その日の授業が全て終わると、朋也はコートを羽織り、通学用バッグを肩にかけて足早に教室を出た。
 向かう先は、ふたつ隣の教室である。

(いるか?)

 朋也は目的の場所に着くと、締め切られた戸に小さく貼られたガラスから首をわずかに伸ばして教室内を覗う。

 中ではごちゃごちゃと人間がごった返している。
 ほうきや雑巾を手にしている者、そして、周りに急かされるようにいそいそと帰り支度を始める者――

 その中で、ひとりのんびりとバッグに教科書を詰め込んでいる少女がいた。
 容姿自体はそれほど目立たない。
 しかし、せっかちな連中の中では、彼女のマイペースぶりは妙に浮いている。

 朋也は苦笑しながら、戸をゆっくりと開けた。

「おいっ!」

 教室中に響き渡る大声で、朋也は少女を呼んだ。

 生徒達は一斉にこちらを見る。
 ある者は何事かと言わんばかりにポカンとし、またある者は好奇の目を朋也に向けてくる。

 朋也はそんなものはお構いなしに、堂々と教室に入って少女の席の前まで行った。

 少女――紫織はしまいかけた教科書を手にしたまま、呆然と朋也を見つめている。
 いや、正確には〈睨んでいる〉といった表現が正しい。

「――なに?」

 予想はしていたものの、紫織の冷ややかな反応に朋也の頬はヒクヒクと痙攣する。

「お前、少しぐらい愛想良くする気はないのかよ……」

 堪らずに朋也は本音を漏らした。

「何であんたに愛想ふりまかなきゃなんないの? それに何しに来たのよ?」

「何しにって……。そりゃあ……」

 言いかけて、朋也は口ごもる。
 まさか、紫織と一緒に帰るために迎えに来た、とはさすがの朋也も公衆の面前では言えない。

 そんな朋也を紫織は怪訝そうに見つめていた。

「――用がないなら私は帰るよ?」

 紫織はそう言うと、コートを着込み、バッグを手にしてその場を立ち去ろうとしていた。

「待て! 紫織!」

 朋也は慌てて呼び止めた。

「俺も、帰るから……」