・【朝一から調理開始!】


 僕は誰よりも早く学校に着いたつもりだったが、教室に入ると既に紗英がいた。
「来る時間決めてなかったから、めちゃくちゃ早く来ちゃったじゃん!」
 と言いながら僕に駆け寄ってきて、抱きついてきた。
 いやいや。
「どんだけ待っていたんだっ」
「ちょうど五分前」
「じゃあ、たいして待っては無い!」
 そう言って紗英から離れると、僕はランドセルを自分の机に置いた。
 そして、
「調理室に行こうかっ」
 僕がそう言うと、紗英は大きく頷いて、そのまま一緒に走った。
 本当は、学校の廊下は走っちゃダメなんだけども、今は何か変な解放感があって走っちゃった。
 きっと人がいなさすぎるせいだ。
 調理室の使用の許可は、昨日の段階で既にとれているので、まずは職員室に行って鍵をもらって、それから調理室のほうへ行った。
「調理室なんてあんまり来ないけども、意外と綺麗だな!」
「そりゃまあ毎日掃除担当の人たちが掃除しているからねっ」
 僕は棚からまずは鍋を二つ出して、用心として洗い始めた。
「まあ汚い可能性があるからな、誰か鍋を被って遊んだりしていたかもしれないからな」
「まあ被る人はいないだろうけども、低学年が使った場合はちゃんと洗っていない場合があるし」
「泥で洗ったり」
「さすがに調理室に泥が無いから、それはないだろうけども」
 そうツッコむと、紗英はやれやれといった感じに顔を揺らしながらこう言った。
「無いなら作る、それが基本」
「作ってまで泥で洗わないでしょ、悪ふざけの範疇越えてるでしょ」
「いやもう泥人形みたいな生徒がいたらさ、分かんないぞ?」
「泥人形みたいな生徒って何っ? 見た目の話ならただの悪口だよっ!」
「そうじゃなくて、魔法使いが操っている泥人形が生徒に紛れ込んできて」
「妙なファンタジー! 無いよ! 絶対無いよ!」
 そんなツッコミをしながら鍋を洗い終え、両方の鍋に水を入れて、火をかけた。
 沸騰するまでの時間でスベリヒユを洗っていく。
 昨日採取したスベリヒユを水出し口に持ってくると、紗英が
「スベリヒユって本当に強い雑草だな、土から抜いて置いていたのに全然弱っていない」
「肉厚な葉や茎には水分が含んでいて、多分その自分の水分で保っているんだろうね」
「水だけで大丈夫ってかなりのサバイバーだな」
 と感心している紗英。
 いやまあ雑草だし、かなりのサバイバーだろうなと思いつつ、スベリヒユを洗っていると、
「俺も手伝うぜ! スベリヒユを滝行させればいいんだな!」
「いや何その比喩! 普通に洗うでいいよ! そんな水圧はいらないよ!」
「いやでもスベリヒユを滝行させて願いを叶えさせてやらないと」
「抜かれたスベリヒユに願いも何も無いでしょっ」
 僕がそうツッコむと、紗英はニヤリと笑ってこう言った。
「おいしく調理してほしいという願いを、な……」
「いや……何かちょっとダサいよ! 発想がオジサンだよ!」
「誰がオジサンだ! 可愛くてカッコイイ女の子だろ!」
「いやまあオジサンと言ったことは謝るけども、何かもう、そういうの一番ダサいよ!」
 ちょっと機嫌が悪くなってしまった紗英。
 う~ん、どうしようと考えていると、
「じゃあ誠一、オマエはスベリヒユの願いなんだと思う? だが、中途半端な回答にはものすごくネチネチ言うからなぁ?」
 と、悪意にまみれた笑みを浮かべた紗英。
 いやだから。
「スベリヒユに願い事ないでしょ」
 僕が普通にそう言うと、
「はいダメ! スカシ禁止! リテイクだ!」
 と厳しい口調でそう言ったので、仕方なく何か答えることにした。
「スベリヒユの願い事……スベリヒユの繁栄?」
「めちゃくちゃ普通じゃん! ブブー! 不正解! 正解は良い香りになりたいでしたー!」
「良い香りになりたいが正解かどうか分からないけども、普通でいいじゃないか!」
「もっと上手い回答しないと、大喜利の選抜メンバーに呼ばれないぞっ」
「大喜利の選抜メンバーって何っ? どの世界にそんな集団があるのっ?」
 そんなこんなでスベリヒユを洗い終わった僕と紗英。
 ちょうど鍋が沸騰してきたので、まず一つの鍋にスベリヒユを入れて、湯がき始めた。
「何かスベリヒユがしんなりしてきたな!」
「軽く茹でてアクをとってから調理していこうと思うんだ」
「でも湯がいた水がもったいないな、サバイバルなら体洗うくらいには使えるかもしれないな」
「そうかもしれないね。ちょっと目にしみそうだけども、それさえ気を付ければ」
 さっと茹でたら、スベリヒユをザルで受け止めながら、鍋のお湯ごと流した。
 ザルに乗ったスベリヒユは水気を払って、二つくらいの山にして、皿に乗っけた。
「鍋も二つあるし、二種類の料理でも作るのか?」
「そうそう、一個はサラダ、もう一個はスープを作るんだ」
 僕はもう一つの鍋用に調味料を準備し始めた。
 めんつゆ、そして固形のコンソメスープ。
 コンソメスープでも味は決まるんだけども、めんつゆを入れたほうが日本人が馴染みやすい味になる……と思ったところで、ハッとした。
 ノエルちゃん……日本人じゃない!
 いや日本人なのか! ハーフなだけで海外で住んでいた生活は無いのかっ! 分からない!
 でもまあここは、僕が好きな、得意な味付けでいこうと思い、めんつゆを入れると、
「ノエル、めんつゆとか味わったことあるのかな?」
 と僕が疑問に思っていたことをそのまま紗英が言葉にしたので、ビクンと体を波打たたせてしまった。
 いやでも。
「お菓子って結構めんつゆの味入っているし、多分、大丈夫だと思う、なぁ……」
「確かに! 日本語でお菓子って言ってたし、それでいいかもなっ! キャンディとかチップスとか言っていたら怪しかったけどな!」
 どういう理論だろうとは思ったけども、もうめんつゆを大さじで量って出してしまったので、これを引っ込ませることはできない。
 鍋に入れて、コンソメも鍋に入れて、塩コショウで味を調えて、基本のスープは完成だ。
「調味料を合わせるだけで料理ってできるんだな!」
「うん、この入れる調味料の比率によって味が変わるんだ、勿論入れ過ぎはダメだよ」
「何か味って入れれば入れるほど旨いって思っていたけども違うんだな」
「全然違うよ、量と比率と組み合わせだから、料理の基本は」
 納得したように頷いた紗英。
 さぁ、スープにスベリヒユを早く入れ過ぎると、くたくたのヌメリまくりで食感が悪くなるので、一限目の終わりに入れるとして、これからサラダのドレッシング作りに移った。
「まずは酢に食用油、そして醤油に塩コショウ、あと隠し味にマスタードかな」
 と言いながら用意していると、急に紗英が震えだし、何だろうと思っていると、
「俺! まだ腕からマスタード出してないけどぉっ?」
「いや紗英の必殺腕マスタードビームはいらないよ、普通にドレッシングにマスタードを使うのっ」
 すると、また紗英は腕を僕の顔の前に差し出し、
「でも今日は出そうな気がするから見ていてくれよ!」
「いや出ないよ! 出たところで使わないよ! 衛生的に何か良くないと思われるよ!」
「いや全然俺のマスタードは汚くないし! ちょっと良い香りだし!」
「何で香り話をやたらしたがるんだ! スベリヒユの願い事もそうだし!」
「良い香りは最高だからな!」
「いやまあそうだろうけども、とにかく普通にマスタード使うからっ」
 冷蔵庫からマスタードを取り出して、集めた調味料を一生懸命混ぜ始めた。
 すると、紗英が
「あとは混ぜるだけなんだろ? 力仕事は俺に任せて、誠一は後片付けをするといい!」
 普通男の子、女の子逆だよなぁ、と思いつつも、僕たちはいつもこうなので、混ぜる作業は紗英に任せて、僕は後片付けをした。
 そして完成すると、スベリヒユは鮮度が落ちないように冷蔵庫に入れて、教室に戻っていった。
 教室に戻ると、もう大体の生徒はやって来てきて、その中にも勿論ノエルちゃんがいて。
 ノエルちゃんと僕は目が合うと、ノエルちゃんはバッと立ち上がって僕のほうを走り寄ってきて、
「誠一! 料理はできているのっ?」
 と聞いてきたので、僕は大きく頷きながら、
「うん、二限目にはスベリヒユのサラダやスープが食べられると思うよっ」
 と答えると、ノエルちゃんは今にもヨダレを垂らしそうな口元をしながら、
「楽しみ!」
 と言ってくれた。
 やっぱり紗英の力を借りて、ノエルちゃんに料理を作る話を申し出て良かった。
 だって僕も楽しみだから。
 おいしいと言ってくれるといいなぁ。