「君が柴田愛藍くん?ピアニストの。大変そうだね。一人で二塁ベース守って」
笑って彼はそう言うとショートの守備位置に就く。
多分コイツが遅刻をした奴だ。
ショートを守る川島ダーウィンズの一員だ。
だからこそ俺は感情を露にする。
「あ?なに他人事のように言っているんだテメーは!ぶん殴るぞ!」
つかなんだその態度は。
絶対に許さない!
遅れてきてその言葉は人として許せない。
きっと年上なのだろう。
でもいくら年上だからと言って俺は許すつもりはない。
それに俺はこのショートを一発ぶん殴るという言葉だけで、一人で頑張ってきたんだ。
マジでぶん殴ってやる。
一方のコイツは笑っていた。
まるで『仕方がない後輩だなと言っているような』生意気な表情。
「まあまあ怒らないで。ヨロシクね。あと遅れてごめん。言い訳すると、今度僕の行き付けのカフェで屋台出すからさ。その手伝いで遅れちゃった。それに料理担当の子が絶望的に料理が下手でさ。今は僕が教えて何とか人並みには作れるようになったけど、まだ時間かかるかな。あと一週間しかないっていうのに」
屋台?
そう言えば、葵がそんなことを言っていたような。
『茜が店番をする』って。関係あるのだろうか。
「名前は?」
「僕?川島橙磨(カワシマ トウマ)。焼き鳥屋でアルバイトするただの高校生。まあ留年しているから今年で二十歳だけどね。あぁでも、今は愛藍くんがいじめた桑原茜ちゃんの『友達』って言った方が伝わるかな」
彼は不気味な笑みで俺を見て笑った。
まるで『僕の友達に何しやがった』とでも言うような、怒ったような表情にも見えて・・・・。
俺は思わず、彼から目を逸らした。
「ほら、今は集中。ピッチャーがピンチなんだから俺達が助けないと。それが野球でしょ」
いやいや、だったら俺の心を抉るような事を言うなよ。
せめてこの守りを終えてから。
それか試合が終わってから。
・・・・・。
いや、もういっそう言わないで欲しかった。
もうまともな神経を保てる余裕がない・・・・・。
ってかコイツは一体何なんだ?
何者なんだ?
そう思ってしまうから俺は集中力に欠けて、試合に集中しようとするも、視線に彼が映ってまともに動けない。
それに今コイツは『桑原茜』と口にした。
どこで知り合った?
どういう関係なんだ?
茜の事をお前はどれだけ知っているんだ?
お前は茜の事が好きなのか?
「愛藍くん打球!」
そんなことを考えてきたら、突然美空に名前を呼ばれた。
我に帰った俺は野球の試合をしていたのだったと思い出す。
俺は目の前の打球を確認する。
打球は一度もグランドに着く事なく、ライナーで一二塁間を抜けようとするボールに俺は無意識に横っ飛び。
同時にグラブの中にボールの感触があるのを確めた俺は、慌てて立ち上がる。
「ショートに投げろ!」
ショートの奴の声を聞いて、俺はようやく自分のやるべきことを思い出した。
俺のグラブの中にはボールがある。
ライナーで俺はボールを掴んだのだった。
そして二塁ランナーと一塁ランナーは飛び出していた。
慌てて曖昧な野球のルールを思い出して、ショートの橙磨がいる二塁へボールを投げた。
確か野球のルールによると、ライナーで打球を捕った場合はランナーは帰塁しなければならない。
帰塁するまでにボールが塁に渡ったらアウトとなる。
俺の送球を受け取った橙磨は、軽快な動きで二塁ベースを踏むと同時にファーストにボールを投げる。
その間に二塁ランナーは帰塁出来ずにアウト。
そして一塁ランナーも同様飛び出しており、一塁ベースを踏むファーストがボールを受け取る。
その一連の動きを見ていた審判はアウトを宣告した。
更に俺が打球を掴んだ時点で、打者ランナーはアウト。
なんとプロの世界でも珍しいトリプルプレーを達成してしまった。
直後、どこからか歓声が聞こえる。
「ナイスプレー!愛藍くんやれば出来るじゃん!」
死んでいたはずの美空が、笑顔で俺の元までやって来て拳を突き出している。
未だに俺は現状に理解できず、あたふたしていると、橙磨に背中を叩かれた。
「今の動き、最高だったよ。プロの試合でも見ているようだった」
「そ、そうか?」
一つ一つ自分の行動を思い出し、俺は現状を理解する。
時間は掛かったが、ずっと拳を突き出す美空に俺は自分の拳を同様に突き出した。
そしてその拳同士が触れ合う。
川島ダーウィンズは二点を失い逆転されたが、試合の流れはこちら側だとすぐに分かった。
俺はベンチに戻ると本日二度目の祝福を受けた。
まるで勝ったかのような騒ぎに、監督の桜も嬉しそうだった。
例えば自分がファインプレーをしたように、自分の事のように桜は喜んでいた。
それが俺にはすごく嬉しくて、常に怒っていた俺はいつの間にか笑顔になっていた。
あんなに怒っていたのにどうしてだろう。
『仲間が笑ったら、自分もいつの間にか笑っている』のは何でだろう。
やっぱり仲間に囲まれているからかな?
ふと、俺はそんなことを考えていた。
ようやく九人で戦うことが出来た俺たちは反撃に出た。
粘りのバッティングでフォアボールを選び、ヒットで繋げる。
しかしあと一本が出ない攻撃が何度も続いた。
またしても草太の粘りに負けて、俺たちは悔しい思いをする一方だった。
守りも踏ん張った。
ピッチャーは交代して、美空の後を継いだチームメイトが好投してくれた。
そして知らない間に息が合うようになった俺と橙磨の二遊間はピッチャーを何度も助け、追加点を許さなかった。
いつの間にか『楽しい』と思えるようになっていた試合は、早くも二対一の最終回を迎えた。
勝つためには『九回の裏に二点以上』もしくは最低一点をもぎ取って延長戦に繋げる。
とにかく勝つには一点は最低でも取らないと負けてしまう状況だ。
負けという言葉が大嫌いな俺は例えチームの負けでも許さなかった。
『絶対に負けるか』と、俺達は守備につく前にも円陣を組んだ。
だがその前に俺にとって、最大の山場が待っている。
「絶対にこの回を守り抜くわよ!三人でしっかり押さえて、攻撃に繋げるわよ!」
監督の言う通りだ。
まずその勝つための『九回裏』を迎えるには、守りである『九回表』を抑えないと先には進めない。
意地でも失点は許されない状況だ。
最後の守備、俺達はもうすっかり馴れた守備位置に散る。
マウンド上には川島ダーウィンズ三人目のピッチャー。
この試合ずっとセカンドを守っていた選手で、右投げの大きな体格の選手だ。
特技はピアノで、高校生ながらプロとしてもピアノを弾く有名なピアニストだ。
っておい。
「ちょっと待て!なんで俺がピッチャーなんだよ!」
俺は生まれて初めて立つマウンドから監督に向かって抗議をした。
でも監督は意味のわからないことを言ってくる。
「いいの!『最終回のマウンドは愛ちゃん』ってずっと前から決めていたから!」
いや俺、聞いてねえし。
ピッチング練習していない選手をマウンドに送るとかアホなのか?無能なのか?
「だったらそう伝えてくれよ!ピッチャーなんてやったことないぞ」
「言ったら断るでしょ?だから言わなかったの」
まあでも確かにそうだ。
当然俺は断る。
いや、だったら『断る』と分かっていて使う監督はやっぱりアホなのか?
それも勝負を分けると言っても過言ではない『九回一点ビハインド』の場面。
こんな緊迫した場面で投手未経験のピッチャーに試合を託すとか、本当にこの監督はどうかしている。
それともこういう場面だからこそ、俺を起用したのかだろうか。
俺が負けず嫌いだから、『意地になって抑えてくれる』と監督も思っているのだろうか。
いや、でもスポーツやピアノにしたって、『実力』という言葉がある。
投球練習して思ったが、ストレートは百キロ前後。
変化球も持ち合わせていない。コントロールもばらつきが多い。
投球に関してははっきり言って素人以下だ。
それに一人で二遊間を守っていたから、疲れてスタミナがない。
不安だけが募り、『この試合俺一人で壊してしまったらどうしよう』と考える。
それこそ本当に監督に怒られて、一人走って帰らせられそうだ。
他に逃げ切る方法とかは無いのだろうか。
投球練習が終わり、最終回の川島ダーウィンズの守り。
相手チームの打順は一番からだ。
左バッターボックスに入る相手チームの先頭バッター。
優しそうなお父さんのような人だった。
初球、俺はきごちない投球フォームから全力の一球を投げ込む。
『もうどうにでもなれ』と、『打たれたら無能監督のせいだ』と開き直って投げた一球はライトに運ばれた。
高い打球。
しかし距離はない。
ほぼ定位置でライトはボールをキャッチ。
打ち損じてくれたのか、運良く一球でワンアウトを取ることが出来た。
「ナイスピッチング!愛藍くん!やっぱりやれば出来るじゃん!」
センターから元気な美空の声が聞こえる。
マウンドを降りた後、彼女はセンターにまわったのだ。
俺も今の一球で少しだけ自信が付いた。
ボールを受け取った俺は早く投げたいと言うのが本音だった。
同時にふと何故か昔の喧嘩をしていた日々を思い出す。
茜と葵と過ごした日々を思い出す・・・・。
昔、茜に『喧嘩強いね』って言われたから俺は調子に乗って、色んな奴らに喧嘩を売っていた。
勝ったら茜が喜んでくれたから、その茜の笑顔が見るのが好きだったから俺は頑張った。
『負けたくない』と思った。
でも確か一度だけ、全く敵わなかった相手がいる。
背丈は小さく、喧嘩は強そうに見えなかったのに、俺と葵はそいつに返り討ちにされた記憶がある。
そういえばその少年、もう昔の出来事で顔もよく覚えていないけどショートを守る川島橙磨によく似ている。
そういえばそいつのバックにも女がいたっけ。
その少年にそっくりの、まるで双子のような女の子。
少年とは性格が全然違ったけど、明るくて無邪気で、よく少年に怒られていたっけ。
・・・・・。
って、なんで俺はこんなことを思い出すんだろう。
そう思いながら、俺は大きく振りかぶる。
また初球だった。
俺のテンポがいいのか悪いのか分からない投球に、相手バッターは打ち損じて打球はショート前。
四回からチームに合流している橙磨が打球を処理してツーアウト。
奇跡的に二球でアウトを二つ稼いだ。
「いい球投げんじゃん。いっそうのこと野球のプロでも目指したら」
橙磨の暖かい言葉に俺は舌打ち。
「うっせえ」
そんな軽々しくプロなんて口にするけど、見えない所で努力する積み重ね。
それがどれ程辛いものか分からないくせに。
嫌と言うほど母さんにピアノを弾かされて、父さんに『下手くそ』と馬鹿にされた日々・・・・。
俺は確かに幸せだ。
でもそれは周りから見た柴田愛藍の姿。
高校生ながら金もあるし、将来もどうにかなる。
だから柴田愛藍は幸せそうに見られているらしいが、やっぱり俺自身は一度も幸せだと思ったことがない。
やっぱり茜が居ないから、どうしても『幸せだ』と俺は思えない。
結局得るものは金だけだ。
『金があれば困ることはない』と俺の周りはそう言うけど、それは間違っていると俺は思う。
いや、絶対に間違っている。
だって、現に俺はまだ茜と仲直り出来てねぇし。
俺と葵、きっと茜も死ぬほど悩んでいるって言うのに。
と言うか、めっちゃ困っているんですけど。
毎日が辛いんですけど。
金があっても、何にも意味ねえし・・・。
それに俺、実はピアノが大嫌いなんだ。
ピアノをやっていなかったら、『俺はもっと茜や葵の側に居ることが出来た』って思わされるし。
毎日の練習に追われることなく、二人と遊ぶ時間だって作れたはずなのに。
そんな事を考えていたら急にイライラした来た。
早くこの試合終わらねえかな。
急ぎ足で投げた三番バッターの初球。
投球フォームも滅茶苦茶で、投球に関して何も考えずに投げた一球。
キャッチャーの構えた所とは大きく違い、ボールはバッターの頭部に当たった。
そしてバッターは崩れ落ちた。
「デッドボール!」
その球審の声と共に、俺は絶望に墜ちた。
目の前で倒れる人を見て、俺は真っ青な表情に変わる。
帽子も取らずに頭も下げずに謝りもせずに、俺はただマウンドで立ち竦む。
直ぐに相手チームの監督が心配してバッターボックスに駆け寄る。
一方で『大丈夫だ』とバッターは直ぐに立ち上がり一塁ベースに向かおうとするも、監督に止められてベンチに向かう。
代わりに他の選手が一塁へ走った。
プロ野球ではバッターの頭部にボールを当ててしまうと『危険球退場』となるようだ。
だがここは草野球。
ただの野球好きが集まるお遊びだ。
危険球退場なんて言葉はないから、俺はこの後も投げ続けなければならない。
・・・・・・・。
いっそ、危険球退場の方が良かったのに。
俺、威張っているけどすげぇメンタル弱いのに。
ってかこの後投げられる気がしない。
『マジで退場したい』と思う自分がいる。
そんな俺を励まそうと、内野を守るチームメイトは直ぐにマウンドに集まり俺の背中を押してくれる。
「切り替えて。抜け球が相手の頭に当たっただけだから。後で謝りに行こ。知っている人だし」
そんなこと橙磨は言ってくれているが、何もかも初めての俺にはもう訳が分からなかった。
目の前は真っ白だった。
どうして俺がユニフォームを着てこんな所に居るのか。
どうしてマウンドに立っているのか。
どうして相手チームは慌ただしいのかもう何も思い出せない。
・・・・・。
「臆病な奴だね。男だったら、もっとどっしり構えないと。じゃないと、笑われるよ」
そんな中、微かに聞こえた橙磨の言葉に、俺は苛立ちの言葉と共に振り向いた。
こんな状況でも『怒る機能だけはしっかり働く』って、やっぱり人としてどうかしているんだろうか。
「ああ?なんつった?」
「メンタル弱すぎ。そうやって怒って自分を誤魔化して、自分は立派になったつもり?だから成長しないんじゃないの?いい加減認めろよ。自分はクソ虫以下の弱虫だって」
その言葉は直ぐに理解できた。
コイツは俺に喧嘩を売ってきたんだと。
「お前、なんつった!?」
橙磨は冷静だった。
俺の怒声に顔色一つ変えずに、少し笑っていた。
まるでこの状況を楽しんでいるようにも見えた。
「喧嘩、またやる?また返り討ちにしてあげるよ。それに今の君は弱すぎるし」
『弱い?この俺が?』
言葉には出さなかったが、それが真っ先に出てきた俺の心の言葉。
でもその自分の心の言葉を自分の中で理解して、俺は橙磨に言い返す。
「俺は弱くねえよ!なんなら証明させてやるよ!」
「その気になれば僕だっていつでも。でもその前に質問いい?」
「あん?」
「その姿、茜ちゃんが見たら悲しむと思うけど、それでもいいの?それに本当に茜ちゃんは、喧嘩する君たちの事が好きだったの?」
その言葉は自然と俺を考えさせられた。
『そんなことはない』と言いたかったが、どこか思い当たる節もあった。
そしてその思い当たる節を橙磨が思い出させてくれる。
「他人に興味がない茜ちゃんでしょ?君のことは興味があるかもしれないけど、彼女は本当に喧嘩する君達のことは好きだったのかな。君が昔僕に喧嘩を売ってきた時、茜ちゃんはすごい不安そうな表情していたよ。『負ける』とかそういうのじゃなくて、『喧嘩する君達が恐くて脅えている』みたいにさ」
その橙磨の言葉は俺の心に突き刺さる。
まるで今まで俺が勝手に想像して積み上げてきたものが、全て崩れ落ちたかのように・・・。
・・・・・・。
当時の茜はただ喜んでいたり、嬉しそうにしているようにも見えた。
でも俺も成長して色んな事を考えるようになった今、あの頃の茜の表情を振り返ると、それはただ『気を使ってくれた』のではないかと思った。
ここで嫌な顔をしたら、俺を傷つけてしまう。
だから俺が喜ぶように、アイツは嫌なことでも笑顔を貫き通した。
本当は喧嘩なんて見たくなかったのかもしれない。
でもバカな俺は、辿り着いた言葉をドブに捨てる。
「てめぇ、茜の何なんだ」
橙磨は答える。
「友達だよ。クラスが一緒のただの友達。そうだね、最近はよく料理を教えているよ。あの子、本当に料理下手くそだから今度の屋台が心配で心配で。何度教えても上達しないし。ホント、手の妬ける子だ」
『やれやれ』と言っているような橙磨の優しい表情。
こんな表情、俺は茜に見せたことがあっただろうか。
そういえば俺、茜が出来ないことがあれば怒鳴っていたっけ。
悪ふざけで学校の非常ベルを押して、学校をパニックに貶めた日がある。
その日の俺は茜に非常ベルを押すよう指示した。
でもアイツは押すことを躊躇い、非常ベルは中々鳴らなかった。
見かねた俺は茜の代わりに非常ベルを押した。
そして最後『そんなことも出来ねぇのか』って茜を批難した。
もうそれが充分いじめの領域だっていうのに・・・・。
俺は茜に酷いことをしていたんだ。
ってかそれで『親友』ってよく言えたものだ。
「そろそろ自分の立ち位置くらい知っておいたら?もうすぐ大人なんだし。君も仕事してるんでしょ?いつまでもガキのままじゃ、茜ちゃんに嫌われるよ。優しくならないと。僕みたいね」
橙磨は俺の背中を叩いて、守備位置に戻る。
その彼の落ち着いた背中を見ていたら、いきなり桜に顔を殴られた。
「いって、何するんだよ!」
「打たれたら茜ちゃんに告白しなさい。『今まで好きでした。付き合ってください』って」
目の前にベンチにいたはずの桜が俺の前にいた。
今日何度も見た怒った表情で俺を見上げていた。
「つかなんでお前まで茜の事・・・・」
「橙磨くんとももちゃんの『おすすめのカフェ』でね。もう三ヶ月前になるけど、知り合いの後輩が紹介してくれたの。連絡先も知っているし」
その桜の言葉を聞いて、『茜はそんなに有名人なのか?いくらピアノが上手だからって、こんなに仲間が出来るものなのだろうか?』って思った。
まるであの頃と別人のようだ。
俺と葵が居たときから、人との関わりを避けていたというのに。
桜は続ける・・・・。
何度でも俺を励ましてくれる・・・・。
「話はよく分からないけど、迷ってる暇あったら動いた方がいいよ。今逃げたら、次のチャンスはいつになるか分からないし。もしかしたらもう会えなくなるかもしれないのに。ね、妹想いの橙磨くん」
「そこ、俺に振る?」
呆れた表情で橙磨はため息を一つ吐く。
「桃花は頑張っている。だったら僕も頑張らないと。そう思っただけ。深い意味はないよ」
そうだ。
茜も頑張っているんだ。
屋台とか何だか知らねぇけど、やったことのない料理にだって挑戦しているんだ。
っていうか、『いつまでも自分に負けていてどうする』ってさっき心の中で叫んだはず
じゃないか。
本当に口だけの男なのか?
柴田愛藍という男は。
「あと愛藍くん。『年上に敬語を使いなさい』って習わなかった?茜ちゃんだって僕に敬語使っているよ。『同じ学年だから使わなくていい』って何度も言っているのに。君と来たら。ま、正直どっちでも良いけど」
そう言って橙磨はまた笑った。
出来の悪い後輩を持ってしまったと言うような、今日何度も見せてくれた優しい笑顔に、俺は心に打たれた。
橙磨さん・・・は続ける。
「最年少は最年少らしく、馬鹿みたいに何も考えずに突っ走ったらいいのに。もちろん上の言うことはちゃんと聞いてね。じゃないとぶん殴るよ」
橙磨さんの言葉通り、その直後に桜に再び殴られた。
と言うか、急に殴るのは止めろ。
本当にビックリする。
周りも見ているし、色々問題になるだろうし。
ってかおい、なんで殴った?
「早くアウト奪って、逆転して早く帰ろ。あとはやるだけだよ。川島ダーウィンズは、ここからが勝負なんだから!」
川島ダーウィンズ。
そのダーウィンとは進化論を唱えた偉大な人物の名前から取ったらしい。
『俺たちは変われる』って、『進化する仲間だ』って桜から聞いたことがある。
だったら、俺もいい加減『進化』しないと。
変わらないと。
本当に茜に笑われる。