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・【健胃の権威】
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「オオバキボウシは健胃の権威~♪」
やけにゴキゲンで調理室にいる紗英。
今日も朝早く登校して調理室で下処理を行っている。
もう朝早く起きることにも慣れて、二人でこうやって下処理することが日課になった。
僕はこの時間が割と好きだ。
何故なら紗英と一緒にいると楽しいので、こうやって早く登校すれば長く紗英と一緒にいれるから。
「さて、今日はどういう料理を作るんだ?」
「料理も胃に優しい、おひたしでも作ろうかなって思っているんだ」
「そうだね、ここで揚げ物作ったら、とんでもない悪魔だもんな」
僕は鍋を取り出して、水を張り、火にかけた。
そんな僕の肩にトンと手を置いて、紗英はこう言った。
「おひたしは普通に茹でるだけで完成だから簡単じゃん」
僕は振り返って、
「そうだね」
と相槌を打つと、紗英はニッコリと微笑んでこう言った。
「いつも優しいな、誠一は」
「いや急にどうしたの? というか別に普通だよ、何も優しいわけでもないよ」
「でもノエルの胃のこと考えたりさっ」
「それはでもそうだよ、料理の基本はホスピタリティ、献身性だからね。食べてくれる人のことを思いながら作るんだよ」
そう言うと少し面持ちを曇らせながら紗英は、
「思うって、何?」
と機嫌悪そうに言い放った。
何で少し機嫌が悪そうになったのか分からないけども、僕は普通に答えることにした。
「その食べてくれる人のために頑張るというか、うん、そんなところかな?」
「じゃあさ、もし俺に料理作ってくれることがあったら、誠一は俺のこと思ってくれるのか?」
「それは勿論そうだよ。食べる人によって考えることは変わるよ」
「俺ならどんなこと考える?」
急にそんなことを言ってきたので、う~ん、と悩んでいると、
「そっか、俺のことはあんまり考えないかっ」
と、何故か少しやるせない感じの表情を浮かべながら笑ったので、僕は
「いやいやいや! いつも紗英のことは考えているよ!」
と本心をそのまま述べると、
「いつも……考えている……?」
と、紗英が首をかしげながらも、少し嬉しそうにした時、僕は言葉が出た。
「そうそう、それ。僕は紗英がいつも笑顔でいてくれるようなことを考えているから、笑顔になってもらえるような料理を作ると思うよ。たとえば紗英が好きな味の料理とか」
ちゃんと言葉が出て良かったぁ、と胸をなで下ろしていると、紗英が
「じゃあ俺も! 俺もいつも誠一の笑顔を祈っているから!」
と明るい声で叫んだ。
「良かった、じゃあ相思相愛だね」
と、他意無く僕はいつもの感じで普通に言ったら、急に紗英が小声で、
「相思……相愛……?」
と何だか不思議な雰囲気で言ったので、もしかすると相思相愛の意味を理解していないのかなと思って、
「二人共、幸せを思い合っているという意味だよ」
と言うと、紗英は
「そっかぁ……」
と言って、ホッコリと微笑んだので、良かった。
紗英とはずっと仲良く友達でいたいからなぁ。
鍋のお湯も沸騰し、オオバキボウシをサッと茹でて、茹で終えたら流水で締めてから冷蔵庫に片づけた。
二人で調理室をあとにして、教室に戻り、一限目・二限目の授業を終えて、間の長めの休みに僕と紗英とノエルちゃんで調理室にやって来た。
相変わらずノエルちゃんは、やや調子が悪そうにしていた。
「大丈夫? ノエルちゃん、食べられる?」
「いや食べたいことは食べたいんだけど、うん、食べる食べる」
調子が悪くなってからどうも歯切れが悪いノエルちゃん。
このオオバキボウシのおひたしで、少しでも良い方向に向かってくれるといいんだけども。
「今日はオオバキボウシのおひたしで、健胃の効能があるんだ。健胃というのは、胃が健やかに強くなるという意味だよ」
僕は最後の仕上げに、オオバキボウシに鰹節と醤油をかけて、ノエルちゃんの前に出した。
ノエルちゃんはすごく嬉しそうな表情を浮かべながら、
「胃のこと! 分かってくれていたんだ! すごい嬉しい! いただきます!」
と言って、オオバキボウシのおひたしをガツガツと食べ始めた。
「葉っぱが甘い! とろりとしたぬめりが舌に広がって、口の中いっぱいに味が広がる!」
今日もおいしそうに食べてくれて、僕も一安心。
その様子をうんうん頷きながら、満足そうに見ている紗英。
このまま紗英とノエルちゃんの言い合いが無いといいんだけども。
そう思った直後、ノエルちゃんが紗英に話し掛けた。
「今日も勿論一緒なんだね、やっぱり誠一のこと大好きなんだ」
また何でそんなこと言うのかなぁ、と、ちょっとこわごわしていると、紗英が
「そうだね! 大好きだね!」
と少しツンツンしながらも、完全に言い放ったのでビックリした。
そんな言い方したら、またノエルちゃんからネチネチ付き合ってるとか言われちゃうよ、と、あわあわしていると案の定、ノエルちゃんが
「へぇー! じゃあ付き合いたいんだ!」
とこれまた直球で言うと、紗英は
「知らん! でもよく分かんない感情が最近出てきているのは事実!」
と言ったので、僕はさらにビックリしてしまった。
いや紗英は思ったこと全て口に出すことは知っているけども、まさかこんなことを思っているなんて。
というか、えっ? よく分かんない感情ってどういうこと?
僕は訳も分からず、紗英をじっと見ていると、紗英がこっちを向いて、優しく微笑んだ。
その表情に何だか僕は胸がドキドキし始めた。
このままじっと見ているのは何だか恥ずかしいと思い、ノエルちゃんのほうを見ると、ノエルちゃんはやけにうろたえていた。
「へっ、へっ、へぇっ……い、言うねぇ……じゃ、じゃあっ、そのっ、紗英は、あの、誠一のこと好きなんだ……」
「うん! 好きは好きだ! いつも通り!」
「じゃ、じゃっ、それはきっとっ……友達として、だねぇっ……」
「まあな! かもな! でも! 何か! 誠一と! とにかくずっと一緒にいたいんだ!」
紗英がそう言うと、ノエルちゃんはまだ少し皿に残っていたオオバキボウシのおひたしをかっ込んで、皿をダンと強くテーブルに置いて、パンと手を叩き、やたら大きな声で
「ごちそうさまでした!」
と言ってから、立ち上がって、紗英に寄っていって、紗英の腕を引っ張り、
「じゃ! じゃあ! 帰ろうか!」
と叫んだ。
何でこんなにノエルちゃんが慌てているのかな、と思った。
それに対して紗英は、
「いや俺は誠一の片付け手伝っていくからいいよ、ノエルだけ帰ればいいじゃん」
と正論を言うと、ノエルちゃんは
「じゃあアタシも残るし、アタシが誠一の片付けの手伝いする!」
と言って、自分が使った皿と箸を水出し口のところに持って来た。
でも僕は、
「ノエルちゃん、まだ胃の調子悪いでしょ? 僕と紗英でやっておくから大丈夫だよ」
と言うと、ノエルちゃんは『うぅ~』とちょっと唸ったので、
「ほら、まだ胃がきしむんでしょ? そんな即効性は無いからね」
とさらに言うと、ノエルちゃんはすごすごと言った感じに引き下がり、その場をあとにした。
何だか肩を落としているような後ろ姿で、やっぱりまだ胃の調子が良くないんだな、と思った。
残った僕と紗英で、片付けをしてから調理室をあとにしようとしたその時、紗英が
「好きって言ってもいつも通りよろしくな! なんせ俺は誠一と一緒にいたいだけだから!」
と言って笑った。
確かにそうなんだろうけども、何か、何か、僕はどうすればいいか、ちょっと分からなくなってしまった。
まさか紗英がそんなことを言い出すとは思わなかったから。
そして、じゃあ僕は一体何なんだろうか。
どう考えているのだろうか、紗英のことを。
いやでもただの友達、そして何なら師匠ぐらいに思っていたので、何だか紗英の変化に追いついていかない自分がいた。
・【健胃の権威】
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「オオバキボウシは健胃の権威~♪」
やけにゴキゲンで調理室にいる紗英。
今日も朝早く登校して調理室で下処理を行っている。
もう朝早く起きることにも慣れて、二人でこうやって下処理することが日課になった。
僕はこの時間が割と好きだ。
何故なら紗英と一緒にいると楽しいので、こうやって早く登校すれば長く紗英と一緒にいれるから。
「さて、今日はどういう料理を作るんだ?」
「料理も胃に優しい、おひたしでも作ろうかなって思っているんだ」
「そうだね、ここで揚げ物作ったら、とんでもない悪魔だもんな」
僕は鍋を取り出して、水を張り、火にかけた。
そんな僕の肩にトンと手を置いて、紗英はこう言った。
「おひたしは普通に茹でるだけで完成だから簡単じゃん」
僕は振り返って、
「そうだね」
と相槌を打つと、紗英はニッコリと微笑んでこう言った。
「いつも優しいな、誠一は」
「いや急にどうしたの? というか別に普通だよ、何も優しいわけでもないよ」
「でもノエルの胃のこと考えたりさっ」
「それはでもそうだよ、料理の基本はホスピタリティ、献身性だからね。食べてくれる人のことを思いながら作るんだよ」
そう言うと少し面持ちを曇らせながら紗英は、
「思うって、何?」
と機嫌悪そうに言い放った。
何で少し機嫌が悪そうになったのか分からないけども、僕は普通に答えることにした。
「その食べてくれる人のために頑張るというか、うん、そんなところかな?」
「じゃあさ、もし俺に料理作ってくれることがあったら、誠一は俺のこと思ってくれるのか?」
「それは勿論そうだよ。食べる人によって考えることは変わるよ」
「俺ならどんなこと考える?」
急にそんなことを言ってきたので、う~ん、と悩んでいると、
「そっか、俺のことはあんまり考えないかっ」
と、何故か少しやるせない感じの表情を浮かべながら笑ったので、僕は
「いやいやいや! いつも紗英のことは考えているよ!」
と本心をそのまま述べると、
「いつも……考えている……?」
と、紗英が首をかしげながらも、少し嬉しそうにした時、僕は言葉が出た。
「そうそう、それ。僕は紗英がいつも笑顔でいてくれるようなことを考えているから、笑顔になってもらえるような料理を作ると思うよ。たとえば紗英が好きな味の料理とか」
ちゃんと言葉が出て良かったぁ、と胸をなで下ろしていると、紗英が
「じゃあ俺も! 俺もいつも誠一の笑顔を祈っているから!」
と明るい声で叫んだ。
「良かった、じゃあ相思相愛だね」
と、他意無く僕はいつもの感じで普通に言ったら、急に紗英が小声で、
「相思……相愛……?」
と何だか不思議な雰囲気で言ったので、もしかすると相思相愛の意味を理解していないのかなと思って、
「二人共、幸せを思い合っているという意味だよ」
と言うと、紗英は
「そっかぁ……」
と言って、ホッコリと微笑んだので、良かった。
紗英とはずっと仲良く友達でいたいからなぁ。
鍋のお湯も沸騰し、オオバキボウシをサッと茹でて、茹で終えたら流水で締めてから冷蔵庫に片づけた。
二人で調理室をあとにして、教室に戻り、一限目・二限目の授業を終えて、間の長めの休みに僕と紗英とノエルちゃんで調理室にやって来た。
相変わらずノエルちゃんは、やや調子が悪そうにしていた。
「大丈夫? ノエルちゃん、食べられる?」
「いや食べたいことは食べたいんだけど、うん、食べる食べる」
調子が悪くなってからどうも歯切れが悪いノエルちゃん。
このオオバキボウシのおひたしで、少しでも良い方向に向かってくれるといいんだけども。
「今日はオオバキボウシのおひたしで、健胃の効能があるんだ。健胃というのは、胃が健やかに強くなるという意味だよ」
僕は最後の仕上げに、オオバキボウシに鰹節と醤油をかけて、ノエルちゃんの前に出した。
ノエルちゃんはすごく嬉しそうな表情を浮かべながら、
「胃のこと! 分かってくれていたんだ! すごい嬉しい! いただきます!」
と言って、オオバキボウシのおひたしをガツガツと食べ始めた。
「葉っぱが甘い! とろりとしたぬめりが舌に広がって、口の中いっぱいに味が広がる!」
今日もおいしそうに食べてくれて、僕も一安心。
その様子をうんうん頷きながら、満足そうに見ている紗英。
このまま紗英とノエルちゃんの言い合いが無いといいんだけども。
そう思った直後、ノエルちゃんが紗英に話し掛けた。
「今日も勿論一緒なんだね、やっぱり誠一のこと大好きなんだ」
また何でそんなこと言うのかなぁ、と、ちょっとこわごわしていると、紗英が
「そうだね! 大好きだね!」
と少しツンツンしながらも、完全に言い放ったのでビックリした。
そんな言い方したら、またノエルちゃんからネチネチ付き合ってるとか言われちゃうよ、と、あわあわしていると案の定、ノエルちゃんが
「へぇー! じゃあ付き合いたいんだ!」
とこれまた直球で言うと、紗英は
「知らん! でもよく分かんない感情が最近出てきているのは事実!」
と言ったので、僕はさらにビックリしてしまった。
いや紗英は思ったこと全て口に出すことは知っているけども、まさかこんなことを思っているなんて。
というか、えっ? よく分かんない感情ってどういうこと?
僕は訳も分からず、紗英をじっと見ていると、紗英がこっちを向いて、優しく微笑んだ。
その表情に何だか僕は胸がドキドキし始めた。
このままじっと見ているのは何だか恥ずかしいと思い、ノエルちゃんのほうを見ると、ノエルちゃんはやけにうろたえていた。
「へっ、へっ、へぇっ……い、言うねぇ……じゃ、じゃあっ、そのっ、紗英は、あの、誠一のこと好きなんだ……」
「うん! 好きは好きだ! いつも通り!」
「じゃ、じゃっ、それはきっとっ……友達として、だねぇっ……」
「まあな! かもな! でも! 何か! 誠一と! とにかくずっと一緒にいたいんだ!」
紗英がそう言うと、ノエルちゃんはまだ少し皿に残っていたオオバキボウシのおひたしをかっ込んで、皿をダンと強くテーブルに置いて、パンと手を叩き、やたら大きな声で
「ごちそうさまでした!」
と言ってから、立ち上がって、紗英に寄っていって、紗英の腕を引っ張り、
「じゃ! じゃあ! 帰ろうか!」
と叫んだ。
何でこんなにノエルちゃんが慌てているのかな、と思った。
それに対して紗英は、
「いや俺は誠一の片付け手伝っていくからいいよ、ノエルだけ帰ればいいじゃん」
と正論を言うと、ノエルちゃんは
「じゃあアタシも残るし、アタシが誠一の片付けの手伝いする!」
と言って、自分が使った皿と箸を水出し口のところに持って来た。
でも僕は、
「ノエルちゃん、まだ胃の調子悪いでしょ? 僕と紗英でやっておくから大丈夫だよ」
と言うと、ノエルちゃんは『うぅ~』とちょっと唸ったので、
「ほら、まだ胃がきしむんでしょ? そんな即効性は無いからね」
とさらに言うと、ノエルちゃんはすごすごと言った感じに引き下がり、その場をあとにした。
何だか肩を落としているような後ろ姿で、やっぱりまだ胃の調子が良くないんだな、と思った。
残った僕と紗英で、片付けをしてから調理室をあとにしようとしたその時、紗英が
「好きって言ってもいつも通りよろしくな! なんせ俺は誠一と一緒にいたいだけだから!」
と言って笑った。
確かにそうなんだろうけども、何か、何か、僕はどうすればいいか、ちょっと分からなくなってしまった。
まさか紗英がそんなことを言い出すとは思わなかったから。
そして、じゃあ僕は一体何なんだろうか。
どう考えているのだろうか、紗英のことを。
いやでもただの友達、そして何なら師匠ぐらいに思っていたので、何だか紗英の変化に追いついていかない自分がいた。