明日も世界は回るから。・・・・ホントかな?

それから少ししてから、意識不明の私を見てくれた病院の先生がてくれた。
話を聞くと、特に身体の異常がないため、すぐに退院できるらしい。

私自身も、背中とおしりが少し痛い程度だ。
歩くことも問題はない。

と言うか、ここまで軽傷なのが不思議なくらいだ。
私、かなり高い場所から川に落ちたはずなのに。

・・・・・・。

そういえば、川に落ちる瞬間にお父さんの声が聞こえたような。

気のせい・・・・かな?

・・・・・・・。

まあいっか。
考えても仕方ないかも。

『生きているだけで幸せ』だと感じられているから、私は今の時間を大切にしたい。

だから、『この時間がずっと続けばいいな』って。

『友達と一緒にいることは、すっごく幸せなんだ』って。

『生きていて良かった』って。

素直に私は思いました・・・・。
不思議な夢を見た。

それは、私が死んでしまう夢。

ビルの屋上から飛び降りて、死ぬ事に後悔しながらこの世を去る夢・・・。

本音はまだまだ生きたいのに、『どうして私は死んでしまったんだろう』と、心の底から後悔する私・・・・・。

何度も何度も誠也さんやお父さんに、『助けて』と祈る私。

本当に、『自分は馬鹿なんだ』と後悔する私。

・・・・・・。

そんな馬鹿みたいな変な夢。

ここはどこなんだろう。

そんなことが真っ先に頭の中に浮かんだ今の私。

それと何故かスゴく懐かしい香りが私の脳まで届いた。
寝起きで全然現状が全く分からないけど、その懐かしい香りは強く私の印象に残った。

それに何故だか私の手も暖かい。

と言うかこれは、確か誠也さんの香り?

・・・・誠也さん?

「やあ。おはよう空ちゃん」

私の大好きな声に、私は自分自身の現状を思い出した。

ここは病室で自分自身が生きていること。
川に全身を強打して、特に背中が痛いこと。

あと私の目の前に誠也さんがいること。

・・・・って、えっ?

「せ、誠也さん!?」

私の驚いた言葉に誠也さんは優しく微笑む。

同時に意地悪なことを言ってくる。

「どうしたの?そんな挙動不審みたいに周囲を見渡して」

「えっと、私」

『夢を見ていた。友達と仲直りする夢を見た』って言おうかと思ったけど・・・・・。

「夢、じゃないよ。燐ちゃんのことも」

何もかも知る誠也さんはそう答えてくれた。
まるで私の心を覗かれているみたい。

それが私には少し嬉しくて、でも少し驚いて、なんだか不思議な気分だ。
何より『誠也さんが側にいる』って理解したら、どこか嬉しい気持ちにもなる。

ベットの上で上体を起こした私は、再び周囲を見渡した。
目の前には私が大好きな誠也さん。

そしてここは病室で、部屋は暗い。
窓の外も暗いから、今は夜なんだろうか。

と言うか今何時なんだろう。

長い眠りから目が覚めた私の視線に最初に映ったのは、涙を見せる燐ちゃんの姿。
燐ちゃん、何度も私に頭を下げて謝っていたっけ。

そして私は燐ちゃんと花音ちゃん、そして海ちゃんと孝太くんと仲良く話をしていた。
面会時間いっぱいまで話して、その後は検査を受けたんだっけ。

意外とすぐに退院出来るって、担当の先生は教えてくれたような・・・・・。

その後はまた眠ってしまって、気が付いたら今だ。
だからさっきの出来事が『夢」に感じだ。

なんだか変な気分。

そんな寝起きの私を見て、誠也さんは小さく笑う。

「ホント、よく寝るよね。今までずっと寝ていたのに。俺が来ても起きないし」

その誠也さんの言葉に、私は顔を赤く染めて反論する。

「う、うるさい・・・・・です」

ちなみに私が顔を赤く染める理由は、大好きな人に寝顔を見られたから。
なんだか凄く恥ずかしい・・・・。

だけどその赤面も一瞬だけ。
誠也さんは私に『現実』を思い出させて来る。

「どうして自殺なんて試みたの?」

そう言って、私に近付く誠也さん。
そして誠也さんは私の両肩を掴むと、悲しい眼差しで下を向く私を見つめていた。

美柳空と言う存在を心配するかのような、誠也さんの悲しい眼差し。
そして話を続ける誠也さん。

「将大さん。お父さんが亡くなったから?」

私は答えなかった。
頷いたり、首を横に振って否定すらしていない。

そんな私を見て、誠也さんは小さく笑う。

「そこは素直になって。じゃないと、空ちゃんを救えないよ」

『空ちゃんを救えない』か・・・・・・。
確かに私が何も言わなかったら、話は進まないよね。

でも正直言って、言いたく無いけど・・・・。

・・・・・・・。

今なら言える気がする。
「私、怖かったんです」

「何が怖かったの?」

優しい誠也さんの言葉に、私は少し間を置いてから答える。

「私、自身です 」

「なんで?」

・・・・・・・。

「私の周りの人、みんな『不幸』になってしまうから。私が大好きな人、みんな居なくなってしまうから。だから、『私が悪いのかな』って。『私が死ねば、みんな幸せだったのかな?』って・・・・」

「それで自殺を?」

小さく、私は頷いて言葉をさらに返す。

「お父さん、多分私のことが嫌いだから。だから私を置いて、武瑠やお母さんの元に行ってしまった」

もう自分でも何を言っているかなんて全く分からない。
上手く言葉が出てこなくて、自分が伝えたいことすらわからない。

そんな馬鹿みたいな私の言葉を、誠也さんは真剣に聞いてくれる。
何度も何度も頷きながら、私から目を逸らさない。

そしていつもいつも、『私の味方』になってくれる。

「空ちゃんはいい子だ。きっと将大さんも『自慢の娘」だと周囲に自慢するだろう」

・・・・・嘘だ。

「そんなこと、ないです」

「そんなことあるよ」

私の言葉に続くように、素早くそう答えた誠也さん。
まるで私の言葉が分かっていたかのような反応。

誠也さんは続ける。

「何事も前向きに。君は下を向き過ぎだ。地面にお金でも落ちているの?」

そう言った誠也さんは小さく微笑むと、さらに続ける。

「幸せな人生なんて簡単には降ってこない。でも不幸な人生は簡単に降ってくる。これ、どういう意味だと思う?」

「意味がわかりません」

あまりにも早すぎる私の解答に、誠也さんは苦笑い。

だけどその苦笑いも一瞬だけ。
真剣な眼差しに戻ると、私に説教を始めてくる。

「『幸せ』か『不幸せ』と言うのは、自分で決めていること。例えば道に迷っている人がいる。自分はその人を助けてお礼を貰ったけど、その人を助けたせいで大切な人との待ち合わせ時間に遅刻してしまった。これ、空ちゃんなら幸せに捉える?不幸せに捉える?」

誠也さん、いきなり何を意味の分からないことを言い出すのだろう・・・・・。

「不幸せ、です」

「どうして?」

「・・・・だって、大切な人に『迷惑』かかってしまっていますし。人を助けて待ち合わせ時間に辿り着けば、幸せだったかもしれないですけど」

何が正解なのか分からないから、私は感じたことだけを答えた。
今ではスッゴく怖く感じる誠也さんの視線を感じながら。

「じゃあ設定を加えよう。道に迷っていた人、待ち合わせをしている相手のご家族だったら?遅刻してしまった理由を待ち合わせ相手に言ったら、『ありがとう』って帰ってきたら?」

もうやめてください。

それが今一番誠也さんに言いたい言葉。
どんどん辛くなっていく私の心。

そんなことを思っていたから、私は何も答えなかった。
目の前の誠也さんから目を逸らし、黙り込む。

そして黙り込んでしまった私を見て、誠也さんは私に頭を撫でる。

『もう答える気は無い』と、下を向いてしまう私を見て判断したのだろう。

「相変わらず素直じゃないな。まあ、それが空ちゃんなんだけど」

その誠也さんの言葉に、私は無意識に呟く。

「だって、正解なんて分からないですし」

「そうさ。それが答えさ」

その誠也さんの言葉に私は顔を上げた。

また無意識に・・・・・・。
「この世の中には『答え』なんてない。逆に答えがあるのは数字の世界だけだ」

また意味のわからない誠也さんの言葉に、私は更に頭を悩ませる。

そして頭を悩ませるから、誠也さんに言葉を投げ付ける。

「意味がわからないです」

「君が目の前の白色を『青」と言えば青にもなるし、赤と言えば『赤』にもなる。全て自分で決めること。『幸せ』か『不幸せ』かも全て自分で決めること」

「意味がわからないです」

もう説教はいいです。

そう伝えたいのに・・・・。

「じゃあ今は君は幸せかな?」

その深く考えさせられる誠也さんの言葉に、私は首を横に振っていた。

また無意識に・・・・・。

「そう。でも『幸せ』だとは思えない?沢山の人に助けられて、毎日楽しくはない?」

もうやめてください。

「この前の遊園地と水族館の空ちゃん、とても幸せそうだったよ。スッゴく輝いていたよ」

本当にやめてください。

「きっと君は嘘つきだ。『自分の人生はは楽しんではいけない』と勝手に勘違いしているから、不幸せなんだと思っているんじゃないの?」

本当にやめて、誠也さん。

「君は美柳空だ。君の大好きなお父さんとお母さんの元に産まれた、元気な女の子だ。元気な美柳空じゃないなら、きっと天国のお父さんとお母さんは怒っているよ。とても悲しんでいるよ」

・・・・・・。

そんなこと言われても私、何をしたらいいのか分からないよ。

どんな顔して生きていたらいいのか、分からないよ・・・・。

「でも私、うまく笑えないんです。いつも辛さが勝ってしまうんです」

「そう。友達と遊んでも、心は晴れない?」

「わかりません」

「困った子だね。じゃあ空ちゃん、君の好きなことは?例えば趣味とか」

「本を読むくらいです。それ以外は特にないです」

「じゃあ最近本を読んでいる?」

小さく私は首を横に振った。

「なんで読まないの? 」

「わかりません」

その言葉の直後、誠也さんは小さなため息を吐いた。

と言うか、ため息吐くぐらいなら私に構わなければ良いのに。

「そう。まあ、分からないのも一つの答えだからね」

でも誠也さんはとても優しい人。
こんなふざけた私のために、まだまだ知恵を絞ってくれる。

私の味方になろうとしてくれる。

「でも、『好きなことで心を晴らしてみる』と言う選択肢もありだと俺は思うよ。辛い気持ちを上書きして、新しい感情を手に入れる。気を紛らわせたりしてね」

どんな状況でも、私の味方になってくれる誠也さん。
いつでも私の側にいてくれて、私を支えてくれる優しい誠也さん。

だけど、今はその『優しさ』はいらない。

うっとしい。

「出来ないです」

「なんで?」

「好きなことじゃ、私の気は晴れないって言うか」

「じゃあどうやったら元気になってくれる?」

「分からないです。あんまり考えたくないです」

誠也さんの言葉に、何も考えずに言葉を返していく私。

と言うかだんだん頭が痛くなってきた。
『私、なんで生きているのだろう』と、またそんな事を考えてしまう。

『なんでちゃんと死ねなかったのだろう』と後悔してしまう。

それに、そんなくだらない説教なんて聞きたくない。
何より聞いても私、理解出来ないだろうし。

そんないい加減で馬鹿で情けない私だけど、次の誠也さんの言葉に反応してしまう。
怒ったような誠也さんの声。

「じゃあ一人で生きていく?君の大好きなお父さんはもういないよ」

また私は無意識に顔を上げていた。
理由は、『一番理解したくない現実』を突き付けられたから・・・・。

『私の大好きなお父さんはもういない』って、再認識させられたから・・・。

と言うか誠也さん、なんでこんなひどいことを言うのだろう。

なんで私を苦しめるのだろう・・・・・・・。

・・・・・・。

「そろそろ気が付いてほしいな。君は『一人じゃ生きていけない』って。意地張って、何にになるの?友達のみんなに助けてもらって、まだ『くだらない意地』を張るの?どれだけ真奈美や裕香、海ちゃんや孝太くんの気持ちを踏みにじるの?何より燐ちゃんや花音ちゃんとも仲良くしたんでしょ?どれだけみんなが空ちゃんのために力になってくれているか、分かっているの?」

今の私、誠也さんに怒られていると言う事はわかった。
初めて見せる、誠也さんの怒った顔を見ればすぐに分かる。
だけどそんな事を言われても、怒られたとしても、私の気持ちや考えは変わらない。

相変わらず私は馬鹿な事を小さく呟いてしまう。

「じゃあ私、生きたくないです」

「空ちゃん。俺、そろそろ本気で怒るよ?」

誠也さん、まだ怒っていないないんだ。
今の誠也さんの顔、すっごく怖い怒り顔なのに。

そんな関係ない事を考えていたら、急に前から誠也さんに抱きしめられた。
とても暖かく感じる誠也さんの温もり。

そして誠也さんの、まだ私の知らない本音が耳元に届く。
「どうして空ちゃんはそんな意地を張るのさ。何が嫌なのさ。なんで空ちゃんは笑えないのさ。この前は出来たじゃんか。この前俺と遊んだ時、ずっと笑っていたじゃんか」

・・・・・・。

「お願いだからもっと素直になってよ・・・・俺、滅茶苦茶苦しいんだよ?」

誠也さんは今、滅茶苦茶苦しい。

・・・・・・。

そうなんだ。知らなかった。

「お父さんが亡くなったから、自分の心の支えがいないってこと?俺が将大さんの代わりじゃダメなの?」

その質問に対して、自分でも答えがよく分からなかったから、私は無言を貫いた。
いや、誠也さんの言う通りなんだけど、うまく言葉が出てこない。

そんな私に、誠也さんは更に質問してくる。
とても暗い誠也さんの声。

「それとも、俺なんかじゃ頼りない?」

「そんなことはないです!」

そう言って否定したのは私。
また無意識の行動だ。

一方の誠也さんは私から離れると、少し驚いた表情を見せた。

多分こんな状況でも、自分の気持ちよりも誰かの気持ちを優先する私に驚いているのだろう。

そんな誠也さんは、再び私に問い掛ける。

「空ちゃんは結局何がしたいの?」

その言葉を聞いて、私は『嫌な話に戻された』と感じたから、適当な言葉で誤魔化そうとする。

「わからないです・・・・・」

と言うか誠也さんも本音を話してくれたように、私も本音を話したらいいだけのに。
どうしてまたくだらない意地を張っちゃうのだろう・・・・・。

やっぱり私、誠也さんの事が嫌いなんだろうか?
嫌いだから話したくないんだろうか。

・・・・・・。

まあ、どっちでもいいっか。

自分の事はもう考えたくない。

「わからない。今後自分がどうしたいかすら、空ちゃん自身は考えれないってこと?」

でも私の考えを見事に誠也さんに言い当てられたから、私は小さく頷く。

そしてその姿に、誠也さんも納得してくれたみたい。

「そう」

直後、誠也さんは小さな息を吐くと、考えるような仕草を見せた。
まるで『空ちゃんはどうやったら心を開いてくれるんだろう』とでも言いそうな、誠也さんの辛そうな表情。

と言うか、誠也さんはなんでここに?
病室の時計、深夜の二時半だし。

そもそもなにしに来たの?なんでこの時間?

誠也さんが私の存在に頭を悩ますように、私も今の誠也さんの存在が理解出来ない。

どうして私の前に現れるの?

ねえ、どうして?

私は今日長い眠りから目を覚ました。
気が付けば秋祭りから二週間も眠っていたらしい。

そして燐ちゃんと花音ちゃんの本音を聞いた。
『また友達になろう』って新しくスタートを切った。

二人とも、昔私に見せてくれた笑顔をまた私に見せてくれた。

それと海ちゃんと孝太くんは私に怒っていいた。
私を助けようと手を差し出したのに、私がそれを拒否したからもの凄く怒っていた。

でも最後は海ちゃんも孝太くんも笑ってくれたっけ。

そして、みんな改めて『友達』になった。
この世界に生きる私の大好きな大切な友達は、私にとって大切な存在。

みんなと再び会うのが楽しみな、今の私。

・・・・・。

でも大きな楽しいや嬉しいがあっても、正直言って今の私には何にも意味がない。
私の黒く荒んだ心は、全く浄化されない。

『人生が辛い』と感じることは何一つ変わらない。
「だったらさ、一度だけ本気で何かに頑張ってみない?そこで『生きたい』か『死にたい』かもう一度考えてみない?」

だから私、今の誠也さんの言葉にまた意地を張っちゃう。

頑固で素直になれない私。

「私にはそういうのは大丈夫です」

「じゃあ空ちゃんはどうするの?これからどうやって生きてくの?」

どうやって生きていく?
そんなの決まっている。

「自分一人で生きていきます。もう私、ひとりぼっちなんで 」

六年前、お母さんが突然の病気で亡くなった。
ダメな私を支えてくれたお父さんも弟の武瑠ももういない。

唯一の家族となったおばあちゃんには、もう迷惑をかけたくない。
おばあちゃん、鉄人みたいに現役の寿司職人だけど、本当はすごく腰を痛めているし。

情けない孫の私なんかの為に、時間を使って欲しくないのが今の私の気持ち。

だから私、仮に生きて行くとしたら一人で生きたい。
一人で生きて行くのが嫌なら、また自殺をすれば良いだけ。

今の私には選択肢は限られているし。
それ以外の選択肢私には無いはずなのに・・・。

・・・・・・。

本当にこの人はズルい。
いっつもいっつも、私の思考を邪魔して来る。

私に新しい道を作ってくれる。

「いつまでも自分の力でなんとか出切ると思うなよこの馬鹿野郎!」

狭い病室に響き渡るほどの、大きな誠也さんの声。
隣の病室にも聞こえそうな誠也さんの大声。

同時に私は誠也さんに頬を殴られた。
誠也さんの『怒り』と『不安』がごちゃ混ぜになった表情を見ながら、私は現状を理解しようとするけど・・・・。

誠也さんは、その表情で言葉を続ける。

「自分一人で何か出来た試しがないだろうが!一人だったら悲しくて泣いているだけだろうが!なんでいつも空ちゃんはいつもいつも俺を苦しめるんだよ!どうしてもっとみんなを頼ってくれないんだよ。どこまでしないと自力で立ち上がることが出来ないのだよ!」

・・・・・・・。

「『意地を張って良いことは何一つない』って、早く気づけよこのバカ空!」

意地?

バカ空?

・・・・・・・。

・・・・・・・・。

うるさい。

「うるさい」

「うるさい?今『うるさい』ってそう言ったの空ちゃん?ねえ!」

うるさいうるさいうるさい!

本当にうるさい!