・
・【ワガママなノエルちゃん】
・
「お菓子が無ぁぁぁぁいぃぃいいいいいいいい!」
またこの発作か、と、教室のクラスメイトたちはもう慣れたもので。
ノエルちゃんがこの加瀬小学校に転校してきて、二週間になる。
確かに加瀬という地域はコンビニは勿論のこと、スーパーと呼べる場所も自動車で4キロ先にしかなく、とても不便な山の村だけども、そろそろ慣れてほしいと思うところもあって。
「何も無い! 何も無い! お腹すいたぁぁぁあああ!」
そんな叫び散らしたほうがよりお腹がすくんじゃないかなと思うが、きっとノエルちゃんが今までいたところは、こうやって声を上げれば、誰か助けてくれるところだったんだろう。
たとえば誰かがお菓子を持っていたり、じゃあ帰りに買い食いしようという話になったり、したのだろうなぁ。
「もう嫌だ! つらいよぉぉおおおおおおおおおお!」
今にも泣き出しそうなノエルちゃん。
ただ小学五年生にもなって、お腹がすきそうで泣き出すってどうなんだろう。
そんなノエルちゃんにクラスのガキ大将、マサルが話し掛ける。
「ノエル、オマエ、俺様より給食おかわりしてんだから、もういいだろ」
そう、恰幅がよく、身長も高いマサルよりも、このほっそりとした体型で身長も低いノエルちゃんのほうがよく食べるのだ。
テレビやユーチューブで大食いの番組を見たことあるけども、まさにそれだ。
サラサラ金髪のツインテールに青い瞳、話によると北欧出身のママと日本人のパパのハーフらしい。
その整いすぎたお人形さんのような見た目で、もう、新型の掃除機かってくらい勢いでご飯を吸って食べるその姿は、まさに大食い番組のそれ。
「なぁ、ノエル、オマエんちデカいからさ、ご飯もいっぱい出るんだろ? 小学校にいる時くらい我慢しろよ、ハッキリ言ってうるさいぞ」
家がデカいからご飯がいっぱい出る、の、理論は分からないが、確かにうるさいはうるさい。事実としてうるさい。
でも。
「だってお腹すくんだもん……うわぁぁぁああああああん!」
ついには泣き出してしまい、皆、耳を塞ぐ。
いつもこんな調子だ。
学校は勉強が苦手、運動が大変、人付き合いはどうしよう、の、三本柱に、さらに”ノエルちゃんうるさい”が加わわってしまった。
いやまあ勉強や運動や人付き合いは、皆、得手不得手があるけども”ノエルちゃんうるさい”は全員それだ。
だから何か対策を講じないといけない。
否、ある。
僕の中ではある。
でも断られたり、気持ち悪がられたりしたら嫌だな、と思って、まだ行動に移せていない。
「なぁ、誠一、オマエの考え、俺が言ってきてやろうか?」
紗英にだけは僕の考えを言ったり、相談したりしているので、知っている。
「誠一はここぞという時の勢いが足りないんだよな、俺がガツンと言ってきてやるって!」
男勝りな紗英に頼ってばかりじゃダメなような気もするけども、やっぱりここは紗英に頼ることにした。
なんといっても紗英は僕の”師匠”のような存在だから。
「紗英、よろしくお願いします……」
「よし! じゃあ善は急げだ! いくぞ!」
そう言うと、紗英は、座っている僕の腕をグイっと掴み、僕を立たせて引っ張った。
「えっ? 僕もノエルちゃんのところまでいくのっ?」
「そりゃいくだろ! ノエルからしたら誠一って誰ってなるだろ! どう考えてもノエルはクラスメイトの名前覚えてないぜっ?」
急な展開にドキドキしながら、僕と紗英はノエルちゃんの前に立った。
急に現れた見慣れないクラスメイトにノエルちゃんは何を期待したのか、すぐに泣き止んで、こう言った。
「お菓子持ってるのぉぉおおおおおおっ? ちょうだぁぁぁああああああい!」
「いや、お菓子は持ってない」
きっぱり言い切った紗英。
それを聞いたノエルちゃんは机に突っ伏して、座りながらにズッコけた。
「何かある感じだったでしょうがぁぁぁあああああああああああ!」
座りながらバタバタ体を揺らすノエルちゃん。
いやイスや机揺らすくらい誰でもできるけども、何かパワーと勢いがすごいな。
まるで爆弾だ。
いや爆弾なんて見たことないけども。
「ノエル、よく聞け、今日からこの誠一が! オマエのために料理を作ってやる!」
ついに紗英は言った。
僕が考えていたことだ。
ノエルちゃんの転校は急なことだった。
ということは何らかの事情があって、こんな田舎にやって来たのだろう。
友達もいないこんな田舎に……きっと不安で不安で仕方ないはず、じゃあ誰か助けないと、ということだ。
「料理っ? 食べ物くれるのっ? 嬉しい! ありがとう!」
さっきまで悲しき顔で暴れていたことが嘘のように、晴れやかな笑顔になって、やけに背筋をシャキンと伸ばしたノエルちゃん。
「ただし! 誠一が作る料理は野草料理だっ!」
紗英がビシッと指を差しながら、そう言った。
そう、野草料理。
僕が作る料理は専ら野草料理なのだ。
「……野草って何……お菓子関係ある……?」
「いやもうお菓子は真逆だ! 全然お菓子じゃない! 野良の野菜みたいなもんだ!」
紗英は力強い語尾でそう言い放った。完全に放った。
果たして、ノエルちゃんはどう答えるだろうか。
ドキドキしながら返答を待っていると、
「お菓子がいい! でも無いなら野菜でもいい! 我慢する!」
と答えたので、まあまあ大丈夫か、と思った。
「じゃあ誠一! 野草の説明カモン!」
そう言いながら僕の肩を叩いた紗英。
ここから僕の語りか……緊張するなぁ……でも、ちゃんと喋らないと!
どうせ野草のことは僕よりもそもそも紗英のほうが知っているんだから、ダメだったら助けてくれるさ!
「えっと、あの、道端に生えている草のことで……それを、あの、食べられるように調理するんだ……」
心の中で大きな気合を入れたが、結果的には何かどんどん声が先細りになっていってしまったけども、聞こえたかな……。
「道端に、生えた、草?」
あっ、どうやら聞こえているみたいだ。
僕は小さく小刻みに頷くと、
「それ、大丈夫、なの……?」
と、かなり不安げに返答がきたので、僕は堂々と、答えた。
「多分!」
……若干の沈黙。
しまった、ここはちゃんと大丈夫とハッキリ言えば良かった。
”多分”という、かなり曖昧な言葉をデカい声で放ってしまった。
う~、助けて~、と思いつつ、紗英のほうを見ると、親指を立ててグッドマークを出してくれた。
いや、グッドでは無かっただろう。
果たして、ノエルちゃんはどう思うか……。
そしてノエルちゃんの口が開いた。
「信用できる!」
えっ?
「ここで多分と言える人は信用できる! 絶対とか言う人は逆に怪しいもんね!」
あっ、合ってた……高確率で失敗しそうな語句だったけども、運良くうまくいいった……。
「じゃあ食材費はタダだ! やったぁっ! お金は払えないからどうしようと思っていたけども、それなら大丈夫だぁっ!」
と両手を天に上げて喜ぶノエルちゃん。
紗英が言った。
「調味料分のお金は掛かるけども、まあ学校のヤツ使うし、大丈夫だろ」
何で一瞬不安になるようなことを言うんだ、とも思ったけども、紗英は言いたいことを言ってしまいたいほうの人だから仕方ないか。
まあとにかく。
「じゃあ明日の放課後から、何か作ってあげられると思うから、そんなに大きな声で叫んじゃダメだよ」
と僕が言うと、ノエルちゃんは、
「明日の二時限目の終わりから食べられるようにして!」
と言った。
う~ん、できるかな……と思いながら、悩んでいると、紗英がニヒルに笑いながら、
「余裕だ」
と勝手に言い放った。
さらに、
「俺と誠一のコンビでどんなに腹がすいていてもサバイバルしてやる!」
と完全に言い切った。
サバイバル。
そう、紗英はサバイバルが好きだ。
その紗英のサバイバル好きにつれられて、僕もサバイバルを学ぶようになった。
まあ僕は専ら料理専門だけども。
「じゃあよろしくね! 誠一! えっと、そっちの男の子は……」
と言いながらノエルちゃんに見られている紗英。
あっ、紗英に男の子って言っちゃうのは……。
「男の子じゃない! 俺は女の子! 可愛くてカッコイイ女の子だろがぁっ!」
とまるで怪獣のように口を広げながら叫んだ紗英。
いやでも女の子なら一人称を”俺”じゃなくて”私”とかにすればいいのに……と言うことは勿論、禁句なんだけども。
「俺って言ってると、何か男の子みたいだよー」
とケラケラ笑いながらそう言ったノエルちゃん。
それに対して紗英は、
「それは! 俺の好きだろうがぁぁぁあああああ!」
と大声を張り上げた。
いやうるさっ。
ノエルちゃんが静かになったら、紗英がうるさくなるパターンだった。
・
・【野草摘み】
・
今日の放課後、早速紗英と野草摘みを始めた。
「何を摘みに行くんだっ? でも俺はどこでも大丈夫だぜ! 見よ! この抜群の運動神経をっ!」
そう言うと、側転3回、バック転2回、最後にバック宙を決めてポーズを決めた紗英。
「いやいいよ、毎日その一連の流れ見させられているよ、僕」
「でも見てほしいだろ! この圧倒的な機動力!」
「特注の戦車みたいな言い方しないでよ、機動力なんて元来小五が使う単語じゃないよ」
本当に紗英は校庭に一回でも出れば必ずこの一連の流れをする。
どんだけやりたいんだ、その動き。
まあいいや。
「今日はスベリヒユを摘むから実際紗英の力は借りなくてもいいんだ」
「おー、そうか、じゃあ帰るかー、じゃあなー……って! おぉぉおおおおおい! 帰らせるなよ!」
「いやノリツッコミみたいなテンションで言ってるけども、帰させはしていなかったよ、僕」
「いやもう”早々におかえりなさいませ”って言った」
「全然言ってないよ、そんな丁寧な邪魔扱いしてないよ」
「いやもう逆おいでやすみたいなこと言ったから」
「言ってないし、逆おいでやすって何っ? 急に方言出されても分かりづらいよ!」
いやもう紗英と会話していてもしょうがない。
さっさとスベリヒユを採取しよう。
スベリヒユは土のあるところなら、どこでも生えるような多年草の雑草だ。
いやまあ似潟県は勿論、日本は寒くなるから一年草になってしまうけども。
とにかくスベリヒユは地面に生える雑草なので、しゃがんで採取する。
「スベリヒユは、なんせ量があるから最高だよな!」
紗英は僕の倍のペースでスベリヒユを採取していく。
運動神経が良い人って、本当に動作速度が早いなぁ。
「ちょっとしたベビーリーフよりも量あるから、一回の摘みでいっぱい採れるね」
「……べびーりーふ?」
いや紗英、サバイバル以外の知識が無さ過ぎて逆にダメでしょ……。
「ベビーリーフというのは葉物野菜で、まあこういった感じのモノっ」
「何か言葉に伸ばし棒多すぎて、カスタードを思い出したわ」
「全然味違うし、カスタードは伸ばし棒1つしかないよ」
「じゃあマスタード」
「いやそれにしたって伸ばし棒1つだよっ」
「マスターーーーーーーード!」
そう言いながら腕を前で交差させた紗英。
いや。
「紗英が勝手に長く伸ばしているだけだし、そんな必殺技みたいに叫ばれても困るよ」
「めちゃくちゃ辛いビームが出るんだ、腕が交差したところから」
「いやだから必殺技を想像されても困るよ」
「太陽破壊するくらいのビームが出る」
「どんな勢いで出てるんだっ、もう辛いという特色いらないくらいの勢いで出ちゃってるじゃん」
「いやでも舐めたら辛いから」
「紗英の腕から出てるビーム、舐めないよ」
そう僕が言うと、紗英は僕の顔の前に腕を伸ばし、
「腕、舐めていいぞ」
「いや! 舐めないよ! ビームは勿論、マジの腕も舐めないよ!」
「なんだ、舐めたいって話だと思った」
「全然そんな文脈じゃなかったよ!」
と強めの叫びツッコミを言うと、紗英は
「元気だなぁ」
と言って、天を見た。
いや!
「青春劇みたいなリアクションしないでよ! 全然しょうもなかったよ!」
「こんなことだけして一生過ごしたい」
「無理だよ! 腕舐めツッコミに対して元気だなぁトークで過ごせないよ!」
「でも実際、腕からビーム出たらそんな生活もできるだろ」
「腕からビーム出たら、ちゃんとSPとか護衛の仕事をしなよ!」
僕がそう言うと、紗英はすくっと立ち上がり、その場でバック宙をし、
「まあこの運動神経があれば護衛だろうな!」
と言いながら、めちゃくちゃ良い笑顔をした。
いや。
「そんな行動はどうでもいいから、スベリヒユ採取するよっ」
紗英はやれやれといった表情を浮かべながら、こう言った。
「スベリヒユごときなら、俺が手伝うまでもないんだぜ? じゃあ帰るかっ、じゃあなー……って! おぉぉおいいいいいい!」
急にデカい声を出した紗英にちょっと驚きながらも、僕は
「いやもう完全に自己完結だったよ! というかもう、うん! 帰っていいよ!」
とデカい声返しをすると、紗英は慌てながら、
「帰っていいなんて言葉あるかー! 俺はずっと誠一と一緒に遊んでいたいんだよ!」
と叫んだ。
いやずっと一緒に遊んでいたい、て。
そんなハッキリ言われるとちょっと恥ずかしいな……。
でも紗英は言う人だ。こういう思ったことを素直に言う人だ。
「夕暮れになるまで校庭でスベリヒユ採取するんだからな! 帰っていいとか二度と言うな!」
「いやまあ分かった、分かったよ、完全に乗せられる形だったけども言わないよ、僕なりのノリ帰れだったけども言わないよ」
「それでいい!」
そう言うと、またしゃがんでスベリヒユの採取を始めた紗英。
まあ一人でやるよりも、二人でやったほうがいっぱい採取できるからいいか。
紗英の仕事量はただの二人ではないほど、素早いし。
「それにしてもスベリヒユってキングオブ雑草だよな、どこにでも、いくらでも生えているよな」
「そうだね、いろいろ味付けは変えていかないとダメだけども、食材としては優秀だよね」
「地面の毛だよな」
「いやまあそう言うと何か嫌な感じが漂うけども」
そう言うと、また紗英が僕の顔の前に腕を伸ばし、
「ほら、俺は毛が無いほうだろ?」
と言ってきたので、いやいや
「毛が無いから何なんだって話だよっ」
「舐めやすいだろ」
「いやだからって舐めないよっ、何でそう舐めさせようとしてくるんだっ」
「舐めているところ写真で撮って、子犬の動画みたいにしたいと思っているんだ」
「いや僕子犬みたいに可愛くないから! あと写真を動画にするって何だよ! 最初から動画で撮ればいい! それなら!」
そうツッコむと、紗英は全くもうみたいな感じで、口をムスっとしながら
「いや動画で撮ったら変態みたいじゃん」
と言ってきたので、
「腕を舐めらせる時点でだいぶ変態っぽいよ!」
「いや、それは子犬だから、まだ子犬の範疇だから」
「僕が人間だから子犬ではないよ!」
「ホント誠一は堅苦しい人間なんだから、中学行ったら苦労するぞ、そんなんじゃ」
「いやむしろ人間を子犬扱いする紗英のほうが苦労するでしょ!」
そう言うと、優しく微笑みながら、首を横に振った。
いやこんな会話の時に、そんな優しい微笑みをしないでよ。
紗英は言った。
「中学もメンバーが一緒の小さな村だから全然苦労しない」
「じゃあ僕もそうでしょ! 何で僕だけ、遠くのデカい中学行く設定なんだ!」
「いや、そんなつもりはない。誠一とも俺はずっと一緒、ずっと友達だ」
「いやまあたとえ離れたとしても、友達は友達だけども」
そう僕が少し照れながらそう言うと、紗英も『へへっ』といった感じに笑って、天を見ながらこう言った。
「スベリヒユって、マズそうだなっ」
「いやここは青春劇みたいな台詞を言ってよ! 急に現実が強いよ!」
「いやだってこんないっぱい生えていて、妙に肉厚な葉と茎、何か苦そうだなって、サボテンみたいな感じで」
「全然そんなことないよ! スベリヒユを食べたことないのっ? 紗英はっ!」
そう聞くと、少し渋そうな顔しながら紗英は言った。
「俺、料理が苦手で、全部焦がしちゃうんだよな」
「じゃあスベリヒユ本来の味を感じていない!」
「というかスベリヒユってどんな味なの?」
「少しヌメリがあって、でもシャキシャキで、で、ちょっと酸味がある感じ」
「酸味ということはイタリアンか……」
「そうでもないよ! 和洋中、全てに酸味の要素はあるよ!」
僕がそうツッコむと、うんうんと細かく頷きながら、
「俺のサバイバル、基本、水を採取するくらいだから料理とか全然分かんない」
「いや分かってないのに、頷いていたんだ!」
「もう全然分からない、料理ってどうすればいいんだろうな」
「でも僕、紗英から料理の仕方教えてもらったじゃん! 少ない水でも調理する方法とか!」
「あれはもうサバイバルの本を丸暗記で……」
唇を噛みながら俯いた紗英。
いやそんな悔しいなら、ちゃんと覚えればいいのに、と思いつつも、
「じゃあ僕がノエルちゃんへの料理作る時、横で見ていればいいんじゃないかな」
と言うと、紗英はパァッと顔が明るくなって、
「採用!」
と言った。
急に上から目線だな、と思った。
そんなこんなで、僕と紗英はスベリヒユを採取しまくって、採取したスベリヒユは学校の調理室に置いて、それから帰宅した。
・
・【朝一から調理開始!】
・
僕は誰よりも早く学校に着いたつもりだったが、教室に入ると既に紗英がいた。
「来る時間決めてなかったから、めちゃくちゃ早く来ちゃったじゃん!」
と言いながら僕に駆け寄ってきて、抱きついてきた。
いやいや。
「どんだけ待っていたんだっ」
「ちょうど五分前」
「じゃあ、たいして待っては無い!」
そう言って紗英から離れると、僕はランドセルを自分の机に置いた。
そして、
「調理室に行こうかっ」
僕がそう言うと、紗英は大きく頷いて、そのまま一緒に走った。
本当は、学校の廊下は走っちゃダメなんだけども、今は何か変な解放感があって走っちゃった。
きっと人がいなさすぎるせいだ。
調理室の使用の許可は、昨日の段階で既にとれているので、まずは職員室に行って鍵をもらって、それから調理室のほうへ行った。
「調理室なんてあんまり来ないけども、意外と綺麗だな!」
「そりゃまあ毎日掃除担当の人たちが掃除しているからねっ」
僕は棚からまずは鍋を二つ出して、用心として洗い始めた。
「まあ汚い可能性があるからな、誰か鍋を被って遊んだりしていたかもしれないからな」
「まあ被る人はいないだろうけども、低学年が使った場合はちゃんと洗っていない場合があるし」
「泥で洗ったり」
「さすがに調理室に泥が無いから、それはないだろうけども」
そうツッコむと、紗英はやれやれといった感じに顔を揺らしながらこう言った。
「無いなら作る、それが基本」
「作ってまで泥で洗わないでしょ、悪ふざけの範疇越えてるでしょ」
「いやもう泥人形みたいな生徒がいたらさ、分かんないぞ?」
「泥人形みたいな生徒って何っ? 見た目の話ならただの悪口だよっ!」
「そうじゃなくて、魔法使いが操っている泥人形が生徒に紛れ込んできて」
「妙なファンタジー! 無いよ! 絶対無いよ!」
そんなツッコミをしながら鍋を洗い終え、両方の鍋に水を入れて、火をかけた。
沸騰するまでの時間でスベリヒユを洗っていく。
昨日採取したスベリヒユを水出し口に持ってくると、紗英が
「スベリヒユって本当に強い雑草だな、土から抜いて置いていたのに全然弱っていない」
「肉厚な葉や茎には水分が含んでいて、多分その自分の水分で保っているんだろうね」
「水だけで大丈夫ってかなりのサバイバーだな」
と感心している紗英。
いやまあ雑草だし、かなりのサバイバーだろうなと思いつつ、スベリヒユを洗っていると、
「俺も手伝うぜ! スベリヒユを滝行させればいいんだな!」
「いや何その比喩! 普通に洗うでいいよ! そんな水圧はいらないよ!」
「いやでもスベリヒユを滝行させて願いを叶えさせてやらないと」
「抜かれたスベリヒユに願いも何も無いでしょっ」
僕がそうツッコむと、紗英はニヤリと笑ってこう言った。
「おいしく調理してほしいという願いを、な……」
「いや……何かちょっとダサいよ! 発想がオジサンだよ!」
「誰がオジサンだ! 可愛くてカッコイイ女の子だろ!」
「いやまあオジサンと言ったことは謝るけども、何かもう、そういうの一番ダサいよ!」
ちょっと機嫌が悪くなってしまった紗英。
う~ん、どうしようと考えていると、
「じゃあ誠一、オマエはスベリヒユの願いなんだと思う? だが、中途半端な回答にはものすごくネチネチ言うからなぁ?」
と、悪意にまみれた笑みを浮かべた紗英。
いやだから。
「スベリヒユに願い事ないでしょ」
僕が普通にそう言うと、
「はいダメ! スカシ禁止! リテイクだ!」
と厳しい口調でそう言ったので、仕方なく何か答えることにした。
「スベリヒユの願い事……スベリヒユの繁栄?」
「めちゃくちゃ普通じゃん! ブブー! 不正解! 正解は良い香りになりたいでしたー!」
「良い香りになりたいが正解かどうか分からないけども、普通でいいじゃないか!」
「もっと上手い回答しないと、大喜利の選抜メンバーに呼ばれないぞっ」
「大喜利の選抜メンバーって何っ? どの世界にそんな集団があるのっ?」
そんなこんなでスベリヒユを洗い終わった僕と紗英。
ちょうど鍋が沸騰してきたので、まず一つの鍋にスベリヒユを入れて、湯がき始めた。
「何かスベリヒユがしんなりしてきたな!」
「軽く茹でてアクをとってから調理していこうと思うんだ」
「でも湯がいた水がもったいないな、サバイバルなら体洗うくらいには使えるかもしれないな」
「そうかもしれないね。ちょっと目にしみそうだけども、それさえ気を付ければ」
さっと茹でたら、スベリヒユをザルで受け止めながら、鍋のお湯ごと流した。
ザルに乗ったスベリヒユは水気を払って、二つくらいの山にして、皿に乗っけた。
「鍋も二つあるし、二種類の料理でも作るのか?」
「そうそう、一個はサラダ、もう一個はスープを作るんだ」
僕はもう一つの鍋用に調味料を準備し始めた。
めんつゆ、そして固形のコンソメスープ。
コンソメスープでも味は決まるんだけども、めんつゆを入れたほうが日本人が馴染みやすい味になる……と思ったところで、ハッとした。
ノエルちゃん……日本人じゃない!
いや日本人なのか! ハーフなだけで海外で住んでいた生活は無いのかっ! 分からない!
でもまあここは、僕が好きな、得意な味付けでいこうと思い、めんつゆを入れると、
「ノエル、めんつゆとか味わったことあるのかな?」
と僕が疑問に思っていたことをそのまま紗英が言葉にしたので、ビクンと体を波打たたせてしまった。
いやでも。
「お菓子って結構めんつゆの味入っているし、多分、大丈夫だと思う、なぁ……」
「確かに! 日本語でお菓子って言ってたし、それでいいかもなっ! キャンディとかチップスとか言っていたら怪しかったけどな!」
どういう理論だろうとは思ったけども、もうめんつゆを大さじで量って出してしまったので、これを引っ込ませることはできない。
鍋に入れて、コンソメも鍋に入れて、塩コショウで味を調えて、基本のスープは完成だ。
「調味料を合わせるだけで料理ってできるんだな!」
「うん、この入れる調味料の比率によって味が変わるんだ、勿論入れ過ぎはダメだよ」
「何か味って入れれば入れるほど旨いって思っていたけども違うんだな」
「全然違うよ、量と比率と組み合わせだから、料理の基本は」
納得したように頷いた紗英。
さぁ、スープにスベリヒユを早く入れ過ぎると、くたくたのヌメリまくりで食感が悪くなるので、一限目の終わりに入れるとして、これからサラダのドレッシング作りに移った。
「まずは酢に食用油、そして醤油に塩コショウ、あと隠し味にマスタードかな」
と言いながら用意していると、急に紗英が震えだし、何だろうと思っていると、
「俺! まだ腕からマスタード出してないけどぉっ?」
「いや紗英の必殺腕マスタードビームはいらないよ、普通にドレッシングにマスタードを使うのっ」
すると、また紗英は腕を僕の顔の前に差し出し、
「でも今日は出そうな気がするから見ていてくれよ!」
「いや出ないよ! 出たところで使わないよ! 衛生的に何か良くないと思われるよ!」
「いや全然俺のマスタードは汚くないし! ちょっと良い香りだし!」
「何で香り話をやたらしたがるんだ! スベリヒユの願い事もそうだし!」
「良い香りは最高だからな!」
「いやまあそうだろうけども、とにかく普通にマスタード使うからっ」
冷蔵庫からマスタードを取り出して、集めた調味料を一生懸命混ぜ始めた。
すると、紗英が
「あとは混ぜるだけなんだろ? 力仕事は俺に任せて、誠一は後片付けをするといい!」
普通男の子、女の子逆だよなぁ、と思いつつも、僕たちはいつもこうなので、混ぜる作業は紗英に任せて、僕は後片付けをした。
そして完成すると、スベリヒユは鮮度が落ちないように冷蔵庫に入れて、教室に戻っていった。
教室に戻ると、もう大体の生徒はやって来てきて、その中にも勿論ノエルちゃんがいて。
ノエルちゃんと僕は目が合うと、ノエルちゃんはバッと立ち上がって僕のほうを走り寄ってきて、
「誠一! 料理はできているのっ?」
と聞いてきたので、僕は大きく頷きながら、
「うん、二限目にはスベリヒユのサラダやスープが食べられると思うよっ」
と答えると、ノエルちゃんは今にもヨダレを垂らしそうな口元をしながら、
「楽しみ!」
と言ってくれた。
やっぱり紗英の力を借りて、ノエルちゃんに料理を作る話を申し出て良かった。
だって僕も楽しみだから。
おいしいと言ってくれるといいなぁ。
・
・【スベリヒユ実食!】
・
二時限目と三時限目の間の休憩時間は少し長めだ。
基本10分なんだけども、ここの間だけは20分ある。
まあ、給食の前に何か食べる時間ではないんだけどもね……。
僕と紗英は、ノエルちゃんを調理室に連れていき、最後の仕上げに移った。
「スベリヒユってどんな味なのかなぁっ! アタシ楽しみ!」
ニコニコしながらイスに座って、こっちを見ているノエルちゃん、そして紗英。
「……紗英も食べるの?」
「勿論! サバイバルするには、やっぱり味も知らないとなぁっ! まあちょっとでいいぞ!」
「紗英に関していえば、先に味知っていてほしかったけども」
そんな会話を僕と紗英がしていると、ノエルちゃんが割って入ってきた。
「誠一と紗英は付き合っているの?」
僕は急にそんなことを言われて、驚いてしまい、持っていたスベリヒユの皿を落としそうになってしまった。
慌てながらも僕は答えた。
「いやいやいや! 付き合っているとか全然そんなんじゃないよ! 普通の友達だよ!」
そう答えても、ノエルちゃんはどうも納得していない表情を浮かべながら、
「いやだってずっと一緒だし、誠一も紗英も好きなんでしょ? じゃあ付き合っているんでしょ?」
な、なんてグイグイくるんだ、このノエルちゃんは……デリカシーの欠片も無いのかもしれない……。
いやまあ確かに急に『お菓子食べたい!』と叫ぶ女の子だ。
このあたりの感じはいわゆる外国式なのかもしれない。
いやでもまあ、付き合ってはいないからなぁ、というか正直そういうのまだよく分からない、とか思っていると、紗英が
「付き合ってるとかそういうこと全く分からん!」
とハッキリそう言ってくれたので、ちょっとホッとした。
紗英が続ける。
「そういう感覚が分かんないんだ、俺は! だって一番の友達だからずっと一緒にいるだけで、それで恋愛がどうとか全然分かんない!」
それに僕も乗っかる形で、
「うん、そうだよね、付き合ってるからどうとか分からないよね、一緒にいて楽しいからいるだけだもんね」
と言うと、ノエルちゃんにニヤニヤしながらこう言った。
「なぁ~んだ! もう付き合ってるんじゃん!」
と言ってケラケラ笑った。
それに対して、ムッとしたのが紗英だった。
「いやいや! 別に付き合ってるとかそういうのじゃないし! 仲が良いだけだし!」
ノエルちゃんもこの辺で引いてくれればいいのに、なかなか引かずに、
「いやだってそれは付き合っているのと一緒だよ~! 手を繋いだり、チューをしたりしないのぉ~?」
「チュッ! チューっ? いや手を繋ぐことはあってもチューなんてしないだろ! 何だそれ! 汚いだろ!」
いや、腕をしきりに舐めさせようとしていたヤツが言う台詞でもないような気がするけども。
ノエルちゃんは言う。
「いやいやいや! チューしたいんでしょー! 全然してもいいよ! アタシ黙ってるから!」
仮にしたとしたら絶対言いふらしそうだな、ノエルちゃんは。
失礼かもしれないけども、何かそんな感じがする。
「いやチューなんてしたくないわ! そういうの全然分かんないんだって!」
「えぇー、女子なら分かるでしょ? 男子はまだ子供だから分かんないかもしれないけどさぁ?」
付き合ってる付き合ってないくだりはどうでもいいけども、男子はまだ子供だから分からないと言われたことに何か少しムッとしてしまった。
いやまあ実際分からないから別にいいかもしれないけども。
いやそれよりも、この女子ならとか、男子は、は、紗英にとっては禁句に近い言葉だ。
「女の子とか男の子とか関係無いだろ! 俺は俺だ! 俺らしく生きてやるからな!」
そう怒鳴ると、そのまま歩いて、そして紗英は調理室のドアを開けた。
僕は紗英がそのまま廊下に出てしまいそうだと思い、追いかけようとすると、紗英が
「いい! 誠一はこのノエルってバカに料理作ってあげて! 俺は一人でいたい!」
と言ってドアを強く閉めて、調理室から出て行ってしまった。
僕はどうしようか、おろおろしていると、ノエルちゃんが
「アタシ、バカじゃないけどなぁ! ……まっ、いなくなっちゃったらしょうがない! 料理作って作って~!」
と本当にバカみたいな声を上げたので、一瞬、めちゃくちゃ唐辛子を入れようかなと思ったけども、すぐに思いとどまって、僕は料理を完成させ、ノエルちゃんの前に差し出した。
「これがスベリヒユのサラダ、そしてこれがスベリヒユのコンソメスープ……です……」
紗英が心配だけども、今はやっぱり言ったことをちゃんとやらないとと思って、ノエルちゃんに料理の説明をした。
それをしっかり聞いたノエルちゃんは、箸を持って、
「いただきまぁ~す!」
と言ってから食べ始めた。
スベリヒユのサラダは山盛り作ったつもりだったんだけども、ノエルちゃんはペロリと平らげ、
「おいしい! スベリヒユの酸味とドレッシングの別の酸味が絡まって、すごくおいしい!」
と叫んだ。
まあおいしいと言ってくれるのは嬉しいけども、紗英がなぁ……と考えていると、
「ねぇ! ねぇ! 誠一! このドレッシングは隠し味にマスタード入ってるよね! さわやかな辛みが酸味に合って、すごくおいしいよ!」
と言ってニッコリ微笑んだ。
あまりにも澄んだ笑顔に何だかドギマギしてしまった。
「じゃあ次はこのスープね!」
ノエルちゃんはフゥフゥしながらスープをどんどんかきこんでいき、これもあっという間に食べきってしまった。
「コンソメに、めんつゆも入っているよね! 野菜や肉の旨味にめんつゆの甘みが合わさって、とても飲みやすい味になっている! コンソメだけじゃ味に深みが出ないんだよねぇっ! まあその分、めんつゆが入ると色が濁っちゃうんだけども、やっぱり食べ物は味だからねぇっ!」
……どうやらノエルちゃんは結構グルメらしい。
こういう話がノエルちゃんと、普通にできれば、良い友達になれそうなんだけどな、と思ったけども、すぐに紗英の顔が浮かんだ。
「じゃあ食べた皿やお椀は僕が洗っておくから、ノエルちゃんは教室に戻るといいよ」
と言うと、ノエルちゃんは首を大きく横に振り、
「アタシが食べたんだからアタシが洗うよ!」
と言って立ち上がり、水出し口のほうへ行き、じゃぶじゃぶと洗いだした。
それをなんとなく見ている僕。
まあここの鍵は僕が持っているので、待たないといけないんだけども。
洗い終わったノエルちゃんはこっちのほうをくるりと向いて、ツインテールを優しく揺らしながら、
「ありがとうね! 誠一! これからよろしくね!」
と言って笑った。
何か、慣れない感じで、やけに心臓が高鳴った。
・
・【教室に戻ると】
・
僕とノエルちゃんが教室に戻ってくるなり、紗英が近付いてきて、こう言った。
「言いたいことは分かるが、全員が全員そうではない! 何故なら俺には俺という個性があるから!」
力強くそう言い放ちつつ、ノエルちゃんのことを若干睨んでいる様に見えた紗英に、僕は少し背筋が凍った。
いやでも確かにその紗英の言っていることが僕はよく分かる。
紗英はそういう”型でハメていく言動”というモノが好きではないから。
それに対してノエルちゃんは余裕そうに、前髪をかきあげながら、こう言った。
「まあまあ、のちのち分かりますよっ」
と鼻をツーンと上げ、やけに自信あり気で一体何なんだろうと僕は思ってしまった。
仲良く個性を尊重すればいいのに。
ノエルちゃんはそう言うと、さっさと自分の席に戻って座った。
僕はなんだかモヤモヤしてしまった。
本当にノエルちゃんのことを助けてしまって良かったのだろうか、と、さえ、思ってしまった。
そのタイミングでチャイムが鳴った。
「じゃっ、また四限目前の休みに」
そう僕には笑顔で言った紗英。
そして僕も紗英も自分の席に着いた。
しかし三限目の授業はなかなか頭に入ってこなかった。
ずっとモヤモヤしていたから。
四限目前の休み時間に僕はすぐに紗英の席へ行った。
「ん? そんなに急いで何? 何か用?」
その時、僕は何も言葉を決めていないのに、ただただ紗英の近くに行ってしまったことに気付いた。
何も言葉が出ずに、うんうん唸っていると、紗英は立ち上がって、僕の肩を叩きながら、
「大丈夫、大丈夫、昔に戻っただけ。またいちからノエルに説明していけばいいだけだからさっ」
と、ちょっと困った笑顔を浮かべながらそう言った。
昔、か。
そうだ、昔は皆、紗英のこの感じにまだ慣れていなくて、ちょっと除け者扱いみたいにしていた人もいたなぁ。
でも紗英は紗英で。ずっと紗英は紗英で。
結果、この学校の人全員、紗英のこの感じに慣れたのだ。
一人称が”俺”のことだって、もう注意する先生すらいない。
そうか、だからノエルちゃんも慣れればいいんだ、紗英に。
早く慣れてくれるといいな。
四限目の授業も終わり、給食。
「ちょっとぉ! そこの君ぃ! もっとアタシのご飯! もっと盛ってよぉ!」
ノエルちゃんがまた自分の給食の盛りに注文をつけている。
言われた給食当番のマサルは、困りながら、
「余ったらあとで自分で盛ればいいだろ!」
と言っている。
それに対してノエルちゃんは、
「どうせ余るんだから今から多めに入れてよ! ケチぃっ!」
と引かない。
本当にノエルちゃんは引かないなぁ。
まるでそう決めているみたいだ。
それくらい頑固に引かないような気がする。
僕は給食当番をしている紗英の分も配膳するため、二回列に並ぶと、その二回目で、ノエルちゃんが自分の席に座りながら、
「あっ! 給食二個分食べようとしてる! ズルい! ズルい!」
と言ってきたので、ここは冷静に説明しようと、
「これは今、給食当番をしている紗英の分だよ」
と、出来る限り落ち着いた声で言うと、
「うぅ~! それくらい知ってる!」
と言って、自分の席に既に置いている給食を荒くどかしてから、机に突っ伏した。
給食の時、机は前・左右をみんなの机と合わせているので、配膳された給食が落ちることはないけども、他の人の給食と当たって、少しこぼれそうになっていた。
何か怖いなぁ、と思っていると、スープの配膳を担当していた紗英が、
「二回目の配膳だと分かるって、ノエル、誠一のことをよく見ているんじゃないか?」
と小声で言ってきたので、何でだろうと思った。
う~ん、いくら考えても理由は分からない。
そんなことより、紗英の配膳を済まして、自分の席について、給食当番も全て終わって『いただきます』と、なった。
近くのクラスメイトと、やけにデカくと妙に赤色のバッタの話をしながらご飯を食べていると、何だか視線を感じて、チラっとそっちを見ると、僕からの目線をそらすノエルちゃんの姿があった。
確かに紗英が言っていた通り、ノエルちゃんが僕のことを見ているような、何でだろう……と思う暇も無く、隣の席のタクマくんが、
「あのバッタ、多分山の主だぜ?」
と言ってきて、
「さすがに山の主、バッタじゃなくて熊クラスのデカさでしょ」
とツッコんだけども、さらにタクマくんは、
「だってあの山、やけにバッタ多いじゃん、バッタ製造工場でもあればあれだけどさ」
という怒涛の謎のボケ発言を喰らってしまい、考える隙が無かった。
ノエルちゃんがやけに僕のことを見ていたことを思い出したのは、帰りのホームルームが終わった直後だった。
一応またスベリヒユの採取でもしようかなと思った時に、思い出した。
そうだ、このスベリヒユってノエルちゃんのためだ、と思った時に。
そのタイミングで誰かに後ろから話し掛けられた。
「あの、誠一、ちょっといいかな?」
紗英よりは高い声で、少し可愛らしいこの声は。
振り返ると、そこにはノエルちゃんが立っていた。
「またスベリヒユの料理、作ってほしいんだけどもっ」
何だか妙にモジモジしながら言っていたことが印象的だった。
二限目と三限目の間の長休みでは、全然そんな感じじゃなかったのに。
でもまあ良かったは良かった。
だってスベリヒユ採取したほうがいいか分からなかったから。
「じゃあやっぱり今後、ずっとスベリヒユの料理作ったほうがいいかな?」
「うん、お願いっ」
とちょっとした会話をしたタイミングで、座っている僕の頭に何か置かれて、その真上から声がした。
「じゃ! 俺も手伝うから!」
紗英だ。
紗英が僕の頭の上に、アゴを置いているらしい。
逆にというかなんというか、体勢つらくないかな。
僕は頭をクイクイ動かして、紗英の頭をどかしたら、その場に立ち上がり、紗英やノエルちゃんのほうをそれぞれ目配せしながら、僕は
「紗英も、ノエルちゃんが食べるスベリヒユを採取しているんだ。だからノエルちゃんも紗英と仲良くしてほしいんだ」
と言うと、紗英がちょっと嫌な顔をしながら、
「いや別にそんなこと言わなくてもいいし! 俺は誠一と一緒にいたいだけだし!」
と言うと、ノエルちゃんが、
「やっぱり好きなんじゃなぁ~い」
とまたクスクス笑いながら、ツインテールを揺らしながら、そう言った。
さっきのモジモジとは打って変わって、また性格が悪い感じだ。
それでまたカチンときたみたいで、紗英は
「好きは好きだよ! 誠一のこと好きだから一緒にいるんだよ! だけどな! 付き合いたいとかそういうことじゃないんだよ!」
と声を張り上げながら言うと、ノエルちゃんはそんなことありえないでしょ、みたいな顔をしながら、
「恋としても好きなくせにさぁ!」
と言って笑った。
何かこのまま二人で言い合いをさせたら良くないと思って、僕はランドセルに机の中の道具を詰めて、すぐさま立ち上がり、
「じゃ! じゃあ紗英! またスベリヒユ採取に行こう!」
と紗英の腕を引っ張りながら、歩き出した。
すると、紗英もそれに合わせて、僕と一緒に教室の外に出た。
教室の外に出るなり、紗英が
「何であんなムカつくことばかり言うんだろ! 本当に嫌になる!」
と本気で怒っていた。
いやまあ紗英の気持ちはよく分かるけども。
ノエルちゃんも恩とか感じて、仲良くしてくれればいいのになぁ。
・
・【ある日のこと】
・
そんなこんなで、毎日校庭にあるスベリヒユを採取しては、二限目と三限目の長めの休み時間にノエルちゃんへ料理を作っていた時だった。
今日、学校にやって来たノエルちゃんはあからさまに調子が悪そうで、席に着くとすぐに胃のあたりをさすっては、うんうんと唸っていた。
その時、僕と紗英は朝の下処理を早めに終えて、もう教室に戻ってきていたので、僕は僕の席に、紗英はその隣の席に座って、何気ない会話をしていた。
でもその、やけにデカくて妙に赤いバッタの話は止めて、ノエルちゃんの話を始めた。
「何か最近、ノエル、ずっと胃のあたりさすっていない? 特に今日、酷そうだし……」
心配そうにそう言った紗英。
確かに僕も1週間前からその傾向を感じていた。
でもお腹はすいているし、食べたいと言っていたので、いつも通りスベリヒユ料理を振る舞っていたのだけども。
どうすればいいんだろうと考えていると、紗英が立ち上がり、
「誠一! 直接聞きに行くよ!」
と言ったので、僕も立ち上がり、ノエルちゃんの席へ行った。
ノエルちゃんは明らかに具合が悪そうにしていたので、僕は困りながら
「ちょっと、ノエルちゃん大丈夫? 具合が悪いなら今日は休んだほうがいいよっ」
と言うと、ノエルちゃんは僕を見るなり、少しモジモジしながら、
「アタシのこと見てたんだ、もぅ……」
と微笑みながら、そう言ったので、
「いやたいした返答になっていないよ、ほら、保健室に連れていこうか?」
と返した。
ノエルちゃんは初めてスベリヒユ料理を振る舞った日の放課後以降、どうも僕に対してだけモジモジして喋るようになってしまった。
紗英の『自分のことを俺ということ』や『それぞれ個性がある』などのことはおろか、僕にも全然慣れてくれない。
「なぁ、ノエル、俺が肩を貸してやってもいいぞ」
と紗英がノエルちゃんに手を差し伸べると、それは振り払って
「それなら誠一がいい……でも、別に、大丈夫……アタシ、寝るから……」
と言って、それ以降は、机にうつ伏せになって、そのまま僕たちのことを無視してしまった。
「本人がそういう気ならしょうがないな」
と言って紗英はさっきいた席に戻り、僕も席に戻った。
でもノエルちゃんのことが心配で心配でしょうがなかった。
その後、ノエルちゃんにスベリヒユ料理を振る舞って、給食も食べていたから、まだ大丈夫だとは思うんだけども、何だかなぁ。
だからせめて何か手伝えないかと思って、放課後、スベリヒユ採取を止めて”オオバキボウシ”を採取することにした。
・
・【オオバキボウシ収穫】
・
「オオバキボウシって何だっけ?」
放課後、紗英と校庭を歩いている時に聞かれた。
「オオバキボウシというのは、別名ウルイとか、ヤマカンピョウとか言われるモノで、まあこれも食べられる野草なんだ」
「いやまあそうだろうけども、スベリヒユと何が違うんだよ。もしかすると採取しやすいのか?」
「ううん、採取の難易度は普通だよ、ほら、あった」
僕は校庭の中をちょろちょろと流れている小川の傍にあったオオバキボウシを指差した。
「何かアスパラガスみたいだな」
「実際アスパラガスのように一本の軸になっているわけじゃなくて、葉っぱが巻かれた状態で出てきているんだ」
「でもまあヒョロヒョロ・ミサイルだな」
「いやヒョロヒョロならもうミサイルとしての尊厳無いでしょっ、綺麗な黄緑色だし」
僕と紗英はオオバキボウシの近くにしゃがんだ。
紗英はオオバキボウシを指でピンピンはじきながら、
「瑞々しいな、まるで水」
「いやその場合は水でたとえないでしょ、果物とかでたとえなよ」
「いやでも頑なに水だな、だって水って瑞々しいじゃん」
「水は正直瑞々しいとは言わないよ、水はもう、マジで水だよ、水でしかないよ」
すると、紗英はどうしようもないな、といった感じの表情を浮かべながらこう言った。
「いや、瑞々しいイコール水だろ、二度も”ミズ”って言ってるんだから間違いない」
「じゃあもう分かったよ、こっちが折れるよ、紗英もノエルちゃんみたいに頑固だね!」
「いやノエルよりは頑固じゃない、ノエルは岩だし、俺は砂まぶした粘土くらい」
「砂まぶしてあったら、もはや粘土も岩だよ」
「じゃあ砂糖まぶした揚げパン」
「急においしそうになった!」
「だろっ!」
と親指を立てながら言った紗英。
いや。
「おいしそうに言うことを正解としていないから! そんな嬉しそうにされても分からないよ!」
「いやもうおいしそうは正解だろ! おいしそうなだけで全て正解だろ! この世は!」
「そんな単純じゃないよ、世界は!」
「いやでも、おいしそうが不正解な時はほぼ無いだろ?」
「確かにそうかもしれないけどもっ」
そう僕が言ったことで、満足げに頷いた紗英。
いやいや。
「何でスベリヒユからオオバキボウシにするのかの話、聞きたくない?」
「それよりも揚げパンに鰹節をまぶしてみたい」
「急に何の話! あとおいしそうじゃない! 不正解じゃん!」
「俺、最近、体から、鰹節って出るんじゃないかなと思い始めているんだ」
「出ないよ! 出たと思ったモノはきっと垢だよ!」
僕がそうツッコむと、紗英はムッとした表情になりながら、
「垢なんてない! 綺麗にしているから! その垢を越えた向こう側から鰹節が出てきそうなんだよ!」
「垢を越えた向こう側は皮膚だよ! グロテスクな話になっちゃうから止めてよ!」
「じゃあもう必殺技! 必殺技的に鰹節手裏剣が手と手を重ねた隙間から出るんだ!」
「また必殺技になった! 何で紗英の必殺技は体から食べ物が最多なんだ!」
「やっぱり食べ物っていいよね、という想いが強いです」
と言いながら、頭をぺこりと下げた紗英。
「いや別に頭は下げなくていいよ、というかもうこっちが頭下げるからオオバキボウシにする理由を話させてよ」
「いいよ、そんなことしなくて、普通に理由を話してくれよ、気になってはいるんだ」
「じゃあ必殺技がどうとか言わないでよ……」
「教えて、教えてっ」
やっと言える流れになったので、僕は一息ついて、ちゃんと覚えたことを言えるようにしてから話し出した。
「オオバキボウシは健胃(けんい)や整腸(せいちょう)などに効く、漢方薬のような一面があるんだ」
「なるほど、偉くなれるわけだ」
「いや権威じゃないよ、権利に威力の権威じゃなくて、健やかな胃で健胃だよ」
「胃が健康になるってこと?」
「そうそう」
紗英は分かったらしく、ニコニコしながら頷くと、こう言った。
「伊賀、健康になるか……伊賀、忍者か! 鰹節手裏剣!」
そう言って手のひらを手のひらで、すごい速度でこすり合わせたので、全然分かっていないと思った。
「伊賀って、伊賀忍者の伊賀じゃなくて、胃! 内臓の胃! が! 健康になるってこと!」
「じゃあ鰹節手裏剣は関係無いということか?」
「いやまあ伊賀忍者の時点で鰹節手裏剣は関係無いよ!」
「まあまあ、本当はちゃんと分かっているよ、大丈夫大丈夫、胃が健康になるってことか……それ! ノエルにうってつけじゃん!」
「いや今そのテンション! やっぱり分かっていなかったんじゃないのっ!」
「そんな野草があるなんて、すごいな野草! もうお医者さんじゃん!」
「いやまあ本当はちゃんとお医者さんに見てもらったほうがいいんだけども、そういう効能がある野草もあるということで」
「サバイバルって食えればいいと思っていたけども、そういうのもあるってのは勉強になるなぁ」
そう言ってどこからともなくメモ帳を取り出して、書き始めた紗英。
そういう目指すべき方向に対して勤勉なところは、本当に尊敬できるなぁ。
というわけで。
「今日はこのオオバキボウシを採取します」
メモを書き終えた紗英は、
「俺もちゃんと手伝うぜ! 忍者並の素早さでな!」
と言って明るく笑った。
そして僕たちはオオバキボウシを採取していった。
・
・【健胃の権威】
・
「オオバキボウシは健胃の権威~♪」
やけにゴキゲンで調理室にいる紗英。
今日も朝早く登校して調理室で下処理を行っている。
もう朝早く起きることにも慣れて、二人でこうやって下処理することが日課になった。
僕はこの時間が割と好きだ。
何故なら紗英と一緒にいると楽しいので、こうやって早く登校すれば長く紗英と一緒にいれるから。
「さて、今日はどういう料理を作るんだ?」
「料理も胃に優しい、おひたしでも作ろうかなって思っているんだ」
「そうだね、ここで揚げ物作ったら、とんでもない悪魔だもんな」
僕は鍋を取り出して、水を張り、火にかけた。
そんな僕の肩にトンと手を置いて、紗英はこう言った。
「おひたしは普通に茹でるだけで完成だから簡単じゃん」
僕は振り返って、
「そうだね」
と相槌を打つと、紗英はニッコリと微笑んでこう言った。
「いつも優しいな、誠一は」
「いや急にどうしたの? というか別に普通だよ、何も優しいわけでもないよ」
「でもノエルの胃のこと考えたりさっ」
「それはでもそうだよ、料理の基本はホスピタリティ、献身性だからね。食べてくれる人のことを思いながら作るんだよ」
そう言うと少し面持ちを曇らせながら紗英は、
「思うって、何?」
と機嫌悪そうに言い放った。
何で少し機嫌が悪そうになったのか分からないけども、僕は普通に答えることにした。
「その食べてくれる人のために頑張るというか、うん、そんなところかな?」
「じゃあさ、もし俺に料理作ってくれることがあったら、誠一は俺のこと思ってくれるのか?」
「それは勿論そうだよ。食べる人によって考えることは変わるよ」
「俺ならどんなこと考える?」
急にそんなことを言ってきたので、う~ん、と悩んでいると、
「そっか、俺のことはあんまり考えないかっ」
と、何故か少しやるせない感じの表情を浮かべながら笑ったので、僕は
「いやいやいや! いつも紗英のことは考えているよ!」
と本心をそのまま述べると、
「いつも……考えている……?」
と、紗英が首をかしげながらも、少し嬉しそうにした時、僕は言葉が出た。
「そうそう、それ。僕は紗英がいつも笑顔でいてくれるようなことを考えているから、笑顔になってもらえるような料理を作ると思うよ。たとえば紗英が好きな味の料理とか」
ちゃんと言葉が出て良かったぁ、と胸をなで下ろしていると、紗英が
「じゃあ俺も! 俺もいつも誠一の笑顔を祈っているから!」
と明るい声で叫んだ。
「良かった、じゃあ相思相愛だね」
と、他意無く僕はいつもの感じで普通に言ったら、急に紗英が小声で、
「相思……相愛……?」
と何だか不思議な雰囲気で言ったので、もしかすると相思相愛の意味を理解していないのかなと思って、
「二人共、幸せを思い合っているという意味だよ」
と言うと、紗英は
「そっかぁ……」
と言って、ホッコリと微笑んだので、良かった。
紗英とはずっと仲良く友達でいたいからなぁ。
鍋のお湯も沸騰し、オオバキボウシをサッと茹でて、茹で終えたら流水で締めてから冷蔵庫に片づけた。
二人で調理室をあとにして、教室に戻り、一限目・二限目の授業を終えて、間の長めの休みに僕と紗英とノエルちゃんで調理室にやって来た。
相変わらずノエルちゃんは、やや調子が悪そうにしていた。
「大丈夫? ノエルちゃん、食べられる?」
「いや食べたいことは食べたいんだけど、うん、食べる食べる」
調子が悪くなってからどうも歯切れが悪いノエルちゃん。
このオオバキボウシのおひたしで、少しでも良い方向に向かってくれるといいんだけども。
「今日はオオバキボウシのおひたしで、健胃の効能があるんだ。健胃というのは、胃が健やかに強くなるという意味だよ」
僕は最後の仕上げに、オオバキボウシに鰹節と醤油をかけて、ノエルちゃんの前に出した。
ノエルちゃんはすごく嬉しそうな表情を浮かべながら、
「胃のこと! 分かってくれていたんだ! すごい嬉しい! いただきます!」
と言って、オオバキボウシのおひたしをガツガツと食べ始めた。
「葉っぱが甘い! とろりとしたぬめりが舌に広がって、口の中いっぱいに味が広がる!」
今日もおいしそうに食べてくれて、僕も一安心。
その様子をうんうん頷きながら、満足そうに見ている紗英。
このまま紗英とノエルちゃんの言い合いが無いといいんだけども。
そう思った直後、ノエルちゃんが紗英に話し掛けた。
「今日も勿論一緒なんだね、やっぱり誠一のこと大好きなんだ」
また何でそんなこと言うのかなぁ、と、ちょっとこわごわしていると、紗英が
「そうだね! 大好きだね!」
と少しツンツンしながらも、完全に言い放ったのでビックリした。
そんな言い方したら、またノエルちゃんからネチネチ付き合ってるとか言われちゃうよ、と、あわあわしていると案の定、ノエルちゃんが
「へぇー! じゃあ付き合いたいんだ!」
とこれまた直球で言うと、紗英は
「知らん! でもよく分かんない感情が最近出てきているのは事実!」
と言ったので、僕はさらにビックリしてしまった。
いや紗英は思ったこと全て口に出すことは知っているけども、まさかこんなことを思っているなんて。
というか、えっ? よく分かんない感情ってどういうこと?
僕は訳も分からず、紗英をじっと見ていると、紗英がこっちを向いて、優しく微笑んだ。
その表情に何だか僕は胸がドキドキし始めた。
このままじっと見ているのは何だか恥ずかしいと思い、ノエルちゃんのほうを見ると、ノエルちゃんはやけにうろたえていた。
「へっ、へっ、へぇっ……い、言うねぇ……じゃ、じゃあっ、そのっ、紗英は、あの、誠一のこと好きなんだ……」
「うん! 好きは好きだ! いつも通り!」
「じゃ、じゃっ、それはきっとっ……友達として、だねぇっ……」
「まあな! かもな! でも! 何か! 誠一と! とにかくずっと一緒にいたいんだ!」
紗英がそう言うと、ノエルちゃんはまだ少し皿に残っていたオオバキボウシのおひたしをかっ込んで、皿をダンと強くテーブルに置いて、パンと手を叩き、やたら大きな声で
「ごちそうさまでした!」
と言ってから、立ち上がって、紗英に寄っていって、紗英の腕を引っ張り、
「じゃ! じゃあ! 帰ろうか!」
と叫んだ。
何でこんなにノエルちゃんが慌てているのかな、と思った。
それに対して紗英は、
「いや俺は誠一の片付け手伝っていくからいいよ、ノエルだけ帰ればいいじゃん」
と正論を言うと、ノエルちゃんは
「じゃあアタシも残るし、アタシが誠一の片付けの手伝いする!」
と言って、自分が使った皿と箸を水出し口のところに持って来た。
でも僕は、
「ノエルちゃん、まだ胃の調子悪いでしょ? 僕と紗英でやっておくから大丈夫だよ」
と言うと、ノエルちゃんは『うぅ~』とちょっと唸ったので、
「ほら、まだ胃がきしむんでしょ? そんな即効性は無いからね」
とさらに言うと、ノエルちゃんはすごすごと言った感じに引き下がり、その場をあとにした。
何だか肩を落としているような後ろ姿で、やっぱりまだ胃の調子が良くないんだな、と思った。
残った僕と紗英で、片付けをしてから調理室をあとにしようとしたその時、紗英が
「好きって言ってもいつも通りよろしくな! なんせ俺は誠一と一緒にいたいだけだから!」
と言って笑った。
確かにそうなんだろうけども、何か、何か、僕はどうすればいいか、ちょっと分からなくなってしまった。
まさか紗英がそんなことを言い出すとは思わなかったから。
そして、じゃあ僕は一体何なんだろうか。
どう考えているのだろうか、紗英のことを。
いやでもただの友達、そして何なら師匠ぐらいに思っていたので、何だか紗英の変化に追いついていかない自分がいた。