「あたしの暮らす施設の奴等。どうしようもないクズ野郎だよ」
花音の変わりにあたしが答えた。
高林の視線が花音からあたしに移る。
「クズ野郎?」
「ま、まあその辺で。りんりんも言いたくないことが沢山あるから」
花音はそう言ってあたしを庇ってくれるけど、あたしは別に話してもいいんだけどね。
あたしが施設内で『いじめにあっている』ことをさ・・・・。
まあでも、花音がそう言うならあたしは黙秘した。
何も言わずに、高林が持ち掛けた話を終わらせようとする。
一方の川下は話を聞いていたのか、聞いていないのかはわからない。
知らない顔を浮かべて、自分の携帯電話を触っていた。
携帯電話で何をしているのかは知らない。
そしてそれからみんな一言も喋らなかった。
各自携帯電話を触ったりして、ジェットコースターの待ち時間を潰していく。
残り三十分もあるのに、誰一人と喋ろうとしない。
空気はある意味『最悪』、だ。
遊園地に来て早々、『最悪』の空気・・・。
・・・・・・。
あたし達、何しに来たのだろう・・・。
やがて待ち時間も全て終え、ジェットコースターに乗る時間がやって来た。
時刻はもう一時半。
って言うかお腹が空いた。
このジェットコースターを乗り終えたら、早くご飯を食べたい。
そんなことを一人思いながら、あたしは待ちに待ったジェットコースターに乗る。
今は『早くジェットコースターで気持ちをリセットさせたい』と思う自分がいる。
そしてあたしの隣には、花音が乗るものだと思っていた。
前の席には一緒にいるカップルが乗るのかと思ったけど・・・・。
「隣、勝手に座りますよ」
そう言って、川下は何故だかあたしの隣に座った。
ちょっと怒った顔で安全バーを下ろす川下海。
でもあたしと目線を合わせようとしない。
そんな川下にあたしは問い掛ける。
「なんで?お前は彼氏と乗れよ」
「別にいいでしょ?アンタと話がしたいんだからさ」
「あたしは嫌だ」
「私も嫌」
コイツ、何がしたいんだろう?
「じゃあ無視するね。しーらない」
そう言ってあたしは川下の居る方と違う方向を向いた。
コイツが隣に居ると本当に調子が狂うし、正直言って顔も見たくない。
と言うか早くジェットコースター動いてくれないかな?
ジェットコースターに集中したい。
そう心に思うと同時に、苛立ちが募るあたし。
無意識に貧乏揺すりをしてしまう。
だけど、そんなあたしに意外な言葉に耳に入ってくる。
耳を疑う隣の『友達』の言葉・・・・。
「ごめん、北條。私、アンタの気持ちについて何も考えてなかったかも」
それは紛れもなくあたしの隣に座る川下の声だった。
だからあたしも驚いて川下に問い掛ける。
でも川下の顔は見れない・・・・。
「・・・・なんでそう思ったの?」
川下は前を向いたまま答える。
でも表情はどこか悲しげな表情。
「小坂から聞いた。アンタが『ただただ不器用な人間』だって。友達想いのすごい良い奴だって」
「意味がわからないのですけど?」
「だよね。私も意味わからなかったよ」
「は?」
コイツはさっきから何を言って、何を伝えたいのだろう?
そんなことを少し考えていたあたしだけど、次の川下の言葉に自分の耳を疑った。
まだ花音にしか言っていない本当の北條燐の正体。
「施設内でいじめにあっているんでしょ?アンタも」
「・・・・花音から聞いたの?」
「うん。悪いとは思っている」
川下はそう言うと同時に暗い顔で下を向いた。
私に気を使って、『聞いてはダメな内容』だと感じたからだろうか?
さっき花音も言葉を濁してくれたのに・・・・。
その時、ようやくジェットコースターも動き出して、最初のレールを上っていく。
まるで太陽に近付いているみたい。
そしてこんな状況でも、川下は話を続ける。
あたしの知られたくない過去を掘り返してくる・・・・。
「その『いじめ』ってさ、同じ施設の子が元々いじめられていたから、それをアンタが救ったんでしょ?それでその子の変わりにアンタがいじめられるようになったんでしょ?」
川下は一度あたしの表情を確認すると続ける。
「私その話を聞いて、ホントに驚いたよ。いつも空ちゃんや私をいじめていたアンタが、実は『いじめを許さないやつ』だったって。本当に驚いた」
「へぇ・・・・だから?」
かなり意地悪な言葉を返したけど、何故か川下は笑った。
そして川下も意地悪な言葉を返してくる。
「別に特に何もない」
「は?」
そこまで話して結論は特にない?
ホント、コイツは何考えているんだろう。
何を私に伝えたかったのだろう?
あたしは頭を抱えた。
ちょっと時間の無駄だったと思ったから。
あと考え過ぎで頭が痛い・・・・。
でも川下の話はまた終わらないみたい。
川下の話はただの前置きだと、川下海と言う女が嫌いなあたしはまだ気付かない・・・・・。
「でもさ、アンタを悪い奴とは思わなくなったよ。『本当はスッゴク根のいい奴なんじゃないかな?』って!」
・・・・・・。
本当に『いつも明るく、調子の狂わされる奴』だとあたしは思う。
『空もこんな奴に付き纏われて大変だった』と思ったから、あたしは投げやりに言葉を返す。
「それで?いい奴だからあたしに謝罪してほしいの?」
「違うそうじゃない!私の話はしていない!」
「じゃなんだよ」
そろそろジェットコースターも頂上。
あと少しで下り始めて、楽しい時間が始まる。
二時間の待ち時間を忘れさせてくれる最高の時間がやって来る。
なのに、川下のせいでジェットコースターに集中出来ない。
相変わらず意味のわからない事を言ってくる。
「もう一度、空ちゃんと友達になってあげてよ!空ちゃんの側にいてあげてよ!いじめとか一切なしでさ!」
・・・・・・。
バカ。
お前は何考えてんだよ。
「・・・・・無理たよ」
「なんで?」
『なんで?』って、なんで説明しなきゃいけないのさ。
川下も本当は充分理解しているくせに。
本当にコイツもあたしも、バカだよ。
「あたしにはもう空に会わせる顔がないの! 空を『自殺』まで追い込んだのは、あたしなんだからさ!」
目の前に広がる青空向かってあたしはそう叫んだ。
同時に自分にも言い聞かせるように。
『自分が空に何をやったのか』、再度思い返すように・・・・・。
・・・・・。
あたしは空をいじめた。
空を精神的に追い込み、空を自殺まで追いやったのは間違いなくあたしだ。
空を苦しめたのはあたしなのに。
なのに・・・・。
「ホントにそうかな?」
その言葉と暖か過ぎる川下の笑顔に頭の中が真っ白になった。
「えっ?」
同時にジェットコースターは下降していく。
沢山の大きな声が青空に響き渡る・・・・。
あたしも次第に会話が出来なくなり、川下の声も楽しそうな大きな悲鳴のような声に変わっていく。
楽しいと思わされる時間がやってくる。
でも。
・・・・・・・。
全然楽しくない。
大好きなジェットコースターなのに、さっきの川下の一言で、全然楽しめない。
頭の中は真っ白・・・・。
ホント、全然楽しくない・・・・・。
高い所が嫌いな空がジェットコースターに乗ったらどうなるんだろう。
空の奴、 どんな顔するんだろう。
一瞬だけど、そんなことがあたしの脳裏に浮かんだ。
理由は知らない。
私達を乗せたジェットコースターは一周して、いつの間にか帰ってきた。
そして、みんなから笑顔が溢れる。
「あー楽しかった!もう一回乗りたいかも!」
川下の言葉に、前の席に高林と座っていた花音が反応する。
「じゃもう一回乗る?」
「賛成!って言いたいけど、お腹すいた」
「だね。じゃあみんなでご飯食べよう!」
「うん!決定!」
勝手にこのあとの流れを決める花音と川下の声を聞きながら、あたしはジェットコースターから降りた。
一度預けた荷物を持って、あたし達はこの場を後にする・・・・。
そしてあたし達が向かうのは、この遊園地内にあるレストランだ。
高校生のあたし達にとってはかなり高いお店だけど、他にごはんを食べる所がないから仕方ない。
園内に食べのもの持ち込みは禁止らしいし。
そのレストランへ向かう途中も、川下と花音は仲良く話していた。
花音はいつもヘラヘラ笑顔を見せているけど、不思議と川下も笑顔が耐えない。
と言うかいつの間にか二人、打ち遂げているし。
まるで『友達』みたいな二人だし・・・・・。
そんな川下に、私は問い掛ける。
先を歩く川下を捕まえる。
「おい、川下!さっきの言葉」
「ん?あぁ」
川下はあたしとのさっきの会話を思い出すと、小さく笑った。
『空を自殺まで追い込んだのはあたし』と言う言葉に、『ホントにうかな?』と返したその言葉の真意。
そして、本当に川下海と言う奴は色々とおかしい。
「ごめん。ただの思いつき」
「・・・・・・・は?」
・・・・・・。
なんで?
なんでそんなこと言えるの?
あたしをバカにしてるの?
「・・・・・お前、ふざけてんのか?」
川下は首を横に振って否定する。
「ふざけてない。思ったことを言っただけ」
「それを『ふざけている』って言っているんだよ!」
まるであの調理実習のように、あたしは喧嘩覚悟で怒鳴った。
この楽しい雰囲気をぶち壊すほどの大きな声。
冷静さを失ってしまったあたし。
・・・・・・なのに、今日のコイツはいつだって笑顔だ。
「そうかな?でも空ちゃんって、『他人を恨めない女の子』じゃん。『全部自分のせい』にして、『勝手に自分が悪い』と勘違いしてめんどくさい女の子。だから、空ちゃんは一度も北條の事を嫌いとかそんな感情を抱いたことはない」
・・・・嘘つけ。
「空から聞いたわけでもないくせに」
「確かに。これに関しては私の思い付き。私もまだ空ちゃんの全て知っている訳じゃない」
そう言った直後、川下の笑みがより一層深くなった。
心の底から『空が大好きだ』とでも言うような、優しい川下海の笑顔。
「だから勝手にそう思って、私の勝手で『空ちゃんを信じること』にしたの。『空ちゃんはそんなことを一切思わない優しい女の子なんだ』って私は信じてみる」
・・・・・・・・。
本当に、どこまでも都合のいい女だ。
「ホント、アンタ頭おかしいよ」
「あはは。それ孝太くんにも同じ台詞を言われた」
川下は小さく笑うと続ける。
「でもさ、『私達が出来ること』って結局限られるじゃん。私と北條が仲良くなっても、空ちゃんがそれを拒んだら何にも意味がない。私達がこうやって仲直りする意味もない。だからこそ、私は空ちゃんを信じてみる。『絶対に私達に空ちゃんは振り返ってくれる』って、空ちゃんを信じてみることにした!やるだけのことやったら、後は空ちゃんが喜んでくれるのを信じて待つだけだし!」
笑顔で話す川下の力強い眼差しが、どこかあたしの心に突き刺さった。
一瞬たりともあたしから目を逸らさなかった川下海の瞳。
こういう人間を、『本当の友達』と言うのだろうか?
空と川下は『友達』と言えるようになるのだろうか?
なんにしろ、あたしには絶対に出来ない。
あたしにはそんな力はない・・・・。
でも川下もあたしと同じ人の子で女の子だ。
突然顔を真っ赤に染めて、あたしには問い掛ける。
「・・・・・変かな?」
さっきの自分の言葉が変ってこと?
そうだね・・・・。
「変」
短くあたしが言葉を返すと川下は頬を膨らませて怒り出した。
「えー、それ酷くない?」
あたしはひどい人間だよ。
空を自殺まで追い込ませたり、自分の気持ちを素直に言う奴を簡単に批判するような奴だから。
と言うか、今に知ったことじゃないでしょ?
だけど、今回はあたしの言葉足らず。
川下がそう言うならあたしも答える。
初めて川下の前であたしは笑う。
「ホント変人だね、アンタもあたしも。どれだけ空の事が好きなんだよ」
「えっ?」
あたしの『笑み』に驚いたのか、あたしの『言葉』に川下は驚いたのかは分からない。
なんで川下が驚いた顔を見せるのか、あたしには分からない。
でも今はそんなことを気にしている場合じゃない。
ふと脳裏に浮かんだ言葉があるから、それを川下に伝えないと。
今ならあたしも、『素直』になれそうだ。
「川下、ごめんなさい・・・・。あたし、ずっと間違ったことをしていた」
また川下はあたしのその言葉に驚いた表情を見せた。
でも今回はほんの一瞬だけ。
本当に、今日の川下は笑ってばっかり。
「別にいいよ。そんなにアンタの事恨んでないし」
そう言った川下だったが、すぐに笑顔が消えた。
そして凄く真面目な表情で、あたしに『約束』をしてくる。
「でも一つだけ。必ず空ちゃんの前でも同じことを言ってよね。『自分が何をやった』のか分かっているならさ」
分かってるって。
じゃないとこんなこと言わないのに。
「うん。分かった」
「約束ね。絶対だよ!」
『絶対だよ』と言う言葉が余計に感じたから、あたしは反論する。
また川下と喧嘩してしまう。
「うるさいな。『分かっている』って言ってんだろ?」
やけくそにあたしは言葉を返した。
態度も悪く川下に小さく舌打ち。
そしたら案の定、川下は怒った表情に変わった。
って言うか、やっぱりあたしとアンタの関係はこっちの方が面白いよね。
「何よその態度!頭に来るな!」
「お前のその怒った顔の方が頭に来るし」
「んだとこら!」
彼氏に似たのか知らないけど、川下はあたしの肩を殴ってきた。
結構痛いし・・・・。
「痛っ!テメェー暴力は反則だぞ!」
「うるさいな!ってアンタも殴ってくるな!痛っ」
お返しにあたしも川下の肩を殴り返した。
同時に彼氏との会話でよく聞く言葉をあたしも使ってみる。
「黙れこのタコ星人」
「誰がタコ星人よ!頭に来るな!」
川下の怒りが増したように感じたから、あたしは笑った。
コイツ、からかうと結構面白いかも。
そしてそれからも川下とくだらない喧嘩をして無駄な体力を消耗した。
いつの間にか『美柳空と言う女の子には、川下海か北條燐のどちらが友達に相応しいか』って会話に変わっているし。
なんかちょっぴり楽しいかも。
一方の高林のはあたし達の姿を呆れて見ていた。
花音はあたしと川下が仲直りしたことに嬉しいのか、笑顔が止まらない。
と言うか花音、あたしらの喧嘩に参戦してくるし。
何故だか川下の味方になって、あたしを攻撃してくるし・・・・。
意味わかんない・・・・。
こうしてあたしにも笑顔が戻り、目的地のレストランへ移動する。
何だかこれからの時間が楽しみだ。
空も早く目を覚まして一緒に来たらいいのに・・・・。
そして、これであたしも今日一日楽しめたらいいのに・・・・・。
・・・・・・・・。
悪に染まったあたしを神様は簡単には許してくれない。
園内の食べ物は、高校生のあたし達にはかなり厳しい値段。
なんで遊園地の飲食店って凄く高いのだろう。
そんな事を思いながらも、あたし達はレストランでお昼ご飯を食べていた。
園内にある、テラス席がお洒落なのファーストフード店。
サンドイッチやホットドッグなどが、比較的高い値段で売っている。
そのファーストフード店で食べたいものを各自選んで受け取り、あたし達は店内の席に座った。
お洒落なテラスもよかったけど、もう寒いから店内で食べたい。
ちなみにあたしはレタスと玉子のサンドイッチ。
他はみんなハンバーガーを食べている。
イチオシ商品でもあるハンバーガーも美味しそうだけど、やっぱりあたしはいつもここに来たらサンドイッチだ。
『高い』とか何だかんだ文句を言いながら、ここのファーストフード店のサンドイッチは凄く美味しくて好き。
お母さんが小学生の遠足の時に作ってくれたサンドイッチと同じ味がするし。
軽食とあってか、みんなの食べるペースは早い。
お腹を空かせたみんなは一瞬で食べ終わると、すぐに次はどこに行こうかと話は進む。『次は何に乗りたい』とか、『ここに行きたい』とか話が進む。
そんな中、気遣いの上手な川下が呟く。
「あっ、みんなお水ないよね」
確かに飲み物はない。
セルフサービスの店だから、水は自分で給水機から汲まないと永遠に飲めない。
と言うかみんな、『食べ終えても水がない』ってことに気が付かなかったんだ。
そんなに早く園内を回りたいのかな?
・・・・・・。
「じゃああたしが行く」
そう言って席を立ったのはあたしだ。理由は特にないのに・・・。
「もしかして、高感度アップ狙ってる?」
その川下の余計な言葉はホントウザイ。
「黙れタコ。ってかアンタだけ海水ね。そっちの方が生き生きするでしょ?」
「帰ってきたらとりあえずぶん殴る」
殴れるものなら殴ってみろ。
そう思いながらあたしは給水機に向かった。
あたしが席を立ってすぐに高林が『あいつ、今日一日で見間違えたな』って小さく呟いた声が聞こえたけど、聞き間違いだろうか?