ご本人の話によれば、三神さんは『天正堂』という名の拝み屋衆に所属しているという。
 『まぼろし』という名前の少女とは、彼女が幼い頃にそこで知り合った。その少女には物心がつく前から超常的な力が強く備わっており、あまりにも強烈な症状で周囲を混乱に陥らせる為、事態を重くみた両親により症状が落ち着くまでという一時的な名目で、天正堂へ預けられたという事だった。
 数ある症状の中で最も強力な力を発揮していたのが、三神さんの語った、遠視(とおみ)。遠隔透視と呼ばれ、離れた位置にある人物、物体を見る、察知するというものだった。一般的には広く『千里眼』という呼称で知られており、そこへ加えて彼女は、未来予知の能力までも備えているというのだ。
「ワシら拝み屋衆に属する者はそのほとんどが政治家や一般企業のトップなんぞを相手にして、まあ世俗的な事も含めて吉凶を占う生業なわけだ。そういう意味でもあの子は、精神の病と片付けられて狭い病院へ放り込まれるよりかは、力の使い道のあるワシらの所へ来る方が良い判断だったのだとは思う。これはワシ個人の話で痛み入りますが、古来より忌み云われのある土地に出向いて行ってまじない事を施すという、いわば地鎮祭における神主とか、そういった立場で裏仕事をこなすのがこのワシの専門でしてな。ここの、西荻のお嬢と知り合いになれたのも、そういった土地持ちとの縁があったからなんだ」
 だが、と三神さんは声を低くして言う。
「あの子の持つ力は、ちいとばかしキツすぎてな。本来の正業である拝みでは、まぁやらん領域にまでその力は及んでいくようになった」
 どういう意味だろう…?
 正業の拝み屋というものがどのような仕事なのか僕も詳しいわけではなかったが、先程三神さん自身が仰ったように、占いやお祈りが仕事ではないのか。そこ以外の、あるいはそれ以上の領域とは一体何を指すのだろうか。
「あの子は人を、呪えるんだ」
 一同が息を呑んだ。誰も、その言葉の意味を聞き返したりなどしなかった。
「親元を離れた幼い少女の寄る辺ない自我では、良い行いと悪い行いの線引が大人のそれとは食い違う場面もままあった。それは、仕方のないことだ。だがそれを利用する悪い人間もいて、例えば政敵、あるいは企業世襲の諍い相手、そういった特定の個人に対して攻撃させる目的としてあの子の力は使われ始めた。実際それを金に換えて実行に移すよう働きかけたワシら管理側にも責任はある。だからワシは、あの子の力を逆手にとって、組織に対して自立を約定させた。つまり屋号だけを借り受けた、いわば個人事業主となったわけだな」
「彼女の力は本物です」
 と文乃さんが言った。
「三神さんのいる組織では、誰もがそれを理解している。その彼女を怒らせたらお前らの命はないぞーって、そう脅しをかけたんですよね?」
 文乃さんはいたずらっぽい顔で、三神さんに微笑みかけた。三神さんは照れたように頭を掻き、
「脅しなんていうとまあ、聞こえは悪いんだがなあー」
 と、明言を避けた。だが否定はしなかった。
「おっさん、やるじゃねえか」
 と池脇さんが目を細めてそう言うと、三神さんはますます照れて赤くなった。


「先程、電話で話しておられたのは、その女の子ですか?」
 辺見先輩が聞いた。
 アレが僕たちの周囲で発現した時、辺見先輩の目の前に何かがポトリと落ちた。それが実は三神さんの携帯電話で、あの時既に誰かと通話中だったらしい。その相手が、幻子(まぼろし)という名の少女だったのだろうか。
「こらいかん、やばいと思うてな。短縮ダイアルを押してすぐにあの子とつないだんだ。あの子はどこにいてもワシの事なら即座に視ることができる。反射的に、助力を仰ごうとすがったんだがなぁ」
「何か、仰ってましたね」
 と、文乃さんが聞いた。
「うーむ。この人らがおる前で口にしてええものか分からんけども」
 三神さんは目の前に座る長谷部さんと岡本さんに気を配り、口ごもった。
「いや、や、や」
 と長谷部さんが慌てて腰を上げる。
「そんなにどえらい力を持った娘さんがこちらサイドに付いているんなら、百人力じゃないかね。何を気にすることがある?」
 それは確かに、長谷部さんの言う通りだ。少なくともここにただ座っているだけの僕や辺見先輩などより、何倍もこの件に関して力になってくれるだろう。しかし三神さんは困り果てた様子でテーブルに肘をつき、指で皺の寄った額を支えた。
「あの子は普段ワシを先生と呼ぶんだがね。あの時電話で、こう言ったんだよ」

『先生。…あれは、無理です』

「無理」
 文乃さんが繰り返した。
 ざわざわと絶望感が押し寄せて来るのを、僕は感じていた。