コーヒーをつぎながら待っていると、玄関のインターホンが鳴った。わたしは、ドリッパーをテーブルに置いて玄関へ走った。
レンズを覗くと、彼が写っている。わたしは勢いよくドアを開けた。
「よ、小雪」
「健! よく来てくれたね、入って入って!」
健は、玄関で黒い靴を脱いでリビングへ向かうわたしの後を追う。
「可愛いね。また、うさぎのぬいぐるみ増えた?」
リビングにあるぬいぐるみを見て、健が聞いてきた。
もうすぐ、わたしの誕生日なので少し早く友達が買ってくれたぬいぐるみに気がついて、彼が聞いた。
「あっ! うん、そうなの」
ぬいぐるみの置き場に目を通す。
やっぱりピンク色のぬいぐるみが1番多い。わたしが好きな色は、ピンクと白なのでほとんどのぬいぐるみの色がこの二色なのである。もちろん、茶色や黄色があるけれど、ピンクや白のぬいぐるみと比べるとかなり少ない。
「相変わらずのうさぎ好きだな」
「いーじゃん、別に」
わたしは少し怒ったふりをしてみせると、健は大袈裟に吹き出した。
「冗談、冗談。そんな小雪に、いいプレゼント持ってきてやったよ!」
「本当? なになに?」
「後でね」
ずるいな、とわたしは思った。待ちきれないという感じまで追い込ませておいて、結局今は渡さないなんて。
「それとケーキも買ってきたぞ」
健が、キレイなリボンがかかった大きい箱を渡してきた。
「ありがとう、健!」
リボンを解いて、わたしは箱を開けた。
「わっ! 可愛いー!」
思わず自分でもびっくりしそうなくらい、わたしは大声をあげた。
うさぎとクマの砂糖菓子。
たっぷりの生クリーム。
金色で『Happy birthday』と書かれた、チョコプレート。
「俺らにぴったりのケーキだろ?」
得意げに彼は言った。
「うん! どこで買ったの? こんな可愛いケーキ」
「別に特別なとこじゃないし、普通のそこらへんのケーキ屋で作ってもらったやつ」
「え、教えてくれないの!? ひどいなぁー」
少し怒ったふりをして言い終わった直後、健はチョコプレートをわたしの口に突っ込んだ。
「ちょっ……。勝手に食べさせないでっ」
「なんでよ、美味くないの?」
じとっとした目線で送る健。
そんな彼が子供っぽくて可愛くて、わたしはぷっと吹き出した。
「んな訳ないかっ! 俺の親友に作ってもらったんだよ」
そう言って、健もひょうきんに笑った。
「そっか! 健の友達、パティシエだもんね」
そういえば、健の友達が働いているケーキ屋は、わたしの家の近くだったんだ。忘れてた。
「そ! 小雪ちゃんは、女の子だから可愛いケーキ作ってやんよって張り切ってたぞ」
なんだか嬉しいな。
健は優しいから、周りの友達もみんな優しい。
思わず、わたしは口元をゆるめた。
「俺じゃないぞ! そいつが言ったんだ」
まるで、わたしが健に言われたと勘違いしているみたいだ。
別に勘違いなんてしていないのに。
「もぉ、分かってる!」
「そういえば、これ」
健は、いきなり薄い紫色のリボンで結ばれた箱をわたしに渡してきた。
「わあ、さっき言ってたプレゼント?」
「そ! とにかく開けろ」
命令口調で言われ、わたしはリボンを解いて箱を開けた。
「わっ! いっぱい入ってる!」
箱を開けた直後に、わたしは声をあげた。アクセサリーや財布が入っている。
「お前の髪にぴったりだと思うんだ、これとかさ」
健はそう言って、箱の中から小さな白いリボンを取り出した。
「わあ、嬉しい!」
わたしは黒髪で、編み込みハーフアップにしているので、それに合ったものがあるのは、喜ばずにはいられない。
健が、後ろから上手にリボンをハーフアップの結び目につけてくれた。
「似合う似合う! 選んで正解だったな」
自分のことのように目を細めてくれる健。まるで小さい妹の面倒を見るような表情だ。
箱のすみの方に、小さな袋があったので、開けてみるとドロップパールのイヤリングだった。
「今、それもつけてみろよ」
「えっ? ちょっと派手にならないかな」
髪にリボンをつけて、耳にイヤリングをつけるだなんて、少し豪華に飾りすぎだとわたしは思った。
「なんで? いいじゃん」
「本当? じゃあ、今つけてみる」
わたしは、近くにあった手鏡を健に持ってもらい、イヤリングをつけた。
「めっちゃいい感じになってんじゃん!」
イヤリングをつけた途端、また健は小さな妹の面倒を見るような表情になった。まあ、健とわたしでは圧倒的に彼の方が背が高いので、こんな感じにはなるだろう。
「本当に? 嬉しいなぁ」
「もうちょっと大人っぽい顔してれば、もっと似合うと思ったんだけどな」
「えー! それって、やっぱいい感じになってないってことじゃん」
自分がそんなに大人っぽい顔つきじゃないことくらい、わたしも分かっている。
けれど、イヤリングなんてわたしには似合わないんだ、と思ってしまう。
「いやいや、童顔の割には似合ってるってこと」
「なんか複雑だよー」
健が何を言いたいのかが全然わからない。
もう拗ねる、拗ねるよ。
「でも、初々しい感じがする。可愛くもあり、綺麗でもある感じで俺、好きだよ」
「……ありがと」
彼が、なんだかずるく思えてきた。褒めて、わたしを強制的にお礼を言わすんだもの。
「じゃ、ケーキ食べようよ」
わたしは、健にフォークを差し出した。わたしも自分のフォークをケーキにつきさして、食べる。
ふわふわのスポンジと濃厚な生クリームが、幸せな気分にさせる。
わたしは、うさぎの砂糖菓子。健はクマの砂糖菓子を同時にかじった。
「美味しい」
「だろ?」
そう言ってから、彼はコーヒーを飲んだ。
「こういう甘いコーヒーも悪くないな」
健は、わたしが甘いコーヒーをいつも美味しそうに飲んでいるのでたまには自分も飲んでみようと言ったのだ。だから、彼もお砂糖たっぷりのコーヒーを飲んでいる。
「でしょ?」
お互い、同じことを思って、同じ調子で言ったことで笑いあった。
わたしの耳の横で、白いイヤリングが揺れる。
食べ終わって直前に健は、わたしをじっと見つめ始めた。
「ん? どうしたの?」
「砂糖菓子がついてる」
彼だってついているのに、自分のことは全然気づいていない。それくらい、わたしのことを気にかけてくれている。
「そういう健だって」
「今、拭いてやるから」
健は、自分のハンカチをポケットから取り出す。
「ちょっと待って」
あと数秒でわたしの唇と彼のハンカチが触れ合うところで、わたしは引き止めた。
「ん?」
「拭く前に、このままキスしたいの」
健は、ぷっと吹き出した。
「しょうがねぇな。今日は、お前の誕生日だ。いろんな想いを込めて、してやる。覚悟しろよ」
やっぱり彼は断らない。彼ってお砂糖がどれだけ含まれているんだろう。
ねえ、健。君は本当にお砂糖たっぷりだね。だって、わたしに甘すぎるから。
「ん……」
茶色い砂糖菓子のついた、彼のピンク色の唇が近づいてくる。ゆっくりと、わたしは目を閉じた。
彼の唇と、わたしの唇が触れた。
砂糖菓子なのか、健の想いが届いたのか、ケーキを食べている時とはまた違う甘さを感じられた。