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「忘れ物はない?」

 玄関先でコートを着込み、ローファーを履いている紫織に母親が訊ねる。

「うん、大丈夫」

 紫織は頷くと、カバンを手にしてドアを開けた。

「それじゃあ、行って来ます」

「はい、気を付けて行ってらっしゃい!」

 母親に見送られながら、外へ足を踏み出した。
 凍えそうなほどの冷気が全身を覆う。

 それもそのはずである。
 今は十一月下旬。
 本格的な冬は、すぐ目の前に迫っている。

 紫織は出来る限り、身を縮ませながら歩く。
 それでもスカートの中まではさすがに防御が利かず、ひんやりした空気がスースーと入ってくる。
 寒さ対策のために履いている分厚い黒タイツも、あまり意味をなしていない。
 歯の根も噛み合わず、意識を全くしていないのに勝手にガチガチと震えた。

(冬なんてなければいいのに……)

 そんなことを思いながら、隣家の前を通り過ぎようとした。

「紫織」

 低くて穏やかな声に呼び止められた。

 紫織ははたと足を止め、首だけを動かしてその主を確認する。

 そこにいたのは、その家の長男である高沢(たかざわ)宏樹。
 彼は口元に小さな笑みを浮かべながら、「おはよう」と挨拶をしてきた。

「どうした? 憂鬱そうな顔をしてるぞ」

「――そんな風に見える?」

「うん。『学校なんてかったるい!』って言いたげにしてる」

「そ、そこまで酷いことは思ってないけど……。――ただ、寒くて嫌だなあと……」

「あはは、なるほど」

 紫織の言葉に、宏樹は乾いた笑い声を上げた。