◆◇◆◇

 外に出ると、凍り付かんばかりの冷気が全身に纏わり付く。
 口からは真っ白に染まった息が吐き出され、それがよけいに寒さを感じさせた。

 紫織はコートのポケットに手を入れた。
 手袋を嵌めてはいるが、それでも、出したままでの状態では少しずつ指先から体温を奪われてゆく。

(とりあえず、駅の方まで行こうかな)

 紫織は身を縮ませながら、駅へと向かおうとした。

 と、その時であった。

「紫織」

 背中越しに低く穏やかな男の声に呼び止められた。

 紫織は立ち止まって後ろを振り返る。

 紫織を呼んだのは、隣人の幼なじみである宏樹だった。

「珍しいな、こんな寒い日に外に出るなんて」

 宏樹は紫織と視線が合うなり、小さく笑みながら言った。

 宏樹も出かけるところだったのだろうか。
 紫織同様、上半身にコートを纏っている。

「どこ行くんだ?」

 まるで保護者のように訊ねてくる宏樹。

 完全に子供扱いされていると感じた紫織は、不満げに口を尖らせた。

「別にどこ行くって目的はないけど……。ただ、お母さんに邪魔扱いされちゃったから……」

 紫織の答えに、宏樹は、あはは、と声を上げて笑った。

「なるほど。それじゃあ、俺と同じってわけだ」

「え? 同じって、まさか……」

「そ、俺も、追い出されたクチ」

 宏樹は屈託なく言った。

「いい大人が、家にばかり閉じ籠ってるんじゃない、ってね。確かに、親の言うことももっともだけどな」

「そうなんだ。――あ、でも、朋也は?」

「ああ、あいつは朝早くから出かけてるよ。どうやら、学校の友達と約束があったみたいだな」

「ふうん」

 紫織は短く答えると、寒さも関係なく、意気揚々と出かける朋也を思い浮かべた。
 年中元気がありあまっているというのは、呆れる半面、羨ましくも感じる。

(朋也ほどじゃなくても、私ももうちょっと寒さに強ければ……)

 そう思いつつ、紫織は身体を鍛えようという気は全く起きない。
 やはり、家でぬくぬく過ごすのが一番幸せだと改めて考え直した。