。ただ『もっと頑張ろう』って思っただけ」

でも不思議と『心のモヤモヤ』が少し吹き飛んだ気がする。

同時に思った。桜の心は俺と比べて凄く強いということに。
大好きな親友を失いかけて、自分の足は再起不能と言われてて走ることすら許されないのに。

何て言うか、俺の考えていることがとても小さく思えた。

そんな桜に俺は問い掛ける。
「なあ桜。もし好きな人に嘘ついてしまったら、どうすればいい?謝ればいいかな?それが原因で疎遠になりそうになったら、どうすればいいかな?俺、そいつとまた仲良くしたいんだけど」

俺が真剣に悩んでいたのに、何故だか桜は首を傾げた。
『なんでそんなことを聞くんだ』と言われている気がして、俺も首を傾げた。

そして桜は答える。

「そんなの放っておけばいいじゃん」

「は?」

俺は理解出来ないでいたが、桜は俺を気にすることなく言葉を続ける。

「なんで過去に囚われなければいけないのさ。過去を振り返っても、過去は変わらないじゃん。そんなの放っておいて、先に進んじゃったらいいじゃないの!友達と何かあっても、何も無かったように話せばいいじゃないのさ!そうやって過去をほじくり返すことが『一番無意味』って、なんで気づかないかな?」

考えたことのない言葉に、俺は怒ったような桜をずっと見ていた。
目の前の小さな女が俺の幼馴染みであることを忘れそうなくらい。

例えばその言葉、もし茜と再会した音楽祭。
あのとき俺は茜の肩を叩いて『久しぶり、元気してた?今度また遊ぼうぜ!』って声を掛けたら、今の俺達はまた違う姿になれていたのだろうか。

過去を上書きするように、まるで『最初から何も無かった』ように。

楽しい日々を新しく作って過去を忘れることが出来たら、それは幸せなんだろうか。

『後悔』はしないのだろうか。

でもそう思ったのも束の間。俺は一つの疑問に気がつく。

「つかお前さっきと言っていること違うくね?さっきまで『ももちゃんがどうやらこうやら』って言っていたじゃねえか」

ある意味呆れたやつだ。

俺の言葉に桜は怯むことなく前に突き進む。

「私は今進化したの!さっきと違うの!この野球チームの名前、知っているわよね?」

「川島ダーウィンズ」

川島は知らない。
誰かの苗字なんだろうか。

でもダーウィンズは知っている。
進化論を唱えた偉大な人の名前。

ちなみに進化とは『成長、変化、そして乗り越えること』を意味する。

・・・・・・。

ああ、だからか。

コイツ、ほんとスゲーやつだ。
人は進化する生き物だ。
変わろうと思っている時点で、人は進化する。

辛いことに乗り越える事が出来る。

昔から桜の口癖だった。
『私は出来る』って馬鹿みたいに何度も自分に言い聞かせて、桜は何事にも挑戦していた。

きっと野球を始めたのも、陸上で全国大会に行けたのも、吹奏楽部で頑張れたのも桜が望んだ事だからから。

『私には出来る』と思って、自分は進化出来る生き物だとと思ったから。

『小さな体でもしっかり生えた翼で空を自由に飛べるんだ』と言い聞かせて、いつまでも桜は進化している。

「進化しないと。変わらないと。私が言った事が正しいとは思わないけど、選択肢くらいいっぱいあってもいいんじゃないの?確かに過去に悩む自分も時には必要だし、それを乗り越える自分も必要。それに保留する自分も必要。状況に合わせて自分を使い分けたらいいんじゃないの?ある意味そのために『喜怒哀楽』っていう言葉があるんだから。喜んだり、怒ったり、哀しんだり、楽しんだり」

俺の表情を確認する桜は続ける。

「だから、過去が哀しいからそんな悲観的なことを考えてしまうんじゃないの?そういう時こそ前向きに考えて、『楽しかった過去』を思い出してその事を話し合えば、また仲良くなれるはずなのに。愛ちゃんは考えすぎ」

そう教えてくれる桜はきっとは、誰よりも辛い過去を経験したのだろう。
大怪我を負って、二度と運動できなくなって、親友も失った。

その過去を誤魔化そうと、常に笑顔で桜は生きている。
人前では絶対にいつも笑っていて、みんなを引っ張る。

それがどれくらい辛いものなのか、桜にしか分からないだろう。

だからこそのさっきの言葉なのかもしれない。『過去を振り返っても、過去は変わらないじゃん!そんなの放っておいて、先に進んじゃったらいいじゃないの!』って。

桜は自分の過去が辛い。
辛いから桜は過去を振り返らずに、みんなと接している。

俺も『さっきと言っていることが違う』と言ったが、それは俺しか分からないからそう言ってしまったのだろう。

俺にしか見せてくれない、時より見せてくれる本当の桜の横顔を見て、はそう思ってしまったのかもしれない。

そしてみんなの前では悟られないように頑張る桜の姿。
まるで人生の大先輩のような言葉その背中に、俺は勇気を貰った気がした。

「そう、だよな。ああ、そうだよな!進化して考える思考が増えたら、答えなんていくらでもあるもんな!」

どんな状況でも、答えは一つがじゃない。
答えがないなら作ればいい。

茜とまた仲良くしたいなら、また仲良くなるように声を掛けたらいい。
また楽しく過ごしたらいい。

どうしてそんな簡単な事、気付かなかったんだろうか。

「ねぇ愛ちゃん。その愛ちゃんの言う好き人って、やっぱり茜ちゃん?」

「ああ。そうだ」

桜の言葉にそう答えて、俺は桜の言葉を思い出した。

コイツ今、『俺の事が好き』って・・・・・。

何て言うか、変なことを言ってしまったのだろうか。

「そう。そっか。なんか元気出てきた」

でもそう小さな笑顔を見せる桜を見て、俺は気のせいと言うことにして聞き流した。
そしたらいつものように背中を叩かれた。

っておい!

「今日は負けたから、一番活躍した選手が打ち上げの奢りね。今日のヒーローは愛ちゃんだから愛ちゃんの奢り!これ監督命令」

「いや、普通逆じゃね?つか俺一応最年少なんですけど。つか監督命令って怖い言葉を使うな」

「いいの。アンタみたいな不器用な男、金の使い道なんてないんだから。女にも興味なさそうだし」

まあ確かに。
女に興味がないと言ったら事実だ。

実際茜と桜以外の女はあまり異性として気にならないし。

つか納得できるか!

「うっせぇ!」

そう俺が怒ったら桜は笑った。
俺の反応が面白かったのだろうか。

桜は腹を抱えて笑い始めた。

本当に、マジで意味の分からないやつだ。

そんな中、相手のベンチから草太がやって来た。
試合に勝ったからか、あまり見たことのない嬉しそうな草太の表情に俺は少しだけ癒された。

『草太もガキらしく笑うんだな』って。

「愛藍さん!」

「おう、お疲れ。お前、野球やってたんだな。驚いたぜ。いい球投げてたし」

「そんなことないですよ!愛藍さんこそ、野球やってたんですか?」

「いや、ただ呼び出されただけ。まあ暇だったし、ちょうどいいかなって。草太は何で野球始めたんだ?」

俺の質問に、草太は笑みをこぼす。

「友達の向日葵ちゃんが野球に誘ってくれて」

「向日葵?」

聞いたことない名前を口にしたら、その向日葵と言う名前の女の子がこちらに向かって歩いてきていた。
草太の女房役の、今日のヒーローであるホームランを打った小さな女の子。

ってかよくよく考えたら、女子小学生でスタンド超えのホームランってマジでスゲーよな。
マジで将来男のに交じってプロ野球選手になっていそうだ。

女子選手でホームランを打てる選手は少ないっていうのに。

それとその女の子の後ろには、俺がデッドボールを当ててしまった男の人。
多分女の子のお父さんなんだろう。

目元が娘と似ていて、優しそうな表情を浮かべた人だ。

てか早く謝らないと。

「やあ、向日葵ちゃん。ナイスホームランだったね。それに東雲さんもお疲れ様です」

謝ろうと思ったが、俺の背中を押すように橙磨さんの声が聞こえた。
そう言えば当てた時に橙磨さんの知っている人だと言っていたっけ。

東雲さんと言われた男の人は、笑みを見せて答える。

「橙磨くんもお疲れ様です。美憂さんの手伝いの後だと言うのに、本当にお疲れ様です」

「いえいえ。ただの暇人ですから。それに茜ちゃんの『親友』が来ているとなれば。一度会っておこうかと思ってね。気になるし」

最後の言葉が何故か気になった。
まさか、コイツも茜のことが好きなのだろうか?

でも今そんなことよりやることがあった。

「あ、あの・・・。今日はすいません。頭にボールぶつけてしまって・・・・。怪我はない、ですか?」

俺は慣れない敬語を使って、頭がパンクしそうだった。
同時に俺は頭を深く下げる。

でもこの人の笑顔は変わらない。

「気にしないでください。大事をとって交代しただけですから。それよりあのトリプルプレーは見事でしたね。野球やっていたのですか?」

「いえ、その・・・・未経験っす。たまにこのチームに呼ばれるだけって言うか」

「そうですか。初回のホームランもスゴかったですね」

何て言うか、不思議な雰囲気の人だ。
明らかに怒れると思ったけど、何故か笑顔で俺に接してくれる。

それに、なんでこの人は敬語なんだ?

「ねぇ、お兄ちゃん名前は?草太とどういう関係?」

向日葵と言う小さな女の子の言葉に、俺は少し躊躇った。躊躇う理由なんてないはずなのに。

「俺は柴田愛藍。草太の友達だ。こう見えてピアニストなんだぜ」

そう自慢げに言ったら、向日葵は目を輝かせた。
一方のお父さんである人は何故か苦笑いを浮かべると、肩を落とたようにも見えた。

って、なんで?

「ピアニストってことはピアノ?もしかして茜ちゃんと一緒?お父さん!向日葵もやっぱりピアノ習いたい!」

娘の言葉にお父さんは呆れた表情で答える。
「三日坊主にならないというなら考えます。すぐに辞めると言ったら、野球も辞めさせますよ」

何か深い事情があるのだろうか?
例えば、何を習わせてもすぐに辞めてしまうように・・・・。

と言うかまた『茜』って。
アイツ何者なんだ?

俺の知らない間に、どれだけ知り合い作っているんだよ・・・・。


「ねえお父さん。早くお母さんに会いに行こうよ!樹々ちゃんも瑞季ちゃんも病院にいるんでしょ?」

「そうですね。二人を迎えにいかないとダメですね」

そう言った東雲さんというお父さんは、高価そうな腕時計を確認すると小さく頷いた。

「愛藍くんでしたか?また一緒に野球しましょう。次も我々が勝ちますから」

「は、はい!よろしくお願いします!」

「橙磨くんもありがとうございます」

「とんでもないです。向日葵ちゃんもまた今度ね」

東雲さんは優しそうに何度もこちらを向いて頭を下げていた。

何て言うか本当に腰の低い人だ。
まるで俺とは正反対。

その時、橙磨さんの携帯電話が鳴る。
着信相手を見て、彼は少し笑ったような気がした。

「やあ。どうしたの?」

橙磨さんはチラチラと不気味に俺を見ている。
電話をしながら、何かろくでもない事を企んでいるのだろうか。

「ふーん、そうなんだ。まあ仕方ないか。元気だしなよ。君が謝る必要もないし。またチャンスあったら頑張ろうよ。あと面白い人が隣にいるんだけど、変わろうか?」

そう言って橙磨さんは自分の携帯電話を俺に差し出す。

「あ?誰っすか?」

「出てみたらわかるよ」

なんの躊躇いなく俺に自分の携帯電話を差し出す橙磨さんに、『橙磨さんの交友関係なんて知るかよ』って思いながら俺は橙磨の携帯電話を耳に当てた。

「もしもし?誰?」

「えっと・・・・誰ですか?」

でもその電話の相手は、一番声の聞きたい親友の声だった。「茜?茜なのか?」

「えっ、愛藍?なんで橙磨さんと?」

「うーん、まあその・・・・野球やってた。負けたけど」

「野球?」

茜と最後に会った日は、草太と初めて会ったあの日以来。
確か八月の夏休みの終わり。

たった二ヶ月しか経っていないのに、茜の声が前と違っていた。
何て言うか、俺の知らない元気な声だった。

それってつまり、『茜も進化している』ってことなのか?

ふとさっきの桜の言葉を思い出した。
ここは一旦過去を捨てて、勇気を出す。

新しい進化した自分を出そうと覚悟を決める。

・・・・・・。

明るく前向きに。
優しく謙虚に。

でもそれだと少し引かれる気がするからちょっぴり昔の柴田愛藍を残して、俺は茜に語りかける。

「なあ、元気か?何て言うか、前より声が明るいけど」

「そ、そうかな?」

「お前、結構友達いるんだな。桜もお前の事知っているって言うし、相手チームの向日葵っていう女の子もお前の名前を口にするし。有名人だな」

「有名人って、そんなことはないよ」

「そうか?人との関わりを避けていた茜の幼い頃と比べたら、大分変わったと思うけどな」

その言葉を言ったら、少し間が空いた。
多分茜俺の言葉に驚いているのだろう。

でも茜の言葉で会話はまた再び始まる。

「愛藍こそ変わったね。いいことあったの?」

「ねーよ。俺は相変わらず。つかお前、草太と仲良くしているのか?」

何かの作業をしている音は聞こえるけど、しばらく経っても茜の声は全く聞こえなかった。
俺の言葉に茜は無言になる。

それが何を意味するか俺はすぐに理解できて、ため息を一つ吐いた。

「あっ、草太が泣いた」

そうやって俺が言ったら、慌ただしい茜の声が聞こえた。

「だ、だってえっと・・・・・その!よ、用事が!」

「草太が僕のことは嫌いなんだ。だってよ」

「えっと、その・・・・」

「もう茜さんなんて大嫌いだってさ」

そう言えば昔、こうやって葵をからかっていたっけ。
俺と茜で、葵に嘘ついてからかっていた。

何でも信じる葵だったから、真面目な反応の葵を見て俺と茜は笑っていた。

まるで、今の茜があの頃の葵にそっくりだ。
全部嘘だというのに、茜はパニックに陥っているようだった。

俺の隣に居る草太は何がなんだか分からない顔を浮かべているし。
ってかあのとき、葵より茜をからかっていたら、茜はどんな反応をしただろうか。

こんな風に変な声を出すのだろうか。
それとも怒るのだろうか。

・・・・・・・・。

そう考えたら俺、『やり残したことっていっぱいあったんだ』と考えさせられた。
もっと茜と遊んでいたいと思った。

ホント後悔だらけ。

でも、もう後ろ向きに過去はとらえない。
前向きに、俺は自分の過去と犯した大罪に向き合う。

「バーカ、冗談だよ。草太は怒ってねぇよ。なんで本気になってやがる」

「だって、草太に悪いことしたって・・・・」


「悪いと思うならここに来るか?草太もいるし」

「えっ?」

「冗談だよバーカ」

「もう!いい加減にして!」

茜は怒った。
無表情だった昔と比べてみたら、再び色々と考えさせられた。

『こうやって茜も怒ったり泣いたりすんだな』って。

『茜と出会って何年も経つのに、そんなことも知らなかったんだ』って思ってしまった。

ちょっぴり悔しい・・・・・。

「ねぇ、愛藍」

「なんだ?」

「今度さ、秋祭りがあるんだけど・・・よかったら来てくれない?私、屋台番任せられたから」

「屋台?そう言えば橙磨さんが言ってたな。茜の料理がゲロマズだって」

橙磨さんから屋台の話を聞いたけど、実は俺は最初から知っていた。
それは今朝葵に聞いたから。

葵の名前はあえて出さなかった。
理由は特にない。

「勝手に話盛らないでくれる?まあでも、実際そうなんだけどね」

隣から橙磨さんの声が聞こえた。
流石に怒られるかと思ったけど、橙磨さんはため息を一つ吐いていた。

どうやら俺の嘘は本当らしい。

「だってよ。橙磨さんの声、聞こえた?」

「聞こえたけど、もう愛藍には来てほしくない。来たら追い出す」

「悪かったって。ってかそれ俺の責任?」

そう言った俺は笑った。
そして俺の笑い声を聞いた茜から笑っているような声が聞こえた。

同時に茜が桜に似ていると思った。
茜も茜でなんでもかんでも俺の責任するし。

ってか俺、前世で悪いことしたのだろうか?
世界中の生き物から怨まれる事を犯したのだろうか。

それとも俺、みんなに好かれやすいタイプの人間なんだろうか?

・・・・・・。

まあ、今はそんな事はどうでもいい・・・。

今はやっぱり、伝えたいことはちゃんと伝えないと。

後悔だけはしたくない。