ルビコン

それともこういう場面だからこそ、俺を起用したのかだろうか。
俺が負けず嫌いだから、『意地になって抑えてくれる』と監督も思っているのだろうか。

いや、でもスポーツやピアノにしたって、『実力』という言葉がある。

投球練習して思ったが、ストレートは百キロ前後。
変化球も持ち合わせていない。コントロールもばらつきが多い。

投球に関してははっきり言って素人以下だ。
それに一人で二遊間を守っていたから、疲れてスタミナがない。

不安だけが募り、『この試合俺一人で壊してしまったらどうしよう』と考える。
それこそ本当に監督に怒られて、一人走って帰らせられそうだ。

他に逃げ切る方法とかは無いのだろうか。

投球練習が終わり、最終回の川島ダーウィンズの守り。
相手チームの打順は一番からだ。

左バッターボックスに入る相手チームの先頭バッター。
優しそうなお父さんのような人だった。

初球、俺はきごちない投球フォームから全力の一球を投げ込む。
『もうどうにでもなれ』と、『打たれたら無能監督のせいだ』と開き直って投げた一球はライトに運ばれた。

高い打球。
しかし距離はない。

ほぼ定位置でライトはボールをキャッチ。
打ち損じてくれたのか、運良く一球でワンアウトを取ることが出来た。

「ナイスピッチング!愛藍くん!やっぱりやれば出来るじゃん!」

センターから元気な美空の声が聞こえる。
マウンドを降りた後、彼女はセンターにまわったのだ。

俺も今の一球で少しだけ自信が付いた。
ボールを受け取った俺は早く投げたいと言うのが本音だった。

同時にふと何故か昔の喧嘩をしていた日々を思い出す。
茜と葵と過ごした日々を思い出す・・・・。

昔、茜に『喧嘩強いね』って言われたから俺は調子に乗って、色んな奴らに喧嘩を売っていた。
勝ったら茜が喜んでくれたから、その茜の笑顔が見るのが好きだったから俺は頑張った。

『負けたくない』と思った。

でも確か一度だけ、全く敵わなかった相手がいる。
背丈は小さく、喧嘩は強そうに見えなかったのに、俺と葵はそいつに返り討ちにされた記憶がある。

そういえばその少年、もう昔の出来事で顔もよく覚えていないけどショートを守る川島橙磨によく似ている。
そういえばそいつのバックにも女がいたっけ。

その少年にそっくりの、まるで双子のような女の子。
少年とは性格が全然違ったけど、明るくて無邪気で、よく少年に怒られていたっけ。

・・・・・。

って、なんで俺はこんなことを思い出すんだろう。

そう思いながら、俺は大きく振りかぶる。