次の日、協力隊らしく村おこしの話し合いをするという二人に、私も混ぜてもらった。

「村おこしを、目的にしてるわけだが、田んぼアートと夜祭りだけじゃ少ないな。他にも、何か目玉になるようなことないか」

「ずっと住んでいると、何が特別か分からないなぁ」

 頭に手を組んで天井を仰ぐ琥太郎さんは、幸せ者だと思う。
 ここにしかないものが、たくさんあるから。

「空気がおいしいとか、星も綺麗です。野菜も美味しいし。で、トモさんは何か案があるんですか?」

「ん? それを今から見つけようと思って」

 ガハハハハッと豪快に笑うトモさんに、今回も私たちは顔を見合わせて肩を竦めた。

 舞依の家も農家で、田植えに向けて忙しいみたいだ。
 あの日に会えたのは本当に偶然で、新しい公民館の方にもあれ以来姿を見せない。

 村おこしの実行委員である、琥太郎さんに会えるだけだった。

「舞依と話したいことが、たくさんあったのにな」

 村おこしの話し合いが終わった後の、琥太郎さんに愚痴をこぼす。
 最初の印象から、随分イメージが良くなった琥太郎さんは、村にいる間の私の話し相手になってくれている。

 余所者扱いをされると思っていた、村おこしの集まりも、好意的に受け入れられている。

 それも全て琥太郎さんのお陰だった。
 意欲的に働いている琥太郎さんの知り合いだから、というのは有り難い位置付けだった。

「舞依もそう言ってた。田植えがひと段落したら話せると思うよ」

「そういえば昔のことをどのくらい聞いたの?『わたなべえいた』を知ってるなんて。本当の本当に秘密だったのに」

 むくれると笑われた。

「ごめんごめん。将来の恋人を決めるなんて、可愛いよね」

「馬鹿にしてるでしょ」

「してないよ」

 手を横に振って否定する、琥太郎さんの腕でブレスレットが揺れる。
 それはボタンに紐を通し編んである、ブレスレット。

「そのブレスレットいつもしてるね。切れると願い事が叶うやつ?」

「あぁ。これ?これはお守り、かな」

 大切そうにブレスレットに手をやっている琥太郎さんに、質問を重ねようとしたところに別の人が通りかかった。

「なんだ。今日もこんなところで、油売ってるのか」

「トモさん」

 背後から話しかけられた形になった琥太郎さんが、驚いてトモさんの方へと振り返った。

 トモさんも、最初の印象こそ軽い信用ならない人だったが、頼りになる人だと判明した。

 海外青年協力隊をしていただけはある。

 リノベーションと言う名のDIYを着々と進め、五右衛門風呂を完成させた。
 薪割りもお手の物で、トモさんはここでの暮らしを満喫していた。

 通りすがりのトモさんは私を見て、意味深に笑った。

「俺は年頃の女の子と話せるとは嬉しい限りだがな」

 軽いイメージなのは、残念ながら払拭できないみたいだ。

「山浦さん。クライアントから、一番にお電話です」

 外線の1と書かれたボタンを押す。

「いつもお世話になっております。山浦に代わりました」

 このくらいの台詞は、流れるように口から出てくる。

 短大を卒業して五年。
 つまり就職してからも五年。

 習得した処世術の一つ。
 後は飲み会にたまに参加して、会社の愚痴を適度に言うことも一つ。

 大村からこちらに帰ってきて、時間に押し流されるように生きている気がする。

 今までも感じていたかもしれないけれど、見ない振りをした気持ち。
 日々を、ただこなしているだけの毎日。

 大村は時間の流れがゆっくりで、目的意識と意欲に燃えていて、生きてる!と実感できる。
 そう思うと、今の私は死にかけているのかもしれないな。

「美樹さん。半笑いした顔、怖いです」

 後輩の葉山綾美に指摘され、肩を竦めた。

 仲のいい綾美と話すのは好きだ。
 人と接しないという後ろ向きな理由で選んだ仕事も、自分の手で形になっていく工程は好きだ。

 ここでの生活も十分に充実している、と思う。

 それなのに、今か今かと週末を待っている。
 予定が無ければ、毎週でも行きたいと思っているほどに。

「ゴールデンウィーク明けからおかしいですよ。休み中に何かありました?」

 意味深に微笑まれて「なんですか? 聞かない方がいいですか?」と余計に笑われた。

 だから私も、目一杯に意味深な雰囲気を醸し出して誘った。

「田舎に興味ない?」

「お疲れ様」
 ちょくちょく掛かってくる琥太郎さんからの電話に、掛け直すことが日課になりつつあった。
 そして掛けながら、冷蔵庫からビールを出すことも。

「今日も遅くまでご苦労様」

 何も無駄話をするために、電話を掛けてくるわけじゃない。
 村での進捗状況を教えてくれるのだ。
 着々と進んでいて心強い限りだった。

 国から地域おこし協力隊の助成金が出て、私へホームページ作成料を振り込んでくれた。

 いいよと言っても、せっかくだからと言われ頂くことにした。
 もらってくれた方が、次も頼みやすいとも言われたから。

「トモさんのSNS見てるよ。トモさんが居れば、ネットでの宣伝は心配なさそうだね」

 写真を上げたり、大村の良さをアピールしている。とても上手だ。
 行ってみたいと思わせる文言が並ぶ。

「最初はどんな野郎だって思ったけど、案外いい人だった」

「ははっ。軽い冗談ばっかりの人ってだけだったもんね」

「トモさんも美樹ちゃんの作ったホームページは見やすいし、今後にも触りやすくしてあるから助かったって」

 仕事柄その辺りはしっかり作った。
 ずっと私が手伝えるのか分からないのだから。

 それでも褒められ、ビールが美味しく進む。
 電話の向こう側で、まさかビール片手にスルメを咥えているとは思わないだろう。

 忙しい時は大好きな食事も構ってられない。

「そうそう。田植えに、うちの後輩を連れていくね。若くて元気な子だよ」

「女の人? トモさんが浮き足立っちゃうよ」

 こんなたわいもない話もして、けれど大村のゆっくりとした時間が電話から流れているみたいで、癒されるひと時だった。

「おばあちゃんが、大きなショッピングモールが建つって」

「あぁ。大型ショッピングモールの関係者が視察に来たからね」

「大丈夫、だよね?」

「大丈夫」

 琥太郎さんが言うと、本当に大丈夫だと思えるから不思議だ。

 おやすみなさいの挨拶をして、まだまだ長い夜は更けていった。

 綾美と一緒に来た田植えイベントは、大盛況だ。
 子ども連れが多いのはもちろん、若い子たちもいる。

 私たちも、場違いにはならずに済んだようだ。

 田んぼには水が張られている。
 稲を植える前の水面には、空の青色と雲が映る。
 まるで田んぼの中を、気持ち良さそうに雲が泳いでいるみたいだ。

「では、受付時にお渡しした用紙に書かれた箇所が、皆さんそれぞれの担当箇所です。グッと押し込まないと、植えられずに浮かんで流されます。コツは近くのスタッフに聞いてください」

 各々に自分の稲を取りに行く。
 普通の稲の人、古代米の人。

 苗の頃は普通の稲も古代米も、あまり変わらない。
「間違えないように植えてくださーい」と呼びかけている。

 田んぼの中に入ると、まだ少し冷たい水の冷たさが長靴の内側まで感じる。
 稲を持って手を入れ、冷たい水の奥の泥に苗を入れた。

「なかなか体験できませんね。こんなこと」
 楽しそうに笑う綾美は、既に植え終わったみたいだ。けれど綾美の足元から、稲が浮かんでいく。
「説明通りに失敗してる」
「え!ヤダ。本当。難しいな〜」
「どれどれ。コツをお教えしようかな」
 目敏く見つけたトモさんが近寄ってきた。若い女の子だから優しいんですよねって、穿った見方で見てしまう。けれど説明も植え方も上手い。そこはさすがだ。
「美樹ちゃん。どう?上手く植えれた?」
 ずっと忙しそうに進行していた琥太郎さんが、声をかけてくれる。その側から他の人に植え方を聞かれ「ごめん。また後で」と聞かれた人の方へ行ってしまった。トモさんも他の人に連れて行かれ、また綾美と一緒に残りを植えた。