二杯目に入って、話は高校時代のことへと移っていた。
 勉強、部活、そして恋愛。
 いいことも嫌なこともいっぱいあったはずだが、通り過ぎてしまえばいい思い出になってしまうのだと思う。こんなふうにアルコールを入れて話すのであれば余計に。
 もうひとつプラスするなら、当時同じ学校に通っていた、あまり親しくはなかったとはいえ後輩であることも。
 共通の想い出は少なくても、「学校ではこんな行事があって」「こういう先生がいて」「この授業が面倒だった」なんてことは共通なのだ。そのようなことで話は盛り上がっていく。
 「マラソン大会で三位だったんですよね。一位取りたかったんで、悔しかったですよ」と戸渡が言ったことで、幸希は思い出した。
「そういえば戸渡くんって、茶道部は途中入部だったよね」
 戸渡が微妙な時期での入部だったために、幸希との接点はあまりないまま卒業別れとなってしまったのであった。
「その前になにかほかに部活をやってたみたいだったけど……運動部とか?」
 そこが気になった。マラソンで三位を取るなど、運動でもやっていたのかもしれない、と思って。普通はないだろう、茶道部の生徒がマラソン大会で三位など。
 しかしそこまで口に出して、はっと気づく。立ち入ったことだった。
 慌てて言った。
「あ、聞いていいことだったかな。余計なことだったらごめんね、流して」
 こんなことを気軽に聞いたのは軽率だった、と思う。なにか事情があったからやめたのだろうに。
 酔ってるからかな、話題や言うことに気を付けないと、と幸希は改めて自分に言い聞かせた。
 まだ二杯目なのに結構酔ってるのかなぁ、と不思議には思ったが。
 会話が楽しいせいもあるかもしれない。ついついあれこれ聞きたくなってしまうのは。
「いえ、別に深い事情もないですよ」
 戸渡はにこっと笑って、幸希の焦った顔を流してくれた。そしてそれはフォローではなく本当にそうであったようで。
「陸上部にいたんです。走るのが好きで」
「中学では学校選抜のマラソン大会の選手をやったこともあったんですよ」
「なので高校に入って、当たり前のように陸上部に入ったんですけど」
 戸渡はたんたんと話していって。
 でもそこでちょっと話をとめた。なんだか少し、少しだけ悲しそうな様子を見せる。
「高校の陸上部では、好きなように走れなかったんですよね」
 ぽつりと言った。
 幸希は黙って、戸渡の話を聞いていた。
「勿論、好きなように走るのが陸上って競技じゃないってわかってます。フォーム練習とかほかの部員との連携とか……。でも、そういうところじゃなくて」
 こくりとグラスの中身を飲んで、戸渡は続ける。
「なんていうんですか、勝利主義、っていうんですかね? とにかく大会で勝つことしか目に無い、みたいな」
 幸希はそこで、陸上部の顧問の先生を思い出した。
 別に陸上部に縁があるからではない。単に、その先生が同じクラスの男子の体育を担当していたからだ。それでその先生が陸上部顧問をしている、と同じクラスの男子たちから聞いただけ。
 でもすでに、そこで評価はかんばしくなかった。
「アイツの授業、マジキツすぎ」
「筋トレとダッシュばっかだしさ」
「サッカーとかバスケとか、プレイにもっと時間取ってほしいのに」
 不満がほとんどだった。
 つまり、ガッチガチの体育会系教師だったのだ。幸希はそれを聞いて、女子の体育の教師が違って本当に良かった、と思ったくらい。
 戸渡が言ったのもその点のようだ。そのまま続けた。
「僕はただ気持ちよく走って、いいタイムを出して、それができれば良かったんです。でもそれができなくなってしまった」
 グラスと小さな皿に入ったナッツをお供に、戸渡は思い出を語っていく。
「それで、でもずいぶん悩みました。やっぱり走るのは好きでしたから。でも『走る』なら、体育の時間でも、自主的にランニングするのでもいくらでもできるって」
 確かに単に『走る』だけだったらいくらでも方法はあるだろう。戸渡の言った、体育の授業。自主ランニング。ほかには外でどこかの陸上クラブに入るとか……方法はたくさんあった。
 それとは別に、部活動として『走る』意味としては。
 すぐに戸渡はその点を口に出した。
「公式の試合やなんかでいい結果を出したりできなくなるのはネックでしたけどね。でも、日々のこの『勝つためだけ』の練習とどっちを取るか?って思ったら、僕は一人で走ることを選びました」
 そこでやっと話が茶道部へやってきた。