「もちろん相談にのるさ。僕らは親友だ。恋の悩み、上等じゃないか」
それから三人は銀座通りを外れて、庶民の商店街の一角にあるミルクホールに入った。
ミルクホールとは、学生向けの軽食を出す、安い飲食店だ。
簡素なテーブルと丸椅子が置かれた十二畳ほどの店内は賑わっていて、様々な学校の男子学生ばかりである。
まずは入口横で割烹着(かっぽうぎ)姿の老女に、ミルク珈琲とシベリアを三つずつ注文する。
シベリアとは羊羹(ようかん)をカステラで挟んだ菓子で、日本中で売られており、老若男女に人気だ。
大吉がここに来る時は大抵、一番安い豆菓子とホットミルクを買うのだが、今日は少しばかり贅沢をする。
ミルク珈琲代は、相談があるという清が払ってくれた。
紙に包まれたシベリアと珈琲碗を手にした三人は、唯一空いていたふたり用のテーブルに、他で余っていた丸椅子を持ってきて足し、顔を突き合わせるようにして話す。
「それで、恋の相手とは誰なんだ?」
大吉がワクワクして尋ねれば、清が照れ臭そうに話しだした。
「名は早川文子(はやかわふみこ)と言う。年はひとつ上の十八だ」
清の下宿先は親戚の家で、その隣は古めかしい四軒長屋なのだそう。
文子はその長屋に兄弟姉妹七人で暮らしており、一番年長である。
大工であった彼女の父親は数年前に足場から落下して亡くなったらしく、母親はその心労と過労から体を壊してしまい、半年ほども入院しているそうだ。
それで文子が半年前から一家の大黒柱となり、まだ四つだという幼い妹から一歳違いの弟まで、六人の弟妹を養っているという。
仕事は仕立て屋の下請けで、呉服や背広などの縫製を自宅で行なっており、日中はミシンを踏む音が清の部屋まで聴こえてくるらしい。
「随分と大変な境遇だな。昔話に出てきそうな苦労人だ」
大吉が感想を口にすれば、清が眉を下げて何度も頷いた。