ルビコン

「なんかすっげぇムカつく。茜もそう思うだろ?」

「運が悪かっただけでしょ?たまたま居合わせた先生が黒沼だっただけ。常識ある人間ならわかってるよ」

やる気のない私の言葉を聞いた葵は、少し間を置いてから私に言った。

「お前、子供っぽくないよな」

その言葉、何度周りから言われただろうか。

「私は大人なの。みんなとは考えていることが違うの」

特に深い意味はない。
ただ周りからそう言われているため、私はそう言い返しているだけ。

「チビのくせに大人?」

「アンタがデカイだけ。ってか身長の話しないで。私はまだまだ伸びるから」

「何センチ欲しいんだよ?」

「百八十センチ」

私が真剣な表情でそう答えると、葵は笑い始めた。

「ごめん、やっぱお前は子供だな。あはは」

そのふざけた笑い顔に腹が立って、私は葵に反論する。

「何がおかしいのさ!」

「お前、身長何センチだよ?」

すぐに数ヵ月前に行われた身体測定の記録を思い出すも、出て来た記憶は理想と遥かに程遠い。

「百三十センチ」

「俺より遥かにチビだな」

「うるさい」

悔しいが私は葵と横に並ぶと、その差は一目瞭然だった。
頭一つ分ほどかけ離れ、小学五年生の葵の身長は百六十五センチと言ったところだろうか。

二人で遊んでいる時に、よく言われる言葉は「まるでお兄ちゃんと妹だね」って比喩されたりもする。
全然嬉しくないし、むしろ葵と兄妹なんて言われたら怒りを覚える一方だ。

『頼むから一緒にしないでくれ』って。

そんな中、心底腹が立つ言葉が近くから聞こえてくる。
振り返った先には、同じクラスメイトで親友の柴田愛藍が薄笑いを浮かべている。

「よっ、飼育委員の仲良しカップル」

「誰がカップルだ!ばーか。どっか行け!」

「心配しなくても練習あるか。じゃあな!」

私の苛立ちの声を聞いた愛藍は走って去っていく。
無邪気な笑みを見せると共に、彼は私達に手を振っていた。

愛藍の言う練習とは、ピアノの練習だ。
ピアノには当時の私には興味がなかったから、愛藍のやっていることが理解できなかった。

『ピアノってそんなに楽しいものなのだろうか』といつも思っていたし。
私と葵は喧嘩をしながらも目的地に進む。

同時に校舎を出たら夏場の太陽の光が私たちを襲う。

だから私はこんなことを思った。『いっそ、夏休みも九月まで続いたらいいのに』って。
九月だけど、またまだ猛暑日の暑さが続く季節なのに。